物足りない。  
ジリジリとくすぶる熱を身体の中で持て余しながら、私はシーツの上でため息をついた。  
今日の男は完全にハズレだった。上官という立場を利用したほとんど凌辱に近いセックスだったが、  
逞しい胸板に逞しい下半身、下着を脱いだ時のその大きさに、実は内心歓喜していた。  
荒々しい愛撫を微かに抵抗するという演技で受けながら、期待で胸を膨らませていたが、しかしそれは  
大きな間違いだと身を持って理解することになる。でかければいいというものではないらしい。  
己の快楽のみ追求した腰の動きは痛みしか与えてくれず、苦痛に歪む顔を見て男は満足げに笑っていた。  
「奥のほうが気持ちいいだろう?」と何度もほざいていたが、馬鹿が、膣の奥には性感帯などない。  
あまつさえ避妊具をとって挿入しようとしたところで堪忍袋の緒はぶち切れ、調子に乗るなとボコボコ  
にして裸のまま廊下に追い出したのが20分ほど前。  
少しの間情けない声で謝り続けていたが、やがてその声は聞こえなくなった。明日、どんな嫌がらせを  
されるのかうんざりはしたが、せっかくセントラルに来ているのだ。アームストロングの名を使って、  
地獄にたたき落としてやる。  
もう眠ってしまおうと思ったが、目が冴えてしまっていた。中途半端に興奮した身体はまだ熱を求めている。  
セントラルには気軽に身体を許せるような男はいないし、だからといって自分で慰めるのも面倒臭い。  
シャワーを浴びればスッキリするだろうかと上半身を起こした時、部屋をノックする音が聞こえて  
イライラが最高潮に達した。  
時計の針がもうすぐ12時を指すこんな夜更けに部屋をノックするなど、さっきの上官に決まっている。  
代わりの女が見つからず、渋々帰ってきたというところだろうか。  
耳障りなノックは、控え目だが止む気配はない。  
シーツを捲り取って身体に巻き付けると、立ち上がる。傍に立て掛けてあった愛刀を手に持ち大股で  
扉に近付くと、どう追い払ってやろうかと考えながら扉を蹴り開けた。  
「うおぁっ!」  
しかし勢いよく開いた扉を間一髪で避けた男の声は、先程の上官の耳障りな声ではなかった。久々に  
聞く声の主を確認して、別の意味で眉をしかめる。  
「……貴様か。マスタング」  
振り上げていた足を元に戻し、ずり落ちそうなシーツを胸元で押さえる。  
 
切れ長の瞳をまん丸に見開いてこの身体を上から下まで見た彼は、今度は憎たらしいくらいの爽やかな笑みを浮かべた。  
 
「私のために脱いでいて下さったのですか?」  
「そんなに死にたいか」  
鞘からちらっと刃を覗かせると、マスタングは両手を挙げ冗談ですと笑った。  
「こんな夜更けに非常識だな。何の用だ」  
「今期の合同演習の資料をいただきに。なかなかお会いできないでしょうから、宿泊先にお伺いしても  
いいと許可をいただいていたはずですが」  
そういえば、そうだった。今思い出した。検閲されるとまずい資料をどうにかして手渡ししたかった  
のだが、二人して同じ時期にセントラルに出張することが判明し、これはいい機会だと1ヶ月ほど前に  
電話で話をしていた。場所時間は気にせずに一度私を訪ねてこいと。  
「忘れていた。入れ」  
「…大丈夫ですか?」  
にやにやと笑う彼を訝しげに見上げる。  
「そのような恰好で……どなたかをお待ちになっていたのではありませんか?」  
「違う。追い出したんだ」  
さらに何か言葉を続けようとしたマスタングを、顔をしかめて睨みつけた。これ以上詮索するな、と。  
彼は少し肩をすくめて大人しく黙った。  
地面をずっているシーツを踏み付けないようにつまみ上げ歩き、ベッドに腰掛ける。足元にまとめてある  
荷物から書類の束を取り出すと、傍に寄ってきた彼に数枚差し出した。  
「これ。絶対に落とすなよ。2人仲良く首が飛ぶぞ」  
「了解です。……何だか跪きたくなりますね」  
眉をしかめてマスタングを見た。相変わらずこの男はとんちんかんなことを言う。  
にこっと微笑んだ彼は、言葉通りに足元に膝をつき、恭しく書類を受け取った。  
 
