俺はロイの錬成が終わるまでの短い時間を、手持ちぶさたに待っている。数週間前か  
ら実行の機会を伺い、数日前にロイに伝えて、実行に移した計画の詰めの部分に、俺は  
差しかかっている。将軍の孫娘の管理と、ちょっとしたご褒美のための計画だ。ロイは  
素直にホークアイ少尉を助け出すことだけを考えているが、俺はそうでもない。ロイほ  
どお人好しではないし、ああいうタイプの女は好きじゃない。  
 俺は肩のひもを掛け直して、周囲を観察する。軽い離人感の後、周囲がとてもよく見  
えるようになる。肩にぶら下がるカメラが重い。部屋から聞こえる交接音が気持ち悪  
い。動物の交尾であればここまで不快ではないが、なぜかホークアイ少尉のものだと思  
うと不快だ。気持ちが悪い。あの女の行為は全て好ましくない、気がしている。  
「戦場で「暮らせる」のは将校たちだけだとは思わないか」  
 ロイは、扉の隙間から豪奢なビロードのカーテンを見て、皮肉っぽく笑った。ロイの  
営業用でない笑顔は独特だ。眉を少しだけ寄せて、堅苦しく口元をゆがめる。目は笑っ  
てはいるものの、不安そうに一点を見据えている。睨んでいるのかと不安になるほど  
だ。当然、笑っていると理解できる人間は少なく、ロイの恋愛は相手に気を許し始めた  
ころに終わる。長く続くのは戦略的なお付き合いをしてくれる社交界のババアだけだ。  
そういう、何人とヤッたのかわからないほどな癖に妙に手馴れていないところが、俺は  
結構気に入っている。清潔な気がするからだ。  
「ま、暮らしってのをどこに設定するかだよな」  
 俺は天井を仰ぐ。染み一つない天井だ。週に一度、副司令官が寝た後に下士官に掃除  
をさせている天井。生活レベルを維持しようという気構えは悪くないが、戦場での行い  
としては鈍感に過ぎる。自分の生活を場所に合わせられない男なのだ。当然、ロイとは  
あまりそりが合わない。  
「混ぜっ返すな」  
 ロイはいつもより苛立っている。扉の向こうにいる、女のせいだ。自分が見られてい  
ることにまったく気づかないまま、犯されている女。俺はあの女が好きじゃない。普通  
に暮らしていたらミスコンにでも優勝しそうな外見、そういう女にぴったりの独善的で  
何かを与えられることに慣れている中身、自分を客観視できる程度の頭はあるくせに、  
自分のマイナスだけには目を瞑って気づかない振りをする小賢しさ。あの女には小賢し  
いという言葉がとてもよく似合う。馬鹿ではないが、決して「賢く」はない。どこまで  
も何かに甘えている、どうしようもない女。苛々する。  
 
 俺は葉巻の箱をポケットから出して、手の中で揺する。そうしていると、段々と落ち  
着いてくる。苛々が収まって、頭が回るようになる。確か、この煙草を買ったのは一年  
も前だ。もう吸うのをやめてからかなり経つのに、どうしても捨てられない。  
 もし銜えたとしても、すっかり湿気っていて火がつくことはないだろう。でも、持っ  
ている。そういう性格なのだ。  
「お姫様救出作戦の途中に、どうでもいいことを言い出すからだろ?」  
 俺はあきれた声を作り、ロイの頭をはたく。ロイは今、ホークアイ少尉の受けている  
「暴力」に憤っている。だから、部屋の中の酸素濃度を変化させるこの仕事の間も、作  
業に集中するだけではいられない。俺はいつでもロイには優しくしているから、興味の  
ない女のことでも、付き合ってやっている。ロイの潔癖な感情も否定はしない。  
 だが、俺はあの女が暴力を受けているなんて思っていない。何より、あの女の目が不  
快だ。毅然としていない、どうしようもなく中途半端な目。男に犯されて器質的には確  
かに悦んでいるくせに、抵抗せずにいることは理不尽な暴力を避けるためだと、常に言  
い訳をしているような目。誰に釈明しているつもりだ。ロイか?本人が目の前にいるわ  
けでもないのに?俺はとてもあの女が嫌いだと思う。あの女の裸も、桃色に上気した太  
ももも、兵士のペニスを締め付けて包んでいるホールも、恍惚とした顔も、全てが嫌い  
だ。  
「……」  
 ロイは聞こえなかった振りをして練成陣をなぞり、分子を分解し、練成している。ど  
う答えればいいのか戸惑っているのがわかる。ほかの人間には絶対に見せないような状  
態を、俺には簡単に見せる。心を許している相手とそうでない相手を、完璧に分けてい  
る。俺は紛れもなく前者だ。優越感。ロイのある程度の部分を占めているという実感。  
こういう時間のために友人でいるのではないかと思う。  
「ヒューズ、」  
やがて、ロイの手が止まり、物音が絶える。俺はカメラのシャッターを切り、突入す  
る。  
 
