青臭い夢だと彼は少し気まずそうに首に手を当て、視線を逸らした。  
青臭いだなんて、私はこれっぽっちも思わなかった。  
 
「その夢…背中を託していいですか」  
 
父の残した研究が、あなたの手によってみんなの幸せに繋がると信じて。  
 
 
『背中を託していいですか』  
自分の父の墓の前で、何かを決意したような彼女の言葉の真意を汲み取る  
事が出来ずにいると彼女が無言のまま私の手を取り、そのまま自宅へと導いた。  
部屋へと入ると、彼女はぴったりとカーテンを閉めランプに火を灯した。  
何をしようとしているのか彼女に問おうと口を開いたのとほぼ同時に、彼  
女は私に背を向けするりと上着を脱ぎその下のワンピースにまで手をかけた。  
 
「何してるんだリザッ!」  
「何も言わないで、おとなしく見ていてください」  
 
慌てて上着をかけようとする私に彼女は落ち着き払った声でそう告げた。  
しかしそれは無理に平静を装っているようだった。  
彼女の肩は、震えていたから。  
そうまでする意図が分からない。彼女は何がしたいのか。  
その疑問は、曝け出された彼女の背中を見て吹き飛んだ。  
ランプの頼りない灯りに照らされた彼女の白く華奢な背中には、彼女には  
不似合いな厳しい火蜥蜴の陣とびっしりと書かれた文字。  
 
「これが…父の残した秘伝です」  
 
『娘が全て知っている』  
 
『書物ではありません』  
 
二人の言葉の意味が漸く分かった。  
師匠は自分の娘の背中に研究の成果を印す事で、その秘伝が部外者に持ち  
出される事を防いだのだ。  
 
それにしても  
 
「君は…女性だろう。確かに師匠の研究は素晴らしいものかもしれない。  
しかし、背中にこのような陣があっては…」  
結婚など、色々と障害になるのではないか。そう言いかけて止めた。  
 
師匠の秘伝を目の当りにし興奮していないと言えば嘘になる。  
しかし、今は彼女の将来の事の方が心配だった。  
今まで苦労していたであろう分、彼女には幸せになって欲しいのだ。  
しかし背中にこんな陣があっては、女としての幸せは望めないのではないか。  
 
「例え錬金術とは全く無関係な人でも、父の残した研究を簡単に見せる訳  
にはいきません。最も、そうでなくても気味悪がられるでしょうが。  
……結婚は望めないでしょうね」  
 
私が言わんとしている事を察したのか、彼女は背を向けたまま、まるで仕  
方ないとでも言うような口調で言い放つ。  
 
「…君はそれでいいのか」  
 
後ろから彼の言葉が響く。  
そんな事は、背中に陣を印された時から覚悟していた事で。  
研究に没頭する父の姿が恐かった。  
だけど、最愛の父である事に変わりはなかった。  
だから背中に陣を印す事を拒みはしなかった。  
それがいかに大事なものかも知っていたから。  
例えこの先誰かと家庭を築く事が出来ないとしても、それが父の娘として  
生まれた運命ならばと受け入れた。  
 
でも、  
 
「ロイさん、お願いがあります」  
 
 
「……私を、抱いてください」  
 
震える声で、その背中を晒したまま言い放つ彼女の言葉に軽い眩暈を覚える。  
 
「…リザ、そういう事は簡単に言うものじゃない」  
「簡単じゃありません!」  
 
そう言って振り向いた彼女は目に涙を溜めながらも真っすぐに私を見つめていて、  
その瞳に意志の強さを感じた。  
 
「一度だけでいいんです…好きな人に、抱かれたいんです」  
 
てっきり、彼女は私の事を兄のように思っているのだと思った。  
そうする事で目を逸らし続けた。彼女の気持ちも、自分の気持ちも。  
 
「…本当に、私でいいんだな」  
 
最終確認だと言わんばかりに尋ねると、彼女は小さく頷く。  
顎に指を添え軽く上向かせ、師匠への罪悪感から一瞬躊躇したものの、そっと口付ける。  
もう、止められないだろうと頭の隅で感じた。  
 
 
「んっ…んン…」  
 
最初は軽く唇を合わせるだけだった口付けも、徐々に深く激しいものへと変化し  
舌を絡めとられる感覚に肌が粟立つのを感じる。  
その感覚と息苦しさから無意識に彼の腕を掴むと唇が離れ、私は息を吸い込んだ。  
 
