ここはイシュヴァール。とある温泉宿。
…なんでそんなところが存在してなんで全員そこにいるのかなんてことは聞いてはいけない。
そういう話だということで納得するように。 でないと泣く。
廊下でお風呂あがりの浴衣姿のリザ・ホークアイとすれ違って
大浴場「男湯」に入ったエドワード、アルフォンス、リンの三人は
大人の女性のしっとりとした色っぽさっていいもんだー、と思いっきり鼻の下を伸ばした。
「いいよなーうらやましいよなーマスタング大尉」
「中尉、胸大きいよね」
「うン、それはそれだけでいいことだナ」
アルフォンスとリンがうなずきあいながらしみじみとつぶやく。
自分の相手に不満はないが、豊かな胸のふくらみというのはその存在だけで男の幸福感を満たすものなのだ。
「でも僕らとメイたちって確か一緒くらいに部屋出てきたよね? 中尉は別?」
「ああ、中尉背中に入れ墨あるから一人で先に入ったんじゃないか?」
「鋼の」
どこから沸いて出たか、瞳に昏い光をたたえたロイ・マスタングがエドワードの後ろ髪をぐいっとひっつかんだ。
「なんでお前がリザの背中のことを知っている」
やべっ、と顔を引きつらせるエドワードにこわーい笑顔をぐいっと近づけて。
「どういうことかじっくり聞かせてもらおうか」
サウナルームへと引きずっていく。
…やがてぎゃー…と遠い悲鳴がそっちから響いてきた。
「あっち楽しそうだねー」
さっさと貸切状態の大浴場に入り、髪をわしわしと洗いながらアルフォンスが他人事のように言う。
「そ、そうだろうカ…」
結構修羅場ってる気がするんだけども、と顔をひきつらせながら隣で体を洗おうとしたリンは
友人の背中に気になるものを見つけてぴたりと動きを止めた。
まずは彼の腕をぺちぺちとたたいて注意をうながす。
「アルフォンス君立派になってよかったネ」
「あははー、ありがとうございます」
「デ、…背中のひっかき傷は誰につけられたのかナ?」
「メイですよ」
結構容赦なくしがみついてくるんですよねーいつもお風呂でお湯がしみてから気づくんですよーと
呑気に答えてから、アルフォンスは殺気を感じて振り返る。
「うちの妹に何しやがル」
「いや、一応公認ですから! 僕たち!!」
だってだけどさ、そうやって深いおつきあいの証拠見せられると
お兄ちゃんとしてはやっぱりショックなんだもーんといじけるリンの後頭部を
やっと誤解を解き解放されてやってきたエドワードがげいん、と殴った。
「てめえうちの弟に何絡んでやがる」
「そちらの弟さんがうちの可愛い妹に手を出した件について聞いているだけだヨ」
「ちゃんと『妹さんを僕にください』って言ったじゃないですか」
「つかアルいじめる前にさ、そっちはどうなってんの」
続いてやってきたロイも会話に参入。
「そうそう、君はシン皇帝なんだからいろんな美女をよりどりみどりだろう」
いやあうらやましい話だねー、とニヤニヤする二人にリンはあっさりと答える。
「そんなことはなイ。俺、後宮作るつもりないシ」
「それで…いいのか?」
「親父殿は各部族から嫁取ってたんで50人囲ってたけどネ、
…いろいろあったかラ、同じことはしたくなイ。俺にはランファンだけで十分」
あ、口が滑った。
「ほほーぅ」
「ランファンだけで十分、ですかー」
「お熱いことだねえ。…しかし拝見するにランファンさんはまだ処女じゃないのかな?」
爆・弾・発・言。
固まるリンと得意げなロイを交互に見やって、エドワードが叫ぶ。
「って大佐、普通に見ただけでそんなことまで分かんの!?」
「伊達に経験を積んでいるわけじゃないさ」
珍しく赤くなって沈黙したままのリンに、これはチャンスとばかりにアルフォンスがさくっと攻撃に転化した。
「リンさん、僕に絡む前に自分のことをどうにかしたほうがいいんじゃないですかー」
「いや申し訳ない、いくらなんでもまだ何もしてないとは思ってなかったな、うん」
カマかけ成功で得意満面のロイが追撃し、
「何もしてないってわけじャ」
「じゃあどこまでやってんだよ」
エドワードが止めをさす。
「い、いやそノ」
シン皇帝絶対絶命、と思われたその時。
ガラリ、と音を立てて入り口が開いた。何となくそっちを見た全員がびしっと固まる。
入ってきた人物の腕に肩に胸に腹に脚に盛り上がった筋肉といい褐色の肌といい
彼の呼び名の元である額の傷といい、両腕の錬成陣の入れ墨といい全身を飾る傷跡といい
普通に大迫力な相手であるのはもちろんだが、それよりも。
(…デカい…!)
