その光景を、彼等をよく知る者達が見たら、己の目を疑ってしまうだろう。  
 
マスタング大佐の邸宅の一角、研究棟として割り当てられたその場所は  
マスタングの命がない限り、使用人が近付くことはない。  
天井から床まである大きな窓からは暖かな光が差し込み、部屋に面した内庭には  
ブラックハヤテ号が元気に遊び、駆け回る姿が見えた。  
その飼い主のホークアイ中尉はというと、フローリングの床に直に座り込んで  
本を読みふけるマスタングの膝枕に身を委ね、その特権を享受していた。  
 
状況判断に長け、多少の事には動じない冷静沈着な女性。凛乎たる姿は時として周囲からは  
過剰に冷たいものとして受け止められがちだが、時たまかいま見せる笑顔は  
(滅多にお目にかかれないが)ことのほか柔らかいが──その、普段は近寄りがたい  
雰囲気は一体どこへやら。  
口元は綻ぶというより、もはや蕩けるようにゆるんでいる。ひだまりにまどろむ猫の様に  
身体を丸め、時折寝返りをうち、愛犬の様子に目を細めている。  
静かな部屋に、頁をめくる音だけが響く。首を反らして、ホークアイは膝の主を見上げた。  
膝の上の自分の事などすっかり忘れ去り、もはやその眼には掌中の本にしか注がれていない。  
かと思うと、時々ひどく優しい手で膝上の金の髪を撫で付け、指に絡ませる。  
それが嬉しくて、ホークアイは一層身体をすり寄せた。  
 
手にした本と身体の隙間から覗く唇に向って、指を伝い上げる。  
書物から外された黒い瞳がこちらへ向けられた。  
「大佐」  
「なんだね」  
「キスしてもいいですか」  
「どうぞ」  
閉じられた本と入れ代わるように身を起こし、半ば縋り付く形で  
抱きついた。そのまま耳朶を食み、顎に沿って唇を滑らせる。  
下顎に口づけてもなお閉じたままの唇の端を、舌先で軽く小突く。  
僅かに開いた隙間を逃すまいと、素早く舌を差し入れ、同時に片手で顎をつかみ  
自ら開こうとしない口をこじ開けた。深く、深く口づけ、相手を求めて舌を伸ばす。  
 
口腔をなぞり、絡め取ろうとした手前で逃げられてしまった。  
追いかけては、寸前で逃げられ、そのくり返し。しばし口腔内での応酬が繰り広げられた。  
逃げる男の舌をなんとか捕らえようと、行為は熱を帯び、もはや意地の張り合いといった  
様相を深めるばかり。先に唇を離したのはホークアイの方だった。  
「逃げちゃ、駄目です。大佐」  
少しばかり乱れた息を整えながら、人の悪い笑みを浮かべる男の顔を睨み上げた。  
「もう音を上げたのかね」  
やれやれ、と肩をすくめて差し出された男の舌を、待ち構えていた唇がぱくっとはさみ、歯で押さえて  
「つかまえた」  
満面の笑み。  
 
戦利品をじっくりと味わうように、激しく舌をねぶる。少しも飽き足りず、どん欲に  
貪り続けるホークアイに、マスタングはただ求められるままに応じていた。  
「……ん、っふぁ…」  
混じり合う唾液を飲み込む度に、身体が痺れるように熱く焦がれていく。  
こくり、とまたひと飲み。甘い痺れに頭がクラクラする。夢中でマスタングの背中にすがりついた。  
 
「大佐……」  
声が掠れるのは渇いているからだろうか。喉の奥が粘ついて舌がうまく回らない。  
「うん?」  
「抱いてもいいですか」  
「どうぞ、お構いなく」  
身を預けた身体の重みで、男の体が後ろに傾いだ。  
 
相変わらず悪戯っぽい笑顔を浮かべて、憎らしくもあり、愛しくもある。  
その顔を両手で挟んで覆いかぶさり、鼻先をかぷりと銜えた。  
不意打ちを喰らった顔は無防備そのもので、思わず笑いがこみ上げた。  
「大佐、かわいい」  
クスクスと笑いながら皺を寄せた眉間に口付ける。童顔を密かに気にしているから  
幼さを指摘されると、とてもわかりやすい反応を示し、それがかえって幼さを  
強調させている事に気付いているだろうか。  
憮然とした表情をなだめるように頬擦りし、耳に、瞳、額と漆黒の髪に口づけを落す。  
唇を舌でなぞり、ついばみ、まるで唾をつけると言わんばかりに頬を這い回り  
緩緩と首筋を撫で下ろしていく指先が、シャツのボタンにかけられた。  
 
