意識を飛ばす最後の瞬間、自分にだけむけられるいつもの恋人の顔が歪んだ。  
「ア…アァッ」  
ホーエンハイムの冷徹な視線の元、リザ・ホークアイはあられもない姿のまま気を失った。  
体を縛られ、一人がけのソファに押さえつけられたまま脚を開かされている。  
そのまま男の楔を打ち込まれた状態であったのだ。  
結合部から雫が滴り、何度も受け入れさせられた膣の入り口が周囲に露になっている。  
ホーエンハイムはあれが気に食わない。  
この黒い髪を持つ、大佐と呼ばれるこの男が、リザをすまなさそうに犯しているあの姿が癇に障る。  
人間の女など、切って犯して殺せばいいのに、  
気絶させるだけにとどめたロイ・マスタングの情けが半端で憎んでしまう。  
こうすればいいのだ。  
進んで思ったヴァン・ホーエンハイムは歩を詰める。  
そばに行くと、葛藤と悲愴にくれて、女の体に凭れてうめくロイ・マスタングが  
不動になって揺れていた。  
局部から自身を出しただけという、制服を乱しているだけのロイは、  
全裸のリザから抜いた自身を収めた。  
衆人監視の最中、脱力して気のない女相手に、これがどれほど惨めなのかが目に浮かぶ。  
気の触れそうな行為はさんざんに行った。  
これ以上は、とても…限界に達しかける精神を取り戻そうと彼女の肩に顔を伏せた。  
周りの男どもに陵辱される位なら、むしろ自身が行うほうがいいと判断してこの行為を遂行した。  
それが彼女を解放してくれる条件で、命を保障してくれるという約束だったのだから…  
他に選択の余地はなかった。  
 
だが、傍に歩み寄ったホーエンハイムは憎悪の手でリザの髪を掴み、顔をうかがった。  
ロイが目で、男の突然の動作を追う。  
「う…」  
「起きるんだ。上官だけを残して行くとは君は非情な女だね」  
薄い意識の最中、リザはうつろな瞳を瞼から透かしていた。  
体を取り巻く熱い体温の男の感触が、小さく自分を包んでいる。  
それに比べて、自分をこれほど屑のように扱おうとしてくるホーエンハイムと呼ばれる男はどうだろう…  
この男は、はじめ見たときから、他の将軍達の視線とは違うものを放っていた。  
全く面識のなかった自分なのに、どこか蔑むような瞳で見てくる。  
嬲られている姿に冷酷な眼差しを放っていたのを、一番よく覚えている。  
「起きなさい。リザ・ホークアイ中尉」  
「ア、ゥ……っ」  
首の根にかかった手で閉められ、息ができなくなったリザは苦痛の声と共に目を開けた。  
どくどくと心臓が走り出し、先ほどまで手放していた苦痛が蘇ってくる。  
開かされた両の足は酷く痺れているし、手首に鬱血が浮かぶほど巻かれたロープが肌を蝕み、痛覚が血をにじませる。  
前からロイがもたれかかって下肢の中心部分は隠されているが、それでも酷い姿なのは変わらない。  
最初は、不思議に思わなかった。  
上層部の密かな会合があるから、この書類を渡して来いと  
体調を崩して早退しようとていた女子職員に話しかけられただけだったのだ。  
だが今、思えば、目にしたことのない女で、あれではめられたんだと思う。  
持って行った場所で、数人の兵士達に背後から拘束されて、  
武器も奪われ軍の高官達の前に引きずり出された。  
見知った将軍や数人の上官達に、好奇に欲を得ようと掴みかかられて服をはがれたのだ。  
下着だけで椅子に縛られて、こんなあられもない格好で獲物にされかけていた。  
胸を掴んで舐めてくる男や、知った顔の将軍が自分の下着を嘲笑うかのように破っていった。  
 
