「ねぇ。これから、隣町まで買い物に行こうと思うんだけど、あなたも一緒に行かない?」
髪を整え、鞄を持ち、エプロンを外して、私は彼に訊ねた。
その言葉には「久しぶりに一緒にデートしない?」という意味を含まれている。
・・・・・・変な所で鈍感な彼がそれに気付いてくれる事は稀なのだけれど。
「ん? あぁ、この文献を読み終わったら行こう、トリシャ。」
手に持ち、読み進めている文献から目を離さずに彼は笑って言う。
だが、手に持っている文献は分厚く、本などを読むのが早い彼でも、
読み終わるまで半日はかかりそうな代物だった。
今の時刻は午後2時を少し過ぎたところ。読み終わる頃にはきっと日が暮れてしまう。
私は大きくため息を吐くと、ソファの上で父親と戯れている我が子を抱き上げ、
軽く頬を膨らませて、ドアのほうへと向かった。
「もう良いわ、エドと一緒に行ってくるから。あなた、お留守番しててね」
あからさまに不機嫌な声を出して、私は扉を開けた。それでも彼はこちらを見もしない。
エドが生まれてから、初めての育児に二人してあたふたしていたから、
ここ最近、一緒に出かけることも無かった。
彼との愛の結晶である我が子は勿論愛しいけれど、
ほんの少し、淋しいと思ってしまう母親じゃない女としての自分もここにいる。
それなのに、本当にあの人は鈍感なんだから!
・・・・・・まあ、そんなところまで愛しいと思えてしまう自分も馬鹿としか言いようが無いけれど。
「あ。・・・今日の晩御飯、何か食べたいものある?」
「シチュー。シチューが食べたい」
扉を閉める前に彼のほうを振り返って、ふと思い浮かんだことを訊ねる。
すると彼は文献に視線を向けたまま、即答した。
その唇が紡いだのは、十日前にもした彼の大好きな料理。
私は最後までこちらを向かない彼に心底呆れながら、解ったわと返事をして、
少しばかりの反抗として、大きな音を立てて扉を閉める。
腕の中できゃっきゃと嬉しそうな声を上げるエドを抱きかかえ、私は村の中心部へと向かう。
シチューの材料を揃えるだけなら、わざわざ隣町まで行く必要は無い。
本当は冬物の服が欲しかったのだけれど、それはまた、次の機会。
今度ははっきりとした言葉で彼を誘って、一緒に選んで貰おう。
彼も新しいコートを欲しがっていたから、一緒に選んであげよう。
本当に望むことなら、鈍感な彼に気付いて貰おうなんて思わずに、私がちゃんと伝えなければ。
「来週にでももう一度、誘ってみようかしら」
そう小さく呟いて、私は足を踏み出す。
晩御飯に彼が美味しいと言ってくれる様なシチューを作る為に。