一国を統べる大総統であるキング・ブラッドレイは、常に忙殺される身であった。  
仕事は表向きの立場である大総統としててのものだけではない。  
彼をホムンクルスへと変えた人物である「お父様」の命により、  
人造人間としての影の業務もあり、二重に働く毎日である。  
鍛え抜かれた頑健な肉体も蓄積された疲労には成す術もなく、時にため息がこぼれる。  
だがそれでも、久しぶりに日付が変わる前に大総統邸に帰宅できた彼は、  
休息を取るよりも先に妻の部屋へと向かうのだった。  
 
もう遅い時刻であるため、ブラッドレイの妻も息子も床についていると、使用人はそう報告をしてきた。  
その言葉通り、彼の妻であるブラッドレイ夫人は、大きなベッドの中で一人静かに眠っていた。  
ブラッドレイは、カーテン越しにほのかに月光が差すだけの薄暗い部屋の中を音もなく歩いて行った。  
夫人はいつものように、傍らに眠りにくる者を待つかのように、片側に寄って眠っていた。  
彼女の横にそっと入り込み、同じように眠るという選択肢もあったが、  
それよりも先に下半身の高ぶりをおさめたいとブラッドレイは思った。  
ブラッドレイは、夫人の上にかかっている布団を剥がし、彼女の身につけているネグリジェのボタンを外し始めた。  
ネグリジェの前をはだけると、すぐに夫人の豊かな乳房が現れた。  
薄い闇の中では物の色も判別しにくくはあったが、ブラッドレイの「最強の眼」は、  
これぐらいの夜闇の中でもクリアに夫人を見透かす事ができ、視覚から得た情報が彼をより興奮させた。  
ブラッドレイは、顔を埋めるかのように夫人の乳房に頬を寄せた。  
夫人の乳房には、若い娘のような張りはとうに失われていたが、  
ただ柔らかく、そうしているとどこまでも沈んでいけそうな心地がした。  
母というものに対して子供が感じる思いは、今まさにブラッドレイが享受している感覚そのものかもしれなかったが、  
生憎、ブラッドレイは夫人の息子ではなく夫であり、男だった。乳房の柔らかさを感じるだけでは満足はできない。  
 
そのままブラッドレイは夫人の胸の先端を口に含み、空いた方の胸を激しくもみしだき始めた。  
「……ん……あっ………」  
深い眠りに落ちていた夫人は、与えられた刺激によって覚醒しかけたらしく、小さく声を出した。  
元より眠らせたままでいるつもりはなく、ブラッドレイは、まるで夫人の呼吸を阻害するかのように、  
彼女の唇に深く口づけをした。  
「ふあっ……ん、ん……」  
どうやら完全に目覚めた様子の夫人は、舌先を執拗に絡めるブラッドレイからとりあえず逃れようと顔を動かそうとするが、  
ブラッドレイは尚も念入りに彼女の口内を追い続け、抵抗を拒んだ。  
――バシーンッ  
……いい音がした。  
ブラッドレイは、夫人によって片頬を思い切りはたかれてしまった。  
「んぅ……はぁはぁ………もう、あなた、いつも言ってるけれど、いきなりこういうことを……するのはやめてちょうだい!」  
夫人がこうやって怒るのも、ブラッドレイがそれでも懲りずに夜中に彼女を襲うのも、この夫妻の間では毎度の事であった。  
今日は少ししつこくしすぎたかもしれない、夫人の息はひどく荒く、本気で苦しかったようだった。  
本当は、先に声をかけて起こしてからはじめるというまともなやり方もあるのだが、  
ブラッドレイは、初対面以来、彼女にこうやって頬をはたかれるのが何よりもたまらなく好きで、  
いつもわざと夫人が怒るような真似をしてしまう。  
「………思い切りぶってしまったけど、痛かったかしら……ごめんなさいね、つい、私、カッとしてしまって……」  
様々な戦場をかいくぐってきたブラッドレイには、夫人のビンタなど甘い褒美でしかなかったが、  
お嬢さん育ちで暴力にはあまり縁のない夫人は、強くやりすぎてしまったかと反省し、申し訳なさそうに声を絞り出した。  
はたかれた頬を撫でながらブラッドレイが、好々爺めいた非常にいい微笑みを浮かべている事になど、  
目覚めたばかりで夜目の利かない夫人は気づけるはずもない。  
「いや、気にする事はない。私が悪かった」  
そうブラッドレイが言うと、夫人はほっと息をつき、微笑んだ。  
先程はいきなりの事に窒息でもするのではないかと夫人は軽く戦慄したものの、  
老獪な指導者との評判を受けているブラッドレイが、体を求めてくる時だけは、  
まるで叱られる事を期待しているイタズラ小僧のように子供じみた態度で、そんなところが夫人には愛らしく感じられた。  
 
