「おお、これはこれは」  
 めったなことでは動かされない彼の片眉が、ぴくりとはね上がった。  
 嫉妬のエンヴィーから「兄弟の1人」と紹介されたのは、ウェーブがかった長い黒髪を背にたゆたわせた、目鼻立ちに艶のある女だった。  
 まっすぐに背を伸ばしてこちらへ歩いてくる。瞳は鮮やかに紅かった。男は軽く敬礼のポーズを取って微笑した。  
「はじめまして。お噂はかねがね伺っておりますよ」  
「あら、あの子、あなたに何を言ったものかしら」女は婉然とほほえみ返した。  
 それは男の面に賛嘆の表情が広がるのを見慣れている女で、腕と肩の一部を除いて黒衣に覆われていた。尾を噛む蛇をかたどった紅い刺青が、乳白色の胸の中央を彩っている。  
「あの子ったら、いつも年寄りだおばはんだ何だと」  
「とんでもない」  
 砂埃と爆煙の絶えないこの地で、ラストという女の装いは塵1つなかった。まるでこれから夜会に出かけるかのような華やかな衣服に踵の高い靴。彼女が身動きするごとに、ほのかによい香りが漂う。  
 紅い石を見せに来たのだった。ひとまずエンヴィーとの間で話は成立していた。  
 
 
 不老不死が得られる、という甘言に乗って計画への協力を約束する愚かな人間達。  
 数百年にわたり各地で暴動を煽ってきた愚かな男達。  
 彼らにとっては、己の存命中にかなうかどうかも定かではない絵空事を語られるよりも、目の前の生身の女がものを言う時がある。  
 愚かな男達はもちろん皆、用済みになると石に姿を変えた。あるいは寿命が尽きて死んだ。さもなければ、戦いで命を落としたのだった。  
 
 
 資格試験に立ち会ったキング・ブラッドレイによれば、人間にしては相当変わり者だという紅蓮の錬金術師。賢者の石と色欲を名乗る女、いわばこの「現金な」代価にどう応じるか、神のみが知るといった様相であった。  
 
 
 そして廃屋の壁に寄りかかって、重なり合った2つの影が夜気を震わせていた。  
「こういう所も、人間の女性と同じなのですね」  
 研究対象を眺める目で―――調べる手つきで、彼はこの妖艶そのもののような女の秘所に指を這わせている。  
「あら、ひとを化け物みたいに言わないでくださる?」  
「いや失礼。到底同じではありませんね。普通の人間の女とは比べものにならない、と申し上げるつもりが」  
 早くも息を荒げ始めた女の蜜壷から蜜が滴り落ちて、黒い下着と網目模様のストッキングを濡らす。  
「何と細かく震えていること。吸いつかれたくなるような名器なのでしょうね」  
   
 
 この内乱に召集された国家錬金術師は大勢おり、それぞれがイシュヴァールで務めを果たしている。石がなくてもキンブリーの戦果は目覚ましかった。  
 戦場の夜は男女の営みのための格好の場であり、断続的な喘ぎ声が聞かれても、目をむく者はいなかった。イシュヴァール人の女――声を出すかはともかく――であれ、国軍に従軍してきた女であれ。  
 計画遂行のため、すでに大勢の人間が死んでいた。  
 死と隣り合わせの戦場において、女の中に己を沈めて昂ぶりを抑える男はままいる。  
 しかし、薄い色の目を間断なく辺りに注いでいるこの錬金術師が、自らの恐れを制御しかねるほど興奮したり動揺したりする人間には見えなかった。  
 
 
「実にすばらしい」  
 なおもキンブリーが感嘆の声をあげる。  
「まさに、名は体を表わす――」  
「失礼なこと仰るのね、キンブリー少佐。私のことを誰にでも身を任せる女だとお思いなの?」  
 女が囁き返す。  
「どうしても必要な時でなければ、肌を晒したりはしないわ」  
「すると、私はそうするだけの価値がある男と見なされたわけですね」  
 己の美しさと妖艶さがどんな影響を及ぼすか心得ている人造人間と、体を与えられたぐらいで意のままに動くことはない人間。  
「光栄ですよ、ラストさん」  
 
