雨がしとしとと降っている。  
静かな雨の音に包まれる執務室で、夜勤当番の彼女は一人仕事を片付けていた。  
時計をチラリと見た。時刻は夜の12時半。  
(どうしよう・・・もうこんな時間だけど、ノートにあった通り彼は本当にここへやって来るのだろうか・・・。)  
 
事の始まりは、一冊のノート。  
ある男が、軍の仲間内で日誌をつけようと言い出した。  
男は恋人にフラれたばかりで、心の拠り所を探していたらしい。  
軍務に追われる忙しい毎日だからこそ、小さな変化を大切にしようと提案した。  
しかし、軍の機密が漏れるかもしれない物を安易に置いておくのは、  
問題だと言って誰も取り合わなかった。  
男は一人で空しく日誌を書き続けた。(もちろん天気や新しい煙草の事等々...たわいもない、日常の記録だ。)  
リザはある朝、その日誌を見つけて読んでその内容に微笑むと、この程度なら問題なしと判断し、  
自分も『たわいもない日常の記録』を書き連ねる事にした。  
(彼女の場合、書いていたのは、主に飼っていた犬の躾記録だ。)  
ノートに少ない行数でその日起きた出来事を書き連ねるは意外にも楽しく、いつしか彼女の楽しみの一つになっていった。  
 
しかし、日誌の内容はだんだんと日常を離れ、やがておかしな方向へと向かっていった。  
上司のサボり癖の見分け方や、互いの好きな食べ物、自分の異性に関する好み、  
更には自分達の恋愛事情や、相談事まで、お互いに探りあい、書き連ねていく様になっていた。  
―――二人の秘密がたくさん詰まったそのノートは、もはや『日誌』ではなく、二人の間で回される秘密の『交換日記』。  
それでもノートは、書いた本人達以外が見る事は無かったのだが・・・。  
 
 
(私が少し軽率すぎたかもしれない。)  
リザはノートをパラパラと捲書いた内容を読んで、少し後悔していた。  
警備の厳重なセントラル軍本部とは言え、この時間にもなるとさすがに廊下の人通りも少なく静まり返っている。  
静かな雨の音に包まれ、部屋の中には自らの走らせるペンの音が響いている。  
仕事が一段落つくと、ペンを机の上に置くと短いため息をついた。  
(大佐は今、どこで何をしてるんだろう―――)  
 
その時、部屋をノックする音が聞こえた。  
コンッ コンッ  
 
「――ッ!・・・どうぞ。」リザは姿勢を正して入室を促すと、扉が開いた。  
「失礼します。」体格の良い、金髪のその男は部屋の前で敬礼をした。そして自分の入った所を誰にも見られてないか  
辺りを見回し確認すると、部屋に入って静かに扉を閉めた。夜中だというのに、目が覚める様な明るい声で挨拶をする。  
「コンバンハ中尉殿!夜勤お疲れ様です。差し入れ持ってきました。」  
「・・・本当に来たのね。ハボック少尉。」  
リザは頭に手を当て、少し困惑気味の表情で男の名前を呼んだ。  
 
ハボックは雨に少し濡れた上着を脱いで、吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。  
「当たり前でしょう。・・・中尉。日誌の方、もう見て頂けました?」  
リザはその言葉に頷くと、今日の分をもう書いたノートをハボックに差し出した。  
ハボックは、差し出されたノートを嬉しそうに受け取り、今日の分にザッと目を通した。満足気な笑みを浮かべてノートを机の上に置くと、  
手に持っていた紙袋をリザに渡した。袋にはセントラルにある有名な紅茶店の名が印刷されている。  
「コレ、差し入れです。ハヤテ号と一緒に食べて下さい。」リザはそれを受け取ると礼を言った。  
 
袋の中身は、紅茶の葉っぱとスコーン、アルコール度数の低い赤と紫の2種類の果実酒。そしてドッグフードも入っていた。  
それは全部、中尉とそれにブラックハヤテ号の好物だった。リザはノートの初めの方に好きな食べ物を書いていた事を思い出す。  
「少尉、これは―――!ありがとう。わざわざ買ってきてくれるなんて・・・。」彼女は厚意を素直に受け取ると、嬉しそうに笑った。  
「・・・喜んで頂けて良かったッス!本当は食いモンよりもっと色気のある物持ってきたかったんですけど。」  
『色気のある物』。彼のその言葉でリザは我に返った。  
 
交換日記の中で、リザは彼の書いた『中尉の胸が見たい』という頼みを勢いで承諾し、  
ハボックは調子に乗って『お礼に奉仕する』等という事まで書いていたのだった。  
リザはその約束の事を話題に出さない様に努め、ハボックとしばらくの間、雑談をしていた。  
 
 

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