「はっ…ロイ、さん…」  
「ロイでいいよ、リザ」  
 
そう優しく告げると私の手を取り指を絡め合わせる。  
爪を立ててて構わないからと告げながら強く握られ、もう一方の手はそっ  
と胸に置かれた。  
 
優しく解すように揉みしだかれると徐々に体が熱くなっていくのを感じ、  
思わずあがりそうになる声を必死に押さえる。  
それでも頬の紅潮は押さえる事が出来なくて。  
こんな感覚、私は知らない。  
 
「声は我慢しなくていい」  
「ひぁっ!…っ」  
 
言い終わると同時に胸の突起に吸い付かれ、思わずあがってしまった高い  
声を口元に手を当て押さえると『抑えなくていいのに』と苦笑いをされた。  
 
「でも、恥ずかし…です…」  
「俺は聞きたい」  
 
視線をそらしながら答えると耳元で囁かれ、さらに頬が紅潮するのが分かる。  
 
そんなの反則だ。  
 
そう思ったけど、その直後に与えられた刺激にただ甘ったるい声を漏らす  
事しか出来なかった。  
 
「ふ…あ、ぁっ…」  
「これが気持ちい?」  
 
舌で赤く色付く乳首を舐り、もう一方は乳房を揉みしだきながら指で突起  
を挟み込み刺激する。  
ゆっくりと優しく、彼女を労るようにと思っていたのに。  
触れるたびに小さく声を漏らし震える彼女が愛しくて、彼女を求める行為は  
エスカレートする一方だった。  
その表情が、仕草が、声が。  
彼女の全てが欲情を掻き立てる。  
 
「リザ…」  
「あっ…そこ、は…」  
 
胸元や首筋に吸い付きながら足の間に手を差し込むと彼女が僅かに身じろいだが、  
構わず内腿をさすり秘部へと手を伸ばすとそこはしとどに濡れていて。  
その事に驚きを感じるものの、彼女も自分を求めてくれているのだと嬉しかった。  
 
「少し痛いかもしれないが…」  
「……?っ…あ!」  
 
これだけ濡れていれば大丈夫かと指を一本差し入れるが、彼女の表情と内部の  
締め付けからまだ無理かと指を抜き  
 
「足の力を抜きたまえ」  
「え…きゃっ」  
 
下に移動し彼女の足を肩にかけ顔を彼女の秘部に埋める。  
 
「ロイさん!?そんなとこ汚っ…あぁ!」  
 
彼が秘部に顔を埋めるのを止めようと上体を起こそうとしたが、それより  
先に秘部に刺激が走り力が抜けてしまった。  
 
「ロイでいいと言っただろう」  
「そこで喋らないで…くださ…っ」  
 
吐息が敏感なその場所にかかりぴくりと足が反応し、彼の頭を挟み込んで  
しまいそうになるのを耐えた。  
そっと舌を添わせ中に侵入してくるのを感じ、僅かに背が浮き上がり声が  
漏れるのを押さえる事が出来なかった。  
中を行ったり来たりしては時折その上部の突起も刺激され、その度にびく  
りと体を震わせる。  
一本、二本と指を出し入れされ立てた膝を震わせ恥ずかしげもなく喘いで蜜を漏らした。  
 
「そろそろか…」  
 
 
「リザ、力抜いて…」  
「……はい…」  
 
彼の言う通り、力を抜こうとゆっくり息を吐く。  
同時に彼のモノがあてがわれ、ゆっくりと中に入ってきた。  
 
「んっ……ぁ…ッ!!」  
「っは…大丈夫、か…?」  
 
きつい締め付けに僅かに顔を歪めながら問い掛けると、彼女は小さく『大丈夫です』と答えた。  
破瓜の痛みに涙を浮かべ呼吸もままならないというのに、どこが大丈夫だと言うのだろう。  
 
「本当に、大丈夫ですから。続けてください…」  
 
手を伸ばしそう告げる彼女に、胸が締め付けられるようだった。  
彼女の手を取り強く抱き締めると、ゆっくりと律動を始める。  
はじめこそ苦痛に耐える声が漏れていたものの、徐々に痛みが和らいでき  
たのか彼女から甘い声が漏れてきた。  
 
