黒髪の男が、ジプシー娘を買った。  
「恋人いらっしゃるんでしょ」  
「ジプシーの占いかい?恋人は君だよ」  
「わかるのよ、」  
女は男の手を触る。  
「……ああ、彼女は私の唯一の希望だ」  
「そうね。希望を抱いても現実が辛くなるだけ。  
 絶望を抱いていた方が、よっぽどマシだって、そんな顔」  
女は服を脱ぐ。小麦色の肌と幼い顔立ちとは違いすぎる  
成熟した身体を男に寄せる。  
 
 
明け方、ギィと音とたて古い小さな教会の扉を開き、男女が階段降りて行く。  
男の方はロイ・マスタング伍長。軍務ではない為、背広姿である。  
ロイがこの道を知ったのは、ウィンリィ・ロックベル嬢から、  
手紙とともに同封されてきた紙片を読んだからだった。  
軍が封鎖した大総統府や他の道を伝うルートもあったが、  
様々な要因から、こちらの道を選んだ。  
 
書面によれば、この紙片は、故人となった錬金術師トリンガム氏 
の 日記の一部であったとのことだった。 
ロイも彼の著書は何冊か読んだことがあった。  
ロックベル嬢からの手紙には、ある日エルリック兄弟を訪ねてきた彼の息子達が、 
この紙片を彼女に渡したという事が、簡素に書いてあった。  
地下への道案内は、日記という性格からか、本人の性格からか、  
錬金術師としては珍しく容易に読みやすく書いてある。  
 
そして、ロイはずいぶん前から、連れて行く部下は一人と決めていた。  
一つは失敗の危険性故、もう一つは秘密保持の為である。  
彼女――ホークアイ――に決めたのは、特に意味はなかった。  
銃の腕前と、口が堅く信頼が置ける錬金術師ではない者、という条件に  
ぴったりと嵌ったからだった。  
彼女は律儀にも軍服を着こんでいる。  
 
オリエンタルな雰囲気の苔むした階段は、足元がおぼつかないが、  
憂鬱な今のロイの心境に心地良い。  
「ずいぶんと、遠回りをしてしまったな」  
ロイは呟く。  
 
そんな中突然、ロイの後ろで銃声が鳴った。  
ホークアイが野生化した小型動物を撃ったようだった。  
「仕留め損ねました。兎でしょうか?」  
「あ、ああ…」  
全てを切り捨てたような彼女の瞳が印象的で、ロイはその瞳の中に  
吸い込まれそうに感じ、しばし立ち止まった。  
 
さらに二人は薄暗い階段を下って行く。  
しばらくすると急に明るくなり、眼下に破壊の後も生々しい、  
灰色に建物がひしめきあう廃墟の街が広がり始めた。  
一部は使った形跡があり、一部は朽ちている。  
そしてその誰もいない街中を進み往くと、瓦礫に囲まれた一角に、  
紅い破片が周囲に散らばった地面に描かれた大きな錬成陣が見えてきた。  
 
「ここが、目的地だ。護衛に感謝する。あとは手を出さなくて良い。  
 何が起ころうとも、だ」  
「了解しました」  
ホークアイはロイに敬礼をする。  
 
ロイは一人、陣の上へ立ち、作業を開始した。  
手帳を見ながら、錬成陣を書き直し、破壊し、変えていく。  
楽園と信じたあちらの群衆の心と、こちら側の誰かが人体錬成の末に  
作り出したホムンクルスが開けた門を閉じる。  
近くには払い除けた賢者の石が多量に落ちていて、  
一つ間違えれば、何が起こるか分からない。  
 
――いやいっそのこと失敗すれば、エルリック兄弟が言うように  
  門の向こう側に行けるというのだろうか、  
  それとも全て何もかも忘れられる死が……  
額の汗を拭う。  
ロイが初めて賢者の石を見たのは、22歳の時だった。  
戦時中ドクターマルコーが開けたケースの中の紅い液体に、ほんの  
一欠けらの好奇心も持っていなかったといったら嘘になる。  
そして、今も……  
 
心を見抜くかのように心配そうに立っているホークアイが、  
少し腹ただしくロイは目を背けた。  
物音は偶に何処かで小石が落ちるぐらいで、人の気配はない。  
 
1-2時間は経っただろうか。ようやく、地面に描かれた文様が薄れていく。  
あと小一時間も経てば、再び誰かが開けない限りは、このゲートは  
半永久的に機能しなくなるだろう。  
 
