昼食後、めまいと頭痛に似たその兆候を感じたオリヴィエ・ミラ・アームストロングは
思い切り濃い珈琲をサーバーごと持ってくるように部下に伝えて眉を寄せた。
司令官として不測の事態に備えるため、体調管理は常に万全に行っている。
しかし、それでも何故か年に数回、不定期かつ唐突に
鉄壁の意志と気力を誇る彼女ですら抗うのにはかなり苦労するほどの強烈な眠気に襲われることがあるのだ。
経験上、その眠気は一度熟睡するまで続くことは分かっている。
勤務中は意地でも押さえ込んでみせるが、久々に長い半日になりそうだった。
ブリッグズ市内のアームストロング家別宅。
「…おい」
見覚えのある濃紺のバスローブ姿でベッドに入り込んでくるなり、
半身を起こし本を読んでいた自分の胸にくたりともたれかかって寝息を立てかける彼女に
スカーは抗議の声をあげた。
「呼びつけたのはそっちだろうが」
「いいから貴様は黙って抱き枕になっていろ…」
仕方ないだろう、こっちの休日にあわせて来いと花屋のおばちゃんに伝えさせたときには
まさか今日これが来るとは思ってなかったんだから。
カフェインの助けを借りつつ半日間眠気に逆らい続けた反動は予想以上に大きく、
我ながら情けなくも軽食を取りシャワーを浴びて寝室に来るのがやっとの状態なのだ。
「明日の朝ゆっくり相手…してやる…」
で、気持ちよく眠りに落ちるほうはよくても抱き枕扱いされているほうはそう簡単に割り切れるわけがない。
呼ばれて応えてわざわざここまで来たからにはこっちもそれなりの報酬を期待しているわけで。
明日の朝?
素晴らしい肉体がすぐに手が出せる状態で無防備に投げ出されているのに、
男がそこまで我慢できるわけがないだろう。
「具合でも悪いのか」
耳元でした声にせっかくの眠りを妨げられ、やや不機嫌になりながらオリヴィエは仕方なく答える。
「眠いだけだ」
いたわってくれているのだろうが、背中を撫でる男の手の感触すら今はうっとうしい。
「そうか」
本当に体調が悪いようなら遠慮するが眠いだけなら、と劣情を募らせつつスカーは体の位置を入れ替えた。
いつもその気迫でこっちを圧倒し優位に立っている彼女が、
今は組み敷かれているのもかまわない様子でぐったりと目を閉じて。
「うるさい…眠いと言ってるだろう…」
少し舌足らずに訴える様子は、子供のようで、こう…なんというか、あるまじきことに可愛らしい。
もしかしてもしかしなくてもこれはいつもやや一方的にやられている借りを返す千載一遇のチャンス、と
こっそり喉を鳴らしてバスローブのベルトを解く。
あらわになったまばゆいばかりの白く豊かな胸に顔を埋めると高級な石鹸の香りがする。
本格的に眠りを邪魔されたオリヴィエはスカーの髪をつかみ、胸に吸いついている顔を引っ張り上げた。
「触るな」
「こっちはその気だ、つきあえ」
怒気を込めた命令にあっさりと返され、驚いた次の瞬間屈辱にほおが熱くなるのを感じる。
「触るなと言っている!」
髪から手を離し背中に思いっきり爪を立てたが胸への愛撫を再開したスカーがたじろぐ様子はない。
錬成陣の入れ墨が刻まれた二の腕をつかみ上にのしかかっている体を引き離そうとしても、
すでに完全に押さえ込まれた状態では重い体も太い腕もびくともしない。
それまで基本従順であり、多少の反抗はコントロールできていた相手の思わぬ反撃に彼女は戦慄した。
一方的にもてあそばれることへの恐怖に加えて
身勝手な男とその欲望を甘く見過ぎていた自分への怒りに思わず我を忘れ、
男の胸を拳でたたき、体をよじって抗う。
スカーは髪を乱し左右に打ち振られるオリヴィエの顔に手を伸ばした。形の良いあごを押さえて唇を奪う。
「っ…ぅん…」
入り込んでくる舌に敏感な口腔の粘膜をなぞられると不覚にも背筋がぞくぞくして、オリヴィエの腕から体から力が抜ける。
…力でかなわないのに抵抗を続けていても無駄に体力を使うだけだから、
ここはとりあえず従う素振りを見せておいて、相手の油断を誘い逆襲するほうが得策と自分に言い聞かせる。
そう、頭の芯がくらくらとしびれたような感じになっているのは、
今この瞬間も気を抜けば飲み込まれそうになるほど強烈な眠気のせいだ…
顔が離れていってからやっと、舌か唇を噛み切ってやれば良かったと思いつくがもう、遅い。
スカーは新鮮な酸素を求めて大きく上下するオリヴィエの胸のふくらみを両手でつかんだ。
こねあげるように揉みしだく。
傍若無人な触られ方をされ反射的に肩口をつかんで押し返そうとする彼女の手が、
指で、唇で乳首に愛撫を集中させるとすがりつくような動きに変わる。
