あの声色を不思議に思う。  
電話で聞こえた彼女の声は、何かを押し殺しているような感覚だった。  
次はいつ、会うことができるだろうか  
何かに巻き込まれてはいまいか  
元気な声が聞きたかったんだがな……と彼は沈んだ。  
些細なことでもどうにかして聞き出せないだろうかとすら思案する。  
そんな思考をめぐらせながら、軍部で現在、孤立状態に等しいロイ・マスタングはため息をついていった。  
昔、ヒューズとは電話で最後の線が切れた。  
最後に奴の声を耳にしたのも、電話であって…回線というものは非常に今の彼にとって縁起の深いものである。  
デスクに座り、頭を後ろの椅子にもたげ、目を瞑る。  
物思いにふける趣味はないが、疲労が蓄積していくと時折、気を紛らわすように昔が現れる。  
ハボックがいて、ブレダがいて、他の部下も揃い…リザ・ホークアイと前進あるのみと  
それ相応に日々を費やしていた頃を回想してしまう。  
響いてくるのはこんな小言だ。  
「大佐、ハヤテ号と遊んでいないでデスクに戻ってください」  
「仕事が山積しています」  
「仕事の遅滞を掃除で誤魔化すのは感心しません」  
ずけずけと言われなれていた副官のあの声が、懐かしい。  
なのにさっきの電話の声では、随分と重い空気に淀んでしまったものだと、彼は推測する。  
軍部と傾国、部下は分散させられた一方、リザが人質のように  
大総統補佐に命じられてしまった。  
今のこの状況に、マスタングはできるかぎり冷静を努めていたが、  
ここまではっきりと明確に境界付けて離れるのに不安を覚えてしまう。  
これまでは殆ど、何とか死線に立っても安堵という目安の感じられる中で、離れても行動していた位だったのだ。  
できうる限りの算段を自分としても実行しようとしているが、  
やはり大切に思う彼女の身が無事でいることを案じてしまうのだ  
『お前って、うっかりしてるよな。馬鹿じゃねえの』  
昔、そういうことを言ってきた亡き親友の顔がでてきた。  
ある潜入捜査で出向いた酒場で、商売女に迫られているのを断りきれずに諦めつつも、  
にやにやしていたのをリザに目撃された時のことだ。  
全員の仕事が終わったことを報告しにきただけの彼女だった。だが、不機嫌そうな顔で  
報告後にさっさと自分をおいて帰っていたのをヒューズに言い訳していた時だった。  
『無くすなよ。背中まかせてんだろ』  
耳が痛いほどに皮肉られ、結局仲直りを彼女とするのに手間取ったものだった。  
ベッドに押し倒して真剣に口説きだしたら、思い切り突き飛ばされて気管がつまったのだ。  
しばらく自分はごほごほと情けなくも胸を押さえていたと思う。  
 
「大佐はいつも、寝たら私が満足すると思ってませんか?」  
「……怒ってる空気に耐えかねてね」  
「離れるとすぐにつまみ食いをしますしね…ですが、すぐに、こういう方向で和解だなんて…そんなの」  
不器用すぎる彼の訴えと求めに、彼女は困惑していたのだ。  
「だから、あれは一方的に向こう女のほうから言い寄られて、  
…私はただ話をしていただけだと言っているだろうが」  
「それは……分かってますけど」  
「本当なんだ。ところで、…胸元はだけているけど見えてもいいのか?」  
半開きに脱がせたシャツから、リザの豊かな胸の谷間が見えているのを指摘すると…  
彼女は顔を真っ赤にして隠していった。  
押し倒したい衝動で抑制のきかない男を前に、これ以上そういう姿で話し合うのは難しいとマスタングは主張した。  
自分で脱がしておきながら、おかしなこと言っているとも矛盾を零して苦笑し、  
あえて目を背け見ないように努めても、幾度も見やってしまう。  
恥ずかしげにそそくさと整えながら、膝立ちになっていた格好からのベッドを彼女は降りた。  
やがて、服を調えるため背を向けていく。  
沈黙が数分続いたが、それを押し切るように……観念したマスタングは  
遠のいたリザの右肩に向け、買ってきた花束を背後からそっと差し出した。  
髪を掻き揚げ束ねるリザに、彼は仲直りしたいからいてほしいとか、必死でアピールに努め、機嫌を伺っていったのだ。  
しばらくして、髪留めから手を離してこちらをようやく見返してくれた彼女の瞳が…  
自分の気持ちと再度、繋がった時のいとおしさは格別だったが  
そんな昔のことを思い出しながら、睡魔に溶け込まれていった。  
そうして、自身のデスクで居眠りをし始める。  
 
