降りしきる雨の音が、滝のように流れ落ちる。  
季節は暑くなって来ていると言うのに、嫌に肌寒く感じる。  
「・・・・・・・・ちっ」  
中央(セントラル)の高級住宅街。  
ロイ・マスタング大佐が、目の前に青いビニールで包まれた「もの」を見て、ひどく不快感を感じる。 
彼がセントラルに赴任して、すぐに出くわした事件がこの連続殺人事件、そして、連続行方不明事件であった。  
「また・・・か」  
「・・・ええ。またです・・・」  
傍にいた金髪の女性が、ロイのつぶやきに直ぐさま答える。  
「そうだな。ホークアイ中尉・・・」  
目の前にある「もの」は、数時間前までは「人間」だったもの。だが・・首から上がない。  
残された首から下の肉体は、棄てられたマネキン人形のように動かなくなっている。  
「・・大佐!」  
ロイの前に、タバコを銜えた短い金髪の青年が、ファイルのようなものを手にしながら来た。  
「ハボック少尉。どうだ・・・。」  
「はい・・・・ガイシャはアーノルド・フィルス。生物工学博士。指紋が一致しました。間違いないっス」  
「これで・・・・20人目ですね。しかも、また著名な方が狙われている」  
「・・ああ。物理学者、遺伝子学者。生化学者。そして機械鎧(オートメイル)技術者。  
・・・・ある者は痕跡すら残さずに連れ去り・・・・ある者は殺して、首から上を持ち去る・・・  
我々が東部にいた頃の、事件とはレベルが違う・・・」  
その事件とは、国家錬金術師ばかりを狙い、殺していった顔に大きな傷を持つ殺人者の事であった。  
復讐に心を動かされた、哀しい殺人者。  
 
そんな中、ハボックがポツリとつぶやく。  
「わっかんねぇなぁ。なんでまた犯人は首から上を持ち出すんだよ」  
その言葉に、ロイとホークアイがピクリと反応する。  
「どういう意味かな・・・それは」  
「いや、ただ殺すんなら、いちいちこんな面倒なマネしなくったっていいでしょ?  
それなのにこいつは、殺す際は首から上をきれいに持ち出している。」  
「・・確かにそうですね」  
「もしかしたらこいつ、優秀な人たちの頭脳集めて、何かたくらんでるんじゃねぇかなって・・・」  
「ふふっ・・・まさか。第一、どうやって頭脳を保管するんです?」  
ホークアイが、あり得ないと言う感じで言う。  
「そうっすよねぇ。オレってマンガ読み過ぎかなぁ・・・」  
ハボックもまた、ポリポリと頭をかく。  
だが、ロイだけはその考えに、ひとつの可能性を思い付いた。  
「(学者・・・・腕のいい技師。生物学・・・・優秀な頭脳・・・・優秀な頭脳!) ハボック少尉!」  
「はっ、はい! 何スカ大佐!!」  
突然、ロイが何かをひらめいたかのようにハボックに訪ねる。ハボックも、慌てて敬礼をする。  
「エルリック兄弟は、今どこにいる!?」  
「・・・え? えーと、確かアームストロング少佐の話じゃあ・・・幼馴染みの女の子と、ダブリスの 
師匠のもとにいるって」  
「・・・ちっ! すぐに南方司令部に知らせろ! 彼等が危険だ!」  
「た、大佐・・・・いったいどうしたのですか?『スカー』のいない今、彼らが襲われる可能性は・・・」  
「違う! 襲われるのは彼等ではない! 君も知っているだろう! あの少女を・・!」  
「・・・・あっ!!」  
ホークアイの脳裏に、すぐさま4年前のあの少女の顔が浮かんだ。  
「思い出したろう。」  
「そ、そんな・・・・・・まさか? あの子がっ・・!?」  
 
 
『約束の虚空(そら)』 前編  
 
 
所変わって、南部の機械鎧整備士の聖地(メッカ)、ラッシュバレー。  
雨模様のセントラルとはうってかわって、眩しい日ざしが照りつけていた。  
辺りの家と言う家から、鉄を溶接する音や、研摩する音が聞こえる。  
そんななか、この鉄とオイルの臭いのする場所からは似つかない少女の姿があった。  
金色の長い髪を後ろに縛り、頭はバンダナ。澄んだ碧の瞳には、今研摩している部品が鮮明に写る。  
その細く長い腕からは、とてもこの少女が、機械鎧を造り出しているとは思えない。  
「や、ウィンリィ! おっはよー!」  
その少女に、褐色の肌をした同年代ぐらいの少女が気さくに話しかけた。  
「あ、パニーニャ。お早う」  
ウィンリィは作業を止め、彼女に向かってにっこりと微笑んだ。  
「おーい! ウィンリィちゃん!! 朝御飯できたでー! はよ作業やめーや!」  
後ろのドアから、やたらと背の高い、葉巻きを銜えた30代ぐらいの女性が大声を出しながら出て来た。  
「あ、はい先生! もう止めてます!」  
「あ・・・・お早うございますガーフィールさん。」  
「おー、パニーニャちゃんやない? ちょうどええわ。あんたも食べていきーな」  
このガーフィールという女性、ラッシュバレーでも5本の指に入る機械鎧整備士。  
黙っていればなかなかの美人なのだが・・・この変な喋り方で、台無しになっている。  
エルリック兄弟の師匠である、イズミ・カーティスとはさぞかし気が合いそうだが。  
「あ、はい。それじゃー遠慮なく」  
「そう! 遠慮したらあかん。他人からは貰っていいモノは病気と借金以外なら全部もらうんやで!  
あっははは!」  
ウィンリィも、パニーニャも、この豪快な女性が好きだった。二人とも、幼い頃に母親を亡くしている。  
彼女に、そんな懐かしい母親の匂いを感じ取っているのかもしれない。  
 
