あたしの名前はウィンリィ・ロックベル。
年は20になったところ。
ばっちゃんとリゼンブールで機械鎧屋をやっている。
あいつを、待っている。
なんだかいつまでもあたし達の関係は変わらないんだと、そう思っていた。
あの時までは―――
始まりは、一本の電話だった。
「はいっ義肢装具のロックベルでございます!」
「ウィンリィ!」
「アル…?」
あたしの幼なじみの一人、アルフォンス・エルリックだ。
でも、それにしては、声が…いつもと、違う…?
「あのね、僕…」
元 に 戻 っ た ん だ
「真っ先にウィンリィに知らせたくて!」
嬉しそうなアルの声。
でも、あたしにはショックで。
―――ショック?
何が?何で?
やっと…あいつらが、長かった苦しみの時から解放されて自由になったってのに。
嬉しい。嬉いよ。けど、なんだか素直に手放しで喜べない。
「僕はこっちに2、3日滞在するけど、兄さんはもう列車に乗ってそっちに向かってるから」
結構、長い間話したみたいだったけどあたしが覚えてるのはそれくらいだった。
二人が、帰って来る。
全てを終らせて。
今までのあたしは、ただ、待っていればよかったの。
そしたら、あいつらは――あいつは、「修理してくれ」って帰って来るから。
あたしがどこにいても。
もう、今のままではいられない。
今までは背中を見てるだけでよかった。
エドと向き合わなくてよかったの。
でも、帰って来るって…
全て終った、って…
あたしは、どうしたらいいんだろう。
どうしたいんだろう。
エドと――
アルは自分は元に戻ったって、言ってたけど
エド、は?
元に戻ったの?
それとも今までの関係のまま?
どっち?
どうしよう、自分勝手だってわかっているけど
今の関係を変えたくないと思っている自分もいる。
治ってて欲しいけど治ってて欲しくもない。
そう思った時、扉が開いた。
「お―――っす!ウィンリィ、ばっちゃん、泊めてくれない?」
「おや、エド」
いつもの笑顔で、帰ってきた。
出迎えるばっちゃん。
でも、どうしたら、どんな顔したらいいか、わかんないよ。
「目的は――果たしたから。しばらくゆっくりしようと思ってさ」
どっち、なの…?
トン、とトランクを置いてダイニングに座りこむエド。
「なんだよ、喜んでくれないのか?」
ちょっとつまらなさそうに苦笑するエド。
喜んで、いいのかな?
「アルは、元に戻ったのよね?」
事実を少しずつ確認しよう。
「そうだよ、お前も見たらびっくりするぞ」
嬉しそうなエド。
よかった。おめでとう、アル。
でも、この先は口にしたくない。
いつも通り手袋に隠されている両手。
「――エド、は?」
聞きたいけど聞けない。
何気ない風を装って、そっぽを向いて聞いてしまえばいいのに。
祈るような気持ち。
あたしはどっちを望んでるんだろう。
もちろん元に戻ってくれたら嬉しい。
嬉しいけど――私の存在意義が、?え?
ちょっとまって。
今なにか引っかかった。
あたしは自分で機械鎧技師の道を選んだ。
「あたしがサポートするから」
それは昔あの兄弟に言った言葉。
もちろん今までだって色んな人に出会って、今ではあたしを待ってくれている人はたくさん居る。
でも、あたしが、この道を選んだ原点はやっぱりエドで。
なんだ。
エドの特別で、いたいって事?ずっと。
あたしを必要としてもらいたいって思ってるって、こと?
機械鎧技師でもなくただの幼なじみとしてだけじゃなく、もっと、他の意味でも。
あたし自身を。
そう、考えたら気持ちがすとんと心に落ちてきて。
「おかえりなさい」
やっと笑顔でそう言えた。
「おう、その…ただいま」
急に黙りこんだ私を見守ってくれていたエドが照れくさそうにただいまを言うのが、嬉しかった。
あなたを待っていられる場所で、いられてよかった。
こんな簡単な事に何年も気付かないなんて、あたしって馬鹿よねぇ。
そう思ったら少しおかしくて笑ってしまった。
笑っているあたしを見て、またエドが不思議そうな顔をする。
それが面白くて私はまた笑う。
それはばっちゃんが食事を運んでくるまで続いた。
夕食の後。
そう言えば結局エドは元に戻ってるのか聞くのを忘れていた事に気付いた。
正直、もうどっちでもいいのだけれど。
元に戻ってたら万々歳だし、戻ってなかったらあたしがまた腕によりをかけて機械鎧をつける!
