「やぁ」
いつも彼は家に突然やって来て、我が家のように上がり込む。
「何時だと思ってるんですか」
「会いたかったんだから仕方ないだろう」
責める言葉を投げ掛ければ、平然と返される。もう何度も繰り返された二人の日常的な会話。
「リザ…」
名前を呼ばれ後ろから抱き締められる。そうすれば私の怒りが和らぐ事を知っているのだ、この男は。
おとなしくなったのを見計らって彼の指先が胸と下肢に同時にのびる。
抵抗しても無駄だと分かっていても、この行為自体に慣れる事が出来ないのと気恥ずかしさから抵抗すると、いつも『素直じゃないね』と言われた。
私が素直じゃない事なんて誰よりも知っている筈なのに。
唇を塞がれ躰を弄られると私はただそれに翻弄されるだけで何も出来なくなる。
後は快感に流されるだけ。
「リザ…ッ」
「あっん、も…だめぇ!」
息苦しい程に強く掻き抱かれ激しく奥を突き上げられると、大きな快感の波が押し寄せ何もかも手放してしまいたい感情に駆られるが、彼が膣中に精を放とうとしているのを察し彼の肩を思い切り押し返し『中に出さないでッ!』と懇願する。
しかし彼は一度動きを止めると
「嫌だ」
とだけ言い呼吸もままならない程激しく突き上げられ、腰を押しつけ一番奥に精を放つ。それと同時に私も絶頂を迎えた。
「はっ…あなたはどうしても何時もそうなんですか!止めてくださいと何度も言っているでしょう!」
「いいだろう。責任は取るよ」
責めてもそう返されるだけで、悪いなんて微塵も思っていない。挙げ句『俺達の子供なら絶対可愛いぞ』と楽しみだと言わんばかりの笑顔で告げられ、呆れて何も言えなくなる。
いつもこの繰り返し。一度だって聞き入れてなどくれなかった。
それでも、今まで幸い妊娠する事はなかった。
そんな矢先、自宅でシャワーを浴びていると一本の電話が入った。
ハボック少尉からだ。
大佐が事故に遭い瀕死の重傷だと焦った様子で伝える彼の声が、遠くに聞こえた。
着の身着のまま家を出て急いで病院に向かうと、ハボック少尉が待ち兼ねたように出迎え病室に案内してくれた。
無我夢中で来たものの、病室の前に来ると恐くなり把手を握る手が震えた。
それでもガチャリと音を立て扉を開け足を踏み入れる。
真っ白な部屋の中に、彼はいた。
「…なんて顔してる…」
そんなの知らない。けれど、きっと酷い顔なのだろう。
「泣くな……」
無茶言わないでください。
そう言いたくても、嗚咽を押し殺した声しか出せず涙を拭う彼の手を握り締める。
「愛してるよ」
その言葉だけはっきりと告げると、涙を拭ってくれた手から力が抜けた。
「……う、そ…」
嘘だ。また彼の悪い冗談だ。そう思った、そう思いたかった。
それからはよく覚えていない。名前を呼んで、泣き叫んで、彼に縋り着いた。覚えているのはただそれだけ。
自宅まで送ってくれた後、心配だから一緒にいると言ってきかないハボック少尉を大丈夫だからと帰し部屋に籠もるとベッドに倒れこんだ。
大丈夫なんかじゃなかった。
彼がいなければ自分が生きる意味なんてない。
あの人のいない世界なんていらない。
私は周りが思う程強くない。その事も、あの人だけが知っていた。
会いたくてたまらなかった。彼のもとへ行こうと、いつも彼を護っていた愛用の銃を手に取る。
しかしその瞬間、物凄い吐き気に襲われ洗面台へ走ると蛇口を捻り水を流しながら嘔吐した。
ショックとストレスから来るものだろうと思ったが、ふと彼の言葉が頭を過った。
『俺達の子供なら絶対可愛いぞ』
「まさか…」
そっと腹部に手を当てる。いくら何でもタイミングが良すぎる。
今までいくら中に精を放とうと妊娠しなかった事から、子供が望めぬ体なのではと彼に検査を勧められた程だった。
どうする事も出来ず、腹部に手を当てたままその場に座り込んだ。
数か月後、私はある場所にいた。
「あなたがいなくなって、どうするんですか…」
月日が経つにつれ大きくなっていく腹部を手でそっと撫でながら、“ロイ・マスタング”と名の刻まれた墓石の前に佇み文句を言う。
あれからすぐに検査をし、妊娠三ヵ月である事が判明したのだ。
「子供が出来たら、あなたのもとへ行く事も出来ないじゃないですか…」
責めても彼はもう何も答えてはくれないと分かっていても、責める言葉を止める事はできず溜息が零れる。
「本当に…」
「ずるい人」
風が吹いて、頬を伝う雫を拭ってくれた気がした。
私が寂しくないようにと、この子を残してくれた。
でもそうする事で、自分のもとへ来させないようにした。
あなたは優しくてずるい人。