 
 
うとうとと寝入ってしまったマスタングは、椅子に座ったまま夢の中へと降りていった。  
するとあたりが白く、寒気のするような空間に自分が浮遊しているのにやがて気づく。  
幽体離脱で意識だけがそこに舞い降りているかのようなうつろいで…視界には黒い線が霧状に走っていた。  
何かを取り囲むようにしてもりあがった歪曲状の黒い線、いや円のような手先をした長細い黒い物体が、いくつも群がっている。  
紐のように散らばったり、ある一点を包むように集合したり…  
――何を取り巻いている?  
中心から、切なげな声が聞こえてくるのだ。  
苦痛の声のように、だが時々、喘いでいるかのような聞き慣れた女の声に、彼はぎくりとした。  
そして、ずるずると伸縮して取り囲んでいる黒い物体の隙間から、彼は恋人であるかつての副官の姿を見た。  
服を脱がされ、両手を触手状のものに囲まれ縛られて…破かれた下着とともに胸をいじられている姿であった。  
――――中、尉…!  
衝撃的なその場面に、彼は心臓を掴まれたような気持ちになった。  
加えて…聴覚にではなく、自身の意識領域に浸透してくるような子供の声とリザの嗚咽にはっとする。  
『ねえ、駄目ですよ。ホークアイ中尉、よく声をだしてください』  
「い、や……いや!」  
『人間の体って変わってますね。特に若い女性の性器は特に…』  
「あ…駄目、触らないで…やめて…っ」  
下半身をすべて剥ぎ取られて、両脚をぐいぐいと開かされていくリザは…  
身じろぎながら入り口を軟体動物になぞられた。  
おぞましい幾重もの手や、黒く巻きつく異物達…びくびくと体に食い込んでくる触手達に体を蝕まれる。  
白い太ももや腹部はちゅるちゅるとした紐のようなものに巻きつかれ、  
だんだんとうなじや胸を突付きながら幾重もの触手達に揉みしだかれていく。  
『唇を合わせるのはこういう感じですか?』  
「んっ…!」  
口の中に咥えさえられるように深い手が入り込んできた。  
『僕と口付けして、もっと喉の奥まで舐めさせてくださいね』  
「あ、ぅ…苦、しぃ…」  
『ほら、よく呑み込んでください』  
肉棒を咥えさせられているような口腔への侵入に、リザは唾液を流しながら目じりを涙ぐませた。  
 
