霧のように降り続いていた雨は、何時の間にか窓を激しく叩きつけていた。
微かに聞こえる遠雷の響きは勿論エドワードの耳にも届いていて、
こんな状況であるにも関わらず、エドは暗い部屋で一人きりで待っているだろう弟の事を思った。
いっそ魂の練成などといった馬鹿げた真似をしなければ、弟はあれ以上苦しむ事は無かった筈だ。
人としての喜びを奪われ、それでも生き続けていかなくてはならない苦痛。
生身の身体が残っている自分には想像もつかない。
自らの過ちを贖おうとして、そして自分はまた罪を重ねた。
少しでも罪の意識から逃れたくて、慌ててそれを覆い隠そうとした、言わば自己欺瞞に過ぎない。
それでもアルフォンスがエドワードを責める事はなかった。
いっそあの時に彼が偽善者だ卑怯者だと罵ってくれれば、少しは楽になれたのかもしれない。
自らを悪党と罵り、咎人としての生を受け入れる事が出来たかもしれなかった。
神様ってのは禁忌を犯した人間をとことん嫌うらしい、いつだったかそんな事をふと考えた。
どれほど綺麗事を並び立てたとして、結局、弟はその犠牲者であり、
決して贖う事の出来ない罪の象徴だ。兄を罰する事をしない弟は、
反ってエドワードに罪の意識を強く植え付けていた。
そして罪の意識は時としてエドワードを狂おしいほどの渇きと飢えをもたらす。
雨がそれらを少しでも癒してくれるのなら、このまま嵐にでもなれば良い。
床張りの板はベッドが揺れるたびに乾いた音を立てていた。
雨の音で掻き消され、階下で眠る老女には届いていないかもしれない。
ならば、とエドワードは大きく腰を揺らした。
それが少女に快感をもたらすものなのか、それとも苦痛を与えるだけなのか、エドは知らない。
そのどちらでも良かった。
「痛…ッ!」
組み伏した少女が眉根を大きく歪ませた。
硬く閉じられた瞼から零れた一筋の涙が、少女の頬のラインを伝い落ちる。
初めての行為に慣れぬ身体が激痛を訴え、少女は無意識に腰を引き、
その場から逃げ出そうとする。反射的にエドワードは機械鎧の右腕で、
少女の頭をグッと抑え込むように抱きしめた。
ウィン…とベアリングが唸る音が少女の耳にまで届いた。
「エドッ…!痛い!」
「うるせぇ」
言いながら再び腰を深く突く。少女がヒッと息を詰まらせるような小さな悲鳴を上げた。
そして二度、三度。誰に教わった訳では無いが、エドワードは腰を揺らし続けた。
身体の奥底から込み上げてくる熱は、いつしか全身に広がっていた。
それなのに頭だけはそれとは無関係に、行為に耽れば耽るほど、
どこか遠い所から見つめているような、そんな醒めた感情が支配していた。
身体がやがて達しようというその時になっても――――――
(最低だ…)
ぐったりと四肢を投げ出した少女は天井を見つめていた。
零れ落ちそうなほどの精気を湛え輝く瞳は、今は虚ろに暗い闇を映していた。
あれほど遠くに感じていた雷鳴が、今は大地を揺らすほどに響き、
稲妻が瞬くと、汗と体液と僅かな血液で汚れたシーツと
そこに横たわる少女の白い肢体が浮かび上がった。
自らが辱めたとは云え、流石にその様を見るに堪えかねて、
エドワードは立ち上がり、少女に背を向けた。
「言いたきゃ言えよ。ばっちゃんにでも…アルにでも」
それが本心だったのか、エドワード自身も判らない。
「ねェ」
意外にもはっきりとした声音がエドワードの背中に投げつけられ、
エドワードはドアノブにかけた手を止めた。が、彼は振り向く事が出来なかった。
「こんな事までして…どうして自分を傷つけるの?」
自分を傷つける?誰が?俺が?
つぅと背中に冷たい物が流れた。違う、すぐさまそう言い返したかったが、
舌が渇いて口蓋に張り付き声が出ない。少女を振り返る事も出来ない。
きっとそこには見たくない物がある。そんな物が欲しくて無理矢理奪った訳じゃない。
「可哀想な…エド」
エドワードはその言葉を最後まで聞く事無く、逃げるように少女の部屋のドアを閉めた。