ノックに応える間もなく、ドアを開けると濃紺のシルクのバスローブを羽織った  
オリヴィエ・ミラ・アームストロングが強引に部屋に押し入ってきた。  
「スカー。イシュヴァールに立つのは明日だったな」  
つかつかと彼が体を起こしたベッドの横にきて腕を組み、言い放つ。  
世話になっている館の女主人の来訪に、あわてて床に脚をおろし姿勢を正しスカーは頭を下げた。  
ちょうど眠りにつこうとしていたところのため、  
いつもの癖で上半身裸なことはこの際見逃してもらうしかない。  
「世話になった。…己れを生かし、次の場を与えてくれたことに感謝する」  
最初こそ『何故己れを死なせん』だった思いは、  
故郷の復興に尽力するという新たな目的ができた今感謝の意に変わっている。  
予想どおりの答えに笑みを浮かべ、オリヴィエは言い募った。  
「もっと他に言うことはないか?」  
「…なら言うが」  
顔を上げ、スカーは軽く咳払いをしてさりげなく視線を相手の向こうにそらした。  
「その格好、…女が男の前でそのように肌をさらすものではない」  
濃紺が元々の肌の白さを際だたせ、かつ上質なシルクは肌にしっとりと吸いついて  
豊かな胸と意外に細い腰から尻、脚に続く成熟した曲線を隠すどころかより扇情的に現している。  
冷厳ないつもの雰囲気からは想像できないほどの色香を放つ肢体を前にして  
健康な成人男子が冷静でいられるわけがない。  
 
オリヴィエが目を細め、  
「私が『女』に見えるか」  
貴様案外フェミニストだな、とつぶやいた。  
「いい答えだ。褒美をやろう」  
腕を伸ばし、スカーの首に絡めて後頭部を捕らえ、ぐいと引き寄せて唇を重ねる。  
あまりにいきなりのことに反応しきれない男の唇を舌で割り歯列をなぞりながら  
ひざを相手の脚の間に割り込ませ、身を寄せて厚い胸板に豊かなふくらみをぴったりと密着させる。  
状況を理解したスカーが己を捕らえる腕を振り払おうとするものの、  
女にしては鍛えられているとはいえ自分に比べれば遙かに細いはずのオリヴィエの腕はがっちりと動かない。  
髪からか肌からか、甘い麝香が息苦しいほどに香る。  
一方的に濃厚な口づけを堪能して顔を離したオリヴィエが鋭く光る薄青の瞳でスカーの赤瞳を射すくめた。  
反撃しようとしていた彼が呑まれ、動けなくなるのをくくっと喉の奥で笑って。  
「生娘のような反応をするな」  
自分のバスローブのベルトをほどいたその手を男の腹に這わせ、  
盛り上がる腹筋を愛しげになでさすってそのままズボンの中へ。  
生理的反応で熱く固くなり始めている牡をぐっとつかみあげた。根本からしごきあげる。  
「っ」  
「貴様の声はいいな。そそられる」  
こみ上げる快楽に思わず首を反らせてうめくスカーのたくましい肩に顔を埋め、刻まれた刀傷を舌でなぞる。  
 
「淫ら、な…」  
「淫らなことは嫌いか? 珍しい男だ」  
「その、ような」  
吐息を乱し、体は正直に反応しているくせに堅い男だとオリヴィエは笑う。  
実はこっちも渾身の力で押さえ込んでいた口づけの時とは違い、  
今なら簡単に自分を引き離せるだろうにそうはしないのが彼も楽しみ始めている何よりの証拠。  
規律と自律に縛られて清冽に生きてきたであろう男をこの手で快楽に酔わせ、  
堕とし従える行為は背徳感と征服感に満ちてたとえようもなく楽しい。  
「秘め事は思い切り淫らに行わねばつまらんだろうが」  
立ち上がり、手を背中に回して肩口に引っかかっていたバスローブを完全に引き下ろし、脱ぎ捨てる。  
惜しげもなくさらけ出された裸身にスカーの視線が奪われた。  
つややかに光る肌。胸の谷間は深く、腹部は引き締まり、臀部はまろやかに張り出している。  
生まれて初めて目にする、肉親以外の女性の裸だということを差し引いても魅惑的な肉体。  
彼が自分から目が離せなくなっていることに満足の笑みを浮かべ、オリヴィエはスカーの手を自分の胸に導いた。  
ふくらみをつかませる。  
「さあ…好きに触れ」  
耳元でかすれた声にそそのかされて、スカーの手が動いた。  
 
