「どうも今日はいけないようだ。仕事がたまっていてな」彼からそう言われ、私はとても残念に思った。
暇になってしまったので窓から街並みを見ている。そんな事しかすることがない。
時刻は夕暮れ。オレンジ色に染まったセントラルの街並みはとても綺麗だ。魚屋が声を張り上げ、
子供たちがボールを蹴り、野良猫が今夜の夕食を探して歩き、優しい老婆が魚を与える
双眼鏡が見当たらなかったので、ライフルのスコープ越しに眺めている。小さな円い世界の内側、
照準の十字の向こうの街は、少しづつ色を失っていく。そういえば、この十字の向こうに彼の顔を
見ていた事もあった。そんな事を思い出した。
イシュターバの戦の時の事だ。私は戦場で生きてきた。小さな円いライフルのスコープからだけで
世界を見ていくのだと思っていた。それが今は、円い世界の外側で彼を見つめる日々を過ごしている。
私と彼は、この部屋で何度かSEXをした。
まず部屋の真ん中でキスをすることから始まり、抱き合ったままベットに倒れこむ。彼は私の上半身を
裸にし、私は胸を見られることで少し照れる。左の胸を優しく愛撫され、彼の舌が耳から鎖骨と下ってきて
右の乳頭を刺激する。暖かい唾液にまみれてそこは硬直する。
頭にまわる微弱な酔いの快感は、砂の城を少しづつ崩す波に似ていて、秘所がそろそろ城を壊すことを
求めたなら、二人は衣服を全て脱ぎさる。座位の格好、上下の振動に私は、あっあっあぁ、と声を洩らし、
首に回した手と腰に回した足で彼にしがみつく。気が付くと、イクッイクッと声にでていて
砂城は波にさらわれ砂にもどる。彼は下ろした私の髪を優しく撫で、繋がったまま長いキスをする
小さな円い世界から眺めるセントラルの街は、瞼を閉じてしまって真っ暗になった。もう眠りの時間だ。
私はまだ夕食を済ませてなく風呂にも入ってない。小さな円い視野を取り上げて、自分の目で世界を
見るように教えた彼は、今日は来られないという。彼を待つのは止めよう。
夕食も風呂も十の手入れも歯磨きも済ませた。もう寝てしまおう、夢で彼と会おう、そんな事しか
やることがない。そう諦めていると、呼び鈴が鳴った。ドアを開けると彼が立っていた。
「来られないんじゃなかったんですか?」尋ねると、彼は
「あぁ、やはり昨日の内に来られなかった。頑張ったんだがな。今日になってしまったよ」
と言った。時計を見ると12時をまわっていた。
私は、自分の目で見た世界の中心で笑っている彼の顔に、キスをした。深夜にわざわざ会いに来てくれた、
そんな事でも嬉しいからだ。