白いスーツの男を再び見るなり喉元まで出かかった質問を、エドは引っ込めた。  
 先刻の不愉快な会見が思い出される。  
 さっきからそれとなくウィンリィを捜していることを一番知られてはならない相手だと、  
頭の中で警鐘が鳴っていた。  
「おい、どうしたんだ」  
 横から熊のような大声が響いた。どうにもそりが合わないバッカニア大尉の声である。  
「何でもない」  
「さっきからこそこそしてるようだが、黙ってるとためにならないぞ」  
 チビ呼ばわりがなかったのは、互いにとってせめてもの幸運だろう。  
「うちの整備師が、――どこへ行ったか知らないか」しぶしぶエドは尋ねた。  
「あの可愛い子か? だいぶ前、整備師たちと一緒にいるのを見かけたが」  
「つい先程まで、私の部下がついていたのですが」この時キンブリーが割って入った。  
「作業場を一巡してくると告げたきり、姿を消したらしいですね。そろそろ捜索の指示を出しま  
しょうか」  
「いや、いい」  
「この砦は広いですからね、慣れない人間が出歩くと危険なこともあるでしょう。現に私もさっき、  
長いこと迷ったものです」  
「ふーん」  
「鋼の錬金術師殿の大切なお身内ですから、もし彼女に何かあったとすれば、責められるべきは  
目を放した私ですよ」  
 なおもエドは相手に疑うような目を向けたが、もしも本当に事故か何かに巻き込まれたなら、  
助けなければならない。  
 
「悪いが、ちょっと捜させてもらう」  
 マイルズ少佐が不在なので仕方なく大尉に断ってから、エドは探索を始めた。  
 彼1人の足音が、事情を知る者には不揃いに聞える足音のみが廊下に響く。  
エドは唐突に振り向いた。  
 不可解なことに、キンブリー自身か、エド・アル・ウィンリィの誰かに常にぴたりと付いて来る  
奴の部下が誰もいない。さっき奴自身、妙にすんなり引っ込んだ。  
「罠だろうか……」  
 大総統の命令を断った状態で、アルは依然として獄中、ウィンリィはいなくなった。  
「だから、あんまりうろちょろすんなって言ったのによ」彼はこぼした。  
 
 捜し歩くうち、エドの目は、廊下に落ちている小さな物に留まった。  
 他の人間なら見過ごす可能性のある些細な品である。しかし、エドにはよく馴染みのあるものだった  
――彼自身が同じようなものを使うからというにとどまらず。  
 それは、ウィンリィの髪を留めるゴムだった。  
 
 彼はそれを拾い上げると、鋭い目で辺りを見回した。  
 息をも止める思いで聞き耳を立てる。  
 先刻、キンブリーの前で激昂したことが思い出された。  
 物腰こそ丁寧だが、常人の思いも及ばないところに悦びを見出す型の人間だ。常に屈強な男たちを  
従えている様子も気に入らない。  
 
 ごくわずかに開いた扉から、押し殺したすすり泣きの声らしきものが漏れる部屋があった。  
 エドは目を眇めた。  
「まさか、おまえ?」  
 一足飛びに部屋へ踏み込んだ彼の前には寝台があり、大きく皺の寄ったシーツの上に散らばるの  
は、長い明るい金色の髪。  
「……!」  
 彼は立ちつくし、言葉を失った。  
 この衝撃をどんな言葉でいい表せるだろう? 後ろ手に縛られて震えているのは、弟を除けば  
この世で誰よりも大切な人間である。  
「ウィンリィ!」  
 赤く泣き腫らした目。頬に、乾いた涙の後が幾筋も貼りついている。  
 足早にエドは駆け寄ったが、怯えたような瞳が、ようやくエドを認めるなりそむけられた。  
「や……来ないで……」  
 少女は力なくもがいて、うつ伏せになろうと努めている。  
「バカ言うな、ちょっと待ってろ」  
「……見ないで……」  
 細い錬成の光が立ち上がると、彼女の手足と口を縛めていた拘束が解ける。  
「……」  
 下着をずり上げられ、肩まで大きく露出したワンピースを見れば、何があったかは子供にも察しが  
つく。ウィンリィの唇が再び、見ないで、と訴えた。  
「もう大丈夫だ。もう安心だ」  
 くるりと背中を向けてエドはコートを脱ぐと、後ろを向いたまま彼女に突きつけた。  
 こんな場合はまず女が近づくのがよかったかもしれないが、あの女ドクターとアームストロング少将を  
除けば心当たりがない。少将に話すわけにはいかず、ドクターは頼りにはなるだろうが、エドの頭には  
一つの考えが先んじた。  
 こいつのこの姿は誰にも見られない方がいい。  
 アルにだって見せてはいけない光景だ――たとえ、アルの方がこんな時の対処が巧みだとしても。  
 ウィンリィはしゃくりあげて、咳き込んだ。  
 突き出したままの赤いコートを、背中を向けたままエドは彼女を覆うように放り投げた。  
「見ねえよ。見たりしねえから、早く服を。元通りに着ろ。頼む」  
 のろのろとウィンリィは動いて、彼の言葉に従った。  
 
「こんなこと……一体誰だよ……おまえをこんな目に」  
 立ちつくしたまま、エドはきりきりと歯噛みをした。  
 ウィンリィは無言でかぶりを振る。  
「――いや、言わなくてもいい。嫌なら答えなくていい」  
「……エド……」  
 キンブリーを信用するなと警告したことを蒸し返してはいけない。  
 彼は、ウィンリィと目を合わせる決心がつきかねた。  
 オレの決断に対する返礼がこれか。  
 彼はポケットの中で、手袋が引きちぎれるほど拳を握りしめた。  
「オレのせいだ」  
 あの気ちがい野郎の要請を退けた時に、このことあるのは予想してよかったのだ。  
「バカか、オレは――」  
 奴の"仕事"の話が終わってすぐ、何をおいてもウィンリィの居場所に気を配るべきだった。  
同じ砦の中にいながら、何という愚かしさ。  
「エドの……せいじゃないわ」  
 オレのせいだ。大総統に逆らったばかりに、取り返しのつかない結果を招いてしまった。  
 かといって、人殺しとか出来っかよ! 奴の命令に従うのは業腹きわまりない。  
 しかしながら彼は、それ以上口にするのは思いとどまった。互いに自分を責めて、  
収拾がつかなくなるだろうから。  
「また、肝心な時に、オレは無力だった――!」  
 人質とはこういうものですよ、と高笑いする紅蓮の男の声を聞き、エドは音を立てて  
歯ぎしりした。  
 
 
「どう言って詫びたらいいんだ」  
「え……? いいのよ」  
 ウィンリィの声がいくらかしっかりしてきたことが、わずかな救いである。   
「あんたは、助けに来てくれたもん」新たな涙が彼女の頬を伝わる。  
「泣いていい。泣くといいぞ」顔に貼りついた髪をかきのけてやりながら、エドはウィンリィと  
並んだ。  
「やつを許さねえ。この先ずっと」  
 実際に手を下したのがキンブリーとは限らない。ウィンリィが話すまでわからないのだ。  
 エドは努めてその場面を想像しないようにした。が、悲鳴をあげる少女の自由を奪い、  
大人の男が辱めを加える光景を考えただけで、彼は身体中の血が沸騰しそうなほどの  
怒りを覚えた。  
 
 

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