「・・・はい! 二人とも手と手を合わせて!」  
「「「いーただーきますっ!」」」  
その号令の後、3人ともまず牛乳を飲む。  
「はー! 朝はやっぱりこれやねん!!」  
「先生、牛乳好きですね・・・・・・・」  
「当然や! この暑い南部の所にまで、牛乳が届くのは奇跡や! 酪農家のおじちゃんおばちゃんらに感 
謝せなあかん!」  
ガーフィールは、パンをかじりながら豪語する。  
「(その話、エドに聞かせてやりたいなぁ・・・)」と、思いながらウィンリィはクスクスと笑う。  
「あーところでウィンリィちゃん? もうアンタがここに来て3ヶ月近く経つなぁ?」  
「え? あ、はい」  
「そろそろ整備に来るんちゃうん?」  
「・・・・・・ハァ? 誰がですか?」  
ガーフィールは、ウィンリィの眼前に左手を差し出して拳を作ると、小指だけをピンと張る。  
「アンタの、コ・レ!」  
「・・・・・ぶっ!!」思わず、飲みかけの牛乳を吐き出す。  
「うわきたな! なにやってんのよウィンリィ!!」  
慌てて布巾で牛乳を拭きながら、赤くなって反論する。  
「そ、そ、そんな・・あたしとエドは、只の幼馴染み・・」  
反論するが・・・・・・  
「あーらー? ウチエドちゃんって一言も言うとらへんけど? へーえ。アル坊かとも思ったけどやっぱ 
り・・」  
「へー、アタシも最初に会ったときから、もしかしたらって思ってたけど、やはりそーなんだー」  
「・・・・・っっっっっ///////」  
更に墓穴を掘ってしまったウィンリィであった。  
 
「・・・でも、正直な話、いつでもあの子らの所に戻ってもええんやで?」  
食事も終わると突然、ガーフィールの顔が真剣になる。  
「そんな・・・あたし、まだまだ修行が足りません・・・」  
「謙遜しなさんな。アンタの腕前はもうウチを超えてしもうてる。  
今更教えなあかん事は・・・・・・なーんにもあらへんねん。  
あのドミニクのおっさんでさえ、今のアンタと技術を争ったら間違いなくアンタの勝ちや。」  
「・・・そんな事・・・」  
「ハッキリ言っとくで。アンタは天才なんや。アンタはこんな南部の田舎でくすぶってはあかん。  
あの子らと一緒に・・・・色々な国を回って、色々なものや人を見るべきやねん」  
ガーフィールの言葉に、ウィンリィは後ろを振り向く。  
「・・・・お言葉は有り難いですけど・・・・やっぱりあたし・・・エド達とは一緒にいられません」  
見ると、身体が小さく震えている。  
「ウィンリィ・・・・・あんた・・・」  
「エド達は、必死に戦ってる。あたしもできれば、二人の傍にいてあげたい・・・  
でも・・・・・・・でも・・・・・・・! あたしがいたら・・・役立たずなだけですから・・・」  
「・・・・ウィンリィちゃん」  
「・・・仕事場の掃除、してきます・・・・!」  
ウィンリィはそのまま、振り向く事なく仕事場のほうに足を運んだ。  
顔は見えないが、泣いているのだと、ガーフィールは確信していた。  
「・・・ホンマ、優し過ぎる子やな・・・・。」  
「・・・そうですね」  
パニーニャも、静かに納得する。  
そしてガーフィールは、心の中でこう呟いた。  
「(エドちゃん、あんな健気な子を、アンタは泣かしとるんやで・・)」  
 
ほうきで作業場の糸のような鉄屑を掃きながら、ウィンリィは瞳に涙を溜めていた。  
(・・・・・あたしだって、エドの役に立ちたい。一緒に旅をしたい・・・)  
じっとしていたら、声に出して泣いてしまいそうだから。  
(でもダメ。あたしなんかがいたら、邪魔になる・・・・役に立てるのは、整備のときだけ・・・)  
(あたしはあのとき誓った。絶対に足手まといにはならないって。全力でサポートするって。  
エドの為に、いい機械鎧を作ってあげるって・・・・・)  
床はもう、十分に綺麗になっているのに、ウィンリィは止めない。  
そんな彼女の後ろに、二つの影があるのだが・・・彼女は気付かない。  
(でもね、エド。「待っている」んだって・・・・辛いんだよ? たまに顔が見れたと思えば・・・ 
機械鎧を壊したり、入院してたり・・)  
「・・・・・・・ぃ」  
(もしも・・・・もしも二度と会えなくなったらって・・・そうなったら・・あたし・・・あたし・・・)  
「・・・・ぉぃ」  
「もう! エドのバカーー!!」  
「どぁぁぁぁぁぁ!! びっくりしたぁぁぁぁぁ!!」  
ウィンリィの大声に、二つの影のうちのひとつが、過剰に反応する。  
「へ?」  
やっと気付き、後ろを振り返ると。  
「ウィンリィ! おめー気付いてたのかよ? さっさと返事しろっつーの!」  
「や、やあウィンリィ・・・・」  
赤いロングコートを着た金髪の少年と、青銅色の大きな鎧が後ろにいた。エドワード・エルリックと 
アルフォンス・エルリックである。  
「エド? アル? なんでいるのよ!?」  
「な、なんでって・・・・ホレ」  
エドワードが、右腕の袖をめくる。すると前腕部の装甲が爪のような傷でズタズタになっていた。  
「あー!! またこんなに傷つけたわね!!」  
「う、うるせー! 仕方なかったんだよ!!」  
「仕方ないも瀬戸わんやさんもないわよ!! 大事に使おうってデリカシーはない訳? このマイクロン!!」  
「マイクロン言うな! 第一瀬戸わんやさんて誰だよ?」  
と、アルフォンスがおろおろしている中、いつもの会話が始まった。  
 
 
そして、そんな様子をガーフィールとパニーニャがクスクス笑いながら眺めていた。  
「やれやれ。さっきまでとは元気さがぜんぜん違いますね」  
「そやな。やっぱり『喧嘩する程良き夫婦』ってやつかねんな?」  
「・・・・ガーフィールさん。それってぜんぜん違うと思いますけど・・・」  
ガーフィールの変なボケに、パニーニャは思わずため息をつく。  
「そーかー? おーいエドちゃん、アル坊! 久しぶりやねんな!」  
大声を出したガーフィールに、エドワードとウィンリィの漫才もやっと止まる。  
「あ、先生・・・」  
「あっと・・どーも。お久しぶりです。」  
「どうも、ガーフィールさん。」  
エドワードもアルフォンスも、きちんと頭を下げて挨拶する。  
「おばさん、この機械オタクがお世話になっております」  
「オタクは余計!・・・は!!」  
エドワードがさり気なくはなった言葉の一つに、ガーフィールが異様に反応した。ウィンリィは瞬時に 
真っ青になる。  
「だ、れ、が、おばはんやて?」  
「・・・げっ!!」  
エドワードはようやく気付き、口を塞ぐがもう既に時遅し・・・銜えていた葉巻きを食いちぎり、 
たちまち頭に血管が。  
「ウチはまだ32のピチピチギャル(死語)やでこのガキャーーーーー!!」  
「ギャーーーーーーー!!」  
一瞬でエドワードの後ろに回り込み、チョークスリーパーをキメた・・  
「ガ、ガーフィールさん! 兄さん死んじゃいます!!」  
「あ・そやな」アルフォンスに言われると、あっさり手を離した。  
「成敗!」  
息をむせながら、エドワードは(自分の師匠(せんせい)そっくりだな)・・と思った。  
「な、なんでこんなに強いんだよ・・・・(オレの知ってるおばはん等わっ・・!)」  
 
