ハボックは、病室で動かない脚の指と天井を交互に見つめていた。  
隣のベッドに臥せっていた、彼の元上官、マスタング大佐は、本日退院した。  
それまで病室の警護は大佐の副官、リザ・ホークアイ中尉が努めていた。  
しかし本日は、ハボックと同期で少し固太りのブレダ少尉がやって来た。  
ブレダは今、長椅子で眠りこけているだけだ。  
病室は、まるで、この世ではないように静まりかえっている。  
 
 
「ホムンクルスは羝羊の夢を見るか?」  
 
 
あれは何日前のことだろう。  
ハボックが目覚めたとき、病室で中尉が泣いていた。そして、意識がなく  
自分で焼いた腹の痛みに苦しんで横たわる大佐の薄い唇に、そっと彼女の  
口を押し当てていた。  
その時、ようやく「ああ、そういうことなんだ」と覚った。  
二人とも東方司令部からの長い付き合いなのに、そんな彼女の気持に、  
ちっとも気がつかなかった。  
なんとなくぽかーんとその行為を見つめていると、直ぐに、意識が戻った  
ハボックに彼女は気がつき、困惑した顔で微笑んだ。  
「大佐のこと、好きなんですね」  
と聞くと、彼女は、こっくりと頷き、  
「大佐は?」と聞くと、彼女は「分らない」と答えた。  
 
それから彼と彼女の上官であるマスタング大佐も目を覚まし、別にハボックも  
そのことに関して何も言わずに、数日間、同じ部屋で三人は過ごした。  
昼は色々な人が見舞いや手続きに、尋ねて来た。  
そんな数日間。大佐が眠ってしまった後の夜は、ハボックは地獄だった。  
暗い病室で、思いつめたように任務を遂行している、長い金髪束ねた中尉が  
視界に入ると、ソラリス(いやラストと呼ぶべきか)に恋をしていた自分を  
見ているような気がした。  
 
人は恋をすると強くなれると言うけれど、本当は、守るものが出来る分、  
心は弱くなるのでは無いか?その人を愛する余りに、相手の想いは関係なく、  
自らの事はどうでもよくなってしまうのではないか?  
同じように深夜眠れない彼女を、見ていると痛々しいと思う。  
 
そんな苛立った時でも、病室で煙草を吸わせてもらえるわけもなく、  
かといって、動かぬ脚では病室から自由に出る事すらままならず、  
仕方無くハボックは、そんな中尉にカーテンを少し開けてもらって、  
夜空ばかり見ていた。  
 
今夜はもう、そのカーテンを開けてもらう必要も無い。  
中尉は大佐と一緒に帰った。  
横たわった視界には母親がもってきた、野ばらが飾ってあるのが  
見えるだけだ。少しは将来のことを考えたい。  
 
そんな赤紫色の花弁の一点を見つめていたハボックの眼の中に、  
一瞬光が走り、白い靄がかかり、そして花瓶の場所に人型が表れた。  
その形は、だんだんとはっきりと見える。  
ハボックを刺した彼の元恋人、ラスト。  
 
「ジャン、久しぶりね」  
「ソ、ソ、ソラ、ラ…ラスト!」  
ハボックは一瞬身構え、言葉がどもる。  
「そんなに怖い顔しないでよ。恋人が面会にきたっていうのに」  
「そんなこと言って、トドメを刺しに来たんじゃないだろうなァ……」  
「ふふ。そうして欲しいのかしら? 私と一緒に死んでくれるって言うの?  
 人間って泣かせるわね」  
そう言い終わると色っぽい紅い口角は上を向き、くすくすと笑った。  
そして顔にかかった黒髪を後ろに流す。  
ハボックは、すばやく頭を横に何度も振った。  
「冗談よ。大丈夫。私はもう実体も無いんだから」  
「じゃあ、なんで、こんな深夜に表れたんだよ!大佐に何か企んでる  
 んじゃねえだろうな」  
 