「まるで純白のドレスを着ているようですよ、女王陛下。……とても美しい」  
「貴様、それは口説いているつもりか?」  
「いいえ、本当の事を言っているだけですよ」  
なぜこんな胡散臭い男に、世の女どもはメロメロなのだろう。全く理解できないと嘆息していると、  
マスタングは何かに気付いたように指をさした。  
「首の、そこ、赤いですよ」  
「……どこ?」  
指をさされた首を押さえる。だが少しずれたところを押さえたようで、彼は身を乗り出し、金の髪を  
柔らかい手つきで払ってから、首に触れた。  
「ここです」  
頸動脈の上のほう。しまった、これは軍服を着ても見えるかもしれないと思った後、脈が乱れるのを  
自覚した。  
この男の顔を見た途端すっかり消え去っていた熱が、生々しい指の感触で再び身体の中心に甦る。  
きっと彼にも、頚動脈を通して伝わったはずだ。  
おかしな沈黙が流れた。指がじりじりと下がっていく。左胸をくっと押して、「ここも赤いですよ」と  
囁いた低い声が、子宮に響いた。  
「どうして、追い出してしまったのですか?」  
そう問うマスタングの顔は無表情だ。もし笑顔でも浮かんでいようものなら、殴り飛ばしてさっさと  
部屋から追い出してやったのに。  
「ゴムを、途中で外そうとしたから」  
「とすると、あなたはまだ満足していないのですね」  
「でかいだけしか取り得のない下手糞に最後までしてもらったって、満足できたとは思えんがな」  
指が布の上を走る。胸のあいだを滑り、へその辺りでぐるりと輪を描いてから、離れた。  
「お咎めはなしですか?」  
何の、といいかけて、身体に触れたことだと理解する。  
「指1本なら、許してやる」  
「指1本なら」  
そう復唱して、彼は再び指を伸ばした。左手の中指が、膝をなぞって太股の上で止まる。  
「私なら、指1本であなたを満足させることができる」  
迫ってきた憎たらしい端正な顔。低い声はなんとも身体に心地好い。  
足の間がじっとりと湿る。癪だが、もうこの耐え難い衝動をどうにかできるのはこの男しかいない  
ように思えた。  
「……ちょうどいい。全自動の自慰マシンが欲しいなと思っていたところだ」  
彼が一瞬目だけでだけ笑った。  
身体に巻き付けていたシーツを自分で剥ぐ。もう身体を隠しているものはない。男が感心したように  
息をついたのを見て、居心地が悪くなった。  
「さっさと終わらせろ。変なことをしようとしたら殴り殺すからな」  
「イエス、マム」  
 