「さーてと。アル坊!」  
ガーフィールがさっきの事などケロリと忘れてアルを呼ぶ。  
「あ、はい。なんですか?」  
「折角来たんや。アンタも鎧の手入れしてあげるワ!」  
「そんな・・・・ボクはいいですよ・・・・」  
アルフォンスは遠慮するが、ガーフィールは強引にアルフォンスの背中を押して奥に運ぶ。  
「パニーニャちゃん、手伝ってや」  
「へ? アタシも??」  
その言葉に、パニーニャはピーンと来た。  
(ああ、なーるほど・・・・・)  
パニーニャはウィンリィの元に近付き、そっと耳打ちした。  
「(ウィンリィ! ウィンリィ!)」  
「(何よパニーニャ!?)」  
「(ガーフィールさんはアンタとエドを二人っきりにしてあげようってんのよ。シメたのもすぐにはそ 
の場から動かなくする為。)」  
「(えっ、そ、そんな・・・・)」  
たちまちウィンリィの顔が赤くなる。  
「(チャンスだ、告れ!)」  
「(〜〜〜〜〜〜!)」  
そう言うと、パニーニャはガーフィールと共にアルフォンスを押して奥の部屋に行ってしまった。 
ドアを閉める直前、ガーフィールが二人に向かってパチリとウィンクした。  
「う?」  
「・・・・・!」  
その意味は、ウィンリィだけが悟った。  
・・・そして、作業場にはエドワードとウィンリィだけが残った・・・。  
「・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・」何となく、気まずいような空気が流れる。  
少しの沈黙の後、エドワードが右腕を差し出す。  
「ま・・・取り敢えず、修理頼むわ・・・」  
顔はそっぽを向いてるが、心なしか赤くなっているように思えた。  
「あ、・・・・う、うん」  
ウィンリィは、取り敢えず頷くしかなかった。  
 
「・・・・・・・・神経の調子とか、大丈夫?」  
「ああ」  
「他になにか、違和感は感じない?」  
「別に」  
作業をしている間は、ふたりは要点以外はほとんど会話をしようとしなかった。  
そんな様子を、隣の部屋でガーフィール達はドア越しに歯痒そうに覗き見している。  
「(・・・ああもう! なんで二人してだんまりかますねん!)」  
「(仕方ないですよー、あのふたりにそーゆー事は期待できませんって。まぁアタシも見たいですよ。 
見たいけど・・・!)」  
「(エドちゃんナニやっとんねん!! 男ならそこでガバッと抱き締めて! 好きや好きや大好っきゃー! 
って言わんかい!)」  
「(兄さんはそんなに積極的になれませんよ。ああ、ガーフィールさぁん! ボクの頭を外さないで下さ 
いよー)」  
そんなやり取りが2時間程続いた後、作業は終了した。  
「はい。どう?」  
見る影もなかった前腕部の装甲が、きれいさっぱり直されている。  
新しくしてもらったベアリングのおかげで、指や関節の滑りも良い。  
「ああ。ありがとうな」  
ウィンリィに向かい、笑顔を見せるエドワード。  
「・・・・どう致しまして」  
その顔が見れただけで、ウィンリィは幸せだった。  
待っているときに蓄積していた負の感情を、きれいに消し去れる。  
「ウィンリィ」  
そんな余韻に浸っている中、エドワードが突然真剣な表情でウィンリィを呼んだ。  
「・・? な、なにエド」  
「・・・・・オレ、今日はお前に言いたい事があるんだ」  
「えっ・・・・・」突然のエドワードの言葉に、驚きを隠せないウィンリィ。  
ドア越しに覗いてる3人も、物凄い期待を感じた。  
「(!! 来た来たキターーーーーー!!)」  
「(兄さん! 遂に告白ですか!!? ボクは嬉しいです!!)」  
「(うおー! それでこそ男の子や! きばってやエドちゃん!!)」  
 
だが、次の瞬間にエドワードの口から出た言葉は、ウィンリィを含め、全員が耳を疑うような言葉だった。  
「今までありがとう。さよならだ」  
「・・・・・・・え?」  
「「「(えっ!?)」」」  
誰もが、信じられなかった。  
「い、今なんて・・・・?」  
「最後に・・・・・・お前の顔が見たかった。会えて良かったよ。でもこれでもう、お前とは会えない。会っちゃいけない」  
小刻みに震わせるウィンリィを見て、エドワードは少し俯きながら言う。  
その瞳は、表情は、ひどく寂しい。  
「(アル坊! どう言う事やこれは!!)」  
「(ボ、ボクだって知りませんよ! 今初めてそんな事・・・・ああ! ネジ外さないで!!)」  
「(エドのやつ、一体どうしちゃったのよ・・・!!)」  
ウィンリィは大声を上げたい気持ちになったが、エドワードのその表情に気付き、止めた。  
「どうして・・・・・どうしてよ?」  
激情を押し留めながら、静かな口調で質問した。  
「オレ、バケモノに殺されそうになった」  
「・・・・・・・・!!」  
「「「(!!)」」」  
普段は何も語らないエドワードが、淡々と口にする。  
その「バケモノ」とは・・・・あの、左手の甲にウロボロスの入れ墨をした男の事。  
エドワードの脳裏には、その人間の形をした怪物と戦ったときの恐怖が色濃く残っていた。  
 