御立派なのは身長と筋肉だけじゃないんですねスカーさん、と。
一気に毒気を抜かれた若者3人はそそくさと体を流し、お湯につかることにする。
「あーこっちは露天風呂ないんだ。残念」
「今の時間は女湯の方からしか入れないはずダ」
「ちぇー」
じゃのぞきに行ってみっか、と湯船の中を動き出すエドワードの後ろ髪をアルフォンスとリンがそれぞれひっつかむ。
「メイの」
「ランファンの」
「裸見たら許さないからね、兄さんでも」
そのセリフは固有名詞を変えれば自分だって同じだけど、
なら一緒に見に行けばおたがいさまでいいじゃないかー。
そんな騒動が繰り広げられている傍ら、
いつのまにかしっかり酒と杯を持ち込み浴槽につかって楽しんでいるロイが是非一献、と体を洗い終えたスカーを手招きした。
「あー俺らもー」
「未成年は脱衣場でフルーツ牛乳でも飲んでろ」
めざとく寄ってくる未成年3人にしっしっと手を振って追い払い、大人2人は酒を酌み交わす。
かつては仇敵同士だったが、今はイシュヴァール復興という同じ目的のために邁進する仲間だ。
あえて言葉にはしないが感慨深いものがある。
と、そのしみじみとした沈黙をぶち破ったのはリンだった。
「そういえばスカー殿、オリヴィエ・ミラ・アームストロング殿に食われたって話本当?」
爆・弾・発・言・パート2。
丁度杯の中身を口に含んだところだったスカーが思いっきりむせ、手酌していたロイは杯から酒をあふれさせる。
もちろんエルリック兄弟も唖然とする。
「んで今はイシュヴァールから北にわざわざ通い夫だと聞いてるんだけド」
「驚いたな。私もその話は初耳だ。…よく有給申請出す理由はそれか」
褐色の肌のせいで分かりにくいが確かに赤くなって黙りこくっているスカーの様子は言葉よりも雄弁で。
視線を交わしあった残り4人はしみじみとそれぞれの感想を述べた。
「アームストロング姉…いや、美人だけどさー」
「美人だけど…ねエ」
「…よく、その気になったよね…?」
「うん、私ならどうするかと思うと多分使い物にならんな、情けない話だが」
「いやその」
スカーがぼそりと答える。
「オリヴィエ殿は、…すごいぞ」
そういう話題に興味津々なお年頃の若者3人に加えて経験豊富なはずのロイまでもががっとスカーを取り囲んだ。
「ど、どのようニ」
「まず………で」
「おお」
「………な感じで、こう、………」
「うわお」
「それから……、……で」
「そ、そんなことまデ…」
「おいおい、私だってそんなことはしてもらったことがないぞ」
ちなみに。
この男湯での一連の会話が秘密の何かの仕組を使ってとある一室でばっちり録音されていることを、
彼らはまだ知らない…
(ヒント:アームストロング家所有の温泉宿)
おわり。