もう何度も重ねた体だ、彼女の弱点はこっちも熟知している。
まず口腔。喉から鎖骨のくぼみにかけて。たわわな胸と頂上の乳首はもちろん、意外なのが脇腹と臍。
行為そのものを拒んでいたはずのオリヴィエが自分の指に唇に快楽を訴え酔いしれていく様子は淫らで美しく、
やっているほうとしては楽しくてたまらない。
そもそも、どこをどうすれば自分がより気持ちよくなれるかをスカーに教えこんだのはオリヴィエ自身だ。
確実に快感を呼ぶ場所を押さえられれば、かき立てられる快感に翻弄されるしかなく。
「嫌がっていたわりにはいい反応だ」
のけぞってさらした喉に軽く歯を立てられながら揶揄されて、オリヴィエは我に返った。
「誰が、ぁっ!」
反論しかけたタイミングで脚のつけねの奥の敏感な突起をいじられ、声が甘く途切れる。
スカーのみならず、好みに合う相手がいれば積極的に迫り、落とし、情事を楽しんできた彼女だが、
事の主導権を手放したことは一度もない。
ここまで男の好きなように傍若無人にさせるのは今夜が初めてだから、
本来ならばもっと怒り狂い冷めていていいはずだと自分でも思うのだが。
加えられる愛撫のひとつひとつに乱れずにいられないのは、
薄く靄がかかったような意識と反比例して過敏になっている肉体のせいで、
…もしかしたら、今までにない状況に興奮しているからかも知れない…が。
「貴様に…つきあってやっている、だけだ…っ」
そういうことにしておこう、と彼女の意地を笑ってスカーは体を下にずらした。
オリヴィエの足首をつかんで持ち上げ、立てたひざの内側に手をかけて思い切り開かせる。ふとももの奥まで。
明るい照明の下に蜜をたたえた秘花をさらけ出させて、下腹部から手を滑らせる。
上方で存在を主張する大きめの蕾を指先ではじいて声をあげさせ、
その下の濡れた粘膜の奥にそろえた指を二本差し込んだ。
ざらりとした感触の天井を指の腹でこすりあげ、軽く関節を曲げて掻くように動かす。
急所を的確に刺激され、オリヴィエは声を張り上げて軽く達した。
その余韻が引く間もなく、体を二つ折りにされ引き抜かれた指よりもっと熱くたくましいものが入ってくる。
深く、奥まで。
「――ぁっ」
上から一気に貫かれ、最奥に与えられた衝撃と苦しさと重さに喘ぐ。
しかしいったん引いた牡がそのまま動かないことに違和感を覚えてスカーの様子をうかがった彼女は
かつてのテロリスト時代はこうだったのかと思わせる赤い瞳に射すくめられた。
「どうしてほしい」
そのとおりにしてやるから言ってみろ、とそそのかされる。
ためらいはしたものの、ただでさえ強い男の腕に完全に押さえ込まれてしまっては自分から動くこともできない。
誘うように浅く動かされれば、そこから先に待っている快楽を知りつくした体がこらえられるわけはなく。
「…もっと、奥…に」
結局彼女は男の望みどおりに淫らな言葉を口にする。
「貴様のが、…欲しい…」
いつも峻厳な光を湛えた薄青の瞳が、とろりと情欲に潤んで見上げる。
おねがい、と続くはずの言葉は重ねられた唇の中に消えた。
開いた太ももを男の腕に抱かれ勢いよく突き上げられれば、衝撃がまぶたの裏に火花を散らし嬌声になる。
揺れるオリヴィエのふくらみに、スカーの汗が滴る。
ぶつかり合う体が独特の音を響かせる。
…そして最後の瞬間が訪れた。
受け入れている内壁が収縮して男の絶頂を誘い、最奥に放たれる熱さが女の絶頂を呼ぶ。
大きく反らせたオリヴィエの背中がシーツに落ち、その上に腕の力を抜いたスカーの体がゆっくりと重なった。
そのままで、おたがいの乱れた呼吸を耳元で聞く。
こうやって自分が上になったまま事後を過ごすのは初めてだが、密着し体重を預けている彼女の体はいつもより細く感じられる。
もう少し余韻に身を任せていたいが大丈夫だろうかと思ったのを見透かしたかのように、
「スカー、…重い」
耳元で不機嫌な声がして、スカーは慌てて体を起こした。
そそくさと身仕舞いをしてからオリヴィエに目をやると、彼女も体を起こしバスローブを着直している。
乱れた髪を手櫛でまとめる背中に声をかける。
「…悪かった」
やるだけやっておいて何を今さら。
振り返り、オリヴィエはスカーの首に腕を絡めた。胸に頭を預けて、告げる。
「明日の朝…覚えてろ…」
そのままやっと許された安息の時に落ちる。
結局最後は抱き枕か、と苦笑しながらスカーも彼女を起こさないよう注意しながら体を横にした。
次の日の朝の、気力体力を取り戻し絶好調な彼女の復讐のすさまじさを、彼はまだ知らない――
終