裏路地の闇に隠れて、ハイマンス・ブレダは佇んでいた。  
腕時計をチラッと見る。  
狭い路地から男女二人の足音が聞こえてくる。  
ブレダと同期のジャン・ハボック少尉と、黒い短髪の女、マリア・ロス。  
二人は、暗闇の中ブレダを発見すると、立ち止まった。  
女の方は息を切らしている。  
「待たせたな。ブレ子」  
ハボックはいつもと変わらぬ明るい声で笑う。  
「時間どおりだ」  
ブレダは少しむすっとしながら応答した。  
「あとから例の二人が来る。後は大佐の指示どおり、  
 そいつらに渡してやってくれ」  
「了解」  
ブレダは手を上げる。  
ハボックは今来た路地ではなく、地面を蹴って、低い塀を颯爽と  
登って去っていく。  
「んじゃブレダ少尉、あとはよろしく」  
 
セントラルのスラム街の裏路地の奥は、しっかりと脇から  
見咎められないように、上手い事細工されている。  
ブレダは、シートのかかっていた木箱を開けて、  
中からフード付きのマントを取り出した。  
「とりあえず、これ着ろ」  
そして、それをぶっきらぼうにマリアの方に投げた。  
ドラム缶に火を焚いて暖を取っているが、じっとしていると  
夜はもう冷え込むし、身を隠す意味もある。  
 
「あの、私はこれからどうなるんでしょうか?」  
まだ走ってきたばかりで暑いのか、  
マリアはコートを腕にかけたまま、口を開いた。  
彼女はブレダと同じようにアメストリス軍の元少尉であったが、  
ヒューズ准将を殺した容疑をかけられて、捕らえられ、  
軍事裁判にかけられることもなく、明朝には処刑される予定であった。  
しかし、バリーとの交渉により、マスタング大佐にダミーを焼かれて、  
ハボックに連れられて、ここまでやって来たのだった。  
「クセルクセスの遺跡までは、行く事になるだろう。  
 ――その後は言えない」  
厄介な事に巻き込まれたと言う風に、ブレダは言った。  
その先、生かすか殺すかは彼の手にかかっている。  
だが、今はそんな事を話すべきではない。  
情報を聞き出すまでは、逃げられたら困るのだ。  
「……そうですか」  
「とりあえず俺達と一緒だと作戦がバレるので、協力者にあんたを渡す。  
 それまでは悪いがここで待機だ」  
 
「あの……」  
さらにマリアは、口を開く。  
「なんだ?両親か縁者に事付なら無理だぞ。そんなことしたら、  
 国外逃亡がバレちまう」  
「違います」  
「じゃああれか?荒っぽいやり方を用いた大佐に文句か?  
ならいくらでも聞いておいてやるぞ」  
ブレダは悪戯っぽく笑い、しゃがみこむ。  
「銃は渡せないが――」  
そして、路地の片隅にそれとなく放置されたような木箱を漁り、  
乾パンと水と布鞄をマリアに投げ渡すと、彼もビール缶を取り出した。  
 
マリアは、それを受け取るとコートごと地面に置き、  
整った丸い顔を2回叩く。  
ブレダはプルトップを缶の中に沈めて、ビールを一口飲んだ。  
「夢じゃねーぞ」  
「そうみたいですね……」  
マリアは顔を赤らめて、三白眼を見つめた。  
どうせ、明日にはどうなっているか分からない身の上だ。  
「ええい女は度胸。ぶ……ブレダ少尉、ぉ、お慕いしておりました!」  
おもわぬ告白にブレダは思わずビールを噴いた。  
「口の周りが泡だらだ。冗談はよせっ。  
 ま、まさか、自棄ッ鉢になってるんじゃないだろうな?」  
口を拭うと、慌てて野良犬に追いかけられたように後ずさる。  
「そんなんじゃありません!」  
「読者投票0票、今回のコードネームブレ子の俺だぞ」  
「それも、私の気持ちに関係ありません!  
 少尉がセントラルに来てすぐに、私を将棋で負かしたことが  
 ありましたよね?その時からずっと……」  
そんな事もあったかな?とブレダは赤毛の頭を掻く。  
「私、頭のいい人が好きなんです」  
とマリアは付け加えた。  
それから、マリアは男の肩に腕をまわし、唇を重ねた。  
汗で囚人用のT-シャツが肌にくっつき、大きな胸を強調している。  
ブレダの手に持ってた缶ビールは地面に落ちて、シュワシュワと  
炭酸が発泡しながら零れていく。  
 
