セントラルシティは大総統司令部を中心とした軍事都市として機能している。  
しかし、人が集うところに歓楽街あり。色街は人が多ければ多いほどにぎわうのが世の常。  
セントラルといえども例外ではなかった。  
昼間は軍人たちが闊歩している街中の石畳も、夜ともなれば色とりどりの灯火がともり、酒の匂い漂い、  
嬌声がさざめき、時として酔客の喧嘩沙汰なども起きる喧騒の巷となる。  
そんなセントラルの歓楽街の一角にあるいかにも怪しげな酒房の中で、一人の若い士官が女性に  
囲まれていた。  
「大佐ぁ、今日は帰っちゃいやぁ〜ん」  
「え〜。大佐は今夜は私と一緒に…(はぁと)」  
「キャサリン、抜け駆け禁止よぉ」  
「エリザこそ!」  
「なによジェイン!」  
店の女の子たちに囲まれてやに下がっている男の頭を、店のマダムがキセルでこつんとこづいた。  
「いてっ!」  
「ちょいとロイ坊」  
「ひどいなあ、マダム・クリスマス」  
 
ロイ坊、と呼ばれた男は流し目にマダムを見やって、にやりとした。  
ロイ・マスタング。「焔」の二つ名を持つ国家錬金術師にして、軍の階級は大佐。  
巷ではイシュヴァールの英雄として聞こえの高い英傑であるが、その来歴に比して、  
しなだれかかる女の子たちに鼻の下を伸ばしきっている様子は単なるドン・ファンにしか見えない。  
「いい加減にしないと、エリザベスに怒られるよ?」  
「エリザベスちゃんはお仕事で、私は放置されているんです。寂しいもんだ」  
ため息をつくふりをして、隣に座っている女の子の首に吐息を吹きかけ、くすぐったそうに身を  
よじるのを見てまたにやつく。  
「まったく、しょうがないねえ」  
呆れたマダムが同じくため息をつくと、ジプシーのように大量につけた腕輪がじゃらじゃらと  
音をたてた。それを尻目に、ちょいちょいと周りの女の子をくすぐったりつついたりとこまめに  
手を動かしながら、ロイは男の色香の漂う流し目を送って問いかけた。  
「そんな可哀想な男に、誰かからラブレターなんて受け取ってないですか?」  
「残念だね。今日のところはなにもないよ」  
そっけなく言われて、大袈裟な落胆の仕草をするのがキザったらしい。  
 
その頭をもういちどマダムのキセルがこづく。  
「黙ってみてりゃつけあがって。うちの女の子たちをおもちゃにすんじゃないよ」  
「おぉ、怖い怖い。今日のところは退散するとしましょうか」  
立ち上がりかけたロイに女の子たちの異議紛々の声が沸きあがったが、マダムがぎろっと睨むと静まった。  
「また来ますよ。今度はラブレターがあるといいな」  
「そのときはツケも払っておくれよ、ロイ坊」  
「はいはい。でも、坊や扱いはそろそろ卒業したいですね」  
「それには10年早いよ。またおいで」  
嫌味ったらしいくらいの色男は軽く敬礼の真似事をして席を立ち、扉を出ながら投げキスを  
店内に送ることまでしてのけた。  
しかし、きゃあっと湧いた嬌声に背を向けたとき、ドン・ファンぶりは拭ったように消えうせて、  
その表情は厳しい軍人のものとなっていた。  
(今日も特段の動きは無しか…。第五研究所に巣くっていたやつら…いつ動くんだ…!)  
腹心の部下たちに潜伏活動を命じてから数日が経つ。周到に餌を用意し、人員を配置し、網をめぐらせた。  
それはいい。  
無意識のうちに部下たちを忍ばせた隠れ家の方へと続く路地の入り口へと足が向いているのに気づき、  
ロイは立ち止まった。この先に自分が行くわけにはいかない。司令官は指令を出した後には手足となって  
働くものたちを信用して、現場に立ち入ることなく善後策を練り続けなければならない。俯瞰するものなくして  
作戦は成就できない。  
さきほどの浮ついた様子とは別人のような深いため息をこぼし、ロイは一人ごちた。  
「待つ身は辛いな」  
 
