馬鹿なことをした。  
ズキズキと痛む頭を押さえ、オリヴィエは深いため息をつく。  
隣で浅い寝息をたてる男。出会った当時から結婚していて、愛妻家で知られている彼が、妻ではない  
自分の隣で眠っている。  
「酔った勢いとはいえ……」  
もうすっかり情事の火照りが消えてしまった腕に顔を突っ伏し、居た堪れなさに呟いた。  
最近おかしい。酒で自分を見失うことなど今までなかったのに。おかしい。この男の前では、特に――。  
「少将……?」  
掠れた声にギクッと顔を上げる。とろんとした赤い目が、薄暗闇に浮かんでいた。  
大きな手が首筋を這う。引き寄せ胸に収めようとする力に、抗うことが出来なかった。  
「如何なさいました…?」  
「……まだ酔っているのか?」  
少し汗の匂いのする胸板にほおを寄せ、尋ねる。きっと酔いが覚めれば、己の失態に慌てふためくと  
思っていたのに。  
「いいえ……私は飲んでいませんよ」  
あごに手を添えて上向かせ、唇を近付けようとする男の髪を掴んで引っ張った。  
「いたた、痛いです」  
微かに残る記憶を頭痛の中から探る。彼は酒を口にしていなかった?  
「…………!」  
そうだ。グラスを持ったり置いたりするだけで、口に運ぶ動作は見なかった。次々とグラスを空に  
していく自分を、ただただ楽しげに眺めるだけで。  
――酔い潰れたこの体を、そっと抱きすくめたのは彼だった。  
「お前、素面で私を抱いたのか?」  
愕然と目を見開く。全て酒が作り出した虚構ということにしようと思っていた。愛妻家の彼には、  
あってはならないスキャンダル。彼もきっとこのような事望んではいない、そう思っていた。  
胸をよぎったのは恐ろしい感情。  
浅黒い胸を押し、離れようともがく。もがけばもがくほど、絡みとられていくとは知らずに。  
 
「んっ、む」  
ぶつかるような口付けに、髪を振り乱して逃れようとする。初めて恐ろしいと思った。赤い目が、  
覆いかぶさる大きな体が、遠慮なしに肌をなぞる無骨な手が。  
「ずっと」  
「ひ、あ!」  
ふとももを這っていた指が、胎内にめり込む。自在にうごめく太い指に、身体を捩じらせる事しか  
出来ない。  
「ずっとこうしたかったと言えば、あなたは呆れますか?」  
快感に飲み込まれながら、彼を見上げる。いつもの笑顔の下に、見た事もないような男が垣間見え、  
思わず肌を粟立てた。  
「ずっと…こうしたかった。この身体を抱き締めたかった。白い肌に舌を這わせて。美しい髪に顔を  
うずめて。貴方を私のものに、したかった……」  
「マイ、ルズ…!」  
狂気まで含んだ熱に貫かれ、水を求める魚のように大きく口を開ける。粘膜の擦れる感触だけが  
全身を支配して、甲高い声を上げることしかできなかった。  
「愛して、います」  
甘い甘い言葉に、脳が溶けた。  
 
 

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