「もう帰ってこないんですね。エドワード君もアルフォンス君も」  
作業が全て終わった後、ホークアイはロイに駆け寄った。  
「多分そういうことになるだろう」  
「今だから告白しますけど、大佐が、あの頃は中佐でしたけれども  
 ……彼らの後見人に、  
 ウィンリィちゃんも含めて3人の父親代わりになろうとしたとき、  
 私はそれならば母親代わりになりたかった……」  
「……どちらかと言えば兄代わりと言って欲しいがね」  
「でもきっとなりきれなかったんでしょうね」  
 
「そんなことは無い。君はよくやってくれたよ」  
「二人に"さよなら"も言わせてくれなかったくせに、そんなこと言いますか?」  
雪山に比べれば随分温かいが、まだ少し肌寒い風が二人の間を抜けていく。  
 
「……悪かった。でも思っている以上に君は、」  
ロイが印象を述べ終わらないうちに、ホークアイは冷たい視線で近づき  
男の薄い唇にそっと唇を押し当てた。  
「いきなり銃を向ける母なんていませんものね。  
 所詮は拙い"家族、夫婦ごっこ"です」  
「……」  
「さ、帰りましょうか」  
「そ……そうだな」  
 
女が怒っているのを察して、ロイは足早に歩きだす。  
後ろからホークアイもついてくる。  
「犬は?」  
「ブラックハヤテ号なら置いてきました。二人きりになりたかったので」  
 
そしてその瞬間、何が起こったのかよくわからなかったが、  
大きな裂け目の水溜まりに、ロイは落ちていた。  
 
――ああ、やはり、ハボックかブレダをつれてくればよかった。  
拗ねて機嫌を悪くした女と、不運に男は辟易する。  
だいたい、結果論だが、ここに至るまで危険性など無く別にロイは単独で  
来たってよかったのである。それどころか無意識に危険性は無いと感じて  
いたから、彼女を連れてきたのかもしれない。  
それとも、失敗した時、看取って欲しかったからなのだろうか。  
水は結構深く、腰辺りまである。  
「全身がずぶ濡れだ」  
 
「ご無事で?お疲れでしょうか?少しお休みになりますか?」  
先ほどまで怒って後ろから歩いてきていたホークアイが、小さな鞄を置いて、  
慌てて駆け寄り、ロイに手を差し伸べる。  
「大丈夫だ」  
男はその手を握り、そのままその腕を、全力で引っぱった。  
ホークアイの身体は、想定以上の力にロイの肉体を引き上げきれず、  
彼と同じ水溜りの中に落ちた。  
 
「やだっ……冷たい……何するんですか!」  
怒りながら、慌てて水に落ちる寸前に引き抜いた銃を手を上げて地面に置き、  
弾丸の入ったポーチをベルトごと引き抜いて、その手で水の中から  
出ようとしている。  
金髪の前髪の束から水が滴り落ちている。  
そんなホークアイの両腕を囲んで、ロイは唇を近づけた。  
――だいたい今日仕掛けてきたのは彼女なのだ。このくらいは許される。  
と男は悪戯心を肯定する。  
 
「大佐……」  
ホークアイは髪をほどき、真剣にロイを睨んだ。  
「その大佐というのは、やめてくれないか」  
「でも」  
「では。マスタング伍長にご命令を、ホークアイ中尉殿?」  
ロイの指が、ホークアイの軍服の肩章をなぞる。  
ホークアイは泣きそうな顔をして俯く。  
ちょっと意地悪しすぎたかなとロイは、女の頭の上に手を置いた。  
「セントラルに戻る気はまだ無いし、何の約束もまだ出来ない」  
「……別にそれでも構いません」  
「君との関係を続けたままこの先他の女性と浮気してしまうかもしれんな」  
「出来るのなら、ご勝手にどうぞ」  
その真っ直ぐな女の悋気にロイは微笑する。  
 
「一緒に北方に来る気は?」  
「ありません。私……いつかきっと大佐はセントラルに戻ってきてくれると。  
 いや、多分戻ってきてしまうのではないかと、信じていますから。  
 これから大きな時代のうねりが来る。  
 そんなときじっと雪山で目を閉じて生きられるほど、  
 大佐は器用な人ではありません」  
 