口にタオルを詰められて、声も出せない自分は無抵抗のまま小さく身をよじるしかなかったのだ。  
指が下肢の中央に来て、大して濡れてもいない状態のまま、  
生物ではない無機物を突っ込まれた時、涙が止まらなかった。  
だが、あの後、目の端でざわめきが起きて…よく知る黒い髪が赤い絨毯にこすり付けられていた。  
どうすれば満足していただけるのか  
何をお望みですか  
彼女を私に返してください  
そんな声が響いていて、ああ、また自分は彼に重荷を背負わせるのではないかと嗚咽がこみ上げた。  
それが、塞がれた口の中で満ちていったので瞳を涙で濡らすしかなかった。  
そんな中で、今、自分の髪を掴んで囁くこの男がロイにこう言ったのだ。  
―――「検体に使える活きの良い女を捜していてね。まあ、その会議の最中、  
実験前に宴会の肴にしようとしていたところなんだ」  
「中止を要請致します。人道的な配慮がなく、もとより倫理に反しています」  
「実験体だよ。そんなことは考えなくて良い」  
「彼女は私の部下で、人間です!」  
「あの子は合意書に署名してあるし、公的文書で承認されているから、もうやめられないんだがなあ」  
――嘘よ、あれは持っていけって渡されたただの書類だわ…  
重要文書だから中身を見ることもできなかったし、  
そんなものだと分かっていたら私は持っていかなかった。  
はめられたのよ、大佐も私も  
私が時間になっても戻らなくて、ハボック少尉にすぐに戻ると言って、  
行き先を伝えていったから大佐は来たのよ  
――上層部の錬金術師や将軍達が集う会議でも、これほどの大人数が集えば、  
それだけの者達がどこにいるのかと大佐を不思議に思わせれば…  
今にも陵辱されかけるリザを懇願し、ロイは自ら招かれざる部屋に突入してから頭をさげてきたのだ。  
応対するホーエンハイムの前で、ロイがリザの扱いを取りやめるように  
引き下がらなくなったのを見て、嘲笑混じりの提案がなされた。  
 
「では、将軍達の代わりに君が行いなさい」  
「……ご了承頂き、ありがとうございます」  
ロイはこの宴会場ではリザを除く最年少の佐官である。  
これまで幾度か上層部の老人達や反対勢力の将軍達と衝突もあったが、  
それなりにうまく彼は立ち回ってきていた。  
会議で顔をあわせても、若造相手として皮肉や嫌がらせも何度もロイは受けたが、  
彼自身の軍務での実力に伴うぎりぎりの一線は突破されずにいた。  
どんなに生意気な青年将校と罵られようとも、錬金術の才能と職務遂行の功績にだけは  
将軍達も一線をおいて卑屈になるほど妬んでいたのだ。  
その勝運に恵まれ続けた若造が、ここで惨めな姿を晒して自分の部下と性的交渉をしてみせるというのだ。  
しかも、女の命を救おうと頭を床に押し付けてまで土下座している。  
老いた高官達は、盛りだす二人の姿の想像だけで失笑したり、ロイの燦々たる様に唾をかけて喜んでいた。  
ホーエンハイムが見下ろす間、土下座したまま声だけで願いを放つロイ…  
彼に向かって、飲みかけのワインや食べ物を垂らして嘲る男達もいた。  
皆、ここでどれほどこの若造がこれまでいい気になり、軍部でのさばっていたのかと  
うさを一斉にはらしている。  
だが、獲物であるあの女がこれからどんな風に陵辱されるのかに、  
やがて一堂の関心が進んでいった。  
そんな風に、数時間前のことを思い出していたリザは横目でホーエンハイムの非情さにあてられた。  
いかつい表情をしたこの男は、今ここで、自分にこう言う。  
乾いた瞳で、性急に…  
「女はすぐ、先に行く…人を馬鹿にするのも大概にしたまえ」  
「……グ、ウッ」  
首骨をへし折るかというほどの力で、ホーエンハイムはリザを背もたれの淵にたたきつけた。  
ロイが、それを静止してもらおうと、両手で彼女の後頭部を包んでうめく。  
「おやめください…私は、もう…これ以上は…」  
「続けなさい。皆が満足していないのに、終わるのかい?」  
「彼女があんまりです…あなたも、将軍達も充分、見たじゃないですか」  
野次が入るかのように、そこで周囲から歓声やどよめきが上がった。  
まだまだ楽しませて貰うよ、お前の狗のような愚かさはこれだけでは見足りん…  
そういった勝手極まりない、ロイを貶めつくしたい男達の嘲りが流れてきたのだ。  
 
