それは突然、何の前触れもなく訪れた。  
外で洗濯物を干していると、遠くからこちらに向かって駆けて来る青年がいる。  
金髪の、背の高い、青年。  
品の良いシャツとベストとおそろいのズボン。  
なかなかいい趣味してるわね。  
ばっちゃんに用事かな、と思っていると、こちらが見ているのに気付いたのか、手を振りはじめる。  
そして、近くなるに従ってどこかで見たような顔な気がしてくる。  
あたしと同い年くらいで、こんな奴…って?!  
「アル?!」  
思わず持っていた洗濯籠を落して、はしたない事に指差してしまう。  
だ、だって、アルは鎧で、あたしの幼なじみは体を取り戻す為に旅立って……  
「ウィンリィ!」  
鎧の時とは違う、ちょっと低い声。  
…アルだ。  
元に、戻った?  
これは、本当の事なの?  
夢じゃない?  
どうしよう、声が、出ない。  
涙が溢れてくる。  
堪えきれないで、口を抑えていると、青年が、アルがあたしの前で止まった。  
「…ただいま。……ウィンリィ、わかる?」  
少しだけ、心配そうな瞳であたしを覗きこむ。  
 
「このばかアルっ!」  
あたしはアルに抱きついた。  
わかんない訳ないじゃない。  
あたしを誰だと思ってるの。  
…嘘じゃない。  
ホントに体がある。  
その証拠に、暖かい。  
もうなんて言っていいのかわからなくて、ただ、アルの体温を感じながら泣きつづけた。  
「今度泣かせる時は嬉し泣きだって。約束、したよね?」  
そうよ、嬉し泣きなんだから。  
好きなだけ泣かせなさいよ。  
そうして、思いっきり泣いて、瞼が腫れぼったくなった頃。  
やっとあたしが体を離すと、アルは改めて  
「ただいま、ウィンリィ」  
そう言って笑って。あたしはまた泣きそうになって。  
「おかえりっ!もう、帰って来るなら連絡くらいよこしなさいよぅ…」  
最後はまた涙が出て小さくなった。  
「え?あれ?おかしいな。兄さんから連絡来てない?」  
エドから?  
「……今、連絡があったんだけどね、邪魔しちゃ悪いかと思ってね。おかえり、アル」  
後ろからばっちゃんの声がした。  
いつから、見られてたんだろう。  
「今、帰りました」  
アルがばっちゃんの方を向く。そこで初めて、アルを観察した。  
ばっちゃんと話をしている広い肩幅。背は、あたしより高いかな。  
よくよく見てみたら、全然知らない男の人みたいで、さっきこの人に抱きついたかと思うとどきどきした。  
 
「エドはセントラルで足止めだってさ」  
「今日は泊まってもいいかな?」  
「何言ってんの!」  
 
ここはあんた達の家でもあるんだから!  
 
そう言って、あたし達は家の中に入った。  
夕食が済んで、まだ休みたがらないアルを部屋に押し込んで部屋にいると、ドアをノックされた。  
「ウィンリィ…開けても、いい?」  
アルだ。  
 
アルなのに、アルのはずなのに、恥かしい。  
「ずっと鎧の体だったから、休むのになかなか慣れなくて」  
言って少し照れ笑いをするアル。  
そういうところは変わってなくて。  
アルなんだなぁ、なんて思ったら。  
やだなぁ。ホントに涙が出そう。  
「ウィンリィ、あの、僕元に戻ったら、どうしてもやりたい事が3つあったんだ」  
少しだけ真面目な表情でアルがあたしをまっすぐに見つめて言う。  
3つ?なんだろう?  
………。  
しばらく待ってみてもアルは何も言わない。  
首を傾げて覗き込むと、はにかむように笑う。  
そして深呼吸すると口を開く。  
「ウィンリィ……抱きしめても、いい?」  
ずっこけた。  
「ど!どうしてもやりたいことって、それ?!」  
抱きしめたい、って。  
「体温は、感じられないからね。……鎧だと」  
あ。うん、そっか。そうかも。  
さっき、あたしもアルを抱きしめて『本当に元に戻ったんだ』って思ったもの。  
「いいよ」  
アルに向かって腕を伸ばすと最初は壊れ物を扱うように優しく、  
次いで壊れるんじゃないかと思うくらい強く、強く抱きしめられる。  
「あぁ……」  
それはなんだか、こちらまで切なくなってしまうようなため息で。  
改めて元に戻ってよかったって、そう思った。  
しばらくするとゆるゆると腕が解かれてアルがあたしの体を離す。  
なんだか照れくさいような気がして二人で笑い合った。  
 
