雪も降り出さんばかりの重い雲に覆われた寒空の下、
リザ・ホークアイは独り街角を歩いていた。
「ハァ…」
今日は…いや、今日もと言うべきか。
何だかんだと部下の仕事をチェックし、さぼりがちな上官の仕事をチェックし、自分の仕事を終え。
気付けば今日も終わろうという時間になっていた。
セントラルのゴタゴタの影響はいまだ続いていて、ここ東方司令部も慢性的な人手不足。
かといって人をこき使うというのも、自分の性分ではない。
結局自分で背負い込んでしまうのだが、ソレも別に苦ではない。
ただ、早く帰らないと…
「あのコがかわいそうね」
最近ひきとった子犬は昼間は近所のおばさんにみてもらってはいるが、
やはり一緒に遊んであげたい。
ここ数日はそれもままならず、手のかかる上官に振り回されている。
「…フフっ…」
自分の頭の中で、その男と子犬を比べていることに気がついて。
思わず彼女は笑みをこぼした。
こんな彼女の思考を知ったら、彼は機嫌を損ねるだろうか?
子供のような彼のことだから、すねてしまうに違いない。
「中尉」
その、彼の、声。
「大佐!?」
思わず声をあげた彼女に、彼はにこりと笑いかける。
「遅い帰りだね。…と、私が言えたことではないが」
「まったくです」
いつもより少しだけ柔らかな表情で、彼女は答えた。
「…ではせめて、家までエスコートさせていただくよ。
大事な部下に何かあっては私の評判に傷がつくからね」
笑う彼とのやりとりは、どこまでもいつもどおりで。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。上官の厚意をむげにすることはできませんものね。」
周囲に人がいないのをいいことに、おどけて彼が差し出した手を取る。
最近はお互い仕事仕事で忙しく、二人で会う機会も作れなかった。
そのままくるりと腕に腕をからめて、恋人の距離で夜道を歩き出す。
「…雪がふりそうだな」
「…ええ」
とくに会話はなくても良かった。それが二人の関係なのだ。
ぽつぽつと、とりとめのない会話を途切れがちにしながら、二人は彼女の家の前で立ち止まった。
「…ではこれで私は失礼するよ。」
「あ…大佐」
きびすを返す彼の袖口を捉えて、社交辞令のような気安さで呼び止める。
「せっかくですから、お茶でも飲んで温まっていってください」
「…そう、だな。お言葉に甘えさせてもらおうか。」
それが意味するものは決まっていたが、二人はけして普通の恋人の様な甘えや媚をふくませない。
ただあるがままの愛情を、職務上の立場でオブラートにくるんで、それをはぎとる瞬間を待っている。
彼は彼女の部屋にあがりこみ、彼女は言葉どおり湯を沸かし始めた。
彼は無言でコートを脱ぎ、当然のようにイスに腰掛ける。
彼女もただ黙って、お茶を入れて彼の前に出して、自分はその横にこしかける。
「…そういえば…」
お茶を飲もうとしていた彼がふと口を開いた。
「フュリー曹長が中尉の入れてくれたお茶はうまいと絶賛していたよ」
さも意味ありげに笑う彼に、彼女はただ苦笑してみせる。
「君も罪作りな女だね。部下を惚れさせるとは恐れ入った」
ふざける彼に、彼女も応戦せざるをえない。
「ご自分のことを棚に上げてからかうのはやめてください。曹長にも失礼ですよ」
「これは失敬…しかし」
言葉を途中で切って、お茶をすする。
「…それでは私も罪作りな男、ということになるのかね」
彼女はそっぽをむいて、自分で入れたお茶を口に含む。
「市街の女性達にでも聞いたらいいでしょう。そうでなければ、司令部の面々にでも。
存分に恨み節が聞けますよ。」
日ごろの行いの悪い彼にとっては耳に痛い話だが、彼は悪びれもせず言う。
「私は君に聞いているのだよ、中尉」
言いつつその手は彼女の腰に回される。
「…十分」
ため息をつきながら彼女は彼に向き直って。
「…罪作りですよ、大佐」
彼はニコリといつもの笑みを浮かべて、彼女を抱き寄せる。
目を閉じようとした彼女の視界に最後に写ったのは、彼の微笑だった。
