あるかもしれない東方司令部の 日常。
東方司令部では馴染みの、午後の休憩時間。
普段は書類に追われているマスタング大佐も、珍しく休憩の時間を取れたようだ。
ここにいない人間といえば、ホークアイ中尉くらいなものだが、彼女は射撃の訓練に行ってるらしい。
各々ソファに座りいつもながら不味いお茶に文句を言いつつ、それなりに和やかな時間をすごしていた。
場に女性がいないという事もあってか、いつしか茶飲み話のテーマは女性内容に変わっていた。
とはいえ、主に話しているのはマスタング大佐にハボック少尉とブレダ少尉くらいで、ファルマン准尉
は涼しい顔でお茶をすすり、
その隣のフュリー曹長は感心したり赤面したりと忙しい。
「そういえばよ・・・」
と、ハボック少尉が声を潜める。今のテーマは東方司令部における巨乳は誰か、である。
一通り有名どころの名前が挙がったところで、とっておき・・・といわんばかりの態度で。
よっぽどの隠れ巨乳を知っているらしい。
少尉は全員の顔をぐるりと見回し、心持ち伸びた鼻の下に、にまりとしまりのない顔を組み合わせて口
を開いた。
「ホークアイ中尉って結構巨乳じゃねえ?」
少しの沈黙の後に、おお・・・と同意の声があがった。
ファルマン准尉ですら、お茶をすすった後に、ほう・・・と、感心したような声を
あげた。身近なところにいる女性だけあって、盲点だったらしい。
「上着の上からでも結構バストラインはっきりしてるしなあ・・・」
「だろ、だろ?」
ブレダ少尉の言葉にハボックはうれしそうにはしゃぐ。
すぐ傍で不機嫌になってきた人間がいるのに気がつかず、自慢話を始めた。
「しかもさ、上着脱いだらまたすごいんだぜ。
見たことあるか?ボン、キュッ、ボンって感じ」
「ほう・・・いつ見た」
調子にのったハボックは、質問を投げかけたのが誰かを確認することなく、ぺらぺらしゃべり続ける。
質問者が誰であり、どんな表情をしているのかを見たならば、不用意にそんなことをしゃべったりはし
なかったのだろうが・・・。
「いやー、それがね。たまたま射撃訓練場に行ったときに中尉と一緒になって・・・。
そん時だな、見たのは。たまには自主訓練もしてみるもんだねー」
はっはっは。
高々と伸びきったハボックの鼻を、今まさに打ち砕かんとロイは密かに発火布を右手にはめた。
「でもさ、女の胸って揉むとでかくなるって言うだろ。ってことはひょっとして中尉も誰かに・・・。
くううっ、いいねえ。その男! あんな美人さん捕まえて、うらやましいね」
ハボックのその言葉に、ロイはそれまでの不機嫌そうな表情をぱっと消して不敵な笑みを浮かべると、
それこそ誇らしげに
「それは私が・・・」
と言いかけた。おもむろに後頭部に冷たい金属が押し付けられた。恐らく拳銃だろう。
かちりと安全装置を解除される音が頭蓋に響いて聞こえた。
ふと周囲に目を向ければ、さっきまで調子に乗っていたハボックが青い顔になっている。
皆一様に気まずそうな顔をしてこちらを凝視している。いや、正確にはこちらの背後を。
涼やかな声が降ってきた。
「何か私の顔についていますか」
いつの間に戻ってきたのだろう、今の今まで話題に上がっていたホークアイ中尉本人だ。
単にこちらが気がつかなかっただけなのか、それとも気配を消していたのか。
彼女の問いに答える者はいなかった。ただ首を横に振って否定する事しか出来なかった。
後頭部に拳銃を突きつけられているロイに至っては、それすらできなかったのだけれど。
「そう、それならいいのだけれど・・・。どうぞ話を続けてください。
ああ、新しくお茶でも淹れましょうか」
ホークアイがにこりと笑みを向けると、ごそごそと居心地悪そうに体を動かす。
「いえ、そろそろ仕事に戻らないと・・・」
ファルマンがまず立った。
「俺も仕事が・・・」
次にハボックが。
「頼まれ事がありましたので・・・」
さらにブレダも席を立つ。
「お気持ちはありがたいのですが・・・」
最後にフュリーが申し訳なさそうに後に続いた。
『失礼致しましたっ!!』
びしっと敬礼まですると、ばたばたと慌ただしく部屋から出て行った。
後に残されたのは、ロイとホークアイのみ。
中尉・・・そろそろ拳銃を下ろしてくれないか」
「そうですか?私はこのままでも構いませんが」
「私は構うんだが・・・」
ロイの後頭部に構えられている拳銃は、上手い具合にさっきの面々からは見えない角度になっていた。
という事はつまり、彼女がどこから話を聞いていたのかはわからないが、少なくともその怒りの対象は
ロイ一人に注がれている、という事だ。
「日頃から申し上げているはずです。不穏当な発言は慎んだ方が良いと」
いいじゃないか、あれくらい・・・。
聞こえないようにこっそり呟いたはずだったが、聞こえていたらしい。
ぐり、とさらに銃口が頭に食い込む。
「大佐、無能ではなく不能になりたいですか」
男性ならば誰もが嫌がるだろうセリフに、力いっぱい首を振って否定する。彼女なら、やる。
「ではそろそろ仕事にお戻りください。書類がたまっていますので」
今度は首を縦に振って、全力でロイは部屋から出て行った。
仕事をしよう、これまでにないくらい強く決意した。
そして一人きりになったホークアイは、ついさっきまでロイに突きつけていた銃を腰のホルスターに
収め、ため息を一つ。
「男って・・・馬鹿ね」