「ねえ!」
「ん、何だ、寝たんじゃなかったのか」
エドワードの胸に頬を寄せて心地良い体温に身を任せていたウィンリィは急に大きな声を上げて、エドワードを驚かせた。
事後の気だるい感覚に意識を漂わせていたエドワードをウィンリィの擦れた声が現実へと呼び戻す。
伏せていた瞼を持ち上げて、エドワードは訝しげな視線をウィンリィへと向けた。
視界に入る真っ青な瞳がキラキラを煌めいているのを見て、エドワードは嫌な予感に眉を顰める。
こういう時の予感は何故かよく当たるのだ。特に、恋人であるウィンリィに対して感じたことは。
「もう一回しない?」
腫れぼったそうな、濃い桃色に染められた唇からちろちろと真っ赤な舌が覗く。
その様にエドワードは咽喉を鳴らして、ウィンリィを見つめた。
誘うような視線に笑みの形へと歪められた唇。
「駄目だっ! 明日は早起きしないといけないから、また今度に・・・」
ごくり、と口内に溜まった唾を飲み込んで、大きく首を振る。
誘惑されちゃだめだ、明日にはここを発たなければならない。
ここ、リゼンブールは田舎な所為か、通る汽車が少ない。明日なんか、早朝発のものを逃すと次は夕方、なのだ。
下手に頑張りすぎて汽車に乗り遅れてしまってはどうにもならないではないか。
必死に否定するエドワードにウィンリィはぷうと頬を膨らませて、唇を尖らせ甘ったるい強請る様な声を出す。
「良いじゃない。明日にはもういなくなっちゃうんでしょ?」
次、何時出来るかもわかんないのに・・・、と少し淋しさを含んだ空の様な蒼い色をした瞳でエドワードを見つめる。
その色に心揺るがしながらも、駄目だ、と拒絶の言葉をエドワードは搾り出す様な声音でウィンリィに告げた。
「ふん、エドの意地悪! じゃあ、キスして愛してるって云ってみてよ。そしたら許してあげる」
「はあ!?」
いきなりの要求にエドワードは混乱して大きな声を上げてしまう。
そのだらしなく開いた唇を人差し指で押さえて、ウィンリィは幼い色気を滲ませた笑みを形作った。
「してくれないなら襲っちゃうよ? 明日、寝過ごしちゃうかもね」
「卑怯だぞ、ウィンリィ!」
慌てるエドワードを横目にエドワードのシーツに隠された股間に手を伸ばす。
それを必死に押し留めながら、エドワードは叫ぶ。
「わ、わかった、わかったからっ!」
自分の下肢に伸ばされたウィンリィの細い手首に手をかけ、掴み取って、体重をかける。
急に押し倒され、ウィンリィはきゃ、とか細い悲鳴を上げて、目を見開いた。
エドワードの金色の眼が近付いてくる。ぎゅっと握られた手首の骨が軋んで痛みを訴える。
けれど、それを我慢してウィンリィは次に来る、自らが望んだ甘い口付けを待った。
「ウィンリィ・・・」
耳に木霊するエドワードの何時もより低い声にウィンリィはゆっくりと瞼を閉じた。
降って来るかさかさとした渇いた感触に心の奥で嘆息する。
下唇を食まれて薄く開くと、やわらかさと生々しさが一緒くたになってウィンリィの口腔を掻き回していく。
全てが満たされている様な感覚に甘く酔わされながら、時折、快楽に身体を震わせる。
差し出した舌先にエドワードの舌が絡んで、更に快感が深まっていくのに、
ウィンリィはうっとりと睫毛を揺らし、身を任せた。
「はっ・・・んあ・・」
唇の端から零れる嬌声に似た甲高い声に頬を淡く染める。
けれど、それを止められるほど、ウィンリィの頭には理性なんてものは欠片も残っていなかった。
そして、それは勿論、エドワードも同じで。
二人共、口付けに夢中になってしまい、エドワードはウィンリィの手首に力を込めたままであることを、
ウィンリィはそれに痛みを感じていたことを、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。
「ん・・・ふ」
「っは」
ようやく離れた唇。
吐息が漏れた瞬間、二人の視線が合わさって、エドワードは気まずげに照れた表情を、
ウィンリィはやわらかな幸福そうな笑みを浮かべた。
また近付いてくる黄金。自分のものより幾分か輝きの強い金糸がウィンリィの柔肌を擽る。
「あ、あ、あい、し、てる、ぜ」
淡く染まったウィンリィの頬とは比べ物にならないくらい真っ赤な顔をどもりながら、
エドワードは必死に途切れ途切れの「愛してる」を声にして、ウィンリィに告げる。
それにウィンリィはくす、とからかいを含んだ笑みを向けた。
茹蛸状態のエドワードはそれを隠そうとウィンリィのふくよかな胸に顔を埋めた。
掴んだままだったウィンリィの手首を離し、代わりにぎゅう、とウィンリィの背中へと手を回す。
「こ、これで良いんだろ! ほら、もう寝ろって!」
「はいはい」
恥かしいのか耳まで真っ赤なエドワードにウィンリィは嬉しくなって笑う。
別にわくわくどきどきな展開じゃないけれど、純粋にこんな風に微笑って愛を育んでいけたなら、
とても倖せだとウィンリィは心の奥のほうで思う。
うん、自分は倖せだ。こうやって笑っていられる内は、とても。きっと、エドワードが遠くへ旅立ってしまっても。
「・・・・・・・・・エド」
小さな声で名前を呼ぶと顔を上げて、エドワードは頭にクエスチョンマークを浮かべた。
手を伸ばし、エドワードの頬に手を添えて、さっきエドワードがウィンリィに渡した愛を返すかのように笑って云う。
「あたしも愛してる、よ」
心に浮かぶ有りっ丈の気持ちを唇に込めて、動かした。
ただでさえ真っ赤だったエドワードの頬が更に濃い色に染まる。
それを瞳に焼き付けて、瞼を落とす。
慌てるエドワードの声を無視して、ウィンリィは先ほどのエドワードの表情を瞼の裏に描きながら、
ゆっくりと訪れる睡魔に身を委ねたのだった。