ロイは濡れて気持ちの悪い靴と靴下を水中で足先で脱いだ。  
足の指で水底に転がる賢者の石を弄りながら、  
ホークアイの軍服を脱がせていく。  
簡単にジャケットを肌蹴けさせ、ハイネックの半袖シャツも腕と首を通す。  
大きな美乳の乳首は膨らんでもう硬く、女の心の中で触られる期待感が 
満ちていることが分かる。  
 
ホークアイは、ロイに委ねるように、瞳を閉じた状態で直立している。  
緊張しているのか、少し水面が震えている。  
ロイは、女の方へ手を伸ばして、輪郭を確かめる。  
距離感がよくつかめない。  
 
「うーん……どうも私は、欲に流され易くて困る」  
大人は優しさの為ならいくらでも嘘を付くことが出来る。  
ロイの手は少し躊躇し、水の中で女のズボンから、スカートを外した。  
ビショ濡れになった女の軍服のズボンの釦を外し、  
腹部をあきらかにし、その青い布をずり落とす。  
太ももの靴下の留め具も外した。  
 
白い下着も水の中で膝までおろし、脂肪の蓄えられた柔らかい乳を揉む。  
水面に映る女の上半身が揺らぐ。  
 
ロイの掌は、水面上にある大きな胸を十分堪能した後、  
腰にスライドしていく。  
女体を水の中から引き上げ、軍服を下に敷いて、岸に座らせた。  
「怖いか?」  
「……いいえ」  
男の手は、水に沈む女の革の軍靴を脚からはずす。  
「私は怖いな」  
 
脱がせた靴が傾けられ、中にたまった水は流れる。  
その軍靴は、両方をそろえて、女の隣に置かれた。  
半透明の絹の靴下の中にある足の爪は、程よく切られていて好ましい。  
 
女の膝にまとわりついた軍服のズボンと下着と靴下を、まとめて剥ぎ取る。  
脱がしやすいように片足をあげた、ホークアイのかかとに口づけをして、  
指をふくらはぎから内股に這わせる。  
 
女は、好き勝手をしているロイに困惑しながらも、  
嬉しそうにされるがままに流されている。  
 
内腿から、秘部に指を近づけさせる。  
「んっ……」  
金色に濡れた柔らかい陰毛を擽って、濃いピンク色の肉襞と  
肉襞の中まで差し入れた指に、濡れた水とは違う、粘着質の愛露が  
トロっとまとわりついている。  
 
ちょうど片方の視線上には、そんな状態の女の部分が、しっかりと見えている。  
「あっ、……やだ、その、困ります」  
紅潮した身体をくねらせて、両足を閉じようとしているホークアイの太ももを  
ロイは両手で開き、女の股間を露わにさせた。  
愛露を吸い、襞を舌で舐めまわす。  
淫らな水音が響く。  
 
崩れた天井から、白昼の光が差し込んできている。  
閉じていた女の瞼は、刺激を与えるたびに薄く開く。  
瞼の奥にあるホークアイの瞳は、透明な水の中を、何か  
獲物を探索するように鋭く睨んでいる。  
もちろん水の中に何も生物はいない。  
ただ水に濡れたロイと、水底に賢者の石が落ちているだけだ。  
「さっきは私を引き上げられると?」  
「無理ですか?私じゃ駄目ですか?大佐!」  
 
ロイは溜め息をついた。  
生きるのに疲れたなどというには、まだ若すぎる年齢だ。  
自ら着ていた黒い背広を脱ぐと、遠くに放り投げる。  
ビッシャっと朽ちた石畳に落ち、ポケットから手帳が転がる。  
――あの手帳はこのまま忘れたふりをしてここへ置いて行こう  
そう思いながら、濡れたシャツも脱ぎ棄てた。  
 
そして、水しぶきが上がる。  
半裸のロイはいったん水中に潜り勢いをつけてから、水から上がり、  
ホークアイの隣に立ちあがった。  
女の置いた銃を、蹴飛ばす。  
 
