血の気の失せた顔でベッドに横たわっていたオリヴィエが、
不意に意識を取り戻して目を開けた。
一瞬状況が掴めなかったらしく、怪訝そうに眉を寄せ、
辺りに視線を巡らせてようやく傍らに腰掛けるマイルズの姿を捉える。
「…医務室か」
「はい。…ここのところドラクマのやつらが騒がしかったですからね。
お疲れだったんでしょう」
意識が戻ればひとまず安心だ。
状況も沈静化した今、バッカニアと自分が動いていれば問題ない。
しばらくおとなしく休んでいれば、じきに体調も戻るだろう。
起こしに来るまで眠っていてください、そう言い置いて
腰を上げかけたマイルズの手に、ふと冷たい指先が触れた。
振り向くと半身を起こしたオリヴィエが
切なげに眉を寄せ、じっとマイルズを見上げている。
その青い瞳に浮かぶのは、二人きりの時にしか見られない色。
上司が何を言おうとしているのか悟って、マイルズの鼓動がどくんと跳ねた。
「ボス、……誰か来ますよ」
「ではその前に眠らせてくれ」
ひやりとした指先が、たった一言で動けなくなったマイルズの手に絡みつく。
引き寄せられるままベッドに片手をつくと、
オリヴィエの手がマイルズのサングラスを奪い取った。
上司命令という理由ではなく、一瞬で男の欲情を覚えてしまった自分が
少々嫌になるものの、請われれば断れないのが今の己の状況だ。
今まで幾度も肌を重ね、
その瞬間しか見られない上司の女の顔にすっかり魅せられている。
「……イエス、サー」
短い答えに満足そうに唇の端を吊り上げたオリヴィエは、
男を迎え入れるようにゆっくりと両腕を広げてみせた。
いつもはオリヴィエが主導権を握っているため、
ほとんど自分から仕掛けさせてもらったことはない。
その事によほど鬱屈していたのか、
まだ彼女の体力が戻っていないのをいいことに
マイルズは上司の体を組み敷き、両脚の間に顔を埋めていた。
やめろという制止に躊躇したのは一瞬限り。
豊かに弾む胸から腹部、そして下肢へと降りていく愛撫に
噛み締めた唇から微かな溜め息と感じ入ったような声が漏れるたび、
マイルズの施す行為は次第に熱を帯びていく。
「あ、…はぁ……ぁ…ッ」
医務室という場所もあり、極力声を抑えようとしている上司の姿をちらりと
目の端に捕らえ、意地悪な気持ちがこみ上げたマイルズは
両手を伸ばして豊かな乳房をぎゅっと握り締めた。
そのまま胸の先を弄びながら、潤んだ中へ埋めていた舌で小さな尖りを舐め回す。
途端にあっと短く声を上げたオリヴィエの腰が
勢いよく跳ねてがくがくと震えた。
冷徹そうな顔をして、実は感じやすいことをとっくに知っている。
「やめ…もういい、も…い……ッ、――あ、イ…っ…、は、ぁああっ……!」
この状況で、切羽詰った声音で女にもういいと言われて
止める男がいたらぜひお目にかかりたい。
マイルズの顔を挟み込んでいた内腿に力が篭り、
シーツを掴んだオリヴィエが堪え切れなくなったように
声を上げてびくんと大きく震えた。
溢れ出す蜜に濡れた唇を親指でぬぐい、してやったりとばかり
にやりと笑う部下の顔を見上げ、息を荒く乱した上司は火照った顔のままで言った。
「……もういいと、言ったのに、…バカ者め」
喘ぎ混じりの声に、マイルズの腰がずくんと疼いた。
衝動のまま彼女の手首を掴み取り、ベッドに押し倒して唇を奪う。
驚いたのか、それとも抵抗の意か。
口中で小さく唸ったものの、まだ絶頂の余韻にぐったりとしたままのオリヴィエは
貪るような口付けを素直に受け入れてマイルズの背中に手を回した。
(この人も女なんだな。こういう状況も悪くない…)
そんな風に思いながら猛りに猛ったものを捻じ込み、
普段はさせてもらえないような体位で散々に鳴かせ喘がせ、
マイルズは本能と快楽のままに己を解き放った。
鬼の上司を屈服させるという甘美な勝利感に浸りきり、
「…たまには素直に俺に主導権を握らせるのも悪くないでしょう?」
満足げな笑みを浮かべつつ、
先ほどまで己が抱いていた女を見下ろしたマイルズは
次の瞬間完璧に硬直した。
「ああ、確かに悪くなかったな」
そこにいたのは肌をしっとりと濡らした氷の美貌のオリヴィエではななく、
ごつい裸体のまま、唇をにぃっと吊り上げた、熊のようなご面相の
――バッカニア中尉だったからだ。
「…………あ、あああっ!?」
己の叫び声で目が覚めた。
叫んだ瞬間、マイルズはガバッと跳ね起きて重い布団を蹴りのけた。
心臓が激しく脈打っている。
大量の脂汗で服が肌に張り付いていて気持ちが悪い。
「…何をしているマイルズ。大丈夫か」
呆れを含んだ声にびくりとして、マイルズは恐る恐る顔を上げた。
そこは先ほどまで見ていた光景と同じ医務室で、
ベッドに横たわる自分の傍らにいるのは先ほどまで淫らに絡み合っていた上司で。
そして先ほどまではいなかったバッカニアが、
ブリッグズの壁のごとく彼女の後ろに控えていた。
(……バカか俺は……)
いったいなんという夢を見ていたのか。
状況を把握し、青褪め顔を両手で覆い項垂れるマイルズは
再び大丈夫かと問い掛けられてかぶりを振った。
「いえ、…何でもありません……」
「そうか。寝不足だったのか?
いきなりぶっ倒れたからどうしたかと思ったが」
項垂れたきり顔を上げないマイルズに、体調が悪いのだと思ったのだろう、
しばらく休んでいるように言って、二人は医務室から出て行った。
(…どうかしてる…青臭いガキじゃあるまいし……)
最後辺りは完全に悪夢だった。
血の巡りの悪くなった頭で考えてみるが、ドラクマとのイザコザがあったのは確かだ。
だが倒れたのが自分だったとは情けない。
自嘲気味に重苦しい溜め息をついたとき、
ふと下半身に不穏な違和感を覚え、マイルズは今度こそ凍りついた。
濡れた感触。
べっとりと張り付いているのは背中や胸だけではなかったのだ。
「…き、…着替え…、って、誰に頼めばいいんだこの場合……」
――哀れマイルズ。
彼はその後しばらく医務室から出てくることはなかったという。
(終)