「取り扱い注意!」生身アル単体・微エロお笑い系  
 
 
 アルフォンス・エルリックは感動していた。  
 この一ヶ月、感動しっぱなしだった。  
「兄さんすごいよ!」  
 やせこけた右手で杖を握り、ようやく立ち上がると、アルフォンスは十四歳の少年らしい満面の笑みでトイレ  
のドアを開けた。  
「兄さん出たよ! いっぱい!」  
「んー」  
 殺風景な、二人用の病室が広がる。兄エドワード・エルリックは白いパイプベッドに寝そべって夕刊を読んで  
いた。風呂上がりで清潔なパジャマを着てはいるが、顔や腕のあちこちに生傷が残っている。「約束の日」の壮  
絶な戦いがエルリック兄弟の心身に強いたストレスは兄弟自身にも予想外で、筋力を取り戻すべく長期入院して  
いるアルフォンスとともにエドも安静を命じられている。  
「そっか。流しとけよ」  
 エドは新聞を眺めたまま言い捨てた。  
「えー出たんだよ? すごいでしょ?」  
 くしゃりと新聞紙を握って、エドは溜息をついた。アルが生身の体を取り戻して一ヶ月。最初はアル同様ハイ  
テンションだったエドだが、クールダウンするのも早かった。  
「あのなアル。メシがうまいとか夢見たとか、握った手が温かいとかならまだしも。うんこの報告はしなくてい  
いから」  
「冷たいなあ、やっと毎日自力で出るようになったのに」  
「いいから寝ろ、明日っから本格的なリハビリだぞ。あと流せ。見せたら殺ス」  
「ちぇー」  
 仕方なく、トイレに引き返して天井から下がった紐を引く。勢いのいい水音がして、アルの「感動」は流れて  
いった。  
 ――歩くのも食べるのも出すのも、こんなに気持ちいいのになあ。当たり前だと、わかんなくなるのかな。  
 ちょっと寂しい。アルは自分のベッドにもぐりこんだ。翌朝の騒動など知るよしもなく。  
 
 
「あれ? なんだ、これ」  
 カーテンの隙間から差し込む光がまぶしい。  
 だが目が覚めたのは、違和感のせいだった。  
 ベッドから起きあがったアルフォンスは、唖然として自分の股間に視線を落とした。  
 まるでキャンプのテントでも張ったみたいだ。先がパジャマの布地をぎゅうぎゅうに押して、かなりきつい。  
「そうか、これって。アレだ」  
 エドワードも時々、朝はこんなふうに前を突っ張らせている。鎧の体だった頃は片っぱしからその辺りの本を  
読んで眠れない夜のヒマを潰したもので、軍の施設の談話室にはたいてい「その手の雑誌」が転がっていた。こ  
れはいわゆるアレだ。起床時の海綿体の膨張。朝立ち。  
 
 ――うわあ、ボク生きてるんだなあ……  
 またぞろ感動が湧いてくる。  
「兄さん、ボク」  
 言いかけて、隣のベッドで腹を出して寝ているエドを見やる。だらけきった、なんとも幸せそうな寝顔。起こ  
してまたウザがられるのも悲しい。  
「よいしょ」  
 杖にすがってベッドを抜け出し、トイレに向かう。むずがゆいような尿意を、とにかく何とかしなければ。  
――うぇっなんだこれ……ヘンな形。  
 普段の二倍以上に膨張した器官は、猛々しさとピンクの粘膜の脆さのコントラストが奇妙だ。しかもこの頭、  
どこかで見たような。  
「って、あれ? 何これ、詰まってるの?」  
 便器の前に立ち、パジャマのズボンから取り出したものを支えて頑張っても、ちょろちょろとしか出ない。そ  
のくせ急かすような尿意は激しくなるばかりだ。  
「出ろ、出ろってば! このっ」  
 耳が熱い。腹に力をこめるうちに、えたいの知れない熱いものが波のように腿へ広がっていく。思わず握った  
手に力がはいった瞬間、力の分だけぎりっ、と芯からうずいた。  
「ひぎっ?」  
 背中がごつん、とドアにぶつかる。  
 ――なんだよ、これ?  
 わかっている。「その手の雑誌」にあった通りだ。だが読んだ時には鎧の体で「ふーん大変だね」としか思わ  
なかったし、この状況の「女性とのセックス」以外の解消法は記載されていなかった。  
「そ、そんなの無理!」  
 ぐわあっ、と頭が沸いた。  
 進むことも退くこともままならず、握り込んでしまった手が腰にひそむ何者かに操られてゆるゆると動く。お  
かしな耳鳴りが聞こえだし、腰の奥がふつふつと煮えたぎっていく。  
「そうだ元素記号! ばっバナジウムクロム、マンガン鉄っうぅあ、コ、バルトニッ、ケル! どう! あ、亜  
っ……あぁああ!」  
 効果がないどころか逆効果だ。まるで時限爆弾の時計みたいに、ばくばく鳴り続ける心臓はどんどん駆け足に  
なっていく。押さえていないと爆発しそうなのに、押さえれば押さえるほど込み上げる力が暴力的に増してくる。  
「や、やだ」  
 どのくらい、そうしていたのか。こわい。熱い。もう立っていられない。昂ぶりすぎたものをつかんだまま、  
がくがくする腿を必死で踏ん張り、アルはドアに背中を押しつけて骨がらみでふるえるしかない。  
「は、う、ううぅあ、あ、あっ、はあっ、はあっ、やだっ……」  
 ――死んじゃう……やだ、やだよ!  
「くぉらアルフォンス! トイレ占領すんな!」  
 突然ドアが開いた。背中をもたせていたアルは後ろのめりにくずおれる。  
「おわっ!?」  
 