リザに覆い被さり、隠そうとする彼の頭に靴を投げて促す者もいたし、  
口笛を吹いて揶揄する者もいた。  
ロイは背中と皮膚で彼らの憎しみを一身に受け、唇を歪ませ両手を握り緊めた。  
怒りの矛先は、奴らの自分への仕打ちではない。  
今の自分の、力のなさだ。  
あいつらを、殺そうと思えばすぐに殺せるのだ。  
手袋にある発火布でほんのひとつ、業火を発動すれば、こんな行為もなさずにすむ。  
だが、そんなことをするわけにはいかない。  
それをしたら、リザと今まで積み上げてきた全てが消える。  
二人で作りあげてきた上への階段、仲間に支えられ続けてきた彼らへの報い、  
失くした親友との約束すら絶えてしまう。  
しかし、この仕打ちはあまりにむごい。  
いつか傷つけると分かっていても、己の体で彼女を直に傷つけていくこの感触のおぞましさはあまりにきつすぎた。  
――気が狂いそうだ…  
野望を胸に抱く男の傍にいて、いつか何かに巻き込ませてしまうのではないかと危惧はしていた。  
だが、それでも細心の注意を払いながら、庇いつつも進んできた。  
武器も扱う彼女で古傷も多かったりと、どこか申し訳ないと気にかけてもいたが、  
自分と愛情を分かち合ってからはそれで少しは背負うことに穏やかさを感じつつもあった。  
抱いて許しあった時は、今のように拘束されたまま、  
男達の前で恥辱を浴びせるようなことに及ぶだなどと予想もしなかったのだ。  
「…たい、さ…」  
「……っ…」  
赤く血の混じったリザの唇が目の前で小さく動いた。  
たまらなったロイは目をやりながら、喉をふるわせた。  
ここに来て、抵抗した時に叩かれた頬と切れたリザの唇が、彼自身の心情を追い詰める。  
暖めようとキスを、運んでも…もう、彼女の舌は生気がないほど弱々しくなっている。  
「すまない…いつか、私を殺しに来い」  
「やめて…そんな、の」  
――そんなこと、言わないで  
小さく呟くロイの言葉と共に、再び情交が始まる。  
ホーエンハイムが一歩下がって二人を見据えた。  
昔の記憶に連なる女、トリシャの姿を彼は脳裏で追いかけながら、若い二人の戯れを見ていった。  
 
「ア…っ…ん」  
目覚めてしばらくたっても、生ぬるい快楽が再び体を浮かせてきた。  
リザの唇を蹂躙しながら、ロイは無心に彼女を愛撫していった。  
這わせた指が、全裸の彼女の肌に絡む。  
両手で乳首をつまむと、彼女は再びふたつの突起に刺激を受けていった。  
「ああ…っ…痛、い」  
「リザ…―――」  
「んっ…は、ぁ」  
とろりとした液で埋まる下肢の内中に、ロイの指が進んでくる。  
足を持ち上げられたかのように開かされている姿では、もう彼女に隠す術はどこにもない。  
体を横に感覚だけで震わせてしまうが、大して動けるわけでもなく、  
下腹部は開ききったまま、あっけなく蕾に進入されてしまう。  
「く、っ…あ…」  
膣の中の、内側にある官点にむけてロイの指を吸い込まされていく。  
リザは、泣きはらした目を再び潤ませて喘いでいった。  
腹部に伝うロイの額や前髪がくすぐったいが、何度も達せられた子宮のだるさから  
気持ちの良さが余裕に代わることなどない。  
生暖かい快楽が、逆に嫌悪の対象でしかならないとさえ感じてしまう。  
だが、その時、ロイの動きに向けて周囲は更に責め立ててくる。  
「おい、頭をよけろ…指を入れている所をもっとよく見せろ!」  
「今更、隠すなよ。最初に剥いた時に、我々は重々、観察させてもらったのだから」  
「そんなに大事な女なら、傍に置かねば良かったのにな!」  
ホーエンハイムが、からかいだした将軍達の言葉に唇を吊り上げる。  
嫉妬と妬み、卑屈にまみれてすごした人間は、年をとっても不変だと彼は覚えた。  
真に無能な人間ほど、貶めようと低脳にふさわしい浅はかな策を企てる。  
それが集団であればあるほど、卑劣になる。  
嫉妬、嫉み、妬みの源は暗く、黒くて汚い。  
傑出した才能のある若造を、陰湿に嬲るためなら何でも言い放つ。  
ハクロとかいった名の将軍はその中でも、最もホーエンハイムの分析の中で有意であった。  
彼の野次が、これまでで最たるやかましさなのだ。  
 