ただ本能のままに獣のように生きれば良いのだと、  
ロイを見上げているホークアイの瞳は、告げている。  
たとえば、吹雪で滅入っていても、目の前に食糧が配給されれば、  
腹の中に流し込んでしまうように……  
過去に何度かそんな食事すらままならない時もあったが、  
結局は、胃の中に流し込んでしまったように、今回もそうしてしまえと。  
しかも今目の前に置かれているのはかなりのごちそうだ。  
配給係がたまに小屋へ置いて行く、腹を満たすだけの  
缶詰とクラッカーの類ではない。  
 
その片隅で男の心は警告を鳴らす。  
なにもかも忘れて生きた方が彼女の為だ。誰ともかかわらず、傷つけず、  
400年以上もほとんどの人に忘れ去られていたこの空虚の街のように、  
酔生夢死の人生を送り、  
そして……  
 
(生きろ!馬鹿野郎!)  
親友のヒューズが亡霊となって、ロイの目の奥に浮かび来る。  
エルリック兄弟を筆頭に、大総統の御子息セリム・ブラットレイ、 
フランク・アーチャー、ドクターマルコー、  
バスク・グラン、ロックベル夫妻、イシュヴァールの少年兵……  
ロイの行動の結果、死んでしまった人々やもう会えない若者達が、  
ロイの脳裏に浮かぶ。  
親切にしてくれた人や考え方の合わぬ人、見知らぬ人もいる。  
誰彼も道半ばで死んでいった人々だった。  
「ここまでで止めておこう」  
そう言ってロイは、床に落とした白い自分のシャツを拾った。  
 
手で制止を促したが、それでもなお全裸のホークアイは立ち上がり、  
ロイの肉体に一歩足を近づける。  
生きた人間に、足が竦む。  
 
「お望みではなくても、私を抱いてください。  
 変えて見せます。そして、私には大佐が必要です」  
そう言うや否や、ロイの身体は、女の身体に抱きしめられた。  
上唇に女の唇が合わさり、ロイの口の中には舌が入ってきて、  
口内を蹂躙される。  
 
女の体温が、ロイを生に誘う。  
目の奥であの時ロックベル嬢と別れたリゼンブールの夜空が浮かんでくる。  
目の前の女と片目の奥に記憶された少女に、戦慄が走る。  
 
全裸のホークアイは跪いて、ロイのベルトを激しく引き抜いた。  
「おい、ちょっと!」  
女は、男のズボンと下着を下ろし、男の腰を、物欲しげな顔で抱きしめ、  
肉体に付きまとう憂鬱な陰を舐め始める。  
魂を注ぎ込むように、唇がそれを咥える。  
 
腰に添えていた女の指に力が入り、ロイの体が地面に倒された。  
むっちりとした脚が近づき、重みが圧し掛かる。  
片足を立て、大きな柔らかい胸が男の鍛えられた胸から離れ  
女の下半身が引き起こされた。  
「ここ数年色々考えましたが、これが最善かと存じます。 
 今が……良い機会じゃないでしょうか?  
 ……お願いです……そのまま、じっと、していて」  
 
ゆっくりと腰が下ろされ、まだあまり本調子とは言えない股間の物が、  
女の腔内に包まれていく。  
「!ぁっ……っ……」  
眉間に皺を寄せて女が呻く。 
生温かく湿った膣内が、ロイの物を包む。  
そしてホークアイは、背筋を伸ばし、徐々に動き出した。  
丸い臀部が、規則正しく上下にピストン運動する。  
 
まだあまりにもぎこちなく軍人臭い動きと必死に揺れる金髪に、  
ロイは憐みを感じて上半身を起し、細い丸い肩を抱きしめた。  
「女に任せて寝転がっているのは、私の性には合わないな……」  
そう呟き、身体を回転させて、女の下半身に跨たがり、上半身を押し倒す。  
 
責任という言葉とともに、緩やかに動き出す。  
ホークアイは瞳を閉じる。  
ロイに全てを預けた真直ぐな背筋と大きな胸が揺れる。  
 
「ッ……殺そうと思えば……、一緒に……死ぬことなんか、簡単……でも」  
誰もいない廃墟は静かで、女の高い声だけが響く。  
腹を空かせたメスの狼が、虎視眈眈と静かに獲物を追い詰めていくように、  
ロイの喉にホークアイが唇を当てる。  
 
