目を覆う黒い布に、また涙がじわりと滲んだ。
暗闇しか映さない世界は知らない場所に放り出されたようでひどく心細く、そして何をされるか分からない不安が大きい。
シーツの布擦れの音、私のはしたない喘ぎ声、耳を塞ぎたくなるような淫らな水音、それらしかこの空間に音はない。
それがまた私を不安にさせた。
私の身体をいつになく乱暴に扱う大佐に、行為の始まりから言葉は一切なかった。
「…痛っ…ぁっ…!」
胸の丸みを執拗に撫でていた手が、突然、赤い尖りをきつく摘み、痛みと快感から逃れようとシーツの上で身をよじった。
後ろ手に紐で頑丈に縛られた手首は、もう痺れて力が入らず、だらりとしたままシーツの波の上に投げ出されている。
大佐がどのような表情で私を見下ろしているのか分からず怖かった。
暗闇の中に、私を蔑みそして憎む大佐の顔が勝手にぼんやりと浮かび、さあっと鳥肌が立った。
幻想から逃れるように顔を背けようとすると、例のごとく乱暴に顎を掴まれ、正面を見ることを強制される。
私が大佐の顔を見ることが出来ずとも、布越しに痛いほど彼の視線を感じ、呼吸がますます苦しくなった。
刺すような視線が、恐れからくる動悸を速くさせる。
不意に、大佐の舌が震える唇をねっとりと舐め始め、口内を征服するかのように強引に侵入してきた。
いつもは溶けてしまうのではないかと思う甘く感じる口付けが、今のそれは飢えた獣が餌を貪るかのような激しさで、大佐に対する恐怖感が増した。
息が苦しくなり上擦った声を出しても、大佐はわざと大袈裟に音を立ててしつこく舌を絡めてきた。
――今の大佐は支配欲に駆られている。
大佐に物を扱うかのように乱暴に抱かれるのは、これが初めてではない。
おそらく、今回の原因は今日の昼の出来事だ。
私が迂闊だったのだ。
薄暗い倉庫で複数の男性士官に囲まれ、数人に殴られているうちに銃を奪われてしまい、易々と冷たい床に投げ倒された。
なかなか倉庫から戻らない私を心配して大佐があの場に駆け付けなければ、私は抵抗できずまま、あの男達に好きなように犯されていただろう。
大佐の上着を羽織った私の肩を抱き、男達に処分を言い渡す彼はひどく冷静だったが、声や雰囲気に異常なまでに殺気に満ちていた。
先ほどまで汚らわしい肉欲に満ちていた倉庫内がすうっと冷えていくようだった。
すっかり青ざめ、言葉も出せぬほど怯えていた彼らにとっては、発火布を擦られるのと同じほどダメージがあったに違いない。
乱された下着や髪を丁寧に、そして慎重に直してくれる大佐は私にどこまでも優しかった。
しかし、私は見てしまった。
私を気遣い心配する瞳の奥に、どす黒い感情に焔がつき燃えていることに、気付いてしまった。
「ひゃ…!」
急に膝を大きく割り開かれたと思えば、胸につくほど強く押し付けられ、あまりの恥ずかしい体勢に悲鳴がもれた。
しかし大佐はそれを軽々と無視し、私を責める。
「うあっ…!はっ…やめ、てぇ…!」
大佐の前にあらわになった茂みの奥を、熱い舌がためらうことなく犯す。
ぬるりとした柔らかい物体が何度もそこを舐め上げ、声が抑えられなくなる。
「んんー…っ、あぅ…!」
敏感な芽を舌の先で小刻みに舐められ、そして時に大胆に噛り付かれ、だんだんとそこがはしたなく濡れていくのが分かった。
大佐は秘所の濡れ具合を確かめるかのように指先をそこへ滑らせると、ふっと鼻で笑った。
その笑みが恐ろしく、大佐が力強く抱えている太ももがぶるりと震える。
「目隠しをされて、手を縛られて…それでも君は感じるのか」
この一方的な行為が始まってから、大佐が初めて声を発した。
その声はどこまでも冷たい。
やはり、彼は私を嘲笑っていたのだ。
「…ち、違います…!」
「ホークアイ中尉がこんな変態じみた行為がお好きだったとは驚きだな」
「だから、違いま…ひあっ、はあんっ!」
突然、膣内に指先が滑り込んだ。
親指は相変わらず敏感すぎる突起を小刻みに刺激している。
「うぁ…っ…やだぁ…」
ずぶり、と指が奥まで入り込む。
そして、わざと水音を立てるように何度も激しく抜き差しされ、体がびくびくと波打った。
「あっ、あんっ!いや…たいさぁ…っ!」
強すぎる刺激が全身を襲う。