「一番の馬鹿は、お前だな、マスタング!」  
同時に、その馬鹿に躍らせてもらっている彼らもその先を行く馬鹿であろうと、  
この場でひとり胸中に収めていったが…―――  
聞くに耐え難い言葉が、辱められたリザとロイに向けて放たれていた。  
だが、密着していたロイが言われた通りに少し離れて彼女の花園を見せていったので、  
リザは開脚した恥辱にますます顔を歪ませた。  
「…ん、…大佐」  
無言で愛撫を進めるロイの指が3本に増えて、中に醸し出す蜜の量が無条件に溢れていった。  
「や、ぁ…あ…」  
こすれて、入り口が痛くなるリザ…  
液体で覆われても、ここにきてはじめに無機物を差し込まれてしまったので、  
その時に傷をつけられた。  
欲に塗れた男達に観察されながら、晒された入り口の悲鳴をとくと味わってしまった。  
――でも、それでもいい  
彼女はロイが来てくれたことを思い出す。  
諦めかけて、希望をなくしたあの状態だった時に、やっぱりこの人は来てくれたのだと…  
自分の立場を分かっているのかと最初は泣いて、彼女は問い詰めた。  
切り捨てて、見知らぬふりをすればいいと…本当に、馬鹿だと言っても  
ロイは帰らなかった。  
何をしても、自分を連れ帰ると言って、観客達の前で自分を抱いていったのだ。  
苦しいくせに、駄目な人間でも、荷物になるのに必ず背負う…  
自分が他者の、慰み者になるのを防ぐためとはいえ、  
この決断しかできずに痴態に溺れていったロイの気持ちに、リザは啼かされながらも嗚咽が止まらなかった。  
漏れ出す吐息に、空気を震わせながら彼女は呟く。  
「大佐、…私…っ…」  
乗りあがって、挿入に至ろうと用意し始めたロイとキスを交わしながらリザは告げた。  
「私は……あなたと共に、いたいから」  
「リ、ザ…」  
怯えと陰りを帯びた心痛な表情でいたロイに、彼女は喘ぎと共に唇を合わせてくる。  
一歩はなれた距離にいたホーエンハイムだけが聞き取れるほどの小声だったので、  
小さな彼女のさえずりはロイの中にあふれていった。  
 
「恐れないで、私は大丈夫…」  
一緒に苦しんでいきたいの―――約束を、守るため  
ロイの耳元に、そんな言葉が与えられた。  
すると、彼は…握りしめた彼女を持つ手に、包まれ返す幻想を見た。  
行こうとして、募り来る心で彼は囁く。  
彼女の名を―――  
今この瞬間、下種どもにはどれほど卑猥で猥褻なものとして目に映った姿であろうか  
だが、心までは陵辱させはしない。  
リザがそれをわかっている。  
背負うものを見せまいと、自分が守ろうとしていても…  
どんなに汚いものでも彼女は目を逸らさずついてきてくれる。  
一番の馬鹿はお前だと罵られて、そんな連中の中で頭を下げて、  
それでも未来のために行こうとしている自分と一緒に苦しんでくれる。  
ロイはこんな状況の続く中で、苦悶の色でずっと埋め尽くされていた瞳に、  
初めて儚さだけでない強さを持ち得た。  
本当に、限られた、今だけのささやかなしたたかさであっただけだが…  
己が失ってはならない輝き、それを放つ手段の中に身を投じていくことに体を動かした。  
「行くよ…」  
「…は、い……っ」  
そうして彼は肉棒を突き刺していった。  
「ぅ、あ…ん!」  
貫くと、涙を流して苦痛を受け取る彼女だった。  
しかし、共有しあう絆を確かめ合う快楽で零す嬌声はこれまでになく艶やかなものであった。  
「ヒッ、ィ…ア、ア…ッ」  
色めいたリザの悶えに、観客達は唾を飲む。  
ロイが抱き始めると、彼女の白い乳房が弾けるように揺れ、  
白く掲げられた大腿が震えていった。  
両手を拘束されているので、重なる彼を抱きしめ返すことができないが、  
リザはその分、下肢の中でロイを深く受け入れた。  
 