マスタングは相変わらず無表情だ。下手に出て、こちらの機嫌を損ねないようにしているのが見て  
取れる。何をしていても癪に障るやつだ。  
恥骨を指がなぞる。男たちがこぞって顔を埋めたがる胸を無視して、彼は割れ目に指を侵入させる。  
「足を開いてください」  
少し躊躇したが、黙って従った。ベッドの淵に座って、足を大きく広げて憎たらしい男に陰部を晒す。  
何ともいえない感覚に、知らず息遣いが荒くなる。ベッドに手をついて身体を少し反らして、もうすぐ  
くるであろう快感に備えた。  
「………っ!」  
男の指が陰核をかすめる。ただほんの少し触れただけなのに、身体は恥ずかしいくらい震えた。  
もっと強くしてほしい。なのに、指は下に下りていき、膣の入り口に柔らかく爪を立てた。ぐちゅ、と  
音が聞こえ、彼の頭を蹴り飛ばしたくなる。  
指はそのまま何度も行ったり来たりを繰り返し、決定的な快感をくれない。期待ばかりが大きくなる。  
「マスタング……」  
欲しい、もっと大きな快感が。彼の罠に嵌まりつつあることなど、わかっている。ちらっとこちらを  
見上げたマスタングが、体勢を少しかえる。長い指がゆっくりと膣に埋まっていき、途中でくっと折れた。  
「――!!」  
恐ろしいほど的確に、一番弱いところを指先が押さえる。がくがくと腕が震え、支えきれなくなった  
上半身がベッドに沈んだ。  
何度も何度も執拗に、男の指が攻め立てる。たかが指1本に、何も考えられないくらい身体を支配される。  
「や、いや!う…ああ」  
彼は何も言わない。もう身を捩じらせて指から逃れる理性もない。口を両手で押さえ、迫りくる絶頂に  
恐怖する。  
「まて、ま、……駄目、駄目ぇ!」  
脳髄が快楽に支配された。全身を切り裂くような絶頂に、身体が弓なりに反る。  
一体どれだけの時間がたったのか全く分からなかったが、気がつくとベッドの上で身体を縮め、  
荒い息を繰り返していた。  
頭の芯が熱に犯されきっている。足を摺り寄せると、体液がつと太股を伝った。  
その時、いつの間にかベッドに座っていたマスタングが耳元に顔を寄せた。その顔にはいつの間にか  
微かな笑みが浮かんでおり、自分が堕ちたことを知る。  
「喘ぎ声は、案外女性らしいのですね。とても可愛い」  
言い返したくても掠れた情けない声しか出ない。何度か目を瞬かせて、目のふちに溜まった涙を落とす。  
「これで、全自動自慰マシンの役目は終わりですか?」  
 
囁きながら、彼は濡れた指を口に含んだ。途端に五感が舞い戻り、いやらしいにおいが鼻をつく。  
それだけでまた達してしまいそうだった。  
性感帯がないはずの子宮の入り口が、もっと熱くて大きなものが欲しいと、痛みを発する。  
もう我慢できなかった。  
彼の下半身に手を伸ばす。もう硬くなったものは、ズボンの上からでもその形が分かるくらいだった。  
すすすと指でなぞってから、その指ですぐとなりに置いているかばんを指差す。コンドームが入っている  
はずだ。  
それを取り出して男がにっと笑う。何か羞恥心を煽られることを言われると思ったが、彼はそのまま  
無言でズボンに手をかけた。その吐息が乱れ始めていることに気付き、ざまあみろとほっとする。  
膝の裏を押され、足が持ち上げられる。彼と目が合い、まるで、本当にいいの?と問うような視線から  
目をそらすと、一拍置いて、待ち焦がれていたものが体内に押し入ってきた。  
「い、……う」  
熱い。彼の腕にしがみ付く。まるで恋人にするように、彼は首に腕を回して髪を撫でながら、深く深く  
まで埋まる。  
「大丈夫ですか?」  
甘い声は本当に私を愛しているかのように響いた。ようやく分かった気がした。この男がもてる理由が。  
ゆっくり焦らすように開始された律動は、彼の吐息に合わせてだんだんペースを上げてくる。  
耳元で荒れる息が、汗の匂いが、私をただの雌へと落ちぶれさせた。男の首筋に腕を回し、もっと深く  
と懇願する。  
浅く深く、抜き差しを繰り返し、男は着実に確実に、快楽の海に私を沈めていく。苦しくて、息ができない。  
2度目の絶頂は、驚くほど近い。そして怖い。  
「いや、いや…あ、ああ……!!」  
喉を震わせながら、白い絶頂を男の腕の中で感じた。  
 
 
 
 
 
 
おわり  
 

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