「っあ、はあ・・・」
「どしたの、ラスト。今日はやけにヤル気出してるね。僕、持たないじゃん」
きゅうきゅうと自身を締め付けるラストにエンヴィーはからかいを含んだ笑みを向けた。
その顔は言葉通り、切羽詰った表情を浮かべ、切なげに眉を顰めている。
ぽたり、と誰のものとも解らない汗が肌を伝い、真っ白なシーツに染み込んでいく。
「あなたも・・・っイイ思い、出来るんだからっ、良いじゃ、ない・・・あっ」
「ま、そうなんだけど。さすが色欲、名器だしっねっ!」
「んあ、ああっ!」
先程のエンヴィーの言葉に腰を動かすのを止めずにラストは喘ぎ混じりの返事をした。
甘いはずの声が何処か悲しげに響いて、エンヴィーの耳に届く。
その声に苛立ちを感じて、エンヴィーは右手を軸に上半身を持ち上げると、
左手でラストの揺らぐ腰を掴み、大きく上下させた。
騎乗位から座位に移行した所為で目の前にあるラストのふくよかな乳房に顔を埋め、
ぷっくりと立ち上がり赤く熟れた乳首に舌を這わせる。
「あ、あぁっ」
乱暴に子宮近くの膣壁に自身を打ち付けられ、
ラストはその艶やかな口紅に彩られた唇から嬌声を零した。
顔を下方で乳房に顔を押し付け、乳首を口に含んでいるエンヴィーに向け、
途切れ途切れの声でキスを強請る。
「エン、っヴィー」
「何?」
「キス、して・・・っ!」
珍しいラストからの懇願にエンヴィーは目を丸くしながらも大きく首を縦に振る。
押し付けられた唇は唾液に濡れていて、甘い味がした様な気がして、
ラストはふっと頬の筋肉を緩めた。
口腔を好き勝手に嬲られる。その間にも突き上げは止まず、
塞がれた唇からくぐもった声が漏れた。
自らが望んだ口付けに必死に答えながら、
ラストはラストスパートをかけようと下半身に力を込める。
うねる膣壁に包まれて、エンヴィーの自身が大きくなるのが解り、
ラストは小さな喘ぎ声を上げた。
絶頂を迎える為に自然と離れたラストの唇は口紅が取れ、
本来のピンク色を見せている。
代わりにエンヴィーの唇にはラストの真っ赤な紅がべっとりと残されていた。
紅を拭い取る暇も無く、激しくラストの腰を動かしていくエンヴィー。
やがて訪れた絶頂にラストは甲高い嬌声を上げ、身体を大きく震わせた。
たぷん、と乳房が揺れる。
どくん、とラストの奥深くに精を吐き出して、エンヴィーはほっと息をついた。
未だに搾り取る様に膣壁がもう全て吐き出し、
萎えた自身を締め付けているのに眉を顰めながら、
気を失ったのか、目を伏せ、身体の力を抜いてしまったラストの身体を抱え込む。
腕の中にある柔らかな身体をベッドに横たえ、
エンヴィーもまたラストの隣に寝転び、目を瞑った。
ぼんやりと霞んだ視界に二人の男女が映る。
ベッドの脇に座り込んだ二人は互いに視線を通わせ、ゆっくりと唇を重ねた。
うっとりと瞼を閉じて、口付けに酔う女。
幸せそうなその表情にほんの少し羨ましさを感じる。
男も彼女を慈しむかの様に頬を、髪を撫でる。離れていく唇。
銀色の糸が二人の間を繋いで、そして切れる。
男が何事かを女の耳元で囁くと女は顔を淡い朱に染めながら頷いた。
ベッドに倒される女の身体。重なっていく二人の肢体。
ラストはその光景を何も言わずにその霞んだ視界が鮮明な現実を映すまで、眺め続けていた。
重たい瞼を持ち上げると何時もの灰色の天井があった。
傍らに眠るエンヴィーに小さく溜息を落としながら、上半身を起き上がらせる。
途端、秘部から流れ落ちる精にラストは大袈裟に眉を顰めた。
シーツに染み込んで行く白濁に替えのシーツがあったかどうか、
記憶を引っ掻き回して探しながら、ベッドから立ち上がる。
脇に置いてあったタオルでおざなりに秘部を拭い、床に散らばる服を身に付ける。
ベッド脇の椅子に腰掛け、乱れた髪を手櫛で整えていると、
エンヴィーが目を覚ましたらしく、話し掛けてきた。
「起きたんだ。いきなり気、失っちゃったから吃驚しちゃったよ」
「そう、悪かったわね。突然誘ったのも私なのに」