長い口付が終わると、マリアはブレダのマントを地面に落した。  
中に着ているベストのボタンを白い指が外していく。  
「ちょっ、こら待て。俺はなぁ、そういうつもりは無い!」  
ブレダには下がる場所がもうない。  
すぐ後ろは人の入る事も出来ないような小さな窓しかない煉瓦壁で  
左右には、場所を隠す為に、雑多にゴミとも付かない物が置いてある。  
「嘘です。ほらもうこんなに堅くなってる」  
マリアは、ベルトをカチャカチャと外し、ブレダの局部を触った。  
「その、なッ……」  
 
「健康の為に少し痩せた方がいいですよ」  
マリアはブレダの丸く太った腹の赤い毛を撫でながら笑った。  
そして、彼女自身のシャツも両手で裾を掴み、引き上げていく。  
ズボンも脱ぎ、彼女は下着姿になった。  
気温は大分下がっているはずだが、羞恥とで全く寒くはなかった。  
陰に立つその姿は、程良く筋肉も脂肪も付いて健康的である。  
さらにマリアは、彼女の上下の白い下着にも手を伸ばしていく。  
「ハボック少尉に聞きました。  
 私のダミーの材料、集めてくれてありがとうございます」  
「中尉があんたのデータ収集してたし、一度見れば、  
 どのくらいの肉が必要かくらい分かる」  
とブレダはマリアの裸体から視線を逸らせて答えた。  
 
生まれたままの姿になったマリアは、ブレダの恰幅のいい腹から、  
下着を下ろし、そそり立った男根を舌でねぶる。  
白い肌と黒い体毛のコントラストが美しい。  
双乳にそれを挟んで上下に動く。  
励起した乳首が、シャツがはだけた脂肪と筋肉のブレダのボディに掏れる。  
短い黒髪が、その度に揺れる。  
 
「迷惑ですか?」  
とマリアは聞いた。  
若く美しい女性に全裸で迫られて、無碍にするほど、  
ブレダとて、そこまで老境していない。  
見た目よりもずっと年齢も若いし、策に優れるということは、  
それだけ脳細胞が若く柔軟であると言う証拠だ。  
マリアの愛撫によって、彼の下半身が反応していく。  
更に余談として付けくわえると、ブレダもやはりマリアに対して、  
それなりに恋心を抱いていたのだった。  
クセルクセス行きを志願したのは、ブレダ自身であった。  
 
「そ、そんなことは、無いが……」  
ブレダは女の腰にそっと触れる。  
「しょ、少尉は……もっと真面目な優等生なのかと思ってた」  
「ふふふ。私もブレダ少尉のこと、そう思ってました」  
そのまま下半身を触ると、マリアは彼の手を握り自らの胸に誘った。  
「ロス少尉……」  
「ま、マリアって呼んでください……」  
 
男は不器用ながらも、女の身体を愛撫しはじめる。  
大きな胸と細い背中。  
シンの陶磁器のような、すべらかな艶のある肌。  
それに小さくて柔らかい白い手。  
――コイツは違うな、とブレダは咄嗟に感じた。  
国軍少尉であり、知人である有利さを差し引いても、  
戦争も知ってるような男性の准将――当時は中佐だったが――を、  
射殺出来るような物を持っているとは思えなかった。  
身体も心も……  
ブレダやハボックのような男だけではなく、  
例えば仲間内の大佐の副官のホークアイ中尉とかと比べても、  
彼女の息遣いからは、もっと普通っぽいものが漂ってくる。  
だいたい、やけに派手な報道もおかしいとは踏んでいた。  
「はぁ……は、ハイマンスさぁ……ん」  
黒い叢の奥にブレダが手を伸ばすと、  
マリアは咄嗟に彼の太い首に腕をまわした。  
そのゾクっとした感触がブレダにも伝わる。  
――いやいや、女はわからんぞ。  
  聖母でもあり娼婦でもある。それが女だ。  
襞を触る指は濡れている。  
マリアの髪の匂いは優しい。  
結局のところ、この作戦も、今のブレダの状況も、どちらも、  
既に詰められた棋には違いなかった。  
 
二人の鼓動はいやおうにも早まり、神経は下半身に集中していく。  
「ぁ……ア!」  
大きな胸を大きな手で揉み砕かれ、  
マリアの開いた秘貝に、勃起した男根の先が押し当たる。  
「いいのか?」  
「もちろん……」  
 
