夜、時計の針が深夜にさしかかろうとする頃、執務室の中の空気は揺れていた。  
「大佐、ロイ…マスタング」  
彼女の語尾はだんだんと弱っていった。  
苦渋に満ちた美声を零しているリザ・ホークアイを後背位から犯している黒髪の男は、白い肌を征服している。  
「ん、やだ…も、放し…て…――――」  
「いやだね」  
ずんと彼は、彼女の肉壁を押し分けて侵入を繰り返す。  
リザの制服を下だけ脱がせ、自身も同様にして繋がり合ったロイ…  
卑猥なその部分だけが淫らな様子をして、彼の視線の先に移っている。  
「あ、もう…っ…」  
「いい眺めだよ」  
扇情的で、紅く蒸気するリザの表情はこの角度から見ることはできなかった。  
しかしながら、悶えて喘ぐ彼女の声だけで十分高みに達しつくせる。  
「あっ、アアッ!」  
ぎしぎしと揺れる音…  
きつく交わった部分に走りあう愛液は、リザの体の中へ似幾度も滑りを行わせている。  
両手で机上の書類を無意識に掴みこんで、堪える場所を探しきれないまま…  
リザは内奥にほとばしる快楽に泳がされた。  
「あ、明日…私、だめにな、る…」  
「可愛がってもらいにいくんだからな。前処理は施させてもらうよ」  
「ん、っ…アッ…やぁ、ん…ッ―――」  
「黙っていたお仕置きだ」  
「あん、あっ…ぅ!」  
臀部を引き寄せ、デスクに突っ張らせるかのようにうつぶせになった状態のリザ…  
彼女は苦しそうに息を漏らした。  
艶やかな嬌声と共に幾度も…  
「ヒ、ィ…大、佐…あぁ」  
「リザ…リザ――――」  
強引で、合意を外れたように性交に及んでいたロイだったが、  
これから先の時間を考えると機嫌が悪かったのだ。  
 
次の日の夕方、  
「どうしたのかね、顔が赤いぞ」  
玄関先で震える小鳥を前に、キング・ブラッドレイは覗き込んで問いかけた。  
公務を終えて駆けつけたリザは、首を横に振りながら、  
「遅れて申し訳ありません」  
挨拶と謝罪を丁寧に行う。  
なぜなら、ここに出向くために乗る予定だった車の前でいたロイが、阻んで離さなかったのだから…  
ロイがイどんなに問い正しても、何も言わないリザだった。  
そのためか、彼女は…車内に連れ込まれて、執拗なまでに嫉妬に満ちた情交を持ち合わされてしまったのだ。  
ゆえに、予定よりも数十分、遅れてしまったことに彼女はひどく心配をしていた。  
だが、ブラッドレイは気にすることもなく、寒空の中、呼び寄せたことで彼女を労う。  
「よく来たね」  
非難ではないその言葉にほっとする間もなく、  
いつの間にか駆け寄ってきたセリムに彼女は手を引かれていた。  
「これこれ、セリム。中尉が困っているだろう」  
「だって、ボク、嬉しくて!中尉さん、来てくださってありがとう!」  
小さく屈んで視線を合わせてきたリザの頬に、挨拶のキスをした無邪気なセリム…  
ブラッドレイの養子である少年は可愛らしく微笑みながら、  
彼女を奥に連れ立とうと手を引いた。  
「こっち、こっちです。ケーキを作ってくださる約束でしたよね」  
「あ…あの」  
ちらりと戸惑いがちにリザは隻眼の男に眼をやったが、  
厳しい風貌の父親は微笑しながら、  
「待ちなさい、セリム。中尉は、今日は仕事でここに寄ったのだよ」  
「おとうさま?」  
 
「かあさんとケーキを作ってきなさい。ホークアイ中尉は私の書斎で  
仕事をするのでお前と遊ぶわけにはいかないんだ」  
「そんな…―――」  
「中尉が困っているだろう?わがままをしては嫌われるぞ」  
念を押された少年は、愕然とした眼差しでリザに謝り、  
「じゃあ、ケーキはまた今度…ボクと約束ですよ」  
「は、はい…すみません。セリム様」  
「そして、必ずボクのおかあさんになってくださいね」  
瞬間、リザの眼がひとつ歪んだ。  
目の前から走り去って行く少年に、真意を正そうとしたリザだったが…  
彼女のその手は、いくまわりも大きな男の手に摘み取られる。  
後ろから歩み寄られた忍びの気配に  
「閣下…」  
「いい子だろう。だが、君に夢中で仕方がないな」  
薄く笑う眼帯の男は、見やった彼女の髪留めをするりと解いた。  
長い髪が肩に落ちた。美しい、彼女の瞳は鈍くくすむ。  
ブラッドレイは流れる金髪を指で絡めながら、熱く囁いてくる。  
「おいで」  
去った息子に代わって、彼女は再び手を引かれた。  
そして、書斎を通じた奥の寝室に連れ込まれ、幾分、長い夜をリザはそこで過ごしていった。  
 