「最後に、貴方に会いたかったから……じゃ……駄目かしら?」  
ラストは首をかしげて微笑んだ。  
「訳わかんねえよ。もう騙されるのはゴメンだね。消えてくれよ」  
「貴方がいつも望んでいた行為をしようかと思ったのよ」  
「いつも望んでいた行為?」  
「そう、人間の性行為ってやつ」  
「ちょ、ちょい待ち……、何で……?何かの罠?」  
「それは貴方が好きだから……」  
「そんな事は無いだろう?」  
 
ハボックは悩んだ。  
ハボックにとってソラリスは、それが贋物だとしても、優しく美しい恋人で  
あったが、ラストにとってハボックが良い恋人だったとは、とうてい思えない。  
最後まで敵とは知らなかったが、結果としては、彼女が欲しがっていた情報は、  
一つとして流さなかった。  
 
「私はラストよ。駄目ね、どんな男にでもすぐ惚れてしまうの。  
 うふ。人間はこういったことで、愛情を示しあうのでしょ」  
ラストは、黒手袋をした細い指先をハボックの髭が薄っすら生えた頬に添えると、  
魅惑的な薄い唇をハボックの唇に寄せた。  
ぬめった舌がハボックの口腔内を、舐め上げる。  
 
「あ、あのさ、俺……」  
「それは私も同じ事よ。元々ホムンクルスに生殖能力は無いわ」  
「生殖能力というか、動けねぇし」  
「そう。でも今は夢よ。気が付かなかったの?昨日まで睡眠不足だったから、  
 今一瞬で眠りに落ちてしまったのね。だから貴方が望めば、何だって出来るわ。  
 私を他の人の形に――そうね、あの昨日まで居た中尉さんや、お見合いで  
 振られた若い娘さん、看護婦さん――に変える事だって出来るし、性格も思いのまま。  
 どんな体位でも、SMでも、処女膜再生も、お好きなままに……  
 どうする?ジャン」  
 
「そうと決まったら、ボインボインのネコミミツンデレメイドでお願いします!」  
 
 
ラストは、特徴のある瞳を冷たくハボックに向けると、黒髪を揺らして、  
その実体を変えようとしている。  
「……いや、やっぱり、そのままでいい。そのままの君がいい!」  
「……」  
「ただし……ソラリスって呼んでいいか?」  
「……ええ。いいわよ」  
ラストはフッと溜息をついた。  
 
ハボックは手を懸命に伸ばし、彼女の柔らかいボインを掴む。  
彼女は夢と言ったが、ハボックの身体は重たく、思った様に動かない。  
「どう。私の身体は……」  
ラストの身体は、薔薇の匂いがする。  
いや、これは、ハボックの母親が見舞いに持って来た、故郷の野ばらの匂いだ。  
 
「やっぱり、人間ってわからないわ」  
「何が?」  
「こんな時に母親を思い出すなんて、困った男の人だこと」  
そう言って、ラストは細い両の腕を伸ばし、ハボックの頭を彼女の大きな  
乳房の谷間に埋めた。反論しようとしたハボックは、もごもごと口ごもる。  
柔らかく艶やかな白い皮膚が、男の耳を包む。  
その弾力のある肉と、その上にある赤い小さな果実を、何度も手のひらで、  
揉みしだく。  
ラストの美しい白い肉体は撓り、紅潮してピンク色に変わる。  
 
そして大きな胸の脇から手を下の方に伸ばすと、細い腰と弾力のある尻があった。  
男は内腿から女の脚の股に手をやる。  
「本当に罠じゃねえよな?」  
「んふぅん、疑り深いのね……」  
「そうだったら、君に刺されることはなかったと思うけれどもさ」  
重たい指で、その秘所を探る。ねっとりと湿った粘膜が、ハボックの  
指に纏わりつく。  
 
「ああっん、ん、気持、いい……  
 ねえ、ジぁンん……ここも、触ってよ……」  
そう言ってラストは、ハボックの目の前にある胸の皮膚を、自らの手で  
大きくメリメリと開けた。  
彼女の核――賢者の石――の有った場所。  
そこにもう一つの花が咲く。  
 