「わたしたちに、選択の権利なんか、ありません……  
 ただ前に進むしか、道はない」  
あえぎ声に混じり、さらに女の科白は続く。  
 
「ッ……生きて。ぁぁ……愛してください。大佐」  
かすかに硬い歯とざらつく舌と甘い吐息が首にかかる。  
 
「それ以上は、言わなくて、いいっ」  
嫌な予感を覚え、丸い肩を押し下げ、動く唇を、男は指で塞ぐ。  
その指は甘噛みされる。  
「そうです。これは、私の、エゴです、 
 銃を撃つ、わたしの、理由のために、たいさに、いきて……ほしい」  
 
ロイは額にかかる黒い自らの邪魔な前髪を、片手で後ろに撫でつけた。 
喰らおうと思っている獲物に、逆に喰われないように、  
口を女の首筋になすりつける。  
ただ気ままに、何も考えず、身体を前後に運ぶ。  
男の肉体は、雪山で歩哨などやっていたから有り余っている。  
 
幼いと思っていた少年少女達は大人へと、子犬は成犬へと成長し、  
純粋な目でロイを見つめていた部下は、あの日不純な女の顔で瞳を閉じた。  
「変わっていくな」  
「……ええ」  
乱れたサイドの艶やかな金髪をあげて、女性の右額にうっすら残る 
傷痕にキスをする。  
 
残された若い娘と会い、今錬成陣を消したことで、  
男の心の中には、一種の区切りのような物が小さく爆発し、  
それが次の火種になり、連鎖的に爆発を繰り返す。  
――いや、これは自分の鼓動の音だ。 
と、ロイは我に帰る。  
 
意識の奥、静かな夢の中で安寧を得ようとしている男の魂は、  
生きた二人の女性の、優しさという復讐と、執念じみた意思によって、  
掴まれ、引き摺り出されつつある。  
それとも時間の流れだけが、彼を変えていくのか。  
どちらにしても、その証拠に女の胎内にある男の肉体の一部は、  
確実に膨らんできていた。  
 
時代は変わりつつある。  
 
「んッ……ぁん」  
ピンク色の乳首を触る。  
初めてではない、行為を知った二度目の身体が、刺激に身悶える。  
ここは劇場だったのだろうか、舞台の役者も観客席にも誰もいない。  
命を持って存在しているのは、ロイとホークアイの二人だけだ。  
女の体を横向きに倒し、長く白い脚を握ってその肌ざわりを楽しむ。  
 
彼女に触れるたびに、柔らかで透きとおった嬌声が、  
何度もロイの耳元に聞こえてくる。  
瞳の奥にあの日のことが浮かんでくる。  
彼女を幸せにしたいと感じていた。  
実際は最悪で、安宿そしてこんな廃墟の片手間の行きずりの場所で  
段々と幸福からは遠ざかっていると思うと、ロイは気が滅入ってくる。  
貯金なら大佐時代のものがあるし、セントラルに戻り、それなりのホテル  
でそれなりの部屋に泊るか、もしくは、アパートでも借りるかすればいい。  
「すまない、こんなところで」  
ロイは謝罪した。  
 
ほんの数時間前までは存在していた錬成陣の幻が ロイの目の奥には、 
はっきりと見えている。  
――門の、扉の向こう側には、いくつもの違う時間軸があると言うなら、その奥に、  
  もっと幸福な彼女がいるのだろうか、それとも……  
くびれた腰を抱きしめ、女の身体を正面に戻し、口づけをする。  
もう片方の手で土埃に汚れた白い背中を優しく撫でる。  
 
「なっ、何を、謝って、いるのか……っ、わかり、ません、ん」  
「その、幸せか?」  
 
女は不思議そうに、不純物が多く含んだ結晶のような大きな瞳をロイに向けた。  
「?」  
「いや、その、なんだ。嫁入り前の君にあんなことをして、  
 放置状態であんなことまでさせた。しかも今も……  
 君を、いや他の私にかかわった人、全て、もっと幸福に出来るはずだった。  
 少なくともイシュヴァール戦後、そうしようと努力してきた。  
 しかし、結果はどうだ! 私は無能というよりは愚か者だ」  
 
「男の人は、かわいそう……  
 こんな時に、そんなこと、考えられるなんて……  
 ……今……幸せです……ただ、満たされている、だけ」  
ロイの開いている隻眼から溢れ落ちている一筋の悔し涙を、女の指が拭う。  
硝煙と甘い匂いが鼻につく。  
いつも気になるこの匂いが、男の悔しさを倍増させる。  
 