早くなる私の呼吸に合わせて大佐の指が激しく肉をえぐる。
いつもの大佐なら、思わず耳を染めてしまうほど恥ずかしく甘い言葉を紡ぎながら、私を高みへと上げてくれる。
「気持ちいいか」と意地悪にも何度も確認して、肩にしがみつくことを許してくれて、優しい口付けを交わして……。
普段の大佐を思い出す度に、彼を怒らせてしまった自分への嫌悪感が増す。
このように一方的に攻められ、玩具を扱うかのように触れられるのは嫌なのに、大佐の巧妙な手つきが快感を誘う。
「ほら、どんどん溢れてくるぞ」
「い…やだッ…!はっ、ああっ!あ…も、もう…っ」
「とんだ淫乱だな、君は」
「…いっ…はああっ!」
大佐の親指が赤く充血した芽を押し潰し、同時に首筋に強く噛み付かれ、私はついに達した。
上りつめた後の混沌とした意識の中、私は大佐の言葉に打ちのめされていた。
――とんだ淫乱だな、君は。
あの言葉のあと、私ははしたなくも達したのだ。
「…ひ…どい…」
あまりのひどい仕打ちに、涙がまた溢れてきた。
しゃくり上げることを抑えられず、肩が何度も大きく揺れる。
「ひどい?」
そう聞き返しながら、大佐は私の汗ばんだ髪を梳き始めた。
汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔に張り付いた髪の束を、優しい手つきで直していく。
「あんなに感じて、イったくせに」
耳元で大佐がゆっくりとそう囁いた。
頬や震える肩を撫でる手つきは優しくても、大佐の言葉はどこまでも残酷だ。
何も見えない、自由にも動けない。
愛も何もない行為を強いられ、暗闇のどん底に突き落とされた気持ちになり、私は思わず懇願の言葉を大声を叫んだ。
「…取って…!目隠しと紐を取ってください!」
「どうして?その方が気持ち良いんだろう?」
大佐は楽しげに私の胸を弄んでいる。
「…大佐…お願いですから取って…!」
胸を玩具でも扱うかのように乱暴に揉みしだく大佐の指に声を震わせながらも必死にお願いする。
「断るよ」
張り詰めた二つの胸の飾りと戯れながら、大佐はまたも私を突き放す。
「…なんで…あっ…どうしてですか…!?」
「君が悪いんだ」
布と金具が擦れる音が耳に届き、ベルトを外しているのだと分かった。
このような状態で大佐と繋がりたくない。
しかし、今の大佐に私の願いは届くはずもなく、あっさりと私の中に大佐が入ってきた。
「…っ…いつもよりきついな…」
大佐の苦しげな吐息が私の額に掛かった。
「はぁ…っ…あっ…」
黒い布の中で、私は暴力にも近い行為に目を見開いていた。
「…ふ…っ!」
体の中に大きな杭を打たれたような衝撃が全身を襲い、意味を成さない声を発することができない。
大佐はいつも、私の中にゆっくりと慎重に入ってきて、私が彼を受け入れるまでじっと動かずに待っていてくれる。
私の中に大佐がなじむまで、彼が前髪や背中を優しく撫でてくれる時間が好きだった。
「…くぅ…っは…!」
しかし、今は額に浮かぶ冷や汗を拭う手はどこにもない。
大佐は乱暴と表現できるほど一気に自身を突き刺し、好き勝手に私の中で暴れ回った。
「…うあっ…ん…!い、痛…っ!」
私はまるで人形のようだった。
大佐が動く度に私も成す術もなくがくがくと体を揺らし、私はひたすらこの嵐に耐えるしかない。
「あー…っ、んぅ…っ」
「……あの時も、感じたのか?」
「……っえ…?」
不意に、動きを止めぬまま大佐が私の腹にある醜い痣を軽く撫でた。
その痣は、倉庫で男に蹴られたためについたものだ。
男達は、倉庫から逃げようと暴れる私を押さえ付け、残酷な笑みを浮かべながら蹴り飛ばし、そして殴り掛かってきた。
情けなくも避けきることができず、肩や腹などに同じような痣がいくつも残っている。
「あいつらに触られて、君は感じたのか?」
男達は暴行を受けて大人しくなった私を床に突き飛ばし、卑下た笑みで私を見下ろしながら軍服に手を掛けた。
複数の手に胸を掴まれても、指が素肌をなぞっても、布越しに秘部を舐められても、感じるのは不快感と吐き気でしかなかった。
犯されるという恐怖に満ちた体は、濡れるどころか男達の愛撫を頑なに拒んだ。
それを、感じた、と?