重ねられた唇は二人とも同じ味で、同じ香りで。
「ん…ふっ…」
互いの、まだ冷たい頬を両手で包んで。
つぅと銀の糸をひいて離れた唇は、つややかに濡れていた。
薄く目を開いた彼女が、控えめに自分を見上げたのに、
彼はぎゅうと心臓をつかまれる。
「…ここでしてもいいかな?」
「それはダメです。」
にべもない答え。しかも即答。
しかしそれが彼女なのだから仕方ない。
それにもう、―とても二十も後半の女とは思えないほど―
初心そうに、頬を赤く染めている彼女が、愛しくて仕方ない。
「そうか…じゃあ仕方ないな。」
当然だ、と怒ったふうの彼女の首筋に唇を落として、
片手を膝の下へと滑り込ませる。
「ちょっと失礼。」
「きゃっ?」
ふわりと、失礼ながらレディとしてはやや重い彼女の体が浮き上がる。
いわゆる「お姫様だっこ」というやつだ。
「ちょ、大佐っ。」
「ん?あぁ失礼。先に了解を得ておくべきだったかな?」
慌てる彼女に、あくまでそらっトボケた表情の彼。
「…もう、いいです。」
諦めたのは了承のサイン、とばかりに彼は満足げにほほえんで、
彼女をベッドにうつした。
ぎし、とベッドのきしむ音。
冷えたベッドの上で服をはだけると、体温が奪われていく感じがする。
黙々と事務作業のように服を脱いでいた二人は、やがてお互いの裸体に目をむけた。
彼はベッドの上に座り、彼女を自分の目の前に座らせた。
ぺたりとシーツの上に腰を下ろした彼女は、彼を直視できず目をそむける。
ランプの暖かな光に照らされた彼女の身体は闇の中に白く滑らかに浮かんで、
彼の手を吸い寄せた。
「んっ…」
豊かな双丘をなでられて、鼻にかかった甘い声が漏れる。
柔らかな感触を柔らかにもみしだきながら、彼は彼女の耳元で低くささやく。
「…髪もおろしてくれないか?」
「ん…は、い…」
彼女の無駄なくひきしまった腕がパチン、と髪留めを外すと、
艶やかなブロンドがふわりとおりてきた。
「…綺麗だよ…できるなら私の前でだけにしてほしいな、髪を下ろすのは…」
自分の頬をくすぐる金糸の香りに刺激されながら、彼は彼女を抱き寄せて、
うなじに強く吸い付いた。
「大佐っ…そんなとこにっ…あ」
言う彼女の意向を無視して、その背に手を滑らせる。
そのまま―あくまでそっと、手を下に移動させて、
尾てい骨のあたりを軽く指の腹を滑らせるようにして触れる。
「や…大佐、いたずらは止め…」
身をよじる彼女の要望どおり、彼はさらにその下へと指をもぐりこませる。
「んっ…」
くるりとつぼまりの周囲で弧を描き、ついでその中心を押す。
「や、ちょぉっ…」
彼女の抗議に彼が思い出だしたのは、以前同じ試みをしたときの、
鬼の形相で自分を殴り飛ばした彼女の姿だった。
「…冗談だよ」
いたしかたなくそう言って、彼はまだ湿りきらぬ花弁を押し広げた。
彼女の切なげな声が耳をくすぐる。
彼は自分の血液がすべて下半身に集中するような錯覚を覚える。
それでも彼は落ち着いて中に指を押し込み、ゆっくりと内側をなで続ける。
重ねた唇から甘い息が漏れないように、強くおしつけ、舌をからめる。
「んふっ…う…」
やがて手にも舌と同じぬめりを感じた彼は、名残惜しそうに唇を離し指を抜いた。
濡れた指を舐める彼にむけられた、彼女のとろりと熱に潤んだ鳶色の眼は、
焦点があっていないように見える。
「…きてくれるか?」
少し汗ばんだ肌に張り付いた髪を、そっと梳いてやりながらそう言うと、
彼女は無言で腰を浮かせた。
彼はぐっとその腰をひきよせて、先走りに濡れる自身をその入り口にあてがった。
「…君ばかり熱くなっては卑怯だな…私を暖めてくれるんじゃなかったのか?」
言外に『腰を落とせ』という彼に、彼女は頬を染めながらも眉をひそめて見せた。
「…もうお茶はお出ししませんよ」
「…そいつは困ったな。仕方ない、私が動くか。」
言うなり彼女の両足を抱えて、押し倒す。
「きゃっ…あ!」
つぷ、と自身の先端を埋め込んで、
自分にすがりつこうとする彼女のしどけない姿を見下ろす。