「駆け付けてくれた少佐達のおかげで、何とか助かった。助かったけど・・・・そいつが、オレに言い 
放ったんだよ」  
『おまえあれだな。自分が傷だらけになるのは平気だが・・・・・・身内がちょっとでも傷付くのには 
耐えられなくて冷静さを失う!  
愚かだな。そうやって激情にまかせて貴重な情報も弟も・・・・何もかも失うか?』  
「それって、オレとアルにだけに放った言葉だと思ったんだ。そのときは。  
でも・・・・今は。」  
エドワードの両手が、ガタガタと震える。  
「怖い。怖いんだ・・・・・・。  
あいつらが怖いんじゃない。オレ達の勝手でやってきた事で、お前が巻き込まれたらって思うだけで。  
怖いんだよ・・・・・・・・・・!」  
その言葉の後、暫くの間沈黙が訪れる。  
「勝手なヤツ」  
ウィンリィが、その沈黙を破った。  
ぱぁん、  
と、大きな音とともに、ウィンリィの右の平手が大きく振り、エドワードの左頬に痛みが走った。  
「・・・・・・!」  
エドワードは一瞬だけ驚くが、すぐに「当然だ」と思いながら自分を張ったウィンリィを見る。  
ウィンリィは、とうとう堪えきれずにぼろぼろと涙を流す。  
「何よそれ! 勝手過ぎるわよ! いきなりハイサヨウナラって!! 何様のつもりなのよ!!」  
「・・・・ごめん。でもオレ・・・お前だけはあいつらとの戦いに巻き込みたくないんだ」  
「デモもへったくれもないわよ!! あたしが・・・あたしがどんな気持ちであんた達を待ち続けたと思 
っているの? 何の為にあたしは機械鎧の技術を一生懸命勉強してきたと思っているのよ!!  
あたしは・・・・・・・一体なんなのよ・・・・・・!!」  
瞳から流れる雨は、噴き出して止まらない。  
「・・・ウィンリィ・・」  
「もう知らない! 勝手にしなさいよ!! あんたなんか・・・・」  
大っ嫌い、を途中で押し留め、泣きじゃくりながらウィンリィは走って出ていってしまった。  
「あっ! ちょ、ちょっと待ってウィンリィ!!」  
慌てたアルフォンスが、夢中でその後を追い掛けていった。  
 
作業部屋に、ひとり残されたエドワードは操り糸が切れた人形のように、力なく椅子に腰掛けていた。  
「(これで・・・いいんだよな?)」  
張られた筈の左の頬からは、なんの痛みも感じない。ただその心に、虚無感と寂しさだけが残った。  
「エド・・・・だいじょうぶ?」  
そんなエドワードに、パニーニャが心配そうに話し掛ける。  
「ごめんね。話・・・・聞いちゃった」  
「・・・ああ。おまえにまで迷惑掛けて、ごめんな」  
いつもならば『人の話を勝手に聞きやがって!』と駄々っ子のように怒る彼が、今は別人のようだった。  
「エドちゃん。」  
ガーフィールが膝を降ろして腰掛けてるエドワードの肩をポンと叩く。そしてニコリと微笑んだ。  
その次の瞬間・・・・・  
「こーの・・・バカタレが!!」エドワードの右頬に、左手を降り上げた。しかも、グーで。  
「・・・・・・・っ!!」  
「このアホ! とんま! マイクロン!! ウィンリィちゃんがどんな気持ちでウチの元におったと思って 
んねん!! 何日も何日も眠たい目こすってきたと思っとるんや!  
ホンマなら今頃はセントラルのいい学校で授業受け取るはずの頭持ってながら、なんの為にこんな南部 
の田舎で汗だくの油まみれになってるんや!!」  
「・・・なんで・・・・・なんですか・・・」  
「鈍感なやっちゃなホンマ! アンタが好きやからに決まってるやろアホ!」  
「・・・・・・!!」エドワードの瞳に、驚きの色が走る。  
「あの子一途に・・・一途にアンタを想い続けてたのに! それなのに・・・・それなのにアンタって子は!!」  
「だったら・・・・・だったらなおさら、もうアイツには会えません」  
「な、なんで? アンタだって、ウィンリィの事好きなんでしょ? どうして・・・」  
「だからだよ。好きだから・・・アイツには幸せになってほしいから! もう会えないんだ。  
こんなバカな幼馴染みなんかより、もっとずっと相応しいヤツがいる。いるに決まってる!!  
ウィンリィには、そんなやつと一緒になって、幸せになってもらいたいんだ!  
オレなんかじゃあ・・・・・アイツを不幸にするだけだ・・・・!!」  
 
エドワードの言葉に、ガーフィールがため息をつきながら言う。  
「・・・・・エドちゃん。アンタ本気でそんな事思っとるんか?」  
「!!」  
「アンタそれでもチンチンぶら下げとるんか!? 好きな女見ず知らずの他人に寝とられてもええっちゅーんか!?  
ホンマに、それでええと思っとるんか! 答ええ!!」  
ガーフィールの容赦ない言葉に、エドワードは両手で顔を覆う。  
「・・・・・嫌だ。嫌だよ・・・・!! でも・・・・でもオレは・・・!!」  
両手の手袋が、指の間から微かに濡れていく。  
肩が、震えていく。小さな嗚咽がもれる。  
「エド・・・・!!」  
パニーニャは、そんな彼を見守る事しかできなかった・・。  
初めて会ったときとは、完全に別人のようである。あの陽気さやちょっと短気な所も、弱く儚い心を押 
しとどめようとする少年の苦悩であったのだ。  
それを今、彼女は痛いぐらい肌で感じとった。  
敢えて厳しく言い放ったガーフィール自身も、寂しい表情を見せる。  
 
「オレは・・・・・オレは一体、どうすればいいんだ・・・・・!!」  
 
その同じ頃、ウィンリィも河辺の土手で、嗚咽を洩らしながら泣いていた。  
このラッシュバレーでは数少ない、自然の流れ。そんな水の流れる音も、何故か空しく感じた。  
「・・・・・・ウィンリィ」  
アルフォンスが、やっと彼女に追い付いた。  
「・・アル」  
「隣、いいかな・・・・」  
顔を覆いつつも、ウィンリィはコクリと頷いた。  
がしゃりと音を立てて、アルフォンスもウィンリィの隣に腰掛けた。  
少しの間、ふたりは黙ったままだった。  
「・・・・・・兄さんの事、怒らないであげて」  
「・・・・・・・・・・・」ウィンリィは、黙ったままだ。  
「ボクも・・・・・・アイツの事知ってる。怖かった・・・・。兄さんがいなかったら、ボク、 
どうなっていたかもわからない・・・!!  
兄さんはウィンリィをそんなめにあわせたくないんだ。」  
「・・・・・・・どうして?」  
枯れた声で、ウィンリィが訪ねる。  
「・・・・・・・・ウィンリィの事、好きだから」  
「・・・・・・・・・・!!」ウィンリィが驚いたような顔をして、アルフォンスを見る。  
その顔は涙でぐしゅぐしゃになっている。そんな彼女の顔を見て、アルフォンスの心にほんのちょっぴ 
りジェラシーが芽生える。  
「本当に・・・?」  
「うん。兄さん隠しているつもりだけど・・・・ボクからはバレっバレなのにね。  
素直じゃないから・・・・・・あんな言い方しかできないけど、誰よりも、ボクよりもウィンリィを 
大事にしたいって思っているよ」  
そう言ったアルフォンスは、微笑んでいるような気がした。  
この鎧の顔に、表情などあるはずもないが、彼の瞳にだけは暖かい優しさを感じた。  
「・・・・うん。ありがとう・・・・アル・・・・」  
 
