「やめ」  
否定の言葉はやわらかな唇によって遮られる。口紅の味がした後、彼女の舌の味がした。  
生暖かい唾液に絡めとられる。舌も、思考能力も。  
壁に押し付けられた手首はピクリとも動かせず、その押し付けている主が自分より小柄な  
女性だということが、滑稽でしかたがなかった。  
「っ……!」  
首を振り、官能的な口付けから逃れる。滴った唾液が軍服を濡らすのも気にせず、  
オリヴィエは手袋を脱いだ手でほおを包み、もう一度口付けようと背伸びをした。  
「いけません、少将!」  
「……なぜ?」  
触れ合うほんの数ミリ前。熱い吐息が口内にまで届く。背筋に快感が走る。理性が  
削り取られていく。  
「私には、妻がいます…」  
「その台詞、聞き飽きた」  
「少将!」  
「そんなもの、知ったことか」  
彼女の足が膝を割って進入し、思わず体を硬直させた。白い指が胸元の筋肉をなぞり、  
唇は脳に直接響く声で「マイルズ」と囁く。  
彼女の行動一つ一つに翻弄されながら、確実に確実に、身体は言うことを聞かなくなる。  
いつものように。  
下半身を弄る感触に歯を食いしばった。初めはズボンの上から。じれったそうにジッパー  
を下げた後は、滑らかな指が直接触れる。  
「は……!」  
強引な愛撫に夢中になる。いつの間にか彼女の首に腕を回し、自ら唇を押し付けている  
のに気づかないくらい。  
「マイルズ」  
軍服の前を肌蹴させ、インナーを乱暴に捲り上げながら、その声を遠くで聞いた。  
「夫人を愛しているか?」  
「……愛しています」  
そういいながら、抱きしめるのは違う女。肌の色も髪の色も違う女。まったく、  
男という生き物は。  
「私のことは、愛しているか?」  
一瞬、世界が止まった。愛してる、誰を?妻ではなく、この人を?  
「敬愛、致しております」  
脳が判断するより先に口から滑り出したのは、社交辞令上のきれい事。思わずそらした  
視界の端で、彼女の美しい顔が歪められるのがわかった。  
「そんな答えが聞きたいんじゃない…」  
消え入りそうな声。聞こえなかったふりをして、力の抜けた小柄な身体をカーペットの  
上に横たえた。  
 
快感の渦の中、愛しているはずの妻の顔は、一度も現れることはなかった。  
 
 

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