きびすを返して大通りに戻ろうとしたとき、急ぎ足で路地に入ってきた黒装の女と鉢合わせの格好になった。  
慌てて避けようとしたためにロイの袖口のボタンに女が羽織っていたショールが絡みつき、かすかに裂ける音がした。  
「失敬」  
「あら…ごめんなさい」  
「いや、こちらこそ。ああ、これはいかん…破れてしまったな…」  
ショールがずれた肩口があらわになってロイの目を射る。  
夜の闇に溶けこんでしまいそうなほどの豊かな黒髪と、同じ色のドレスとの対比で、素肌の白さが  
ほの白く輝くようだった。豊満な体つきからメスが匂い立つ。  
血の気を感じさせないほどの白い顔でいながら、毒々しいまでに紅い唇から物憂げにこぼれる言葉。  
「…いえ…かまわないわ」  
毒のある美しさはどう見ても堅気の女には見えない。高級娼婦か?と思ったが、この界隈の女を  
仕切っているマダム・クリスマスと懇意にしているロイは玄人女なら一通り見知っている。  
それなのにまるで覚えがなかった。  
「失礼だが、ここらの方かな?」  
どこか上の空だった女は問いかけられてはじめてロイの顔に視点をあて、一瞬、目を見開いた。  
 
「焔の…!」  
「いかにも」  
先ほどの酒房で見せたドン・ファンっぷりを多少にじませつつ優雅に一礼すると、女は戸惑ったような  
面白がるような表情をした。  
「こんなところにイシュヴァールの英雄さんがいるなんて、驚いたわ」  
「私も驚きましたよ」  
「…なぜ?」  
「こんな路地裏でこのような美しい女性に出会えるとは…ね」  
歯の浮くような台詞をさらりと言ってのけたロイに、女はくすくすと笑い出した。  
「お世辞が上手ね、大佐さん」  
「上手なのはそれだけじゃないんですがね」  
「…あら」  
ほのめかしを理解した証拠に、女は優雅に手を差し伸べた。  
「証明してくださる?」  
「喜んで。お送りしますよ…どこか落ち着けるところへ」  
「…なにか面白いお話でもしてくださる?」  
「話よりもよいことができるかもしれませんね」  
ほつれたショールを丁重に女の肩にかけてやると、ロイはまるで女王に対するようにうやうやしく  
手に口づけ、そのまま上目遣いに問いかけた。  
「名前をうかがってよいですか?」  
「…ソラリスよ」  
 
寝台のシーツの波の中で、ロイはソラリスの身体を組み敷きながら、感嘆するばかりだった。  
どこまでも従順な柔肉を持ちながらも、芯にはしたたかな肉食獣の勁さをもった極上のメス。  
それがソラリスだった。  
白い肌が興奮と刺激でほんのりと朱を帯び、吐息すらも甘い毒のようにしたたる。  
敏感でいながらも屈しない、反抗的とすらいえる感度の高い体をまさぐると、艶のある声をあげる。  
「あぁ、ロイ…そこよ…いいわ…」  
首筋を舌でなぞりあげてやると、まるで処女のように敏感に身を竦ませる。  
耳たぶを甘く咬みながら胸の双丘をもみしだくと、頂きの小さな果実がこりっとした形もあらわに  
立ち上がる。不思議な文様の刺青がその胸のあわいに刻み込まれている。その文様にも舌をはわせ、  
形のよい乳房を伝って腹から臍を経て、蜜壷に指を進めたとき、もうしとどにそこが濡れていたのは  
言うまでもない。  
程近い小さな芽を親指で軽く擦りたててやりながら内部に指を沈めると、驚くほどの緊さが指に伝わってきた。  
「すばらしいよ、ソラリス…」  
膣壁のざらつきを刺激してやると、あえぎ声がさらに高くなる。高価な楽器を奏でているように。  
吸い付くような手触りの太ももを押し上げ、差し込んだ指で奥底まで開くようにして、とろりと  
した蜜が湧き出ている泉に吸い付くと舌もねじこんで蠢かせる。指ですらきつく感じた締め付けが、  
抵抗を示すようにさらに強くなって舌を圧迫する。  
のけぞる腰を押さえつけて、指で奥深くを刺激すると、さらによい声でソラリスが啼いた。  
「あ、あぁ、ふぁっ…!ああっ!」  
奥深くへ誘導するかのような肉襞の収縮を感じたロイが追い討ちの刺激をくわえると、  
ソラリスの内部が痙攣するようにひくついた。もう限界が近いのだろうか。  
と、いままで快感に耐えるためにか、つよく閉じられていたソラリスの目がゆっくりと  
開いた。蝶がまどろみからさめるようにまぶたが開き、菫色の瞳が濃い睫の茂みの奥に咲く。  
「…ね、ちょうだい…あなたのそれ…」  
なぜかとるのをかたくなに拒んだ黒い手袋をしたままのソラリスの手指が、ロイの男根を愛しげに掴み、  
ゆるやかに扱きたてた。  
「く…っ!」  
そっと唇がよせられ、甘咬みされ、先端をぞろりと舐められたとき、ロイの全身に快感が駆け上った。  
上目遣いでロイを見上げた菫色の瞳がどこか醒めているように見えたのは気のせいだろうか。  
なぜか追い詰められたような怯みを払いのけ、ロイはソラリスを再び組み敷いた。  
乱暴ともいえる勢いで昂ぶりをソラリスの中に沈め、思うさまに抽送すると、  
すぐにも果ててしまいそうなほどの締めつけとまつわりつきを感じる。  
「…っ、いいっ…!いく…!」  
「う、ううっ…!!」  
吸い込むような蜜壷の締め付けが一際強くなり、さきほどとは比べ物にならない痙攣が  
膣壁に起きたとき、ロイもたまらずに精をソラリスの最奥に注ぎ込んでいた。  
 