そのとき、聞き覚えのない声が二人の後ろから聞こえた。  
「ウィンリィ・ロックベル様ですね」  
「!?」「!!」  
二人が振り返ると、そこにはひとりの「男」が立っていた。  
スカした黒い高級ブランドのスーツに身を包んだ、いかにも紳士、といった男。  
「お迎えに上がりました。ある方の命により、あなたに御協力を仰ぐようにといわれましたので・・」  
「誰ですかあなた? なんであたしに・・・・」  
ウィンリィの問いに、男は不気味な笑いを浮かべながら答えた。  
「クッククククク・・・・・  
あなたが・・・・・・・『ロックベル博士』の娘だからですよ。」  
「え!?」  
たちまちウィンリィの表情が一変する。  
「ロックベル・・・・『博士』? 人違いじゃないですか? 父は・・・只の外科医です。それにもう、 
この世には・・・」  
「ク・・・・ククククク・・・ククク! 何も知らないのですねアンタは! アンタの父親の『裏の顔』を。 
まぁいいでしょう。どうしても協力できないと言うのなら・・・・その頭脳のみ回収するしかなさそう 
ですね。」  
「裏の・・・・顔!?」  
「!! はっ!!」  
ウィンリィが戸惑う中、アルフォンスは男の影が異様な形になっている事に気付いた。そして、この空気。少し前ダブリスで戦った「キメラ人間」とよく似ている事に気付いた。  
「ウィンリィ!! 逃げて!!」  
ギャリィィィィン!  
アルフォンスの声と同時に、男の背中から昆虫の足のようなものが2本飛び出した。その先端は、鈎爪の 
ようになっている。  
その爪は正確にウィンリィを狙っていたが、辛うじてアルフォンスが間に合い、その鋼の両腕でそれを 
受け止めた。  
「・・・・・ホウ。アルフォンス・エルリック・・・お兄さんは一緒じゃないのかな?」  
「ウィンリィ・・・・・逃げて・・・!!  
(なんなんだ、こいつは・・・ボクを知っている? 兄さんまで・・・それに何故、ウィンリィを・・?)」  
 
「クックック・・・・クハハハハハハ!! 知っているぞ。君の身体の秘密を。グリード様の報告通りだ。」  
男のその言葉に、アルフォンスはようやくこの男の正体に気付いた。  
「・・・!! やっぱりあなたも・・・・!!」  
ジャカァァン!  
瞬間、男の背中からもう2本、先の鋭い昆虫の脚が飛び出し、アルフォンスの胸部に突き刺さった。  
「・・・!! グ、ああ・・・!?」  
「あ・・・アル!!」  
「ボクは大丈夫・・・・『印』までは届いていない。それよりも・・・早く逃げて・・」  
「・・・いいや逃がさん。私の目的はウィンリィ・ロックベルの『回収』だ。」  
上の昆虫の脚の力が、強くなった。少しでも気を抜くと、このままバラバラにされてしまいそうだ。  
「そ・・・・・そんな・・・事は・・・」  
アルフォンスは気付かれないように脚のつま先を前後左右に動かす。  
「させる、ものか!」  
両腕を振りほどき、胸に刺さった鈎爪を力任せに抜く。そして、地面に右手を付けた。  
その右手の下の土には、丸を中心とした幾何学模様が描かれていた。  
「・・!! つま先を使って地面に錬成陣をっ・・・」  
ボンっ!! と大きな爆音が鳴り、錬成陣から大きな炎が上がる。かつて見た「焔の錬金術師」ロイ・マ 
スタング大佐の焔には及ばないものの、忽ち男を炎が覆い尽くした。  
アルフォンスはこのまま彼が倒れてくれる事を祈りながらウィンリィに近寄る。  
「さ、今のうちだよウィンリィ! 早く兄さんの所に・・・・・・!!」  
ウィンリィは、炎のほうを見ながらガタガタと震えていた。  
「あ、アル・・・・・!! あれ・・・・・!!」  
「・・・・・・・!!!!」  
男は、立っていた。しかも、その顔が、服が、皮膚が土のようにボロボロと崩れ、中から昆虫の外骨格 
のような異様な肉体が現れる。  
「・・・・・・ウィンリィ・ロックベル。貴様の叡智は我等が神の捧げし物だ。」  
炎が、消えた後に立っていたのは、最早人間ではなかった。人間の形をしただけの、昆虫にも似た奇怪な怪物。  
「神の懐に還る時が訪れたのだ。その礎であるお前を逃がす訳にはいかん。」  
その姿に、ウィンリィもアルフォンスも恐怖した。  
「バ、バケモノ・・・?」  
「・・!!(エ・・・ド・・・!助・・・けて・・・!)」  
 
「・・・・・・・・!!」  
顔を覆って俯いていたエドワードが、突然異様な悪寒を感じ、ガバリと立ち上がった。  
「? どないしたんエドちゃん」  
「・・・・・ウィンリィが・・・・・呼んでいる」  
「「はぁ?」」  
ガーフィールもパニーニャも、直ぐさまエドワードと自分の額を触った。  
「熱はないって」  
「じゃあ幻聴?」 
「おーこわ! ウチお化けだけはあかんねん」  
「ちーがーう!!」  
エドワードの顔に、ようやく数時間前の生気が戻った。  
「ガーフィールさん、ウィンリィがこの町でよく行く場所ってあるか?」  
エドワードの質問に、ガーフィールは腕を組んで少し考えると、ある場所を思い出した。  
「ああ。多分西のほうにある河原や。あの子言うとったねん。 
ここがこの町で故郷に一番似ているって・・・」  
「・・・サンキュ!」  
そのまますぐに、エドワードは玄関に走った。  
「ああチョイ待ち!」  
「・・・・・なんすか?」  
「・・・・パニーニャちゃん、一緒に行き」  
ガーフィールはエドワードを呼び止めると、パニーニャをいきなり指名した。  
「アタシも?」  
「エドちゃんはこの町はまだ不馴れや。道案内してやりーな」  
「・・・! はい!」  
エドワードはガーフィールに一礼し、パニーニャとともにウィンリィの元に急いだ。  
「エド。」  
「なんだよ・・・」  
「ウィンリィに、謝りなよ」  
「・・・・わかってるさ。」  
道中、こんな会話をしながら。そして、この悪い予感が外れている事を祈りながら・・  
 