「今日は疲れていたりはしないかね?」  
「大丈夫よ。知ってるでしょう、特に今日は公務はなかったもの。明日もね。貴方こそ疲れているでしょう?  
 今何時かしら……もうけっこう遅いみたいね。帰って来たばかりなんでしょう、休まなくて……」  
夫人が続きを言う前に、ブラッドレイは彼女の口を再びふさいだ。  
ブラッドレイとは異なり、夫人は年相応の体力しかなく、無理をさせるわけにはいかなかった。  
もしも夫人が疲れているならば、今日はここまでにして自慰でごまかそうとも思っていたが、  
物事を率直に発言する彼女が「大丈夫」だというなら、それは続けてもいいという証だ。  
ブラッドレイは脱がしかけだった夫人の服をするすると脱がせて、自らの服も脱ぎ捨てていった。  
眼帯は、つけたままだ。はじめての時からずっと、夫人の前でブラッドレイがそれを外す事はなかった。  
「もうっ、言葉は最後までちゃんと聞くべきでしょう」  
夫人は少し怒ったように……しかし笑みを含みながら言う。  
ブラッドレイは同じように笑いを込めて「すまない」と短く返しながら、夫人の下着に手をかけた。  
 
「……ん」  
夫人は下腹部の芽のような部分をこすられると、そう甘く声を出した。  
ただ数回こすっただけだが、夫人が目を潤ませ、自らの唇を軽く噛んでいる様が見えた。  
数十年もの間、ブラッドレイは幾度も夫人を抱いてきた。  
彼女がどの部分をどのようにさわれれば感じやすいかはよくわかっていたし、  
夫人の側も、ブラッドレイ以外の男にそこを触れられた事はなく、彼の愛撫の仕方にすっかり馴染んでしまっていた。  
「ああっ……やぁ……んんっ………」  
ブラッドレイの動きにあわせるかのように夫人は吐息をもらし、  
指を求めるように腰をくねらせた。  
夫人はこの暗がりの中では、自分の悦びに流れる涙も、同じぐらいに濡れつつある部分も、  
きっと夫には見えまいと、心の片隅で少女のような恥じらいを感じながら思っていたが、  
ブラッドレイの眼には全てが映っていた。  
感触や音だけでなく、目で見て夫人のそこが十分に濡れきった事を確かめ、ブラッドレイは夫人の上に乗った。  
夫人の体は初老の女らしく、少々余分な肉がついているきらいがあったが、  
肌を重ねた時に感じるしなやかなその肉の感触をブラッドレイは好んでいた。  
 
昔から恥じらい多き夫人は、あまり裸体を見せる事を拒まず、  
年老いて一般的には容色が衰えたと言える状態になってからは尚更だったが、  
彼女が夜闇で隠したつもりの肉体はブラッドレイにはすっかり見えており、ブラッドレイの欲情を尚更に煽った。  
ブラッドレイは夫人の腰を抱え上げ、彼女の中に己を深く挿入した。  
「ああっ、あ、ん、あなた、あなた………」  
激しくゆすられながら、夫人はブラッドレイの背をきつく抱きしめ、繰り返し繰り返し喘ぎ叫んだ。  
ブラッドレイは、そのまるで苦しみの叫びにも似た、強い快楽のほとぼしる声音にも、彼女の老いを感じとった。  
まだ若い娘だった頃から今に至るまで、夫人の全てを独占でき、共に老いていけた事がブラッドレイの喜びであった。  
 
その晩、ブラッドレイは夫人の中に五度、精を放った。  
全盛期を思うと、ブラッドレイは性的な方面でも己の肉体の衰えを感じざるを得なかったが、  
夫人にとっては十分すぎるほど十分な回数で、力尽きて今は隣で死んだように眠っていた。  
朝になって目覚めて見れば、また昂るものが甦ってきたが、流石にもうねだるわけにはいかなかった。  
今日は少し長めに寝かせるよう使用人たちに言っておこう、そう思いながらブラッドレイは、  
夫人を起こさぬように身支度をし、大総統としての顔とホムンクルスとしての矜持を再び己に貼りつけた。  
 
扉を開けると、そこにはセリムが立っていた。  
ブラッドレイと言えどもその子供の気配を感じ取る事はできていなかった。全身の毛穴が開きそうになるほどの怖気を感じた。  
「おはようございます お義父さん!」  
セリムはにっこりと、子供らしい笑みを浮かべた。誰の気配も感じなかったのだから、周囲には他に誰もいないようだった。  
「……二人きりで猫をかぶる必要はないだろう、プライド」  
重々しくブラッドレイがそう言うと、セリムはにっこりと笑った。……先ほどとは違い、禍々しい笑みだった。  
「まったく、君は人間と接しすぎた。子供をつくる機能もないのに何故あんな無駄な事をするのです。  
 愚かしい。普通、人間は60歳ともなればああいった行為は控えるものでしょうに、人間として暮らす上での必要な演技を超えています。  
 一部始終、全て見ていましたよ。人間がベースとはいえ、ホムンクルスであるならば君はもっとホムンクルスとしての矜持を持つべきです。  
 あのような、人間の真似ごとの快楽に無駄に浸るなど嘆かわしい。父上から与えられたのは”憤怒”ではなく”色欲”なのかと疑うほどです。  
 大体”あれ”は君とは違って普通の人間なのですから、負担も考えなさい。大総統夫人という立場の者はまだ必要なのです。  
 君のせいで”あれ”に何かあったらどうするのですか。もっと”あれ”の体を労わりなさい。”あれ”は……」  
傲慢な長兄の嫉妬じみた長々しい説教を聞かされながら、夫人との睦みあいの中でほぐれた疲労がぶり返すのをブラッドレイはひしひしと感じた。  
 
おわり  
 

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