『なんで泣くんですか、こっちはすごく嬉しそうなのに』  
「ぅ、う…ぅ」  
その時、裸体を包む触手が内股の中央で激しく揺さぶるように蠢き、秘部に吸い付いていった。  
襞のような柔毛の先端が、内側をずぶずぶと刺激していく。  
また、いくつもの黒い指が、彼女の膣の入り口をまさぐっているのだ。  
ぬるぬるとした刺激と男の愛撫にも似た指の出し入れに…リザは声を漏らす。  
「んっ、あ…あぁ!」  
『乳首もすごい…こうやって揉んで、つまんだりすると立ち上がっていますね。こっちもすごく濡れてますし』  
「アッ…んぁ」  
黒い指達がリザの秘所から漏れる愛液を使い、殊更激しく中をほぐしていった。  
両腕が黒い物体に縛られ、固定されて抗えない。  
横向きに浮くように宙に浮く体…開脚された中央の蕾がとろりと雫を零していく。  
「いやぁ、あ」  
ようやく口を解放されたが、身悶える彼女は、声が切れそうなほどに懇願していた。  
「やめて、そこは、もう…やめ、っ…ひっ!」  
突付かれたり、内襞をなぞられたり…ぐちゅぐちゅと蕾が撫でられていく。  
『そんな恥ずかしがらなくても、誰も見ていませんよ。  
寂しいって思っている貴女の心があるから、こんな面倒なことしなくちゃいけないんです。  
人間のふりくらい、僕もできるんですよ』  
「違いま、…そんな、こと…!」  
『いつだって僕は貴女を見ているんですから、管理しているのだから何も考えなくていいんですよ』  
「あ、あぁ!」  
途中、触手がリザの蜜壷を感度のよい部分で刷り上げ、彼女は反応してしまう体の疼きに涙ながらに耐えていく。  
「や、あぁ……っ」  
『ほら、もう赤く熟して…ちゃんと太いものを入れてあげますから泣かないでくださいね』  
そう言い放たれた途端、リザは背中をそらしながら、ことさら太い触手が挿入してきたことに悲鳴をあげる。  
「う、あ…んっ」  
逃げ引こうとする臀部や太ももをがっしりと掴む触手は、彼女へ容赦ない貫きを与えた。  
人間ではない異様な者と交わっていく体に、彼女は震える。  
『変形を自在に操れるんですよ、これらは……僕の思いの通りに中尉を愛してあげられる』  
ずぶずぶ…と膣の中に、男根を模した異物が様々な襞状の触手と融合しながら彼女を犯していった。  
「あぅ、あぁっ…い、た…っ」  
『気持ちよくしてあげますから、怖がらないでくださいね』  
貫いた内部の異物は、冷たく、だががっしりと捕らわれたリザの内側で動き出した。  
激しく律動していく淫猥な異物が、彼女に刺激を与える。  
「い、やぁ…っ…」  
呆然と見ていたマスタングは、意識の中で声にならない音をして彼女を呼んだ。  
――中尉!  
触れようとしても手が届かない。  
透けた浮遊物で、空気のような粒子状の自分では彼女の近くに行って何もできない。  
助ける事のできない、物理的身体を伴わない自身の存在に、彼は苛立つ。  
やめろと怒るが、あの黒い異怪達には何も届きはしない。  
「は、あ…アァ、たい、さぁ…っ!」  
『大丈夫ですよ、誰かを呼ぶほどそんなに怖がらなくたって』  
「い、あぁ…いやぁー」  
『気持ちいいって鳴いてますね、中尉の中はあったかい…』  
快楽へと上り詰めだしたリザは、悶えながら切なげにマスタングを呼んでいた。  
『ねえ、気持ちいいですか?』  
「い、やぁ」  
『それとも、もっと奥まで突き上げたらうれしいですか』  
「ヒッ、ィ…い」  
ずんと内部で侵食されている部分が、彼女の内奥を悦ばせる波を放った。  
感じたくはないのに、悦に浸ってしまう体…  
頭の中が、とろけそうになる程の甘く、官能的な感覚で支配される。  
「あ、はぁ…あっ…」  
こんな奇怪なモノに陵辱されながらも、気持ちがいいと体が反応しているのだ。  
そんな自身に彼女は、涙を浮かばして喘いでいく。  
ずしんと子宮に向けて、奥まで突き上げられ、体中が震えていく。  
激しい動きに、リザの体は悲鳴をあげていた。  
 