 
「グ・・・ア・・・あああああ・・・・!!」  
アルフォンスは、この怪物の4本の爪をいいように受けていた。  
感覚そのものはないものの、両腕両足がだんだんズタズタになっていく事だけは理解できる。  
だがそれでも、ウィンリィだけは守ろうと必死に身体を楯にしている。  
「ククククククク・・・ハァーハハハハハハハハ!!」  
この4本の凶器の動きは、どんどん俊敏になっていく。  
「(間合いが・・・・・取れない!)」  
アルフォンスの得意な体術が、完全に封じられてしまっている。  
少し前にダブリスで戦った「グリード」と言う「ウロボロス」の部下のキメラ人間とは、比べ物にならない。  
「グッ・・・・あなたは・・・キメラなのか? それともっ・・・!!」  
「フフ・・・・・そうだ。私はキメラだよ。人間と鋏虫(ハサミムシ)のキメラだ。だが私にはタンパク 
質の塊(肉体)など殆ど残っちゃあいない。  
かつてお前が戦ったグリード様の部下の出来損ない共と一緒にされては困る。」  
確かに、グリードの部下の「ロア」や「ドルチェット」、「マーテル」などと言ったキメラは関節を自 
在に外せたり、イヌの感覚能力を得たりと、ほんのちょっぴり普通の人間より便利と言うぐらいだった。  
だがこの鋏虫の怪人の場合、それを明らかに超越してしまっている。人間と言うよりはSF小説の怪物である。  
鋏虫種怪人のその大きな複眼の顔が、ニタリと笑ったように見えた。  
「さて、なかなか有意義な時間だったが、そろそろお開きだ。」  
4本の脚の動きが止まった。今度はそれが上下の先端部で融合し、巨大な二つの鋏となった。  
「暫く大人しくなってもらう」  
その二つの悪魔の鋏が、アルフォンスの左腕と右脚のつけねを、ガッチリと掴んだ。  
「!! (早過ぎる・・・!)」  
「や・・・・止めてぇぇぇ!!」  
アルフォンスが防御をする間もなく、ウィンリィが叫ぶ間もなく。  
彼の青銅の左腕と右脚が、チーズでも切るかのようにバッサリと切断された。  
 
「う・・・あ・・・!」  
腕と脚を切断されたアルフォンスは完全にバランスを失い、大きな音を立てて地面に崩れた。  
「ぐ・・・・・ううっ・・・!!」  
痛みはないが、脚を切断された事は彼にとっては致命的なダメージ。  
彼は自分の脚を練成してくっつける事はできない。地面に磔にされたのも同然である。  
「アル!!」  
倒れたアルフォンスの元に駆け寄ろうとしたウィンリィの首と腰に、すかさず鋏虫種怪人の鋏が止まる。  
「・・・・・・・・!!」  
「動くな。できることならお前は生きたまま同行してもらいたい」  
ウィンリィは肩を震わせながらも、キッとした眼差しを鋏虫種怪人に向けた。  
「・・・・・目的は、あたしだけなんですね?」  
「・・・・・・・・・・」  
「ウィンリィ!?」アルフォンスは、ハッとする。  
(この光景・・・・・・どこかで!)  
「あなたも人の良心が残っているなら、約束して下さい。  
あたしはどうなってもいい。だけど、エドとアルだけは・・・・・助けて」  
「!!」アルフォンスはようやくこのデシャビュを思い出した。  
それは数カ月前、東部で錬金術師ばかりを殺す殺人鬼と戦ったとき。アルフォンスは身体を砕かれ、 
兄は右腕を破壊された。だが、兄は自分が殺されそうになりながらも、弟である自分の安全を懇願したのだ。  
「や・・・・めろ・・・・・!!」  
「クックックックッ・・・・・クヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! クハハハハハハハ!!」  
鋏虫種怪人が、突然大声で笑った。  
「クックッ・・・・見事だよ。今までアンタのような少女には出会った事がない。美しいな。  
・・・だが。『人の良心』だと? 私にそんなものがあるとでも思ったか。  
お前を回収した後、アルフォンスも殺す。エドワードも殺す。それだけの事だ」  
「・・・・・・!!(こいつは、人間じゃない・・・!!)」  
ウィンリィは、言葉での説得がムダだと悟った。下唇を噛み、目を強く閉じた。  
「さあ。我等が神の元に・・!!」  
鋏虫種怪人の二つの鋏が、ピクリと動いた。  
「やめろぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!」  
再現された悪夢。アルフォンスはただ叫ぶ事しかできなかった。  
 
次の瞬間。  
「(・・・・・・・!?)」  
ウィンリィの耳に、金属と金属がぶつかったような、大きな音が聞こえた。  
(あたしまだ、生きてる?)恐る恐る閉じていた瞳を開けると、その眼前には見なれた背中があった。 
黒い服に包まれた、小柄ながらも逞しくて広い背中。  
「エ・・・・エド!?」  
エドワードがその修理したばかりの右腕で鋏虫種怪人を殴り飛ばしたのだ。  
「グ ギギ・・!」  
鋏虫種怪人は倒れこそしなかったものの、大きく後ろへよろめいた。  
「兄さん!!」  
アルフォンスの心に、ようやく希望が芽生えた。  
「大丈夫かアル? ヒーローは遅れてやって来るってな」  
「遅すぎだよ・・・・・まったく!」  
エドワードを見てやっと安心したのか、ウィンリィはへなへなとへたり込んでしまった。  
「ウィンリィ! 大丈夫!?」すかさずパニーニャが寄り添う。  
「う、うん・・・・・」  
そのとき、エドワードはようやくウィンリィの顔を見ることができた。会わせる顔がないと思っていたからだ。  
だが彼の瞳に写った彼女は、ガタガタと震え、瞳を恐怖で歪ませていた。  
エドワードの心に、さっきまでの哀しみを吹き飛ばす程の怒りが芽生える。すかさず鋏虫種怪人のほうを、 
鬼のような形相で睨む。  
「てめぇ・・・・・ウィンリィを巻き込みやがったな!!」  
すかさず、両手を拍手をするようにパン、と叩く。錬成の光が機械鎧の右腕の甲を包み、たちまちそれ 
は鋭く長い鋼の刃となった。  
「な、なによあのバケモノ・・・・・ホンモノなの!?」  
パニーニャは思わず自分の頬を抓る。痛みがするので夢ではない事には間違いない。  
「キ、サ、マぁぁぁ・・・・・! ミナゴロシだっ・・・・!!」  
鋏虫種怪人が、背中から生えた4本の脚を再び構える。  
「きっ・・・気をつけて兄さん!!」  
「怖っ・・・・ただで返しちゃくれなさそうね」  
パニーニャもすかさず左脚の1.5インチ・カルバリン砲の安全装置を外す。  
「しつこい男は嫌われるよ!(まさかこいつで、バケモノ退治する事になるとはね)」  
「・・・テメェだけは許さねぇ!!」  
 
