「ソラリス!」  
花束を持って嬉しそうに近付いてくる大型犬のような男。  
「ごめん、待った?」  
「いいえ、ジャン。今来たところよ」  
そう言うと、彼はホッとしたような表情で笑った。  
 
"恋人"になって2週間。いつものようにお茶を飲みながら他愛もない会話をする。  
普段は飄々としているハボック少尉も、恋人の前では甘えたようになる。仕事が忙しいと言いながらもまめに電話をかけてくるし、こうして会う時間もつくっている。  
女の色香に惑わされる愚かな男。私の本性も知らないで呑気に笑って。  
それなのに肝心の仕事のことは話さない。ちょっと迫ればすぐに情報を漏らすだろうと踏んでいたが、意外にも口が堅い人物だということは初めて会った日に気付いた。  
そう、気付いていたはずなのに。  
 
「…っと。もうこんな時間だな。ソラリス、送っていくよ」  
 
この時、きっと私はおかしくなっていた。  
ほんの一時の気の迷い。  
 
「ありがとう、ジャン。…でも今日は…帰りたくないの」  
 
男は驚いたような顔をして、見る見る頬を染めた。しかし、誰より驚いていたのは私自身だった。自分が発した言葉に半ば呆れていると、大きな手が私をそっと抱き寄せ、耳元でささやく。  
「…俺も、帰したくない」  
 
陽の光を受けて輝く淡い金髪、澄んだ空のように青い眼。  
自分とは正反対のような、不可解なイキモノだった。  
 
彼はこの闇のように黒い髪をきれいだという。血のように赤黒い瞳を宝石のようだと褒める。  
騙されているのも知らずに、馬鹿みたい。  
 
…いや、私のほうが馬鹿なのかもしれない。  
この男は仕事のことは喋らない。抱かせてやっても、たぶんそれは変わらない。  
なのになぜ部屋に来たのだろう。  
ふと煙草のにおいが頭にこびりついているような感じがして、虫唾が走った。  
 
 
古ぼけたアパートの部屋に通されると、すぐに後ろから抱きしめられた。  
「…ソラリス、本当にいいの?」  
気を使って尋ねてくるのが煩わしくて、私は男の背中に手を回した。  
「どうしてそんなことを聞くの?私が帰りたくないと言ったのよ。私が…抱いて欲しいの」  
 
苛々する気持ちをぶつけるように笑みを浮かべて誘うと、とたんに唇をふさがれた。  
熱い舌が割り込んできて、ねっとりと歯列をなぞる。  
息もできないほど激しい、しかし優しいキス。  
くちゅ、と淫らな音が耳を掠めて、身体にしびれるような快感が走った。  
飲み下せない唾液があごを伝い始めたとき、男の手が胸をやんわりと包みこんだ。弧を描くように揉んでいたかと思うと、服の上からでも分かるほど立ち上がった突起に触れる。  
「んんっ…」  
私が声を漏らしたことに気を良くしたのか、手は服の下に入り込んで直接乳首を弄りだした。  
その執拗な責め立てに胸が好きなのかとぼんやり思ったが、絶え間なく与えられる快楽にそんな余裕も奪われる。  
いつの間にか服を脱がされ露になった乳房を吸ったり噛んだりされて、たまらず身をよじる。  
「ソラリスは感じやすいんだ。…可愛い」  
「あんっ、はぁ…ジャン、他の、とこも…」  
潤んだ瞳で訴えると、彼は私を抱えあげてベッドに運び、そのまま組み敷いた。  
 
「他のとこって、こことか…?」  
男の指が下着の上から性器に押し当てられ、グチュッといういやらしい音とともに動かされる。その感触で自分の性器がすでに濡れそぼっていることを知った。  
「あああっ…やっ…そんな、に、弄らな…でっ…」  
「すごい、胸だけでこんなになったの?」  
 
この男の愛撫はひどくやさしい。  
私の乱れた姿に興奮していることは耳元で感じる荒い吐息でわかる。  
それでも、彼は私の身体をまるで壊れ物のように扱う。決して壊れることなどないこの身体を、愛しくて仕方がないというように。  
なんて愚かな男。  
そう思う心は冷え切っているのに、身体は熱く疼いてどうしようもない。  
 