果ててまどろむソラリスの寝顔は、別人かと思うほどの無邪気さをただよわせていた。  
(いや…無邪気…というよりは無表情…まるで人形のような…)  
どこか不安すら感じさせられて、ロイは確かめるようにそっとソラリスに口づけた。  
唇が唇に触れると、ソラリスは少し気だるげに顔を背けたが、それで目がさめたようだった。  
人形が生命を吹き込まれていくにも似た目覚め。間近でつくづくと見惚れていたロイは、次の瞬間、  
息を呑んだ。  
「…その目は」  
はじめて真正面から見たソラリスの瞳は、菫色の虹彩が縦に細く切れ上がった猫科の獣の瞳だった。  
ゆっくりと起き上がったソラリスはどこか寂しげに目をそらし、小さな声で呟いた。  
「これがあたし…。人ならざるもの…」  
「…なにかわけがあるのか…?私にできることがあれば…」  
「あなたにできることなんて…」  
消えそうな呟き。顔を伏せ、ソラリスは肩を震わせて嗚咽しはじめた。  
「ソラリス…」  
思わずその肩に手を差し伸べたとき、ロイは気づいた。  
ソラリスは…泣いているのではない。笑っているのだ。  
ロイが呆然と見ている前で、すらりと立ち上がった女は、まだくすくすと含み笑いをしていた。  
白い裸身に張り付くように黒いドレスが再生されていき、胸元の刺青がまるで火を噴くように燃え上がる。  
「あなたにできること…あるかもしれないわね…」  
切れ上がった眦に浮かぶ菫色の炎。女は身を翻すと影が溶けるように闇に消えた。  
ロイの耳に耳障りな残響を残す最後の嘲りの言葉を残して。  
「焔の大佐さん…、ご馳走様…」  
 
「で?」  
あきれ果てた顔で、黒髪の少年が問う。  
「まあまあ、おいしかったわ」  
「まったく、見境ないねえ、アンタ」  
ラストは欠伸をかみ殺しながら、エンヴィを軽く睨んだ。  
「ちょっと休んでくるから、その間しっかりね」  
「あ〜あぁ、やってらんないねえ」  
「文句言わないの」  
「こないだの鋼のおチビさんの時は、欲求不満爆発〜!だったくせにさぁ」  
「ぶつわよ」  
シュッと物騒な音をたてて、ラストの爪が鋭く伸びた。  
「お〜、怖い怖い。用無しだと冷たいったらないね、このおばさんは」  
「…あとで覚えてらっしゃい」  
挑発するエンヴィが不満がましいねだり口調になるに及んで、ラストは唇の端をきゅうっと釣り上げて嘲笑った。  
「そんなこと、二度といえないくらいに絞り上げてあげるわ…」  
 

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