 
 扉が開いた瞬間を、私は実際には見ていない。私が聞いたのは蝶番の擦れる音だ。油を  
注したばかりの音。閃光手榴弾の独特の音が聞こえたのを覚えている。目が眩むまでは数  
瞬ほどもない。本当に短いのだ。手榴弾の音に気付いたときには、もう閃光が走ってい  
る。  
 私はただ驚くだけだった。身動きさえせず、眩んだ視界に気を取られていた。兵士とし  
ては致命的だ。だが、もし冷静だったとしても、私には何をすればいいのかがわからなか  
っただろう。敵を捕捉できなければ何もできない。私の能力の限界だ。私は身じろぎすら  
せずに状況の変化を待つ。私の上の男も同じだ。  
 どれだけ待ったかわからない。長い時間が経ったような気がするが、実際はとても短い  
はずだ。視界は白くけぶっていた。その奥で足音がした。支給制のブーツの音だ。私に向  
かってきている。目が眩んだせいか、それ以外の感覚はとても敏感になっていた。繋がっ  
た兵士の形、カリの下の窪みや柔らかさを把握できる程だった。動かないせいか、体液が  
逆流していく様子がよくわかった。子宮の入口にまで溢れていた液体が、膣道を通りゆっ  
くりと排出されていく。男根は蓋にはならなかったのか、腿まで垂れてくるのがわかっ  
た。体液が皮膚を痒くさせる。身体が重くて、このまま寝てしまいたい。侵入者のことは  
考えずに、全て放棄してしまいたい。酔った時のように息苦しい。腕が体を支えられなく  
なり、崩れていく。体が私以外の物になってしまったような気がする。足音が私の前で止  
まり、物音がする。私は足音のする方向に重い首を廻す。人影が見えるような気がする。  
わからない。頭の後ろから重い波が押し寄せている。私は目を閉じて、眠った。  
 
 
 きれいな女であるというだけで、目をひかれるのは仕方がない。俺が望んでいるかどうかは  
別として、気には、なる。中身が好みでなくても、生の太もものラインを見せられれば、上り詰  
めたときの締め付けを、想起してしまう。  
 腹を出して寝転んでいる男をシャッターに収める間も、ホークアイ准尉を部屋の隅に転がす時  
も、悪い遊びに参加した兵士たちを撃っている瞬間でさえ、おれは准尉のからだがどれだけ気  
持ちいいかということを思考の隅っこに留めていた。2連射の拳銃で頭を確実に、壊す間にもだ。  
 錬金術師の部隊に入れるだけの教育は受けているから、基本動作は体に染み付いている。  
だからこそ、射撃は機械的なものになってしまい、後ろで准尉のからだがどんなように寝ている  
のか、犯されたときの痕跡はどれだけ彼女に残っているのか、肌全体が朱に染まっていたあれ  
はどう消えるのかという想像が途切れずにいる。  
 アメストリス側の兵士たちを殺しながら、女のからだから思考が離れないなんていうのは、兵  
士としてどうかと思う。だが、ここがイシュヴァールでなければ、俺は女のからだにも優しさにも、  
足りすぎるほどに満たされているはずだ。聖母に等しい優しさと赦しを与えてくれるグレイシアに  
比べると、ホークアイは精神的に未熟すぎる。自分の内心にかかりっきりで、まったく包容力が  
ない。だから、戦場で女のからだから離されていなければ、欲情なんてするはずもないのだ。  
 血が飛ぶのを見て、少しだけ普通の感覚を取り戻す。こいつらはきっと実感せずに死んだはず  
だ。近くから撃ったおかげで、即座に感覚と思考を壊すことができる。多分、意識が戻る前に思  
考できる器官が死んだはずだ。准尉の事情も知らない味方の歩兵だから、少しぐらい温情を加  
味したと考えることにした。准尉にもこの兵士にも、ロイにも失礼なことだが。  
 