プライベートだというのに、きっちりと上まで止められたボタン。職場での言動と  
相反する几帳面さに、おかしな性癖だと、ある意味彼らしい天の邪鬼な一面に笑いをかみ殺した。  
一個一個ボタンを解き、シャツをずらしてはだけた首筋から鎖骨へ舌を滑らせる。  
強く吸い付き、時折甘噛みして紅く色づけながら胸元まで下る。頭頂部を口に含み、  
反対側も手のひら全体を使ってさすり始めた。  
舌で転がしたり、唇でひっぱってみたりするうちに、組み敷いた身体が揺れているのに  
気付いた。感じているのだと思うと嬉しくて、這わせる舌と手の動きに熱が篭る。  
「くすぐったいよ、中尉」  
身を捩り、吐息をもらすマスタングの声に、ついばんでた突起から口を外して見上げた。  
「男性でもここを…こうするのは気持ちいいんですか?」  
指先でピンと弾くと、マスタングの身体もピクリと揺らめいた。  
「悪くは、ないね」  
一種の優越感に酔いしれ、更なる愛撫を施そうと身を屈めたその時  
「っ!あ、んぅ……?」  
不意に下腹部に甘い刺激が走った。いつの間にか片膝を立てていたマスタングの  
膝頭の上に、図らずも腰を落した形になっていたのだ。下着がぬらつく感触に頬がカッと熱くなる。  
布越しでもはっきりと伝わっているだろう。羞恥に煽られて火照りが一段と高まった。  
「あぁんっ…!や、だ…ぁ」  
狙いすましたかのように何度も膝が擦り付けられて、甘美な疼きに徐々に支配されていく。  
身を捩って逃げようにも、まして反撃もままならず、マスタングの胸の上に崩れ落ちた。  
 
「ぅん…。ま、待って…。やめてくだ、さ……い」  
流されそうになるのをなんとか押しとどめて、膝からずらした体を起こす。  
「何故?」  
さも心外だと言わんばかりに見上げる男の顔を正視できない。  
「服を…着たままは、ちょっと」  
汗ばんだ体にまとわりつく暑さに加えて、下着が滲む不快感がどうにも気持ち悪い。  
それにこのままだと滴る密が下着を通り越して表にまで染みだし、服を汚してしまうかも  
知れないと思うと落ち着かない。そしてなにより。  
「……直に触れて下さい」  
布地を隔てた感触がもどかしい。相手の熱がとても遠くに感じるのもまた切ない。  
 
 
セーターを脱ぐホークアイのタックパンツの留め金をはずし  
ずりおろしながら太ももに手を這わせると、跨がったままのホークアイがきゅっと脚を狭め  
マスタングのちょうど腰のあたりを軽く締め付けた。まだ駄目だというお預けなのか  
それとも余計な手出しをするなと怒っているのか。とりあえず、腰を浮かせたところを見ると  
脱がせる事に反発しているわけではないようだ。  
片足づつ抜き取ってショーツに手をかけながら、その下に隠れたまろやかな膨らみを揉みしだくと  
脱いだセーターから顔を覗かせたホークアイが、手の動きにつられて艶やかな吐息を漏らした。  
中央の谷間に伸ばされた手の動きを誘うように、ゆっくりとしなだれかかって深く口付ける。  
指がうごめく度に、内に篭っていた蜜が滴り落ち、男の服の上にいくつもの染みをつけていく。  
とろりとまとわりついて滑る指と、濃密に絡みあう舌が、互いをかき消すかのように大仰な音を立てた。  
「……何がおかしいんですか」  
自分でも気付かない内に笑っていた事に、指摘されて初めて気が付いたマスタングは  
それがきっかけとなったのか、しばしの間、笑い続けた。  
「いやね、君は公私共々一生懸命だな、と思って」  
「上官が怠け者ですから、自然とそうなるんです」  
言葉とは裏腹に、その口ぶりからは責めるよりもどこかからかいを含んでいるようだった。  
濡れた唇をとがらせて見下ろす瞳は熱を帯び、上気した頬が白い肌を一層際立たせ、より情欲をあおる。  
 
脇腹をなぞる手が、じわじわと黒いアンダーシャツをせり上げていく。背筋を走る感覚に  
たまらず喘ぎが漏れた。もどかしさも手伝ってか、マスタングが手を伸ばすより先に  
引き寄せたその手でぐい、とシャツをめくり上げさせ、揺れながら零れた胸に導く。  
「あ、ああっ、ん……!」  
しっとりと汗ばんだ乳房の吸い付くような肌触りに、縫い止められた手が緩急をつけて  
揉み立てる。指を押し返す弾力のなんとも言えない心地よさに、自ずと行為に熱がこもる。  
「はぁ……た、いさぁ…ん、あ、あっ……きゃぅっ!」  
きゅ、と蕾を摘み上げられた刺激にピクンと躯が跳ねた。鮮烈な感覚が駆け抜けて  
腰の奥がジン…と痺れる。心が、身体がより強い刺激を求めてわなないた。  
 