「じゃあ次だね」  
といいつつ視線はあさっての方向。  
アルがずっとしたかったこと、か。  
なんだろう?  
視線を逸らしていたアルが決心したようにこちらを向く。  
心なしか頬が赤い。  
「ウィンリィ、その、僕のお嫁さんになって下さい!」  
まっすぐに背筋を伸ばして、しゃちほこばった感じで。  
なんてアルを観察してる場合じゃない。  
今、なんて言った?!  
「へ、返事はすぐじゃなくていいよ」  
慌てたように付け加える。  
そしてポケットを探ると小さな箱を取り出した。  
「でもこれを、受けとって欲しいんだ。これからはウィンリィの体を傷付けなくてすむように」  
アルが小さな箱から取り出したのは……  
指輪?  
それは指輪の周りをぐるりと緑の石が取り巻いている。  
「ウィンリィの瞳の色みたいだと思って」  
帰ってくる度に増えてたピアス。  
これはこれで、好きだけど。  
「さ、さっきのを受けてくれなくても、これは受けとって欲しいんだ」  
つっかえながら言うアル。  
そこで、抑えていた箍が外れた。  
「私が何のためにっ!」  
抱きつき過ぎ!と自分でも思うけど今度はしがみつくようにして私がアルを抱きしめる。  
そうしないと、この泣きそうな表情を見られちゃうから。  
「泣かせたいわけじゃないんだ」  
あ、バレた。やっぱり幼なじみはなんでもお見通しか。  
なんだか、本当に、終わったんだなぁって。  
そう思ったらやっぱり涙が出てきた。  
ひとしきりアルの腕の中で泣いて、指輪を受け取る。  
へへ。指輪、だって。  
今度は指輪に合うおしゃれ、考えないとね。  
そんなことを考えながらなんとなく、長くなりそうな予感がしてどちらともなくあたし達はベッドに腰掛けた。  
 
「3つ目は?」  
悩んでいるようだからさっきもらった指輪を眺めながらさりげなく聞く。  
でも綺麗。とても綺麗だわ。  
アルはなかなか答えようとしない。  
うーん、と唸っている。  
「それは相手の同意が必要だからね」  
ふんふん。  
「何がしたいの?」  
「家を、ね。持ちたいんだ」  
家、か。  
「そこで好きな人と一緒に暮らしたい。僕と兄さんの帰る家は、もうないから」  
遠くを見るような瞳で。  
懐かしいようなものを見るような瞳で。  
そんな表情をされると、こちらまで切なくなってしまう。  
「家、というか。家族……かな?」  
そういって俯くアル。  
家族か。  
――家族。あたし達って家族みたいなものだけど、家族では、ないんだよね。  
でも他人同士が、家族になる、方法は、ある。  
今、あたしの手の中に。  
「ねぇ、アル」  
呼びかける。  
「あたし、この指輪…左手の薬指にしても、いいかな?」  
 
そのとき、こちらを振り向いたアルの表情を、なんと言ったらいいのだろう。  
不安と、嬉しさと、期待と、色んな感情が綯い交ぜになって……  
そう思っていたらあっという間に引き寄せられて抱きしめられた。  
「本当?いいの?」  
不安そうに響く声。  
「こんなあたしでよかったら」  
言ってからすぐに付け足す。  
「家はここでいいよ。ばっちゃんがいて、アルがいて、エドがいて。ずっとずっと変わらないの」  
「うん。ここは僕の帰るところだって、ずっと思ってた……ありがとう」  
よかった、と言って涙ぐむアルにあたしもちょっとうるっときてしまう。  
「あたし、アルを幸せにするから、アルもあたしを幸せにしてね?」  
気が緩んだのかそのままベッドに倒れこむと二人で天井を見上げる。  
「誓うよ。僕は必ず君を幸せにする」  
そうして、指輪を薬指にはめてもらい、あたし達は誓いの口付けをした。  
 
**  
終  
 

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