「ク、ク・・・ハハハハハハハ!」  
鋭い眼差しを送るエドワードを、鋏虫種怪人は小馬鹿にするように笑う。  
「ありゃ・・けっこうよく笑うわねこのバケモン。不気味・・・」  
「クックック・・・・・許さないだと? 馬鹿めが。貴様のその一本しかない剣で、私のこの4本もある 
脚とどう戦うと言うのだ?  
防御するのにも、右腕だけでは防ぎきれまい。それならば鎧の体躯のアルフォンスのほうがよっぽどマ 
シと言うものだ。」  
「・・・・・・・・・」  
「まぁ、『No48』とか言う出来損ないと戦ったときに使った『あの技』を使えば、私の身体をも砕く 
事が出来るだろう。  
だがお前は私の身体に指一本触れる事はできない。 ・・・・・・・そのまま死ぬからだ!!!」  
ジャキャアアアン!  
一瞬にして、4本ある巨大な脚が肉眼では見えなくなる。そしてそれは素早く、エドワードに襲い掛かっていた。  
「危ない! 兄さ・・・」  
「エドっ・・・・・」  
キィン! ガキッ、キャリィィン、ギィン!!  
その瞬間、エドワードの右腕がかき消えた。それと同時に、鋏虫種怪人の4本の凶器が、 
全て右腕の刃によって跳ね返された。  
「なっ!?」「へ・・・・・」  
アルフォンスも、パニーニャも。その尋常じゃない速さに目を疑う。  
「ナ・・ニィ!? (速い・・・! 情報以上の速さだ!?)」  
「生憎だったな虫野郎。オレの右腕は今さっき最高の整備士に調整してもらったばっかなんだよ」  
「ぐ・・・・」  
鋏虫種怪人は、この瞬間この「鋼の錬金術師」を見くびっていた事を悟った。 
ガキ風情が人間を捨てた自分に勝てる訳がないとタカを括っていたと気付いた。  
「・・・・・・・!! エド・・」  
ウィンリィがハッと気付き、エドワードのほうを見る。  
エドワードも彼女の方に少し顔を向け、唇の端を曲げる程度の微笑みを返す。  
それを見てコクリと頷くと、ウィンリィが叫んだ。  
「エド! やっつけちゃえ!!」  
ウィンリィの言葉に促され、エドワードは再び構える。  
「だそうだぜ虫野郎! 本気で掛かってきな!」  
 
(オレは、バカだった)  
 
目の前にいる虫の怪物と戦いながら、エドワードは思った。  
 
(オレはずっと、この右腕で、戦い続けてきたんだ)  
迫り来る4本の凶器を、エドワードは持ち前の俊敏さで躱す。  
 
(なんで・・・・今まで枷のようにしか思っていなかったんだろうな?)  
このとき程、ダブリスでのイズミ師匠の地獄のシゴキに、感謝した事はなかった。  
 
(ごめんなウィンリィ。オレは・・・・どうしようもないよな。)  
すかさず両手を合わせ、左手を勢い良く地面に添える。  
たちまち土が噴水のように噴き出し、鋏虫種怪人を襲う。  
 
(オレは今、やっと・・・・やっと気付いたよ。やっと気付く事ができた)  
鋏虫種怪人が一瞬よろめいたそのとき、エドワードの右から、パニーニャの1.5インチ・カルバリン砲 
の砲弾が飛び出した。  
 
(オレはずっと、ウィンリィ。お前と一緒に戦っていたんだ。)  
 
砲弾が脚の間をすり抜け、鋏虫種怪人の本体に命中し、小規模な爆発が起こった。  
「ひゃっほー! 大当たり!」 
「やった・・のか?」  
爆発の煙が晴れると、鋏虫種怪人は平然としながら立っていた。  
「げ・・・・・すっごく固いのね・・・・アイツ」  
「ククククク・・・・ムダだ。流石にグリード様の『楯』のようにはいかないが、  
そんな銀玉鉄砲ではビクともせんよ。 それがお前の切り札だったのだろう? 鋼の錬金術師。」  
「・・どうかな?」 
エドワードは笑みすら浮かべて挑発する。  
「キ、サ、マ・・・・やはりお前は、この場で始末するべきなようだな!」  
今まで余裕すら見せていた鋏虫種が、とうとう本気になる。4本の凶器を全て広げ、エドワードに向かっ 
て突進した。  
「死ね!!」  
広がっていた4本の脚が、狩りの罠のようにエドワードの眼前で一斉に閉じた。  
「兄さん!?」 
「・・・・・エド!」  
「ククククク・・・・バカめ・・・・・・・・なっ!?」  
再び広げると、エドワードの姿がない。  
「・・・・・はっ!!」  
エドワードは、鋏虫種怪人の脚の一本を握りしめ、そのままぶら下がっていた。  
「っだっ!!」 
そしてそのまま体重をかけ、テコの原理で脚の一本を節からへし折った。  
「・・・・・!! キサマぁぁ・・・!!」  
そして、その脚を槍のように構える。だが、長い脚を広げた後の為エドワードとヤツとの間隔が、少し遠い。  
「・・・ハハ! アイディアはいいが場所が悪かったな! そこからでは腕一本分届くまい!」  
「・・・・だぁっ!!」  
エドワードが脚を持ちながら手を合わせた後、走る。直ぐさまそれを残り3本の脚が襲う。  
「馬鹿ガキが! 玉砕するとは・・・・」  
ガチン!  
そのとき、エドワードは脚を握った自分の右腕を肩から外した。  
「ナ ニ ィ・・・」  
そして左腕でそれを持ち、鋏虫種怪人の胸部に突き立てた。  
 