そんな女の言葉を無視して、穴の両側にある大きな胸の上の乳首を、  
ハボックは咥える。  
「はぁん……ねぇ……」  
 
「んっ、ねえ、ジャン。この中も触ってったらァ」  
「嫌だね」  
「じゃあ、入ってみない?……私のこの身体の中に」  
ラストはその胸の谷間に開いた穴を見せ付けながら微笑んだ。  
それはとても甘美な誘い。  
ハボックは思わず生唾を飲み込む。  
「あの大佐にめちゃめちゃにされちゃったこの穴の中に……」  
 
ピンク色に火照った肌に、開いた穴の奥が紅く光る。  
穴の周囲の乳房の脂肪は、二重の襞を形成し、黒い髪をたたえた顔は、  
乳房の肉壁に挟まれた小高い丘になり、ツンと尖った鼻だけが、  
その襞の間から存在を覗かせた。  
同時に、亀裂は更に腹部から脚の股へと下に切れて、秘所のあった部分は  
大きな肛門となり、その美しい両脚の柔らかな肉は、乳房であった襞と融合し、  
大唇、小唇を創り出した。彼女の賢者の石の入っていた皮膚の裂目は奥に  
隠され、筋の切れ目となった。  
彼女の姿は、大きな女性器に、変化していく。  
 
「これが私の本当の姿よ……」  
ハボックは更に固唾を飲んでそれを見守った。  
女性のそれは一般的にグロテクスであるが、彼女はそれだけではなかった。  
ラストの名にふさわしく、男を煽情するような華やかな美しさも兼ね備えている。  
 
大きな赤紫の肉厚の花弁に伸ばしたハボックの右手が触れると、奥から蜜が  
垂れてくる。  
「いやんっ、いきなり、そんなぁとこ……」  
男が触ったその外襞を震わせ、最奥から高い声が響く。  
「ソ、ソラリス……」  
「んっ……はやく、きて……  
 でも、もし、身体がうごかないのなら、私から行って、あ・げ・る……」  
病床から上半身を直立させているハボックは、その蜜で湿った大きく美しい  
花が近づいてくるのを見上げた。花は開き、淫靡な真っ赤な女芯が、  
花弁の奥でテラテラと光って近づいてくる。  
男はその美しさに圧倒されて、言葉が出ない。  
形が変わる前髪だったウェーブのかかった黒毛を、手のひらで撫でる。  
「ぁあん……、いい!」  
そんな指先が、湿った襞の暖かい中にズブズブと、のめりこみそうになる。  
 
「……やっぱ、駄目だ。ソラリス」  
ハボックは、やっとのことで手を離すと、女の誘いを断った。  
 
「どうして。こんなグロテスクな私は、愛してくれないのね」  
液体を身体の奥から噴出しながら、ラストは拗ねた。  
 
「いや、違う。俺、俺にそんな資格はないよ。  
 逃げちまっただろ。あん時。大佐と一緒にさ……  
 それに、まだ、母体に還る気はないんでね」  
多分彼女に吸い込まれていれば、夢とはいえ、今まで感じたことも無い強い  
享楽に耽ることが出来たに違いない。  
けれども、一度それを知ってしまえば、きっとソラリスではなく、ラストの事を、  
本気で愛してしまうだろうと思った。  
そうしたら、きっとあの人より、心は色欲の弱さに囚われる……  
 
「そう。残念ね……私、貴方と一緒になりたかったのに」  
「俺もそう思う。何も無ければ、是非ヤりたかったよ。君の中に手を入れた大佐  
 が心底うらやましい」  
ハボックは大口を開けて笑った。  
 
それに、あの賢者の石の場所には、先に、大佐が手を……  
 
「ありがと……ジャン」  
そんな嫉妬と忠義を混ぜ合わせたような心を読むように、ラストは白く薄れていく。  
それとも、もう朝なのか。  
「すまない。さよなら」  
ハボックが謝ると、最後に彼女は、ハボックの良く知っている人型に戻って、  
笑顔で消えていった。  
目の前に残ったものは、野ばらの花。  
 
「でも、忘れないでね。私の事。ソラリスでも、貴方のお母様でもない。  
 私は――Lust――……いつまでも心の中に……」  
 
 
END  
 

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