「貴様、私よりダンディーになることは許さん!ハボーック!」  
中央司令部にマスタング准将の怒声が轟き、その場にいた彼の忠実な部下たちはリザ・ホークアイ大尉を除いて全員が震え上がった。  
「あの…大佐、じゃなくて…准将?」  
一体なんなんですか、と怒鳴られたハボックは全く理不尽だというように聞く。  
「ハボック中尉、私が言っているのはお前のそのヒゲのことだ。剃れ!今すぐにだ!」  
「はぁ?どうして」  
「あ!わかりました。マスタング准将は、ハボック中尉の方が自分よりも貫禄があるように見えるのが嫌なんですね?」  
フュリー准尉が思いついたことをぽろっと口に出し、それは半分正解だったのだがマスタング准将の気に障ったようだ。  
「あぁそうだ、その通りだよ准尉。それで何が悪い?私の方が偉い。ハボック、お前は私の命令に従う必要がある。そうだろう?」  
「かんっぺきに八つ当たりじゃないっすか」  
全くもー勘弁して下さいよ。  
そうぼやくハボックに、ホークアイ大尉が耳打ちする。  
お願い、お願いだから今すぐにでもその髭を剃ってきて。でないとあの人、すねちゃって今日は仕事しないと思うわ。  
…ったくもうしょーがねぇ准将っすね。  
本当に貴方の行動にかかっているの、ハボック中尉。これからまとめないといけない書類も山積みだし、来月にある南との合同演習の打ち合わせもあるし…。  
わかりました。ハボック中尉、今日一日は准将の前に姿を見せません。これでひとまずは解決でしょう。その代わり…  
「おい、何をこそこそ話しているんだ?」  
「准将、俺今日一日は髭を剃らない代わりに、貴方の前に姿を見せません。髭は今晩剃りますから、明日にはまた通常通り働きます」  
これでどうでしょうか?と問いかけるハボックに、マスタングは渋々頷いた。  
 
「ま、そういう訳で俺、今日は一日執務室及び准将の出入りしそうな場所には出没禁止。自由の身っていう訳で」  
「…なんだそりゃ」  
昼休み、ハボックはブレダ中尉と中央駅前の安いレストランでピザをかじりつつ、今朝その場にいなかったために事情をしらないブレダに、ことのあらましを説明していた。  
「それにしても、俺だって結構気に入ってたのにな。この髭。だってさ、俺の隊の奴らにもカッコいいとか、意外に似合うとか好評だったし」  
何より大尉に、渋くて良いわねってほめられたんだぜ?  
「あー…ハボ、それ絶対に准将妬いてるよ」  
「へ?」  
「自分以外の野郎が大尉に評価されるのが気に喰わねぇんだろ」  
「はー…なるほど。でも准将、相手が俺やフュリーだからこそあんな理不尽な態度取ると思うんだよな。やっぱり甘えっていうか、信頼あるっていうか、弱味を見せるっていうか、そういうのがあるんだよ。だから俺が大人になって譲ってあげるの」  
「お前ずいぶん上から目線だな!」  
「その代わり…」  
ハボックはふっふっふと笑う。  
「その代わり何だよ?笑い方怖いな」  
「今晩、大尉に髭を剃ってもらうって約束した」  
「…え?」  
「今晩、俺が大尉の家に行くの!んで、そこで髭剃ってもらうって訳。もちろん准将には内緒」  
「いや、ちょっとそれ…まずくないか?」  
「なんで」  
「だって…准将と大尉は」  
「恋人同士、だろ?わかってるよ。変なことはしない」  
「ハボ…悲しいことに俺は親友を信用できねぇ」  
 
以下 、ブレダ中尉の妄想である。  
「あぁっやめて、ハボック中尉ぃ…私にはマスタングさんが」  
「ホークアイ大尉、もし俺が髭を剃らなければ、あんたのマスタングさんは一生お仕事しないんだぜ。それでも良いのか?」  
「そ、そんなの…そんなの駄目よ」  
「だったら…わかるだろう?大人しく俺の言うこと聞きな」  
ハボックの無骨な手がホークアイ大尉の豊かな胸に…。  
 
「おい、ブレダ。昼休みそろそろ終わりじゃないのか?」  
「えっ?あ、おう…」  
「どうしたんだよぼーっとして。戻った方がいいぜ」  
ブレダは何とも言えない複雑な気分でレストランを後にした。  
その後ブレダは、己の妄想が実現するのを恐れるあまりマスタングに密告したが、その翌日親友が包帯を巻いて出勤する姿を見て、少し後悔したとか。  
マスタング准将が副官であり恋人であるリザに、毎朝髭を描いてもらうようになったのは、また別のお話。  
 
 
END  
 

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