しかしその時、マスタングは無力でいる自身の腹立だしさと怒りに苛まれながらもある衝動的な動作に踏み込んだ。  
―――『無くすなよ』という“失うこと”を忠告していたかつての親友の声や、  
思い障害を背負わせ引退してしまった部下の顔が記憶に走り、突き動かされるように彼の体が動いたのだ。  
絶頂に行き、朦朧としながら激しい責苦に、意識を失いかけるリザの瞳に……  
一瞬だけ、愛する男の顔が映る。  
「――――中尉、ホークアイ中尉!」  
心配そうな雰囲気ではなく、とても苦しんでいるような想い人の表情を見て彼女は気を失った。  
完全な物理身体化ではなく、自身のイメージの微小な投影化ができたのだろうか。  
マスタングは彼女が気絶する間際、その視界に飛び込むように駆けつけたのだ。  
しかしその途端、黒い異物達が散開し、砂状になり散っていく。  
風が荒れ吹き、砂のような苦い味が唇に取り付き、はがれていく。  
無限の白い空間の中で、彼は立ちすくんで、遠ざかっていくリザと黒い物体の集団に向かって手を伸ばす。  
走り、追いかけるが、横たわるリザに密着していた塊のようなぼやけた人物がそこに見えた。  
その“人物”は、大きく目を見開いて振り向いたのだ。  
『邪魔しないでください。よくもまあ、入って来れたものですね』  
「中尉から…離れろ!」  
『やっぱり、執着してる。くっだらな…』  
「お前は、一体?」  
『あれの真似して、人間ごっこしてただけです。今度、邪魔したら、殺してあげますね』  
少年のような冷静な落ち着いた声…だが、その本体が捉えられない。  
人間なのか、黒い塊なのか彼女を陵辱していたものと同じ声を発する人物はそこで消えた。  
 
 
酷い頭痛と共に訪れた幕切れで、マスタングは夢から強制的に目覚めた。  
戻った現実、薄暗い部屋の中、両手を見やる。  
震撼する指先、拍動する自分の身体…  
額から軍服、シャツはぐっしょりと汗で濡れ…頭痛と共に訪れた息詰まりに、椅子からずり落ちる。  
呼吸ができない。そのまま、床にはいつくばって、眩暈と吐き気に襲われた。  
深夜、誰もいないのが幸いしたか、こんな姿を晒さずにはすんだものの、  
胃液を吐くほどの具合の悪さにもがいてしまったのだ。  
――なんだ、これは!  
袖で口をぬぐい、彼は夢か幻とも言わぬ悪夢を反芻した。  
――――リザ、誰に何をされている?  
「今のは、何だったんだ…?」  
頭に直接響くような幼い声、やりとりした会話…黒い物体のような塊の姿が記憶にはもうない。  
覚えているのは、恋人が陵辱されている残酷な場面のみ…  
何かが抜け落ち、操作されたような頭を抱え、彼は壁に凭れて呼吸が落ち着くのを再度待った。  
どこかに打ち付けられたかのような全身への衝撃で、腕や肩が痺れて麻痺していた。  
数時間、そこで安静を保って彼はようやく立ち上がる。  
滴る汗ごと皮膚をまたぬぐい、冷徹に怒りを鎮めて行動することを新たに決意した。  
やはり何かが起こっている。  
その結論に不審はない。  
アームストロング少将の助けや様々な手段を通じて、一刻も早くこれからの算段に  
取り掛かる意気込みを新たにするには十分だった。  
「無事で、いてくれ…」  
少なくとも、さっきの夢が夢だけであってほしい。  
あんな事態が現実化されたことを考えると、マスタングはぞっとした。  
頭を抱え、苦渋の顔をしながらも彼はリザの無事を思い願い、早く冷静な自分に戻ろうと努める。  
取り戻したいものへ向けて、歩みよるために明日から取り掛かる術へと歩き出そうとする。  
 
ただひとつ、夢の中であったとしても…  
陵辱されて気を失って行く彼女の、おぼろげだったあの瞳に自分は映ったのかどうかが心残りではあった。  
そうして、触れたいという欲求を彼が心底、想い描いた長い夜が明けていく。  
(おわり)  
 

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