「…そんなわけ…ないじゃないですか…」
呟いた言葉は絶望の色が濃い。
大佐は、犯される怖さに震えていた私が、あの男達の手で感じたと本気で思っているのだろうか。
私が誰にでも喜んで体を開くとでも、そう思っているのだろうか。
私が抱いてほしいと願うのも、抱きたいと淫らな熱を持つのも、大佐ひとりだけだというのに、大佐はそんな私を分からないというのか。
「…どうして、そんなことを言うんですか…!」
頭の中がぐにゃりと歪む感覚に襲われ、ひどい目眩に見舞われた。
ぼろぼろと零れ落ちる涙が耳の中へ入っていく。
大佐を信じられない。
大佐に信じてもらえない。
あの時、犯される寸前だった私は震えと涙が止まらず、大佐に泣き付いてしまったが、今の方がよっぽどひどい思いをしている。
「…なんで…?」
これまでに感じたことのような悲しみがじわじわと押し寄せ、言葉すらうまく紡ぐことができない。
その間も、大佐は無心に私の体の傷に触れながら、ひたすら私を貫いていた。
息をすることすら苦しい絶望の中、ふと、目の前にいるはずの大佐が、あの男達にすり変わった。
男達の顔を打ち消す暇もないまま、倉庫での恐怖が一気に蘇る。
「いや!いやぁっ!」
「…中尉?」
金切り声を上げて助けを求める。
いま私を抱いているのは、私の中にいるのは、黒い布の向こうにいるのは、大佐のはずだ。
そう自分に何度も言い聞かせる。
しかし、暗闇の中に次々あの男達の残忍な顔が浮かび、大佐の顔をたちまち掻き消す。
大佐にトンと強く突き上げられると同時に、頭の中で何かが弾けた。
あの男達に犯されている幻覚にすっかり捕われてしまい、また不快感と吐き気に襲われる。
私は我を忘れ、この恐怖から逃れようと死に物狂いで暴れた。
「やだぁ…っやめて…!やめてえっ!」
「リザ、どうした?リザ?」
おかしくなってしまったかのように騒ぎ出した私を不審に思ったのか、大佐が私の名を呼ぶ。
「…あ…あ…ったいさ…!」
混乱の中、耳に届いた大佐の声に必死に縋り付く。
後ろ手に縛られているのも忘れて、大佐に抱き着こうと何度も手を無駄に動かした。
「…たい、さ…っ?…大佐ですか…!?」
「ああ」
パニックに陥っている私に対し、大佐の声はやけに冷静だった。
「…こ、こわい、の…っ!思い出して、怖い…っ!」
いつものように冷静に言葉を紡ぐことなど不可能だった。
単語ばかりを、苦しさを吐き出すかのようにうるさく叫ぶ。
「たいさぁ…っ、助けてくださ…!大佐…!」
「ロイ、だ」
そう静かに言い放つと同時に、激しかった律動が急に止んだ。
激しく揺さぶられていた体が、熱いシーツの上にどさりと落ちる。
私の荒い呼吸だけが部屋に伝った。
「…ろ、い…?」
「大佐じゃない。ロイだ。ロイ・マスタングだ」
「…ろ、ロイ…っ」
「そうだ」
親の行動を真似る幼い子供のように、大佐が放った言葉を繰り返す。
「…ロイ…、ちゃんとそこに、いる…?」
「ああ」
「…目が見えなくて…暗くて思い出すの…ロイ、助けて…っ」
すん、と鼻をならしながら懇願する。
私の顔は涙と汗と唾液でさぞかしひどい有様だろう。
「リザには私しかいないか?」
「…ロイ…?」
「答えるんだ。リザは私しかいらないか?」
「…はい…」
「私しか必要ないか?」
「…ロイしか、いらない…っ」
大佐に促されるまま突然の問い掛けに答える。