金の髪は乱れ広がり、両脚は彼に抱えられて大きく開いている。
シーツにできた波を乱すように、彼は熱い肉壁の間に押し進む。
「い、あ…ぁっ…は…」
どくどくと脈打つ質量が埋め込まれて、蜜壷からはとろりと熱い蜜がこぼれだす。
ぎゅうと内側をしめつけるのは彼女の意思ではないが、
たしかに身体は次の快感を促している。
彼女の爪の痛みを背に感じながら、彼はすっかり自身を彼女の中にしまいこんだ。
「…は…中尉」
まだ動く気はなかったが、愛液を隔てて自分自身と彼女自身がはげしく脈打って、
互いを求めているのがわかった。
「はっ…たい、さ…」
まるで処女のような反応をする。
おびえた様に縋ってくるくせに、
その内部は意思があるかのようにうねり彼にまとわりつく。
「淫乱だねぇ…」
思わず思ったままを口にしたのだが、彼女は今にも泣きそうな、怒りそうな顔をした。
―いっそ泣かせてみようかなどと意地の悪い考えをめぐらせて、
彼は彼女の乳首にしゃぶりつく。
「た…ひぁっ…」
それだけで、体中を快感が走り力が抜ける。
自分の背にまわされた腕の力が抜けたのを、彼が逃すはずもなく。
「…っあぁっ!」
ぐっ、と腰を押し付けて、彼女の耳元でささやく。
「…もぅ、いい加減…名前で呼んでくれないか?」
耳元の低い声に蕩けそうになりながら、膣の奥に当たる熱い塊を感じて、
悲鳴になりそうな声を絞り出す。
「ロイっ…!」
「リザ…!」
一瞬ギリギリまで引き抜いて、再び強く打ち付ける。
結合部からぬるりと漏れた愛液は彼女のアナルの周辺に垂れる。
「い…ぁ…はっ…ロイっ…」
しがみついてくる彼女の足を抱えたまま、もはや言葉を発するのも惜しかった。
発情した獣のように彼女を犯す。
豊かな乳房の揺れるのも、かぶりを振って金の髪の乱れるのも、
汗が玉になって肌をすべり落ちるのも。
視界に納めていたはいたけれど、それもすでにどうでもよく、ただ熱に浮かされていた。
それは彼女も同じことで。
「あっ、あぁっ…はぁ、んっ…!」
それでも室内に響く嬌声は耳にまとわりついて、自分の息があがっていることに気付く。
彼の汗がポタリと自分の上に落ちてくる。
涙でゆがんだ視界の中で、彼は必死の形相になっていて。
それが嬉しくて、おかしくて、なのにせつなくて。
けれど一瞬の思考は快感にとって変わられて、喉の奥からは恥ずかしい声ばかりが出てくる。
「はぁっ、あんっ、あっ、っ…ろ、いぃっ…!」
「はっ…リザっ…!」
じゅくじゅくと耳にまとわりつくいやらしい水音。
その音と、乱れた呼吸と、ベッドのきしむ音との中で、
すっかり二人からは理性が抜け落ちて。
「ひぁっ…も、ら、めぇっ…!」
「…っ!」
彼が最奥で爆ぜた瞬間、彼女の思考は完全にホワイト・アウトした。
かさ、と衣擦れの音がして、ぼんやりと外を見ていた彼は目線を下に向ける。
暖房を入れはしたが、外の空気の冷たさは壁からしみてきそうだった。
彼女はまだ全裸のまま毛布に包まっていたが、彼の視線に気付いたのかそのまま起き上がろうとした。
彼は彼女の滑らかな肌からずり落ちようとした毛布をかけ直して、彼女の上体を抱きかかえる。
彼の視線は彼女に注がれるが、彼女は彼が見ていた方向に目を向ける。
すっぽりと毛布と彼の腕に抱かれた彼女の目に映ったのは、窓。
「…雪?」
「あぁ…」
彼も彼女の肩に顔を乗せて、同じ方を見る。
いつでも二人は、同じ方向を見ている。
「…寒くない?」
ぽつりと彼女が口にした優しさに、彼はふと微笑を漏らす。
「いや?まだ君がくれた熱が残ってるよ…それにこうしていれば、君も温かいだろう?」
「そう…そうね」
甘い香り…とそう思ったのはどちらだったのか。
互いの香りが、何故かそう思えて。
しばらくじっと、雪を眺めていた。
次に口を開いたのは彼だった。
「…そう言えば」
ちゅう、と彼女の額に口付けて。
「…口が渇いて仕方ないんだが…お茶をいれてくれないか?」
そしてもう一度、同じ味のキスを。
朝はすぐそこに、雪を反射しようとしている。