一度後ろを確認して、階段を昇る。  
足取りは、軽い。  
目指すは3階の一番奥の部屋。  
ここは彼のお気に入りのホテルで、逢う時はいつもここだった。  
高級なんかじゃない。  
むしろちょっとグレードが低いホテル。  
でもそれがいいらしい。  
 
『あそこのヒビに趣きを感じないか?』  
 
私には理解できなかった。  
 
 
ノックを2回、返事も待たずにドアを開ける。  
薄明かりの中に彼がいた。  
 
「今日はおそかったな。」  
「大佐が仕事をしてくれなくて・・・・」  
 
煙を吐き出す彼は、もうシャワーを浴びた後らしく、髪を下ろしていた。  
気づかれないように息を呑む。  
 
「俺も人のことは言えないが、あいつはやる気を出すまでが本当に長い。」  
 
ふっと笑って私を見る。  
今だけは、彼のすべては私のもの。  
バッグを下ろして彼の元へ歩み寄り、まだ吸い始めだった煙草を取り上げて、  
奪うように口付けた。  
苦い。  
煙草は嫌いだ。  
でも煙草を吸う彼は好き。  
私だけが知っているから、かもしれない。  
 
舌を絡め、甘く噛む。  
息があがる。  
それでも求める。  
彼の手が服にかかって、私は口唇を離した。  
 
「シャワー、浴びてきます。」  
 
口を尖らせて「ぶーっ」なんて言う彼を尻目に、私はバスルームに入った。  
頭から冷水を浴びる。  
彼に酔った頭を醒ますために。  
理性を失うのはまだ早いのだ。  
 
髪を軽く束ねて戻ると、彼はバスローブを床に脱ぎ捨てて、  
ベッドに寝転がっていた。  
 
「自宅でもこんなにだらしないんですか・・・?」  
 
溜め息混じりにバスローブを拾い上げ、椅子に掛けた。  
 
「どーだかな。」  
 
私と二人の時は、彼は家庭について一切口にしない。  
日中いろんな人間に家族自慢をしているから、夜になるとさすがに飽きるのだ  
と思っていたが、そうではないらしい。  
私たちの「そういう関係」における最低限のルールでありマナーだと考えている、  
みたいなことを前に言っていた。  
妻の他に違う女を抱く男が「マナー」だなんて、少し笑える。  
でもそれは彼の優しさの現われなんだと、解釈することにした。  
 
ベッドに近付くと、彼は髪を軽くなで付けて私の方へ手を伸ばした。  
その手を取ってベッドを軋ませる。  
私は空いた方の手で彼の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。  
 
「・・・何?」  
「ぼさぼさの方が好きなんです。」  
 
彼は興味なさそうに「ふーん」と言いながら、私のバスローブを取り去った。  
彼は挿入までの愛撫に実に熱心だ。  
大体の女性はそれを喜ぶだろう。  
でも私は他の女とはちょっと違って、  
優しく愛撫なんて繰り返されたら「溜まって」しまう。  
だからと言って、「焦らさないで早く入れて!」なんて言えるはずもなく。  
いつも彼の愛撫に喜んだフリをしながら、彼の猛りを待っている。  
彼は特に胸を弄るのが好きらしく、今日もいつものように胸に触れてきた。  
ぎゅっと絞るように掴んだり、軽く噛み付いたり、  
心ゆくまで堪能したら、漸く違う場所に移動する。  
 
彼は私を抱き上げると、片手で私の躰を支え、空いた方の手で腰の辺りをなぞった。  
 
「んっ・・・・やだ・・・」  
 
其処を触られるのはすごく苦手だった。  
たぶん私は「感じて」いる。  
でも其処から発生する快感は、挿入時のものとは違って、  
頭が痺れる感じがして少し怖い。  
身を捩る私の首筋に鼻を埋めながら、彼は意地悪く笑って囁いた。  
 