誘導されるがままに応じる私は今の状況から逃れようと必死で、そして何か恍惚と満たされるものがあった。
涙と汗でぐしょぐしょに濡れた目を覆う布が、やっと外された。
手首を縛っていた紐も解かれる。
暗闇の世界に光りが差し込み、求めてやまなかった大佐の顔が目に飛び込んでくる。
「ロイ…!」
力の入らぬ手で抱き寄せようとすると、その前に大佐が私の背に腕を回し、私の分まで力いっぱい抱き締めてくれた。
「…ロイ、ロイ…っ」
赤子のように泣きじゃくる私を抱き起こして膝の上に座らせた大佐は、宥めるように汗ばんだ背中を撫でてくれた。
私がしゃくり上げる度に、真っ赤になっているに違いない目元に大佐が唇そっとを落とす。
厚い胸に頬を寄せて大佐の鼓動を感じると、ようやく愛する人と抱き合えているのだという実感が心に満ちた。
涙で歪んだ視界は、優しく微笑む大佐を映している。
未だ繋がったままの大佐の熱を心地よく感じ、私はうっとりと目を閉じた。
何も見えなくてももう平気だ。
私を抱いているのは、中に入っているのは、愛してくれているのは大佐だ。
紐できつく縛られていた手首をマッサージする大佐の行為に、ぶるりと背中が震えた。
ようやく膣内が大佐を受け入れ、じわじわと濡れていくのが分かった。
大佐の形通りに私の中が広がり、熱い塊の存在を生々しく感じるほど、そこはきゅっと締まった。
「…やあっ、んん…ロイ…」
「…リザ」
気持ちいい、と初めて思えた。
大佐は私を膝に座らせたまま、背と尻を抱えてゆるやかに動き始める。
「…ろ、いっ…ロイ…っ」
「ん?」
「ロイしか、いないの…ロイじゃなきゃ駄目なの…」
「うん」
繋がった場所が溶けてしまうのではないかと思うほど熱く、あまりの心地良さにずっとこうしていたいとさえ思った。
「…だから…っ、嫌いに、ならないで…」
ぐるりと膣内を一周するように掻き交ぜられ、喘ぎながらも必死に途切れ途切れに訴える。
「…ロイ、ごめんなさ…っ」
「……悪いのは私だよ」
「…ロイだけ、愛してるの…」
目の前の男に必死に縋り付く。
私にはもう大佐――ロイしか見えていなかった。
不安、恐怖、絶望、これらから救ってくれるのはロイしかいない。
それが男の策だとまったく気が付かずに、私はロイの熱に溺れた。
ロイが首に腕をしっかりと回して離そうとしない私を見て、暗い笑みを浮かべていたことなど知らずに、愛していると何度も呟いた。
「ロイ…、好きっ、ロイ…!」
ひとつになった快楽が激しく、きゅうっとまたロイを締め付けてしまう。
私の呼吸も荒いが、ロイも苦しげに息をはいている。
「…リザ、私も好きだ。愛している」
「ふぁっ…!は…ロイ…っ!…んあぁっ!」
熱く固い尖りに強く突き上げられ、同時にロイの親指が敏感な芽をくすぐり、私は激しくも優しい絶頂に達した。
力の抜けた体がロイの腕へ落ちていく中、下唇を甘噛みされ、それを合図に求められるがままに舌を絡めた。
眠るように穏やかに意識が遠のいていく中、太ももに熱いものが掛かったのを感じた。
ベッドに優しく横たえられ、その上にロイが体重をかけぬように覆いかぶさる。
赤くなった目尻や手首を壊れ物でも扱うかのように、ロイが恐々と触れ始めた。
男達が残した傷にも優しく何度も口付け始め、重い瞼を擦りながらくすぐったさに身をよじる。
「……すまない、リザ。愛しているんだ」
掠れた声でロイがそう耳元で囁いたのを、眠りに落ちる寸前、私は確かに聞いた気がした。
終わり