「は、あ…あ……っ!」  
ぐちゃぐちゃと蠢く箇所で、刺激が強まり、いやらしい音がリザを遠くへ放心させる。  
「アァァッ…!」  
衆人全ては、彼女の声とその表情に体を熱くしていった。  
一方では、一部の男だけが…それも最たる馬鹿と  
ホーエンハイムに称されたハクロが特に顔をしかめていた。  
妙なもので、これまでからかい続けたあの若造が、嬉しそうな顔をしているのが勘に触ったらしい。  
苛み続けた若造の顔が蒼白になり、眉間に皺が増える度、啼き続けたリザも含めて  
嬉しがっていた彼であったが、どうやらその感覚が得られなくなっていったらしい。  
リザの悦びの声が響き渡る度に、それぞれが手のだせない自らに悔しがっていく。  
あの豊満な体をあれだけ奏でられる若造に、嫉妬が再び浮かんできたのだともいう。  
「は、あ…ア、ンッ…」  
中深く、含まされたロイ自身が彼女の性感に絡んでいく。  
リザが腰をよじって、悶える顔を蒸気していく。  
「い、あぁ、大佐…ロイッ!」  
ホーエンハイムが口に手を当てた。  
いざ、発されようとした彼女の名前を思わず塞いでしまったらしい。  
リザの呼び声に、重なったあの影が記憶から染み出てくる。  
――トリシャという、愛しい名が…  
一緒に―――約束を、守るため  
知らぬうちに、死んでしまった妻との約束…  
彼女が死んで、いなくなって、あの約束は自分には帰らなくなった。  
なぜ死んだ、どうして先に行ってしまった  
私だけが残るのか  
置いていくのは私の力のなさのせいなのか?  
私には何も残っていない  
なのに、この二人はどこまでも約束に満たされていて…  
――私には、追い求める魂がどこにもいない  
そんな気分になっていると、うめきあう二人を見かねた者の怒号が鳴った。  
「もういい、そこをどけ!マスタングッ」  
ハクロが、達していった二人に向けて吐き出した。  
「リザ・ホークアイはもともと我々の獲物ではなかったか!そろそろ我らに開け放て!」  
 
ところが、掴みかかろうと手を伸ばしたハクロに向けて、静止の声が投げられた。  
遠方から、遠出の用事で軍部に不在であったキング・ブラッドレイが突如として開かれた宴会に入ってきたのだ。  
仰々しく開けられたドアから、穏やかに闊歩してきた大総統に向けて、一堂が敬礼する。  
繋がって息を乱していたロイも、その存在に気づき…達したばかりの体を抜いて、  
リザを隠すように振り向いて一礼した。  
室内が荘厳に整えられた仕草に見舞われる中、ただ一人、  
ポケットに手を突っ込んで立っていたホーエンハイムのみがその様を小さく、冷笑する。  
「マスタング大佐…服を整えたまえ…着衣の乱れは心身をも表すという」  
「はっ…失礼しました」  
肌蹴た軍服の前合わせを整え、床に散らばった上着とコートを取り、  
ロイは身支度を揃えていった。  
合間、手に取ったコートを、裸身のまま椅子に縛られて顔を背けるリザに頭からさっさとかぶせた。  
衆人の視線からなんとか彼は、彼女の露になったむき出しの部分を逸らそうとしていったのだ。  
リザは、ぱさりとかぶせられたコートの匂いと影の中で涙を、大量に溢れさせた。  
無言になっていく室内が耳では感じられたが、このコートがかけられ、  
辱められた部分をようやく見せないですむことに安堵してしまったのだ。  
愛する男が交わってすんだとはいえ、見られて恥ずかしくないわけがないのだ。  
ロイだけならまだしも、好奇の目に晒され、喘ぎに興じる自身の何もかもを暴かれたのだから…  
「…っ……!」  
泣き声をこらえようとするが、心細くてたまらなくなる。  
未だ開脚させられたまま固定してある体が、揺れている。  
ロイのコートごと彼女は微動だにしていた。  
その姿に目を向けたキング・ブラッドレイは立ちふさがろうとしているロイを押しのけて、  
限界線を覆うリザのコートに手をかけた。  
ロイは、それが払われてはどうなるかと気が気でなかった。  
濡れて受け入れ続けた彼女の体…今、制服を纏う自分のように隠せるものもなく、  
無防備に痛めつけられていたのだ。  
 
