薄暗い部屋だった。  
とにかく綺麗じゃない空間。剥げた壁も、シミだらけの天井も気に食わない。  
テーブルの上のガラス瓶に刺さった花は可哀想なくらいに枯れている。花の種類はそれなりに知っているけど、あたしの記憶にこんな花はない。  
無惨な花の亡骸を照らし出す唯一の光は、天井からぶら下がった頼りない豆電球。  
やっぱり綺麗じゃない空間だと思う。  
どんなにオイル臭くても、さっきまでいたあたしの部屋の方がずっと素敵だ。  
 
今夜は一人のお客さんの機械鎧の修理がなかなか片付かなくて、徹夜覚悟で仕事部屋に篭っていた。  
明け方になんとか修理を終えたことは覚えている。それからの記憶はない。  
つまり、あたしは今眠っているのだろう。  
だから散々な感想を貼り付けたこの場所は、あたしの頭の中にある世界だということだ。  
「…女の子の見る夢じゃないわね」  
 
途端、木の軋む音が部屋じゅうに響いた。豆電球の光は部屋の隅まで届いていなかったらしい。  
さっきは気付かなかった扉が開いたのだ。  
お化けでも現れたら目を覚まそう。だって此処は、あたしの夢の中だから。  
次の瞬間視界に入った影を見て、あたしは全く別のことを願っていた。  
 
…やっぱり、女の子が見る夢かもしれない。  
 
ひどく懐かしい姿だった。あたしが飽きるほどに求めてたもの。  
名前を呼びたい。もっと近付きたい。けれど、触れるといなくなってしまうんじゃないか。  
ふと目が覚めたら、こいつの居ない部屋にあたしはいて、こいつの居ない一日が当たり前に始まる。いやだ。そんなのは、もういや。  
 
右手が伸びてきた。機械鎧じゃない。白い、見たことのない義手。  
手を取るのを躊躇っていると、困ったようにエドが笑って、生身の左手を差し出した。  
「……エ、」  
 
腕を思いきり引っ張られて、床に倒れ込んだ。最後まで呼べなかった名前の代わりに、重なった唇の端からくぐもった声が漏れる。  
長いあいだ触れることが出来なかった温もりを体中に感じる。  
夢じゃないかもしれない。  
考えるのは馬鹿なこと。  
 

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