「まだ痛むか…?」  
「少し…でも、なんか…変で…んぁっ!」  
 
締め付けが僅かに緩くなったのを見計らいズンと奥を突き上げると、彼女は  
びくりと背を反らせ声をあげた。  
そのまま律動のペースを上げていく。  
 
「んっん、ン…あっ、ダメぇ…っあん!」  
「ダメ…?気持ち良くない?」  
 
より深く繋がろうと彼女の片足を肩にかけると、ベッドに両手をつき上体  
を倒すと思い切り腰を押しつけ夢中で奥を突き上げる。  
 
「リ、ザ…ッ!」  
「あ、ぁんっン…ロ、ぃ…あぁっん!」  
 
ぐちゅぐちゅという厭らしい水音が室内に響き、その音がまた快感を煽った。  
奥へと押しつけ一度動きを止め軽くキスをすると、上体を起こし彼女の体を  
反転させ後ろから攻める態勢をとる。  
細い腰を押さえ付けまた奥へと押しつけると、陣の印された背中に口付けた。  
 
「…これがあるから、結婚が出来ないとは思わないが」  
「出来ません…他の誰かに見せるわけにはいきませんから」  
「なら俺と結婚すればいい」  
「……何言って…っあぁん!」  
 
彼女の言葉を遮るように腰の動きを再開させ、動きはそのままに後ろから彼女を抱き締めた。  
一方的なプロポーズだという事は解っている。  
でも、彼女を愛しいとも守りたいとも思っているからこそ出た言葉で、勢  
いや同情で出た言葉ではなかった。  
 
彼から出たその言葉が、同情や気の高ぶりから出たその場限りの言葉でもよかった。  
それでも、嬉しかったから。  
後ろから激しく突かれ声を漏らす事しかできない中なんとか後ろに振り向き  
 
「んぁ、はっ…好、き…です…っあ!」  
 
その場限りの言葉だと思われても、構わない。  
こんな言葉で彼を縛れるとも、縛りたいとも思わない。  
ただ、どうしても伝えたかった。  
 
「      」  
 
「何…あっぁん、んっン!」  
 
背中から覆い被さるようにして囁かれた言葉に驚き目を見開き彼に問い掛けようと  
したけれど、今までとは比にならない程激しく奥を突かれそんな余裕は無くなってしまう。  
 
荒い呼吸を繰り返して  
馬鹿みたいに喘いで  
シーツを握り締め迫り来る快感に耐えた。  
シーツを握り締める手に彼の手が重ねられたのと、後ろで彼が息を詰める  
のを感じた時、私は意識を手放した。  
薄れていく意識の中、体内に熱いものが流れ込んでくるのを感じながら。  
 
 
あれから、私は師匠の秘伝を解読するまでの間、幾度となく彼女を抱いた。  
私はその後もなるべく彼女の様子を見に行こうと決めていたものの、解読  
したと同時に彼女から母方の祖父の家に引き取られる事になったと告げられた。  
家族がいるのならその生活を大事にした方がいい。  
会いに行かない方がいいだろうと思った。  
ただ、最初の情交の際に伝えた一言が、彼女の中で重荷になっていないか。  
軍人といういつ死んでもおかしくないような立場にありながら、あんな事  
を言うべきではなかったのではないか。  
それだけが気掛かりだった。  
 
 
父が亡くなってからしばら経ったある日、母方の祖父の使いだという人が  
来て私を引き取ると伝えられた。  
今まで親戚の話など聞いたことがなかったから驚いたものの、ここに一人  
で暮らしていては彼に心配をかけてしまうと、祖父の家に行く事を決意する。  
彼が私の背中に印された陣を解読するのを待って、彼にその事を伝えると  
『それなら安心だ』と微笑んだ。  
それから、彼には会っていない。  
 
「リザ、本当に軍人になりたいのか?」  
「はい、お祖父様」  
 
何度目になるか分からない同じ質問に、何度目になるか分からない同じ返事を返した。  
 
「一度言いだしたら聞かないからなぁ。母親そっくりだ」  
 
母もそうして出ていってしまったのだろうか。  
目の前で溜息をつく祖父に、その事は聞かなかった。  
私は、軍人を目指すため士官学校に入る事が決まった。  
 
『迎えにくるから』  
 
初めて彼と結ばれた日に彼から言われた言葉を、信じている訳でも疑っている訳でもない。  
彼から出たその言葉は、彼なりの思いやりだったのだと思う。  
でも、その言葉に縋って生きるような何も出来ない女にはなりたくなかった。  
出来る事ならば、彼と同じようにこの国の礎の一つとなって皆を、そしてあの人を守りたい。  
 
 
それがどんなに暗く過酷な道でも  
 
「お久しぶりです、マスタングさん。覚えておいでですか?」  
 
 
あなたがいれば、光は灯るから。  
あなたは私の希望の光。  
 

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