あれ以上…再び衆人の視線に晒されるのかと思うと、やるせなくなる。  
いくらなんでもそれだけはやめて欲しいと彼は願った。  
――せめて、確認するだけで…もう誰にも見せないでほしい  
そんな風にロイは、願いを告げた。  
だが、コートを取り払おうと未だ、手をかけたままのブラッドレイは、  
それを聞く風でもなく、リザの裸身を隅まで眺めてみたいと言っている。  
あんな惨めな姿をまたここで見せるのかと、彼女は怯えていて…  
しかし、ブラッドレイは全員の前で再び性器を開脚して、晒され苦しがる女の姿を見たいとあしらってくる。  
今にもコートが取り払われようとする狭間…  
――リザ!  
命を惜しむ覚悟を捨て、自身のポケットにある発火布に手をやり、  
ロイが息を呑んだ瞬間…  
不遜な笑みを浮かべたブラッドレイは、ホーエンハイムに視線を移した。  
そして、彼もまた同じように口の端を吊り上げているのを確認してから手を離す。  
「終わりだ。持っていきたまえ。マスタング大佐」  
誰にも晒されることなく、ブラッドレイはリザを開放することを容認してやった。  
一礼して、先ほど着たばかりの上着を脱いだロイ…  
拘束された全てから解かれたリザに、上着を二重にかけて、  
コートごと包んだ彼女と共に彼はその場を去っていった。  
彼は扉を越え、観客達のいる前での歩調は乱さず、緊張感に包まれた動作をしていった。  
しかし、狂気の間を離れた廊下の先、…足がすくんで抱えたリザごとずるずると腰を下げる。  
そうして、時々、休みながらも彼は進んでいったのだ。  
「大佐、下ろして…もう、自分で歩くわ」  
「駄目だ」  
道中、背負った彼女が心身ぼろぼろになりながらも下ろさなかった彼の背で、願っていた。  
リザは泣きながら言っていたが、ロイは宿舎に戻るまで彼女を地面に下ろすのをやめなかった  
 
 
電話で臨時の宿舎を手配し、家族を持つ士官用の、  
最も広々とした所をロイは手配してリザとそこになだれ込んだ。  
部屋に行く迄、負傷者でも背負っているのかと、コートごと頭をふせているリザと知らずに  
周囲はロイに問いかけてきていた。  
だが、彼は黙々と、人を遠ざけ部屋に行った。  
湯をはった浴室にリザをいれ、自分の服が濡れるのもいとわずに彼は彼女の髪から洗っていく。  
黙ってロイの髪を洗う指を、うつろにも心地よいと感じていた頃、  
リザは湯船の中でやがて…大きな胸に抱きしめられる。  
「大佐、服がびしょぬれです」  
「かまうもんか…」  
力強く取り巻く彼の中で、髪についた洗剤と湯が彼のシャツに染みていった。  
「…私は、一緒に行くわ…一緒に苦しみたいんです」  
「ああ」  
「約束よ、私が選んだことでもあるの」  
「判ってる…」  
――愛してる  
熱い男の涙交じりの吐息が、リザの耳元で鳴り響いた。  
リザが零した涙の粒を、ロイが噛み締めるように抱き寄せる。  
ぽつぽつと零れる水滴が、浴室に飛び散っていく。  
ぼろぼろになった自分が、帰ってこれたのはこの優しい男のおかげであると  
彼女は心底、実感する。  
怖さのあまり、震えて悲しみの果てまで涙を流すリザを、  
その夜ロイはどこまでも愛していった。  
ようやく取り戻せた。  
二人だけの空間の中での暖かさは誰にも見られることのない悦びで満たされて  
 
 
ホーエンハイムの空虚感を煽っただけではなかったのか、とブラッドレイは後日、憂う。  
あの不老の男が持つ感情に、合判した彼らの引き合う強さが今後どう影響するのか…  
――まずい引き金だ。狗の躾けも、これ以上は放置できんな  
あの二人の有り様が、ホーエンハイムに何かを思わせてきては情勢が変わってしまう。  
この国に何か関わってきては自身の身の振り方も考えねばならない。  
「これだから人間は―――」  
ホーエンハイムに対する不気味な感情と、複雑な人間達に囲まれているということに…  
人間ではない彼はしばしそこで無心でいたという。  
   
おわり それではまた〜  
 
 

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