ベッドに右手を付き、身体を持ち上げて、
エンヴィーは思いのほか真剣な目でラストを見た。
ラストはその視線に気付かないフリをして、手を動かし続ける。
珍しく見つかった枝毛を爪先で千切る。
「別に良いけど。丁度、溜まってたし。・・・・・・でもさ、一体、僕に何を求めてたの?」
「何にも求めてなんか無いわよ。強いて言うなら、あなた、とか?」
エンヴィーの固い声に対して、ラストの声は明るい。
くすくすと笑い声を漏らすラストにエンヴィーはそれ以上、訊ねようとはしなかった。
はぐらかそうとするなら、はぐらかされようと思ったのだ。
ただ漠然とそう思っただけなのだから。
・・・・・・最中の彼女が肉欲以外を求めている様に見えただけなのだから。
「冗談。・・・・・・さて、それでは、お仕事に戻りますか」
「そうしましょう。スロウスに怒られるわ」
からからと笑って、床に足を下ろす。
足元に散らばる衣服をさっと身に着け、エンヴィーは立ち上がった。
ほぼ同時にラストも椅子から離れ、歩き始める。
歩く度に揺れる艶やかな黒い髪の毛は何時もの輝きと形を取り戻していた。
「・・・・・・あっ」
「何?」
ラストの声に先を歩いていたエンヴィーは振り返った。
瞬間、瞳に自分とほぼ同じ色の瞳が映り、唇に柔らかく温かなものが触れる。
それは丹念にエンヴィーの唇を這い、舐め回していき、唇の間から口内に押し込まれた。
微妙な苦味が口腔に広がる。
そのまま、深い口付けを与えられ、エンヴィーは不覚にもそのキスに夢中になってしまった。
「・・・ぷはっ、はあ。いきなり何するんだよ、ラスト・・・!!」
「口紅。スロウスやあの人に笑われるわよ」
「だからってキスして落とさなくたって」
「思いっきり感じてたあなたに言われたくないわね」
突然の出来事に荒い息を吐きながら抗議するエンヴィーにラストはさらりと言い返す。
顔を真っ赤にして喘ぐエンヴィーと違い、ラストは顔色ひとつ変えず、平然をしていた。
ぐいっと口許を拭ったラストの白い右手の肌に舐め切れなかった紅が付着している。
白に映える紅を見て、ラストは顔を背け、微かに淋しげな表情を浮かべた。
すっと口許へと持っていき、舌先で苦い紅を舐め取る。
ラストの何時もとは違う表情を盗み見てしまったエンヴィーは
やはり漠然と感じたことが本物だったのだと感じる。
「さぁ、行きましょうか」
「・・・・・・うん」
軽くさり気無く差し出された右手。
先程まで紅が付着していた肌は元の白さに戻っていたが、
エンヴィーはその手を握ることなく、足を進めた。
ラストはその手をきゅっと握り締め、エンヴィーの後ろを歩く。
「やっぱり私の柄じゃないわね」
小さく零したラストの唇に自らを嘲る様な笑みが浮かぶ。
伏せた瞼の裏に先程夢の中で見た映像が蘇る。
丘の上で女が差し出した手を男は取った。
そして、それはそれは愛しそうに、自分とは違う褐色の肌の手を握り締めた。
次の場面では自分は女として男の口付けを受けていた。
甘く切なく、息が詰まって胸が苦しくなる様な、それでいて優しいキスだった。
どんなに真似をしても、自分は彼女にはなれないのだ。
伸ばした手は空を掴むだけだし、
口付けは甘くも切なくも優しくも無く、ただ欲望に塗れている。
「ラストー、どしたの?」
つい立ち止まっていたラストに先を行っていたエンヴィーはドアから顔だけ覗かせて、訊ねる。
ラストはそれに微笑んで、返事をした。
瞬間、引っ込んだ顔を追いかけるように歩き出す。
「さ、行こ。やっぱスロウス、怒ってるってさ」
「・・・そう」
ドアのその先、廊下に足を踏み出して、皆が集まる大広間へ続く方向へ身体を向けると、
エンヴィーが笑って立っていた。
差し出された左手に目を丸くして驚いて、瞼を閉じて心の中で微笑って、
ラストはその手を取って、小さく首を縦に振る。
きゅ、と軽くその手を握って、離す。
手のひらに残る温もりに妙な愛しさを感じながら、
ラストは一歩、足を踏み出し、皆が待つ大広間へと歩き出したのだった。