彼は下着を脱がして蜜が溢れる中心に舌を這わせた。  
「あっ、ん…はあっ…」柔らかくしっとりした舌がそこで蠢くたび快感が襲う。  
玉のような汗が浮かび、自然と腰が浮いて舌が差し込まれる動きにあわせて淫らに揺らめく。  
とろとろに溶けたそこに、今度は骨張った指を入れてかき回されると、あまりの刺激に軽い絶頂を迎えた。  
 
「気持ちいい?ここ、すごく濡れてて指に吸い付いてくる。…もう、我慢できない」  
耳元で低くささやかれて、気が狂いそうになる。  
夢中でキスをせがみ、「入れて…」と促すと、男は熱に浮かされたような顔をして自分の猛ったモノを取り出した。  
既に先走りの液を零しているそれは、若く逞しい彼に相応しく大きく反り返っていた。  
 
やっと貫かれるのだという期待で、中心から愛液がこぼれヒクヒクと震えているのが自分でも分かる。  
すぐに熱いモノが触れ、圧倒的な質量が入ってきた。  
「ひゃぁっ…あ、ああっ…あっ…」  
狭い場所をぐっと押し広げられる。  
どくどくと脈打つ熱い塊が擦り付けられる感覚に支配され、もう声を止められなくなっていった。  
腰が打ち付けられるたびグチャグチャと粘着質の音が聞こえて私を煽る。  
 
「ソラリス…ソラリス…!」  
男はうわごとのように私の偽名を繰り返す。  
溢れる涙が視界を歪めてはっきりと彼の顔を見ることはできなかったが、私も彼の名を呼び返した。  
「ふあっ、あんっ…あ、あ、…ジャン、もうっ…」  
絶頂がすぐそこまで来ていて、すがるように彼の首に腕を回す。  
「くっ…、ソラリス…俺、も…」  
「あっ、あっ、はぁあああんっ…!」  
いっそう深く突かれた瞬間、息もできないほどの快楽に身を震わせて、私は意識を手放した。  
薄れゆく意識のなかで、声が聞こえる。  
 
「ソラリス、愛してる…」  
 
同時に彼が放った熱い精液は、決して命を宿すことのない深い闇に飲まれて消えた。  
 
眼を覚ましたのは、それからどのぐらい後だったのだろう。  
私は逞しい胸に抱かれていた。  
顔を覗き込むと、子供のように無垢で幸せな寝顔だった。  
 
「愛してる」ですって?…不毛だわ。  
 
ナイフのように鋭い爪を伸ばし、男の首に突きつける。  
ああ、殺したい。  
この人間は私をおかしくする。  
また煙草のにおいが鼻を掠めたような気がして、私を苛つかせた。  
 
かつて私が身体を開いた男は皆、自分の欲望のままに私を抱いた。数え切れないほどの男と関係を持ったが、セックスに愛情を感じたことはなかった。  
それでよかったのだ。  
でも彼は違う。肌を合わせればわかる。  
この男は私の心を求めている。  
そして、私は…。  
 
 
くだらない。爪を元に戻し、彼の腕からすり抜けて夜風にあたる。  
ベッドサイドに置いてあった煙草に火をつけて吸ってみるが、不味くてすぐに灰皿に押し付けた。  
不味かったけれど、それは苛つく気持ちを不思議なほど静めるものだった。  
 
「ジャン。あなた、本当に馬鹿ね」  
近く、私はこの男を殺すかもしれない。  
何となくそう思ってひどく愉快な気持ちになった。  
 
金色の髪をそっと撫でる。一頻りそうしてからベッドの中に戻ると、男はむにゃむにゃと唸って、また私の身体を抱きしめた。  
 
「…ジャン、愛してるわ」  
眠っている頬にキスを。そしてくだらない嘘を呟いて、もう一度眼を閉じた。  
 
 
(おわり)  
 

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