 ロイはどうなのだろうか。ここで女のからだを見て、まったく欲情しないでいるのだろうか。それ  
とも、憤りが怒りを越えているのか。俺は准尉を特別好ましく思うわけでもないから、違うのだろ  
うか。俺は准将とロイの間を遮るように立ち位置を変える。一応准将の肩書きを持っている男だ、  
ロイの怒りから保護してやっても悪くはない。将軍クラスを殺してしまえば大事になるし、補充さ  
れてくる上官が今よりいいとは限らない。だから、准将はさっきの写真で従わせればいい。  
 俺は、普段のロイが准将を殺すとは思っていない。ロイは状況を読める奴だ。戦略家で、警戒  
心もある。だが、女が、昔から知っている仲間が、特に准尉が傷つけられているのを見た後では、  
ロイにとっての利益を優先するかわからない。  
 ロイは、准尉を本当に大切にしている。俺にはそんなにいいものだとは思えない、ただ欲情す  
るだけの女のからだだが、ロイにとっては守りたくなる生き物かもしれない。思慕を向けられる女  
へのいとおしさ以上に、守りたくなるだけの関係があるのかもしれない。  
 
 
 俺は安全装置をはずした銃を背中に押し付けて、将軍の腹を蹴ることにする。軍用靴の足先  
で、ゆっくりと。脂肪ばかりの場所ならば、軍用靴で蹴ったところで、死にはしない。ロイに直接的  
な暴力をふるわせないのは、俺がロイの部下だからだ。俺はプライドが高い方だが、ロイの元で  
は一兵卒として振舞っている。  
 
 砂漠用の茶色い軍用靴が、体液で白く汚れていく。一回、二回、三回。何回目に起きるだだろ  
うか。あまり装備品が汚れないうちに起きてほしいんだが。  
 四回、五回、六回。足が重くなってきた。この靴は結構重量がある。鉄の板でできたクラシッ  
クな靴に、革の装飾を施していると言えばいいか。軍隊らしく、身を守るためというより、暴力をふ  
るうために作られた靴。部下や新人はこれを使って罰される。  
 七回目に到達したところで、起きるのを待っているのが面倒になった。腹に足を乗せて、思い切  
り体重をかける。柔らかそうに見えたが、意外と弾力があった。靴に張り付いてくる感じはエロテ  
ィックと言えなくもない。ホークアイのからだもこんな風に張り付いてくるのだろうか。しっとりと、イ  
シュヴァールとは思えないほどの滑らかさで。良くない考えだ。義務として暴力を振るっていると、  
どうしても無駄な考えが浮かんでくる。  
 足首までめり込んだところで、将軍が咳き込む。呼吸が妨げられたらしい。  
「おはよう、准将」  
 引き金を誤って引かないよう気をつけながら、銃の先で頭を削る。何が起こっているのか理解で  
きていないのだろう。将軍はゆるんだ顔をしたまま、銃身の方を向く。早く起きてくれ。俺をおまえ  
に集中させろ。もう一度、銃の先を押し付ける。  
 
「な、何をしている!上官の執務室に――」  
 ようやく状況を確認できた将軍が、割れた声で叫ぶ。この手の年寄りからは常套句しか出てこ  
ない。脊髄反射で喋っているんだろう。こういう人間に大切なものを汚されたロイに、少し同情す  
る。  
「見たとおりの事を。准将。もし、命が惜しいと思われるなら、これからする質問に答えていただき  
たい」  
 ロイが将軍の言葉を遮る。語調は抑えられているが、おろしたままの手が震えている。どうしよ  
うもなく怒っているのがわかった。こんな場所で准尉のために怒れる真っ当さが、俺には少し、ま  
ぶしい。ロイはイシュヴァールにあっても正義の側にいる。少なくとも俺よりは、正しい。ロイと俺  
は違うのだということを、強く感じる。  
「こんな状態で質問に答えろだと?馬鹿なことを、……っ!」  
 俺はロイの苛立ちが臨界点を越えないように、将軍を痛めつける。今は無駄なことを喋る将軍  
に対して苛立っているわけでも、拷問の基本を踏まえているわけでもない。靴の先が肋骨に当た  
ったのか、鈍い音がした。折れたかもしれない。ロイが言葉を被せる。  
「あなたは、ホークアイ准尉がグラマン中将の孫娘だということを知っていますか?」  
 知らなかったらしい。准将の地位にあれば、危険を回避する能力ぐらいは持っていてほしいもん  
だが。そういう相手だと認識すればするほど、ロイの抑制は効かなくなっていく。  
「そうか。今知ることができてよかったな。これからどんな目に遭っても納得はできる」  
 ロイの声が、怒気が、部屋全体を覆ったような気がした。俺は殺さないでくれよ、と祈りつつ、  
ロイの次の言葉を待った。  
 

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