左腕を失ったランファンは、隠れ家のベッドに横たわっていた。
マスタングがは医者を呼びに出ているところで、ランファンの腕の切断面には素人治療が施されているのみだった。
外敵が来ないか警戒しながら銃を持つリザが見守る中、リンはランファンの残る右手を握りしめていた。
大量に血を失ったランファンは、激痛から逃れるように意識が途切れ途切れになっていた。
リンはランファンに言葉を投げかけ続けていた。
医者が来るまでの少しの間でも、眠らせて休ませた方が良かったのかもしれないが、
皮膚を蒼白にさせたランファンをこのまま眠らせては、もうそのまま意識が返ってこないようで心配だった。
「若……いますカ、若……」
アメストリスに来てからまだ日は浅いものの、濃密な日々の中ですっかりアメストリス語がなじんでいるのか、
ランファンはうつろなつぶやきの中でも、訛りの強いアメストリスの言葉で話した。
かなり意識が朦朧としているようで、リンが自分の手握っている事すらよくわかっていないようだった。
「俺はここにいるゾ! もうすぐ医者がくる、待っているんダ!」
血が通っていないかのような冷たいランファンの右手を両手で握りしめ、リンはランファンに合わせてアメストリス語で呼びかけた。
「ああ、若に申し訳が立たなイ……右手だけでは、もう満足に戦えなイ……」
ランファンは虚ろに、半ば寝言のように悔恨を口にする。
リザは両手で銃を持ちながら、少し立場の似ている異国の少女に痛みを感じた。
だが、続く少女の言葉に、感傷が吹っ飛んでしまった。
「両手が、なけれバ……ちゃんとリン様の体を満足させる事ガ……できませン……!」
リザは一人で赤面してしまったが、あわてて顔を引き締めて無表情さを取り戻した
なんでも色恋事に結びつける友人の悪いところが移ってしまったのだ、
変な風に勝手に受け取っているだけだとリザは思い直そうとした。
だが、ランファンを見つめ続けてリザには背を向けているリンの、その背中がやや強張っているように見えた。
「たとえ四肢を失おうト……リン様に仕え続けていきたいと思って、いまス
……でもリン様は手でされるのが……うう、一番……お喜びになるのに……」
リザは自分に言い聞かせた。変な風に受け取ってはいけない、いけないのだと。
「もとより、私の貧相な体ではリン様の相手など力不足なんでス……だかラ……腕を磨きましたのニ……」
涙声のランファンのつぶやきは、最早、リザに性的なもの以外を連想させる事などできなかった。
リンは、今まで熱心に呼びかけていた事が嘘のように、ランファンのそれらの声に固まってしまっていたが、
まるでギコギコという効果音が聞こえてきそうなほどの不自然な動きでふりむいてリザを見た。
玉のような大粒の汗を浮かべる彼の顔を見て、言わんとする事を理解し、リザは無言で部屋から出ていった。
外敵を恐れるなら間近にいる必要もない。空気を読んで離れていきながら、リザはまた顔を赤くしていた。
「俺は普通の行為で十分満足していル! 泣いて無駄に体力を浪費するナ! ランファン、生きてくレ!」
リンの大声は、廊下を歩くリザの耳にまで飛び込び、リザの歩みを加速させた。
最近の子がすごいのか、シンの国風の問題なのか、主従という特別な間柄だからなのか、
リザは自分の少女期と比べてショックを受けつつ、居心地の悪さを感じてマスタングたちが早く来ないかと心待ちにした。
おわり