静かな夜道。満月と街頭だけが照らす道をリザはヒールの音を立てて歩いていた。しばらく仕事続きであったので気晴らしにと友人と食事に行ってつい話し込んでしまったのだ。  
腕時計をちらりと見るとお腹を空かせて待っているであろう愛犬を心配する。しかし気になる事がありピタリと足を止める。  
「…何か御用ですか?」  
振り向きもせずに声をかけると人影が現れた。  
「気付かれたか。いやいや、たまにはリザと夜を過ごしたくてな。一人の夜は寂しいだろ」  
私服は着ているものの相変わらずの童顔の上司は近づいてそう言った。  
「…お言葉ですが大佐、私にはハヤテ号がいます。来なくても結構です」  
馬鹿馬鹿しいとまともに相手にはせずに立ち去ろうとする。その手をぐっと握られた。  
「なら二人と一匹で一緒に過ごそうか」  
「……いい加減にしてください。鬱陶しいです」  
彼女はスカートのスリットから護身用の銃を取り出した。  
「…何を企んでいるかはわかりかねますが、今すぐ立ち去ってください。それに私を騙せるとお思いですか?」  
彼は手のひらを相手に向けた。  
「何の事だ?」  
「…バレていないとでも思ってます?大佐の姿を借りるなど卑怯な」  
そう言うと彼はくすくすと笑った。  
「…何だ。バレていたんだ…」  
明らかに口調が変わった。その姿がスローモーションのように変わっていく。上司の姿が崩れたかと思うとたちまち髪を靡かせ若い男の姿に変化した。  
「さすがだね。初めまして…かな?僕はエンヴィーだ」  
姿が変わったのに眉ひとつ動かさずそれを眺めている。もちろん銃口は向けたままで。  
「いつから気付いていた?」  
「…そもそも気配と足音が違います。それにもし大佐ならばハヤテ号に対抗意識を燃やして一緒に、などとは口が裂けても言いません。勉強不足ですね」  
ふーんと聞いていたが最後に比下されたのは気にくわなかったらしい。  
「…何それ…。人間風情が随分偉そうじゃない?」  
 
エンヴィーは指を鳴らす。手荒にせずに誘拐してこいとプライドに命令されたからこそわざわざ出向いたのにそこで罵られるなど耐えられなかった。  
彼女は安全装置を外し引金を引く。それと同時に一歩下がる。  
弾は彼に当たるが瞬時に傷が消えていく。  
「人間の分際でこのエンヴィー様を倒そうなんて馬鹿にするな」  
彼が地面を蹴り飛んだ。蹴られた地面はアスファルトが沈み亀裂が入った。空中に向けて弾が放たれるが構わずに飛びかかる。  
彼女は彼をかわすが弾切れを起こす。予備の銃を出そうとした一瞬のスキを取られる。彼女の足が地面を離れた。  
エンヴィーは片手でリザの首に手をかけて持ち上げている。  
「…プライドの所に連れていく前に遊んでやるよ」  
にやりと笑みを浮かべて廃倉庫に連れていく。そして壁に投げつける。彼女の体は壁に当たりそのまま床に転がった。上からそれをまじまじ眺める。  
「なかなかスタイルいいじゃん。ラストほどではないけどね」  
髪を掴んで顔をあげさせた。じっと睨み付けるような目が向けられる。首からゆっくり指を這わせるとつけていたネックレスを千切った。そのまま手を下に動かすとブラウスも千切り胸を晒す。支えがなくなったネックレスは重力に従い胸の間を通り冷たいアスファルトに落ちた。  
「それじゃゆっくり楽しませて…」  
その額に銃口が当てられる。隠していた予備の銃を取り出したのだ。  
「まだ抵抗する気?」  
ふーんと呟くとまた姿を変える。  
「アンタの慕う焔の大佐にでも撃てるわけ……?!」  
いい終わらないうちに発砲された。それはエンヴィーにも意外だったのかわからないという顔をした。  
「私は毎日大佐に向かって撃っています。仕事はサボるわ、隙あらば襲おうとするわ、浮気はするわ。…一度死んだ方がいいのかも知れませんね」  
さらりと言ってのける相手に理解出来ないと呟いた。  
「恋人だから撃てないとか安直な考えや、変装するのに相手の事を下調べしていない点は計画性にかけていて不勉強以外に言葉はありません。私の部下には決してできませんね」  
 
「……このエンヴィー様が人間の部下だと?」  
「大佐も無能だとは思っていましたが一応国家錬金術師。貴方よりはマシです」  
付き合いきれないとため息をついて彼女はゆっくり立ち上がる。体は痛むものの命に関わるものではない。  
「……ふざけるな。彼奴はただ人柱として生かしているだけなのに……ただそれだけなのに…」  
彼の手が伸びてきて首を絞める。  
「プライドには殺すなと言われたけど…ムカつく女だ」  
首にギリギリと指が食い込む。弾がいくつか撃たれ込まれたが何ら意味がない。次第に力が入らなくなったのか銃は手を離れた。  
「謝れよ」  
断ると小さな声が聞こえた。それだけで彼の神経を逆撫でするのには十分だったが、人質を殺しては意味がないことは理解していた。  
手を離すと地面に倒れ込む。露になった胸に足跡をつけていく。それだけでは飽きたらずスカートと下着も破り捨てる。  
乱れた髪の隙間から睨み付ける目が見えた。  
「勘違いしないでもらいたいんだけど人間の女なんて全く興味ないんだから。……で、どうして欲しい?」  
彼女は何も答えなかった。どうせ言ったところで要求は飲むつもりはないのだが。  
「せいぜい泣き顔…拝ませてもらうよ」  
闇夜の倉庫での行為が誰にも気付かれることはない。  
 
 
(終わり)  
 

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