マスタングの胸板に身を伏せ、下腹部をほぼ一直線に舌を滑らせていく。  
歯先で捉えたズボンのファスナーを下ろし、そのまま内部を探る。  
唇でかきわけ、口にくわえた獲物をズルリと外へと引っ張り出した。  
責付くような行動に少々面喰らいながらも、マスタングはホークアイの好きにさせていた。  
金の髪に遮られて、その様子を目視できないのは残念だったが。  
 
まだ勃ちあがりきってない獲物を深くくわえ、たっぷりと唾液をからませる。  
唇が折り返す度に徐々に硬さが増していき、口腔内を圧迫してくる。  
名残惜しそうにゆっくり引き抜くと、唾液までが一筋、未練がましく尾を引いていた。  
脈打つ塊に手を添え、熱く潤んだ秘裂にあてがう。  
「随分とせっかちだね、君は」  
聞き終わらないうちにホークアイは腰を沈めていく。  
 
「んぁっ……!」  
 
身体を貫く衝撃の大きさに、思わず息が詰まる。  
ぎゅっと閉じたまぶたの裏に火花が走って、それが全身を駆け巡っていくように感じた。  
「は、ぁあっあん、……っくぅ…んうぅ…!」  
息が苦しい。汗ばんだ肌にはりつく髪がうっとおしいが、振り払う手は男の肌に爪を立てている。  
身体を苛む疼きはなおも治まらず、煽られるばかりの熱のせいで、かえって渇いていくようだった。  
「たっ……さ、たい…さぁ…あっああっ」  
焦燥と快楽が交互に押し寄せ、思考がぼやけてくる。やけに大きく聞こえる鼓動が一つ跳ねる度に  
渇きでひりつく喉が痛む。ごくり、と生唾をひとつ飲み込んでも乾きは止まらない。  
 
「うっ……ふぅ」  
はぁ…と大きく息を吐き出す。思うように力が入らない。  
「──ん、もぅ…。ほん、とに…怠け者…ン、なんで、すか…らぁ」  
添えられてるだけの、マスタングの手をひっかくようにつねりあげる。その手はくびれた腰から  
移動していなかった。密着した肌の感触を熱く感じても、置き去りにされたような寂しさで  
逆に冷えていくようで、微動だにしないものぐさな男が恨めしかった。  
「…邪魔しちゃ悪い、と思ったんだが…ね」  
どういう意味だ、と問うより早く身体が揺らいだ。何が起こったか認識できず  
遅れてやってきた感覚に、なんの心構えもないままその身を預けた格好になった。  
「あ──ああっ…!や、あぅ…ああぁっ!」  
豹変とはまさにこの事。さっきまでとはうって変わって激しく突き上げられる。  
もたらされる快楽にただただ翻弄されて、ホークアイは嬌声を上げるしかなかった。  
 
バランスを崩しずり落ちそうにになるも、力強い腕が身体を支え、立て直す。  
逃れられない──主導権を完全に奪われてしまった。絶対的に有利な体勢だったのに。  
唇を噛み締めるも、こみ上げる喘ぎが口をこじ開けてしまう。  
 
立場が逆転してしまった悔しさよりも、むしろ安堵感の方が大きく胸を占めた。  
焦がれるような熱さも次第に薄れて、穏やかに身体を包む甘さが心地よくて  
頭の芯まで蕩けさせていくようだ。  
「んふ…あぁ、…んね、たい…さ。大佐…も、ハァ…気持ちい、ゥンッ…です、か」  
ピタリと動きが止まった。きょとんとした面持ちはすぐに皮肉な笑いにとって変わる。  
喉の奥でクッ、と笑っていた。  
「不粋なことを聞くんじゃない…」  
困った子だ、と呟いて再び動き出したマスタングに合わせ、ホークアイも腰を動かす。  
より深く、より多くの快楽を得る為に、より貪欲に。  
高みに押し上げられて行くにつれて、余分なものがどんどん削り落とされていく。  
胸の内を占めるたった一つの感情の他、残るものは何もなかった。  
「た…いさ…。ッキ……好きっ…です…」  
全身が粟立つ。ツイ、と背中を撫でた手の動きに誘われるまま  
ホークアイの身体が弓なりに反らされた。意識が白く弾けていく。  
「私もだよ」  
 
(続く)             
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