「かっこ悪いな……ハハハ」  
なかなか煮え切らず、かといって止めることもできない肉体と、  
女の前で泣いているという事実、それと彼女の匂いが、ロイには恨めしかった。  
ホークアイは、優しげな笑顔を浮かべて、蕩けた表情でロイを窺っている。  
 
「っ……いいんです、そんなこと。昔から、知っています、から」  
 
おもむろにロイは脱がされた自分のズボンのポケットから  
チョークの欠片を取り出して床の上に簡単な錬成陣を描き出す。  
 
「いやぁ!やめて、」  
挿入したまま暴れるホークアイをロイは押さえつけて、  
近くに落ちている賢者の石と金属片――多分これはエドワードが乗ってきた  
飛行機と言う乗り物の部品の一部だろう――とポケットから偶々落ちてきた 
小銭 10-11センズを置いた。  
「今更抵抗されても、男として困るよ。  
 それに君にだってね、それなりの地位もあるんだから」  
「そんなもの!」  
力ずくで蹴上げようとする鍛えられた脚を、男は自らの脚で押さえつける。  
ホークアイの長い白い腕は、先ほどロイが蹴飛ばした銃を探している。  
「規範を踏み外せない男だと、嗤ってもらって構わない」  
 
次の瞬間、錬成が発動し、床が光を放つ。  
金属元素が、賢者の石の所為で、面白いほど簡単に変換され、  
円形が作り上げられる。  
男は錬成物を手中におさめ、女の左手を引っ張った。  
 
甘いセリフも罪とか枷とかそんな言葉も違う気がして、ロイは  
ただ黙って、彼女の薬指に錬成した指輪を嵌めた。  
脱力して寝転がる女は、ただ呆然としていたが、  
やがてこっくりと頷き満面の笑みを浮かべる。  
つられてロイもはにかんだ。  
 
「リザ」  
自らも指輪を嵌めて、頬を寄せる。  
内股を押さえつけ、腰を浮かせて柔らかく熟した果実の中に、  
何度も錆びたナイフを差し入れ、彼女を毀していく。  
 
興奮した本能に乗るように女に乗り、膝を裏から押さえ、何度も奥を突く。  
腰を激しく動かす。  
「っ……ん……ぁ、ふ」  
今は艶っぽく喘ぐ女だが、彼女にも少女時代があったのだろう、  
どんなかんじだったのだろうかとロイは想像する。  
そして、男を受け入れたのはあの時は初めてで、その後も  
ロイを想い続け、今、ロイに抱かれている。  
片目には過去の彼女が凛々しく純粋な視線を投げかけ、片目には  
今の彼女が淫らに崩れていく。  
「ぁぁッ……あぁっ、ぁッあッ……ん」  
左手に嵌めたPtの指輪が、日差しを浴びて銀色に輝く。  
火照った体が薄紅色に染まり、地から浮いた背中も腰も揺れている。  
健全な魂、それを濡れて汗ばんだ肉体に結び付けている強固な精神、  
この全身全霊、彼女の人となり全てを、自分の肉体で好きなように  
壊してしまっても構わない。  
ロイは男自身を彼女の秘門に穿つ。  
くだらない独占欲と征服心、庇護欲とが、男の心の中に湧いてきている。  
異様に喉が渇く。 渇望が身体を動かす。 
男の自身が勃つと自信をも取り戻すとは、男とはどうしようもない生き物  
だが、それが自然の摂理であり真理なのだろう。  
 
女は男の未来と過去、夢と諦めの狭間に、生きながらにして惑っている。  
荒い呼吸のたびに、大きな乳房のついた胸がぷにぷにと上下に動く。  
彼女の肉体は、ロイが触るたびに、敏感に反応を示す。  
「んっ はぁん」  
懸命な美しさにロイの背筋が凍る。  
男の大きな手は動くたびに悶える顔を抑え、彼女が耳につけているピアスを  
そっと外して、地に置いた。  
もう彼女が身につけているものは、ロイが嵌めた指輪しかない。  
 