じゅぶじゅぶと音をたて二人の若い身体が繋がり、  
やがてその影は動き出した。  
 
ガス塔の光も届かない、ドラム缶の紅い炎だけが頼りの、暗い暗い路地。  
 
「マリア……」  
まるい尻を抱き、ブレダは腰を突き上げる。  
「ん……い、ぃぃ……」  
今度はマリアの背中の方が、壁に押し当てられる番だった。  
灼熱に火照った裸の背中に、夜の壁の冷たさが快い。  
何度も口付を交わすその頬には、髭がチクチクと当たる。  
そのうち立っていられなくなって、積んである木箱に腰が落ちる。  
「あ、ん……ぁい……ァっ……」  
何度も何度も押し寄せられる波に、マリアは蕩けた。  
ブレダもマリアも見た事の無い、命の母なる海のようにその波に漂う。  
だがその幸福は、汁のしたたる彼女の蛤から吐き出された夢想でしかない。  
これから彼らがそれぞれ旅することになる砂漠の中の儚い蜃気楼。  
 
マリアに赤毛の固太りの男が圧し掛かり、力強く何度も押さえつけている。  
はたから見れば、スラム街の路地裏で、美女に野獣が  
襲いかかっているようにしか見えないだろう。  
だが、女の方もそれに答えて、男の肉体が繋がった腰を激しく揺さぶる。  
 
「ぁ……っぁぁぁあああああ!!!」  
土壁で囲まれた裏路地に淫猥な咆哮がこだまする。  
その声が煉瓦壁に当り両サイドと、星を湛えた夜空に向かって響いていく。  
その声に反応したのか遠くで、野良犬が鳴いて、ブレダの心臓と自身が縮み上がった。  
それをマリアの淫貝が締め上げる。  
「あぁ……まだ、イきたく……なァ……ぃ……」  
うろついている憲兵や、ここらを寝床にしている与太者達に見つからないか、  
ブレダは気が気ではなかったが、マリアは構わず声を上げた。  
ファルマンやバリーやリンが隠匿しているアパートも近い。  
泣き黒子にそっとブレダの太い手が添えられる。  
唇で喘ぎ声を出す唇を塞ぐ。  
上半身が横たわるマリアに乗って、腰を動かすブレダの方も、  
そろそろ限界に近づいていた。  
女の心臓の鼓動と、息使いがブレダにも伝わってくる。  
「ぅっ!!……そのままぁ……出ぁしてぇ……」  
「くっ……くそっ!……」  
離れようとしたブレダの肩を、絶頂を向かえ震えるマリアは渾身の力を込めて押さえた。  
女の秘貝の奥の腔内に、男の精が吐き出される。  
 
 
「大丈夫です。私」  
心配そうなブレダを他所に、マリアは自ら下半身を拭う。  
その後、マリアもブレダも照れて笑った。  
そそくさと恥ずかしそうに服を着る。  
マリアは木箱の上のシャツを手に取った。  
「囚人服のままですまん。当座の金は鞄に入っている。  
 どこか適当な所で調達するといい」  
とブレダは詫びた。  
 
「もう会えないんですね」  
「いや、もう一度、鋼のを連れて合流する」  
ルガーを腹とズボンの間にしまいながら、ブレダは答えた。  
砂漠で全てを聞き出した後、もしも彼女がヒューズを殺したと言ったならば、  
どんな理由があろうとも、彼の上官のマスタングの命令どおり撃つのだろう。  
「俺は犬は嫌いだが、俺自身は狗だぞ」  
真剣な顔を向けて、ブレダは呟いた。  
「?」  
事情を知らないマリアは、不思議そうに首をかしげる。  
「わからなければいい」  
ドラム缶の木材が弾けて、マリアはそれを見つめた。  
ブレダは背中を向けて、押し黙っている。  
 
その時、フーとリンの足音と喋り声が聞こえてきた。  
リンはフーをマリアに紹介する。  
フーが歳を召していた事が幸いしたのか、  
マリアの方も特に抵抗も無く名前を告げ挨拶した。  
そして直ぐにフーはマリアを連れて歩き出す。  
四人には談笑している暇は無い。  
「ありがとうございました。ブレダ少尉」  
ふりむきざまにマリアは最敬礼した。  
 
「……よろしくお願いいたします」  
ブレダはフーに深々と頭を下げ、砂漠に旅立つフーとマリアの二人と  
大佐の元に向かうリンを見送る。  
 
 
ようやく、誰も路地にいなくなった後、  
ブレダは、一人燃え盛るドラム缶を蹴飛ばした。  
中の木片が音を立てて崩れ、紅い火の粉が夜の闇の中に舞う。  
 
 
 
おわり  
 

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