「グ オォ・・・・!?」  
脚の先端の刃は、「錬成の力」を帯びていた為、鋏虫種怪人の胸の真ん中に深々と突き刺さった。  
鋏虫種怪人は、力なくその場に仰向けに倒れた。同時に力がなくなり、機械鎧の右腕もガチャリと落ちる。  
「・・・・・・・・勝っ・・・・たぁ」  
右腕のなくなったエドワードも、その場にペタリと座り込む。  
「・・エド!」  
すぐに、ウィンリィがエドワードの元に来る。  
「エド・・・・・・」  
「ああ、ウィンリィ。ごめんな・・・・機械鎧、また傷つけちまった」  
エドワードの言葉に、ウィンリィの大きな瞳から涙が落ちる。  
「馬鹿! バカバカぁ!! なんでそんな事言うのよ! あたしはエドのほうが心配なのに!  
もし殺されちゃったらって・・・!! エドのバカぁ!!」  
ぼろぼろに泣きながら、エドワードの胸に顔を預けるウィンリィ。  
「ほんとに・・・・怖かったんだからぁ・・・!!」  
「ウィンリィ・・・・ごめんな・・・」  
「ク、ク・・・ハハハハハハハ! なんとも泣かせるシーンだな!」  
突然、鋏虫種怪人の笑い声が谺する。  
「げっ・・・まだ生きてんの?」  
「ああ。だが・・・・・もう動けやしないみたいだ」  
「クク・・・・・・私の負けだ。まさか自分の右腕を外してリーチを補うとはな。  
だが何故だ? 何故私の脚を使おうと考え付いた?」  
「・・・賭けだったんだよ」  
「賭け?」  
「師匠が教えてくれた。ある東方の国の『サムライ』ってやつは、その道の一流は鉄の剣で、同じ鉄の 
鎧や兜をブッタ切っちまうって。  
同じ材質の外骨格と武器の脚なら、錬成の力を加えれば貫けると思ったんだよ」  
「賭けか・・・・ハハッ、見事だよ・・・・・鋼の錬金術師!」  
そのとき、鋏虫種怪人の脚が一本だけ動き、天高く聳え立った。  
そして、そのまま降り下ろし・・  
「!!」  
鋭い脚の先端は、鋏虫種怪人のこめかみを右から左へと突き抜けた。  
 
「!! どうして・・・・」  
エドワード達は、戸惑う事しかできなかった。  
「クク・・ハハハハ。わ、私は・・・ウィンリィ・ロックベルの回収に失敗した。失敗者の末路は・・・ 
処分あるのみだ」  
「「「「・・・・・・・!」」」」  
「フフ・・・・ そんな哀れんだ眼をするな。私は・・・何も後悔しちゃあいない。この身体になって 
いなければ・・・とっくに始末されていたのだからな。」  
鋏虫種怪人の身体の色が、どんどん石膏のような色に変わっていく。そして、ボロボロと崩れていく。  
「アンタ・・・!」  
「一つだけ・・・・教えておいてやろう。ウィンリィ・ロックベル。お前の両親は・・・我等『ウロボ 
ロス』の手によって殺されたのだ。  
我等の強力を拒んだばかりに・・・・・な!」  
「・・・・・・!!!」  
「なんだって!!」  
その告白に、ウィンリィの表情が一変する。エドワードも、アルフォンスも、驚きの色が隠せなくなる。  
「なんだとコラ!! デタラメ言ってるんじゃねぇ!!」  
「ハハハハハハハハ!! 信じる信じないは貴様等の勝手だ。だが・・・・私は敗れたが、お前達の元に 
は次々と刺客が来るぞ。邪魔者と認識されたから・・・な・・・!  
守り・・・・きれるかな!? ハハ・・・・・・ハ・・ハ・・・・・・ハ・・・・」  
鋏虫の怪人は高笑いをしながら、崩れていった。  
そして、あとは只の白い砂だけが残った。  
「・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・なんかこうなっちゃうと、哀れだね・・」  
「・・うん。人間を捨てて・・・・あのひとは何をしたかったんだろう」  
一陣の風が吹き、その白い砂が宙を舞う。  
砂は風とともに白い帯となって舞い、消えていく。  
その光景を見ながら、エドワードは思った。  
 
(・・・・なぁ。アンタは一体誰だったんだ・・・・?)  
 
「・・・・・なぁウィンリィ。」  
「・・・ん。何? エド・・・・・・」  
ウィンリィが抱き着いたままの体制で、エドワードが呼び掛ける。  
「さっきの事。 本当に・・・・・・オレが悪かった」  
「・・・なんだ。もう怒ってないよ。アルが教えてくれたから。  
エドの思っている事・・・・」  
その言葉に真っ赤になり、まだ倒れて顔だけ上げているアルフォンスを睨むエドワード。  
「・・・・! アル! お前なに話したんだよ!!」  
「さ、さーねー。兄さんの言葉を代弁しただけだよーん。それよか早く直して・・」  
「アールー!!」  
「と・・さて!」  
ウィンリィがエドワードから手を離し、立ち上がる。  
「本当に悪いと思っているのなら、もう一度痛い思いをしてもらわなくっちゃね!」  
「・・・・へ?」  
ウィンリィの妙な気合いにエドワードの顔が引きつる。  
「パニーニャ! エドの身体押さえてて!」  
「・・・・? あ、あいよ!」  
パニーニャは一瞬キョトンとするが、ウィンリィの思惑に気付き、エドワードの身体をしっかり押さえ付けた。  
「お、おい! なにやってんだよ!!」  
「なにって・・・・エドの右腕またくっつけるんじゃない」  
「は!」エドワードは忘れていた。機械鎧の再接合は、ものすごく痛い事を・・・  
「さー、歯ぁー食いしばれーエドー!」  
ウィンリィがエドワードの右腕を持ち、近付いて来る。  
「ヒィィー・・優しくしてウィンリィちゃん・・・」  
「「・・・・せー・・・・のっ!」」  
ガッチョン!  
「あいっだぁーーーーーーーーー!!」  
機械鎧の合接音とともに、夕暮れの空にエドワードの絶叫がこだました。  
 
『約束の虚空(そら)』前編 END  
 

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