よっし、腹は決まった。
じゃ、すぐにエドに聞いてみよう!と、エドにあてがわれた部屋の扉をノックする。
「えーどーあたしだけど、ちょっといい?」
と声を掛けると中から「おー入っていいぞー」との返事。
遠慮なくドアを開けるとエドはベッドの上でだらだらしていた。
うん、だらだらとしか言い様がない。
掛け布団をベッドの下側の壁に寄せて枕はソファの上に放ってあるし、
旅行鞄は開けっぱなし。
「なんか、どっか切れたみたいでさー力はいんないんだよ」
そういって力なく笑う。
ドアを閉めてベッドの端に座って、手を差し出す。
「手、見せて」
ちょっとだけ、緊張する。
少しだけめんどくさそうに起きあがるエド。
白い手袋を引き抜く。
と、そこには。
肌色の皮膚。
爪も、ちゃんとある。
表返して、裏返して、まじまじと見てしまった。
「足は?!」
勢い余ってズボンを引っぺがす。
こっちも、生身。
そうだよね、帰って来て、調子見てくれって言われない時点で、わかってたようなものだ。
よかった。
でも今なら心から言える。
「よかったね、エド。おめでとう!」
嬉しくて、嬉しくて、思わず抱きついてしまう。
気が緩んで涙まで出てきた。
しばらく、されるがままになっていたエドだけど、だんだんと居心地が悪そうにもぞもぞと動き始めた。
「あの、ウィンリィ、さん」
何よ、他人行儀な。
あたしは今感動に浸ってるんだから、ちょっとくらい浸らせ…て、ひゃっ?!
視界が反転して、天井と、あたしを見下ろすエドが見えた。
くしゃくしゃと髪の毛を掻き回すエド。
「お前さ、俺も力出ないって言ったけどさ、ちょっとは警戒してくれよ」
はぁ〜と長い溜息をつかれる。
なによ、ちょっとベッドの上で手袋取って、ズボン脱がしただけじゃない…って、
こ、こっれってだけ、で済まないよね?
おそっ、襲ってしまいましたか、あたし!
「あはっ、ご、ごめん悪気はなかったんだけどさ、ホラ…」
誤魔化そうとするけど上手く言葉にならない。
というか、この状況がちょっと洒落にならないかも。
なんか、押し倒されたような格好になってるし?
「お前さ…俺の手、治った方がよかった?治らなかった方がよかった?」
え…治ってよかったけど。
うーん。エドが帰って来てすぐは、そう思えなかったかも。
「治って、よかったと思うよ。ずっと取り戻したかったんでしょう?」
そう言って、エドの手に自分の手を重ねる。
「アルと二人で、元に戻るって…決めてたけど、なんつーか」
そこでまた頭を掻き毟っていきなり核心をつかれた。
「俺ってお前の何?!」
えええええええええっ?!
「ただの幼なじみ?新しい機械鎧の実験体?それとも、他の何か?!」
え、えっとー
幼なじみでしょ。うん。
新しい機械鎧。つけるなら実験体になってもらってたわよね。
それとも他のって…それは今日気付いたとこなのに!
えーと。なんて言えばいいのかな。
言いあぐねているとエドが勝手に話しだした。
「お前は俺のなんて言うかパートナーだろ?…でも、それは俺が機械鎧なら、って限定がつくのかとか……」
ちょ、ちょっとまってよ!いきなり何を…
「だって、俺が機械鎧になったからお前、俺をサポートするって!」
違うよ、違うけど、えーっと全くの否定も出来なくってー
それ、そもそもあんた達兄弟を、だし。
「……機械鎧じゃない男は嫌か?」
そこで自信なさげにするから思わずスパナ投げてやりたくなったけど。
この数年であたしも大人になったのだ。
代わりにぎゅっと抱きしめてやった。
「エド、なんかもっと、他にズバッと言っちゃわないといけない言葉がない?」
体を密着させてやるとおもしろいように動きがぎこちなくなるエド。
これは、心当たりがあると見た。
くっふっふ。
「言え」
命令してみる。
言い難そうに、一生懸命そっぽ向くエドが愛しくてますます抱きしめる腕に力がこもる。
「その…これから俺の一生サポートする気、ない?」
キャ―――――!言った―――!
こんな台詞、恋愛小説の中でしか聞けないと思ってましたよ!
でも、それを言ってるのがエドだと思うとちょっと笑ってしまう。
「何笑ってんだよ」
不機嫌そうなエド。
ダメだよ。もうあたしのこと好きなんだってわかってるんだから。
んっふっふ。
ばぁっか。
「あんたの面倒みれるのなんてアルか…あたしくらいしかいないじゃないのよっ!」
そう言ってより強く抱きしめる。
「言ったな?よーし。お前は俺のもんだ!離さないからな!へっへー今度はアルに勝ったぜ」
そんな小さい頃の約束なんて。まだ根に持ってたの?
「あたしまだちびは嫌いだからね?」
そう言って笑うと困った顔のエド。
「お前よりかは…だーっんなもん横になっちまえば関係ねー!」
そう言えば、ベッドの上でばたばたしてたんだっけ。
確かに横になっちゃえば身長差とか、関係ないよね。
「嫌か?」ちょっとだけ心配そうに聞いてくれるエド。
ううん。と首を振って、エドに向かって腕を広げた。
「おかえりなさい」
そうして、エドは私の元に帰ってきた。
私のパートナーとして。