透けるように白い肌の豊かなふくらみを  
浅黒い自分の手がつかみ、まさぐり、もみしだく光景は我ながらひどく淫らで。  
「んっ」  
手のひらの下で固く立ち上がった乳首をつまむと  
それまでの高圧的な様子からは意外なほど愛らしい喘ぎが聞こえて──  
落ちた。  
今までのお返しだとばかりに背中を引き寄せ、  
唇よりは少し赤みが強い乳首に口づけ、吸い上げると彼女の体がちいさくのけぞる。  
少し汗ばんだ肌は触れた手にしっとりと吸いつくようで、いつまでも触っていたいという気持ちにさせられる。  
スカーは夢中になって手と唇をオリヴィエの全身に這わせていった。  
首筋、肩、胸元に赤い痕を散らす唇。  
背筋、腰、臀部を撫でて肌のなめらかさとやわらかさを楽しむ左手。  
胸をもてあそんでいた右手が不意にふとももの間の熱く潤んだ場所へ。  
「──っ」  
遠慮のない指先に敏感な尖りを捕らえられたオリヴィエが高い声をあげてスカーの首筋にしがみつく。  
円を描くようにこねられてこみあげる快感に、肩に埋めた顔を小さく横に振って訴える。  
「そこ、…っ…やめ」  
 
さらさらと乱れる金髪が二人の肌をくすぐる。  
触る場所や強さや深さを変えるたびに首を抱く腕の力や吐息の乱れや声の高まり方が変わることに気付き、  
「やめ、と、言って…っ」  
ひとつひとつ反応を確認しながら責めるスカーは、  
「ん…っ、くぅ、あ…っ」  
オリヴィエがその態度で、吐息で、声で、  
無骨な男の指が自分好みの快楽を奏でるよう巧みに導いていることを知らない。  
「スカー」  
名を呼んで、顔を上げた男の唇を丹念に貪ってオリヴィエは相手のウエストに手を伸ばした。  
ズボンと下着をまとめて引き下ろし、下腹部に張り付きそうな鋭角でそそり立っている牡をつかみとる。  
ひざ立ちで太ももを限界まで開いてスカーの腰をまたぎ、位置を合わせて先端をあてがって  
ゆっくりと腰を下ろす。熱さが自分を割り裂いて入ってくる、奥まで満たされる感覚はいつ味わってもたまらない。  
スカーも奥歯を食いしばった。  
熱くとろけて引き締まりながら自分を包み込むやわらかな肉の感触が与えてくるものは  
自分の手で慰める時の快楽とは全然違う。  
もう一度名を呼んで、オリヴィエは満足げな吐息を漏らした。  
「貴様のはたくましくて奥まで届く」  
いつも以上の色香を放つ濡れた唇で。  
「動くぞ…すぐにいくなよ」  
甘く命じて、腰を上下しはじめる。ゆっくりとした律動はすぐに激しくなった。  
 
金色の髪が背中で跳ね、乱れて舞う。密着する腹が胸が汗に濡れる。  
一番やわらかく一番弱いその場所をくまなく埋め尽くすものが与えてくる快楽に、  
オリヴィエはもう言葉にならない嬌声を上げ続ける。  
片手は合わせ指をからめて体の支えに。空いている方の手はおたがいの肌をまさぐって。  
爆発の予感にく、とうめいたスカーの背にオリヴィエが爪を立てた。  
「もう、少し、我慢しろ…っ」  
無茶なことを、と思いながら、熱く潤んだ青い瞳にふと思いついて  
ふともものつけねから割れ目に指を滑り込ませ、一番反応がよかったその尖りを弾く。  
過敏な場所に不意に攻撃を受けたオリヴィエが高く伸びる声をあげた。  
つながっている場所が入り口から最奥まできつく収縮して一緒に絶頂を迎えるよううながす。  
たまらず先に爆発したスカーの最奥にほとばしる熱さが引き金になった。  
極められた快感が、閉じたまぶたの裏を白く染め上げる。灼きつくされる──  
少し我を取り戻したオリヴィエは、それぞれに違う錬成陣の入れ墨が刻まれた両腕をつかんで  
脱力しながら体重をかけゆっくりと押し倒した。  
大きく上下する厚い胸板に体を預けて、快楽の余韻を呼吸が整うまで楽しむことに決める。  
 
やがて体を離し立ち上がったオリヴィエは  
分かりやすく自己嫌悪しているスカーを肩越しにちらりと見やった。  
「貴様も十分楽しんだだろうが」  
床に落ちたままのバスローブを着込んで振り返り、彼のほおを両手ではさみ強引に目をのぞき込む。  
「スカー。うちに残ればいつでもこのくらいのことはしてやるぞ」  
「断わる」  
即答。  
まあ予想していた答えなので腹は立たない。むしろそうこなければ失望させられていたところだ。  
声を立てて笑いながら、彼女は一夜の情人に別れの口づけを与えた。  
 
 
おわり  
 

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