 
 刺青ある手に揉まれて、紅い蛇が歪んだ。  
 それは容易に形を変えて、女の吐息を引き出した。男は白い肌に錬成陣を刻んだ掌を押しつけつつ、指の腹で赤い突起を転がした。  
 胸の大きい女らしくなく、乳首を取巻く桃色の輪は慎ましやかだった。  
 腰まで届く長い艶やかな黒髪が揺れてもう片方の乳輪にかかった。乳首と髪がこすれてぷっくりと立ち上がる。  
 
 
 喘ぎながら女が片脚を上げて、自ら下着を取り去った。  
 4本の細い紐でベルトに繋がれた黒い網目模様のストッキングが残される。  
 キンブリーは笑みを浮かべたまま再び手を秘所に滑り込ませ、2本の指をつぷりと侵入させた。  
 慣れない女のようにおずおずと男の股に手を伸ばす。硬く膨張した男根を引き出した瞳の輝きはとても慣れない女のものではない、と苦笑した。  
「ねえ、少佐。あなたの」  
「何です?」  
 ぽってりした唇でペニスを挟み、舌でねぶり回す。  
「どうしたいのです?」  
「あなたの、お願い」  
「ほう、面白い」  
 誇り高い人造人間が、人間―――単なる石の材料に哀願するさまが興味深く、キンブリーはなおも問い詰めた。  
 私の何をどうするんです?  
「私の……中に、よ」  
 ドレスを捲り上げて、脈打つ男根で入り口をなぞる。  
「もっとはっきり頼んでください」先端をクリトリスに押しつけた。  
「あっ!」若い娘のような高い嬌声を出して、白い喉をのけぞらせた。  
「一言言えばすむことですよ。簡単なことでしょう」  
 先端だけ入れたペニスを抜いて指1本に戻した。ラストが玩具を取り上げられた子供のような顔を見せる。  
「…少佐のっ……挿れて」  
「よく言えました。もっとも貴女の方では、人間の男には飽き飽きしているかもしれませんが」  
「あなた、の……大きいわ……早く」  
 大きく開いてさかんに愛液を流している割れ目に、女の欲しがるものをようやく与えた。ずぶりと奥まで刺さる。「挿れましたよ」  
「きゃぁああっ……!」  
「もう逝ったのですか? 嘘でしょう? 演技でしょう?」  
 かすれ声を上げて2つに身を折った女を、キンブリーは力をこめて引き起こした。  
「貴女のような女性がそんなに早く逝くはずがありません。男の機嫌をとるための演技でしょう」  
「そ…んな……っ」  
「もう少し付き合ってください。出すだけでは私も面白くないですしね」  
 長手袋をはめた両手を砂埃をかぶった壁に突かせて、細い腰を抱えた。  
 膣の中で当たる角度が変わり、女の声がいっそう強くなる。  
「はあ……あぁ……んあっ」  
 遠慮なく精液を奥に注ぎ込んだ。  
 上気した女の頬に、初めて赤みが差した。  
 
 
 会うごとに女は変貌した。  
 初々しく頬を染める乙女から、肉棒を求めて喘ぐ牝までさまざまに。  
 今夜の女は着衣のまま上に座りこんで、太ももまで覆われた形のいい脚を横に流している。  
 男の肉具が、白い肌を彩る靴下止めの隙間から、切り揃えられた黒い下生えの中央に勢いよくねじ込まれた。とたんに女が短い叫び声をあげたので痛いのかと思ったが、やはり感極まって出た声らしい。  
「今日の戦果はよいものでした。何人殺したかわからないほどです」  
「黙ってちょうだい」  
 女がしなやかに身をかがめて、紅い口で男の薄い唇を塞ぐ。  
「おや、何人死んだかということはあなたがたの計画に係わるのではありませんか?」  
 ラストは胸を揺らして身悶えした。「もっと、掻き混ぜて」  
 
 
 人工生命の造り方には詳しくなかったが、知識は持っている。  
 一貫して『彼らのボス』の計画に従って行動する人造人間達。その思考回路には彼の知る限りブレがない。それを好もしく思っていた。  
 