「本当は好きなんだろ? いつまで経っても素直じゃないな、ホークアイ中尉・・・?」  
 
そのセリフに思わず過剰に反応してしまう。  
悪戯を戒めるように、強く肩を噛んでやった。  
ここにいる彼が「良き夫良き父親」でないのと同様に、  
ここにいる私は「ホークアイ中尉」ではなく、ただの女だ。  
彼は私の思いを知りながら、「中尉」と呼ぶことがある。  
それを楽しむ彼に腹を立てながらも、私は彼を「中佐」と呼ぶ。  
矛盾なんて、気にしない。  
肩についたキレイな歯型を指でなぞり、舌を這わせる。  
彼は全く意に介さない様子で私の鎖骨にキスをした。  
――――奥さんを抱かないつもりなのかしら―――  
あの心の広い優しい女性でも、夫の肩に歯型なんてついてたら  
実家に帰るかもしれない。  
私は別にこの男の家庭を壊したいと思っているわけではない。  
彼の奥さんは私にもよくしてくれたし、溺愛する娘も素直で可愛い子だ。  
私はあの人たちを結構好きなのだ。  
でも彼との関係を断ち切るつもりは毛頭ないので、  
正直「両立」してくれる彼には感謝してさえいる。  
悪びれもなく、家庭を持つ男に抱かれる私はやはり、「極刑もの」だろうか。  
考え事をしていた私の手に唇を寄せながら、彼は言った。  
 
「リザ、前にやった指輪、どうした? お前に似合うと思ったのに、してくれないのか?」  
「・・・・いくらシンプルでも、指輪なんて仕事中に邪魔なんです。」  
「俺と逢う時ぐらい、いいだろ・・・?」  
「もう引き出しの奥にしまっちゃいました。」  
「・・・・・。」  
 
嘘。  
本当はいつも持ち歩いてる。  
たまに左手の薬指にはめて翳してみたりして、そんな女々しいことをしてる。  
結婚願望なんて可愛いものは、持ち合わせてないはずなんだけど。  
 
唇を深く重ねて、倒れこむ。  
探るように指を入れられて、息を吐いた。  
何度か指を出し入れしてから、彼は其処に顔を埋めた。  
 
「ぁンっ・・・はぁ・・」  
 
最も敏感な部分を歯や舌で弄ばれて、否応なしに腰が揺れる。  
舌が入ってる様子なんてもちろんここからじゃ分からないけど、  
想像するだけで果てしなく淫らな気持ちになる。  
 
「っ中、佐・・・」  
「あぁ、分かってる。」  
 
足を持ち上げられて、目を閉じた。  
 
「んぅ・・・っ」  
 
溢れ出した淫液によってスムーズに入ってくるソレは、  
私には大きすぎるといつも思う。  
前に戦場で躰を重ねていた上官の方が、実は楽だった。  
小さい、わけではなかったけれど。  
でも肉壁を無理やり押し広げられる感覚は、やみつきになる。  
普段彼は中央勤務で滅多に逢えないから、たぶん余計貪るのだと思う。  
 
思考が途切れた。  
 
「あんっ・・・」  
「すまん、痛かったか?」  
「大丈夫、です・・・」  
 
彼は私にキスを落とすと、腰を動かし始めた。  
卑猥な音とベッドの軋みが部屋に響き渡って、私は完全に「牝」になる。  
 
「あ・・・っん・・もっ・・とぉ・・!」  
 
後から思い出すと顔が熱くなるような言葉を平気で吐き出す。  
でも今はどうだっていい。  
出し入れされる感覚と揺れる躰に意識が集中する。  
彼の息づかいが遠くの方で聞こえる――――。  
 
 
 
「・・・・んっ・・」  
 
彼は私の上、ではなく横に居て、煙を吐き出していた。  
―――私、また寝ちゃった・・・  
イッた後に寝てしまったのはこれが初めてではなく。  
私はそのまま寝たフリをしようと目を閉じた。  
 
「リザ」  
 
彼は煙草を押し潰しながら言った。  
 
「・・・はい」  
 
「海、行ったことあるか?」  
「え・・・いえ、ないです。」  
「今度連れてってやるよ。」  
「でも・・・遠いですし、何よりそんな長期の休みなんて・・・」  
「何言ってんだ。俺の手に掛かれば・・・分かるな?」  
「・・・・中佐、それは軍規違反」  
「見せたいんだよ。本当にキレイなんだ。リザみたいにキラキラしてる。」  
「大佐の病気がうつったようですね。」  
 
溜め息をついた私の背中に、彼は唇を寄せた。  
 
「必ず連れてく。約束だ。」  
「期待しないで待ってます。」  
 
 
 
確かそれが最後だった。  
国葬にはもちろん大佐と参列したので、感情を表に出すことなんて出来なかったし、  
なにより彼の家族を見たら、何故だか涙が出なかった。  
 
かなしいはず、だけど。  
 
彼がいなくなったことを、本当は認めてないのかもしれない。  
 
 
今日も私は勤務表を確認した。  
もちろん私が申請してない休暇なんて入っているはずもなく。  
申請したってもらえないのが現状。  
でも、ムダかもしれないけど、長期休暇を申請しようと思う。  
 
 
海が見たい。  
 
あの人と一緒じゃないと、輝いて見えないかもしれないけど。  
 
 
 

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