 慌て顔のエドが見えた瞬間、どさり、と腕の中に抱き留められる。よろめいたエドが寸前で持ち直し、どうに  
か床にぶつかるぎりぎりのところで落下が止まった。  
「にぃさ……」  
安堵で目頭が熱くなる。ぜえぜえと喉を鳴らして肩で呼吸しながら、アルはぼろぼろ涙をこぼしていた。  
「あ? どした?」  
 床に膝をつき、アルの頭を抱えたまま、けげんな顔で見下ろしたエドはひょいとアルの「そこ」を見やる。  
 はあ、とエドは溜息をついた。  
「アル。目ェつぶれ」  
「え?」  
「いいから」  
 面倒くさそうに言われ、アルは目を閉じる。間近でエドが息を吸い込んだ。  
「アームストロング少佐。裸踊り。スカーも乱入」  
 言われた瞬間、まぶたの裏にたくましい筋肉の連なる巨漢が浮かぶ。つるつるに頭を剃り上げて額に一房だけ  
金髪を残し、見事な口髭を生やした顔の暑苦しさは、世界で一、二を争うレベルだ。そこへさらに、への字口の  
大男が刺青をさらして「ぬん」と躍り込む。  
「うえっ」  
 とたんにすうっ、と腰の中で爆発寸前だった熱い力が消え失せる。  
「あっあれ?」  
 アルは目を開いた。すごい疲労感だが、驚くほど体が楽になっている。かちかちだったところも、嘘のように  
通常モードだ。  
「さすがの破壊力。光の速さで萎えたな」  
 呆れたのか感心したのか、エドがパジャマの裾で顔をぬぐってくれる。。我に返り、アルは自分で起きあがっ  
た。  
「あ、あのボク」  
「皆まで言うな弟よ」  
 エドはアルの前髪をくしゃりとつかんだ。  
「こういうのはな、刺激しないでほっとけばそのうちしおれてくれるから。自分でどうにかするには技術が要る  
んだよ」  
「技術?」  
 エドは首を振り、ざんばらの金髪をぼりぼり掻いた。  
「元気になったら教えてやるよ。こう見えても手コキに関しちゃ一家言持ちだ」  
「手コキ」  
「いいから顔洗って支度しろ、今日から食堂でメシだぞ」  
 ぱんぱん、と生身の両手をはたき、エドは立ち上がる。  
「兄さん」  
 その背中に、アルフォンスは肝心な質問を投げかけた。  
「ボク死ぬかと思った」  
「あー初回はな。びっくりするよな」  
「死なない?」  
「ねーよ! 大佐なんか千回死んでるぞ」  
 
「そ、そうだよね……はは」  
 言われてみればそうだ。何を慌てていたんだろう。だが素っ気ないと自分でも思ったのか、エドはひょいと振  
り返った。  
「あーなんだ。慣れると悪くない。つか、かなりいい。一時的にだが、やみつきになる」  
「……ふーん」  
 そういうものか。  
「楽しみにしとけ」  
 にやりと笑い、エドはぱたぱたスリッパを鳴らして洗面所へ行ってしまった。  
 はあ、とアルは肩を落として息をつく。  
 びっくりした。  
 人体錬成のリバウンドで体を無くして、鎧の体になって。三年間、旅をして戦って。何度も死線を越えた。  
 なのに、何度か死を覚悟した時とはまるで異質の恐怖をたった今感じた。  
「そっか。まだボクの知らない『びっくり』が、世界にはたくさんあるんだ」  
 ゆっくりと、十四歳の少年の顔に笑みが広がる。  
 行く先に、何が待っているんだろう。  
 それは未来のお楽しみ。  
 
 
 

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