 
 沢山の触手が絡みつくような膣が、絶えず彼のペニスを締めつけている。こぼれ落ちそうな乳房を下からすくい上げるように揉んだ。  
 演技というわけでもなく、女はしきりに身をくねらせていた。  
「よく見えませんね。やはり脱いでくださいませんか」  
 無造作に軍服の上着を砂の上に投げた。起き上がって日に当たらない白い肌から黒いドレスも剥ぎ落とし、手袋とガーターベルト、ストッキングと靴のみの姿にする。  
「貴女はいけないひとだ。今まで何本咥え込んできたのです」  
「あんっ!」  
「何人相手にしたのです? この貴女のここで?」  
 絶え間なく喘いで崩折れそうな女の腰を支え、さらに突き立てた。  
「思うのですよ、さぞかし退屈でしょうに。長く生きていらっしゃるというのが本当なら」  
 女は、喘ぎ喘ぎキンブリーの胸を突いた。「無粋、ね」  
「それどころか、今も同時に二人、三人を相手にしているでしょう、違いますか」  
 キンブリーと会わない夜、ラストの肩を抱いて物陰に消える軍人を目にしている。彼らもまた手足となって働くのだろう、いつか死ぬ日まで。  
「……なぜ、訊くの……してないわよ、そんな……っ」  
「では質問を変えましょう。永遠の若さを保って生きるのは、どんな気分ですか?」揺すり上げるのを止めた。  
「私……が?」  
「まあ、聞かなくてもいいのですが」  
「そうね、悪くない気分」  
 賢者の石を精製しても、錬金術師の手になくてはそれはただの石で、それを用いて大量殺人を行うことのできる人間は限られている。  
 自分が人造人間によって買われたのだとは考えなかった。この美しい女人造人間を思うさま犯すことができるという条件で、買われた男は少なくないのだろうが。数百年の前から、幾人も幾人も―――  
 互いにいい思いをするならそれでいいではないか、と理性が囁いている。  
 
 
 乾燥地帯の夜に似つかわしくなく、女の額から乳房にかけてゆるやかにウェーブした黒い髪が汗で貼りついていた。煮つめられるように女の中に溜まってきた熱を感じて抽送を再開する。  
「お願い……いやっ、激しすぎるわ……」  
「貴女が求めたのですよ」  
「止めて………お願い」ラストは眉間に皺を寄せて哀願した。「漏れてしまいそう」  
「潮を吹くのですか? それは面白い。本当に人間の女性と同じなのですね」  
「ぁぁあっ!!」  
 普段やや気だるそうに話す女が別人のように叫んだ。砂で汚れるのにも構わず膝立ちで男にまたがって、扇情的な下着と彼の軍服のズボンをしとどに濡らしている。  
「やん……あの子が……見てるかも、」  
「あの子とは誰ですか?」  
 答えを聞かないうちに悟った。エンヴィーのことだろう。  
 退屈しのぎに、人間や人間以外のものに化けて覗いていることがある、と切れ切れに女は言葉を添えた。  
 一瞬、誰かに見られている感覚を覚えたのは確かだったが、  
「別にいいではありませんか。では、こちらも行きますよ」  
「きゃあ、あっ、イくわ、ああっ!」  
 ラストが背を反らせ、こちらが子をなさない子宮に向けて繰り返し発射して、痙攣する膣に吸いつかれる感覚の方が遥かに大事だった。  
 男は顔色を変えずに、崩折れた不毛な女の奥底を白い熱で満たした。  
 立ち上がるまでもなく、女の脚の間からどろりと濁った液が伝い落ちる。  
   
 
 続けざまに数度の交合を終えて、女は既に身じまいを整えていた。  
「しかし貴女方は、つくづく気前がいい。石を下さった上にここまでされるとは」キンブリーは石を取り出した。  
「石は貸したのよ。大切に持っていてくださいね。お忘れなく」  
「冥土の土産に、これほどお美しい方とお近づきになれるとは思いませんでしたよ」  
「お上手ね。まさかこのイシュヴァールで死ぬつもりはないでしょうに」  
「なぜ、私とここまで?」  
 女は首に腕を回して、「ほんのお礼」と答えた。  
「嘘よ。いいえ、嘘でもないわ。あなたは大切な人だから」  
「人ではなく人材、でしょう」  
 おかしそうに女は笑った。  
「まあ、役得と言われれば返す言葉はありません」  
「またお会いできるといいわね」  
「ええ、また」  
 
 
 
 
終わり  
 

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