――今彼女は見えているだろうか、彼女の深淵にある門が。  
  どちらにしてもあと2,3回もしたら、彼女の心の中にある彼女の門扉に、  
  快楽と希望のすぐ近くまで、逝くことを覚えるだろう。  
だが、その門の奥は、こちら側から覗けるだけで、  
その先には、決して辿り着けない事も、ロイは知っている。  
――そんなことで理想郷に行けるなら、私はとっくに救われているし、  
  人類は疾うに争いを放棄しているだろう。と。  
今男の心の奥に開かれそうになっているこの門扉は、楽園への扉ではない。  
地獄の門だ。  
なんてことない、ただ何千年も続く歴史の上で、書物にも名前も出てこない  
凡人達が営んだ事を、ただ二人は、繰り返しているだけにすぎない。  
もちろんこの廃墟に暮らし、おおよその見当をつければ賢者の石となって  
死んでいった人々も、何度も希望を抱いて自らの心の真実の門を覗き、  
その先が地獄だと知り得ても、その先にすら進めず、絶望と孤独すらも抱けず、  
ただすごすごと引き返したのだろうとロイは想像する。  
 
紅く充血した粘膜に、何度も楔を打ち込む。  
胎内はギュッと大きく勃った男自身を何度も締め付ける。  
「……んっ、ゃ……っ……」  
上に伸ばされた女の左手をしっかり握りしめる。  
 
自然への畏怖、幸福になることの後ろめたさ、国の将来に対する憂い。  
心の痛みが血を滾らせる。  
「あぁっ……た、たいさ、ぁぁ、」  
「階級で無く……私を、私自身を、呼んで欲しい、」  
女の肉体は小刻みに震え、膣は緩やかに収縮を繰り返す。  
 
「あッ……ぁっ、ロ、……ぃ…………、マ……、んっぁああん」  
半透明に色づいた彼女が囁く。  
一瞬、閉じていた瞼を大きく見開き、焚きつけるような眼差しを向けて。  
そんな女の胎奥に、意気に燃えた精を吐き出す。  
とろけた彼女を溶媒に、男は虚無をさまよっていた自らの魂を  
自らの精神に吸着させた。  
 
 
新妻となった美しい女から身体を引き抜くと、ロイは気ままに  
彼女の膝の上に頭をのせて寝転んだ。  
肉体が重い。  
こんな地下の廃墟にもどこからか、早咲きの花の匂いをうっすらと  
風が運んできている。  
 
「あの……そろそろ、服を着てもいいでしょうか。  
 なんだかとても気恥かしいのですが……」  
「日没までには戻る。もう少しこのままで」  
「はい」  
「明日0725の汽車に乗る」  
「それまでご一緒してもよろしでしょうか?」  
「ああ、無論だ」  
 
ロイの頭の中で、今後の予定の計算が素早く回る。  
まずは女性の喜びそうなレストランやホテルの予約をして、  
つまらない事務手続きをとっとと終わらせて、親友の墓前に報告に行き、  
花束も渡そう。  
彼女は犬に餌をやりたいと言い出すかもしれない。そうしたら彼女の部屋を  
初めて訪ねることになるだろう。その後今後の生活を話し合い、  
夜はやることは決まっている。  
それから、グレイシア夫人への報告と、  
――ロックベル嬢に、本日の門を閉じたことと婚姻の報告をしたためねばなるまい。  
その後、少女から恨み事無しの「おめでとう」のそっけない返事が来たとき、  
きっともう一度自分は不本意ながらも、泣いてしまうのではないかとロイは思った。  
――その時は近くに  
近くに居て抱きしめて欲しいと、男は女の手を握り、硬い膝頭を触る。  
 
「あの、私は、引き上げられたのでしょうか……貴方の心を」  
「そう、だな……いつかは、戻るのかもしれないな……中央に」  
 
ロイは、反乱の首謀者であり大総統を殺した男で  
軍国家だった頃の戦争の英雄だった。  
そんな男が、国の中枢、軍や錬金術関連の上層部に再び戻れば、  
大衆からは憎まれ、周囲は敵も多くやっかみも受ける事だろう。  
しかし、そんな道が、彼には似合っているのかもしれない。  
時代は混沌としはじめていて、やるべきことも多い。  
「はい……いつまでも……お待ちしております」  
女の左手がロイの黒髪を撫でる。  
 
 
気がつけば、彼女は歌っている。  
下からでは表情は見えない。  
――余り上手はないな……  
と目を閉じ、ロイは感慨に耽った。  
上から物憂げな旋律が、流れてくる。  
アメストリスの古い、兄弟の歌。  
 
 
おわり  
 

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