 
未明、浅い眠りから起き上がってあたりを見る。  
「……っ」  
体の軋む感触で、途端…リザは歯がゆい思いをしてしまった。  
それでも、ゆっくりと体の調子を見ながら起き上がった。  
夕方だけでなく前日も、遅くまでロイに奥をえぐられたせいか膣の周りが穏やかではなかったのだ。  
加えて、一晩も経たぬうちからブラッドレイを相手に受け入れてしまったためか、  
調子が良くなる気配は一向になかった。  
身を捩って堪える体が呟かせる。  
「いた、い…っ…―――」  
動いた瞬間、ひやりとした空気がベッドの隙間に入ってきた。  
「……―――」  
寒さを肌で感じるが、窓から雪がちらついて見えるのを確認して余計に鳥肌が立った。  
暖炉に薪をくべて、厚いガウンを纏っている男の気配を彼女は捜した。  
すっかり嗅ぎなれてしまった、いく回りも年上の男の香水…  
これまで何度肌を合わせたか…たやすく彼女は所在を見つける。  
おそるおそる…リザは尋ねた。  
「あの、閣下の奥方様は…大総統婦人はどちらに?」  
「心配性だな、未来の大総統婦人が何を言う」  
「ご無事なのですか?」  
「さてね、だが刀をひとつ無くしてしまった」  
「それは、…まさか」  
「息子が持っていったらしい…困ったことだ」  
すぐさま起き上がった彼女は、少年を探そうと身支度を整え始めた。  
しかし、歩み寄ったブラッドレイが出て行こうとする彼女を止めた。  
年末の長期休暇でこの屋敷の使用人はごくわずかしか残っていない。  
彼らを起こして、共に探させ、婦人を無事な所に送ろうとリザは強く主張したのだ。  
「閣下も、どうかセリム様をお止め下さい」  
「そろそろ自立の時期ではないのかな」  
まるで他人事のようにブラッドレイは言い放った。  
 
「奥方様がご心配ではないのですか?」  
「それなりに愛してはいるが、あれは私のためなら生死は問わぬ女であろう」  
「……何を言って…」  
「私の正体を知って悔いていくのと、息子に噛まれることと…どちらに衝撃を受けるのか。  
君はどちらを予想する?」  
両手を掴まれたまま、ぽんと後ろの椅子に押しやられたリザは顔をそらした。  
何故、そんな質問をされたのかも判っていながらこの男は…  
問われることに、混濁してくる意識と体で苦痛を覚えた。  
傍で生死をかけてでも、ロイの野心と共にあろうとする自分をこの男は見抜いている。  
未来の目標や自身の姿を煽るかのように、ブラッドレイはリザに話しかけてくるのだ。  
「お、お放しください…セリム様を探さなければ…」  
最早、迫られても泣きはしなかったが、婦人の安否を心配するあまり、  
ここ数日の精神的な疲労の蓄積をリザはついぞ隠せなくなった。  
あの子供は、見た目を裏切るほど腹黒い。  
自分を母にしたいと望み、近づいて、母親を殺害するかのような夢をほのめかしているのだ。  
しかも、ブラッドレイはそれを止めようともせず、知った上で嘲笑している。  
加えて、尋常ならざる息子の存在を嬉々として黙認しているのだ。  
知った以上、リザは大総統婦人の保身を見過ごせなかった。  
セリムから電話がかかってきたり、ブラッドレイから公務中でも呼び出しがあったりしても、最初は聞かぬふりをしていた。  
しかし、ことのほか大総統婦人に関して流れる慎ましい定評の数々…  
良妻賢母で聡明な、理想通りの良きファーストレディとしての評判を前にしては  
やがて、見過ごすことができなくなっていった。  
野獣としての正体を持つ夫の姿を知らぬ婦人、自身に殺意を向けているとも  
知らぬまま息子と幸せそうに微笑む姿…あまりに残酷に見えたのだ。  
そのうちに、ブラッドレイはセリムの思惑の翻意についての相談を持ちかけたリザを機に、手をだし始めた。  
 
関係はこうして1ヶ月程続いている。  
ロイにはなかなか言えずにいたためかリザは苦しんだ。  
彼に気づかれたここ数日でも、理由はとても話せなかった。  
ロイにとっての、敵の家族の命を心配する自分など知られたくはなかったのだ。  
関わってはいけないのでは…そう覚えることに、意識をよせている自分が、  
ロイにとってどれほどの裏切りであるのかに恐怖しているのだ。  
苦悶の表情をしているリザを見やり、ブラッドレイは彼女の顎をすくって唇を付けていく。  
「酷い顔だ…マスタングもずいぶん、あたっているようだ」  
「は、話してません。私は何も…」  
「良い子だ」  
片方しかない目を細くさせて、ブラッドレイは躊躇しながらこちらを向いたリザに熱い接吻を移した。  
やがて、ぐいとブラッドレイは座らせたリザの両脚を手で開かせた。  
服の隙間に、割って這い入るとびくんと体を揺らすリザを彼は愉しむ。  
「……っ」  
「いい顔だ」  
だが、彼はせつなげに潤う彼女の瞳を見ては、ゆるく微笑んでいる。  
そして穏やか接しては、撫でてやるのだ。  
愛情なのか、捨て駒なのか…それともただ食指を動かしただけの遊びのつもりなのか…  
その真意は定かではないが、これまでこの男は、リザをそれほど苦しめる抱き方を行ってはいない。  
男の指が局部近くを動き出した頃、  
「――っ……」  
「痛かったか…知らぬとはいえ、先ほどはすまなかった」  
「い、いいえ…だけど、どうか奥方様を」  
「心配いらぬ。抜刀できぬように常に堅く閉めてある。子供には開けられん」  
圧し掛かられて、愛撫を施された彼女は、男の指がせっかく纏った下着の中に入ってくる気配に慄いた。  
 
眉根をよせて、襞の連なる自身の入り口の苦痛に体を怯ませるリザ…  
「きついか?」  
「い、いいえ…」  
先ほど貫かれたばかりで、痛みを再度取り戻すかと思うと体は悦びはしなかったのだ。  
だが、ブラッドレイはそこで最後にキスを深く落として彼女から離れていった。  
「……あ、の」  
数分後、薬箱を持って現れたブラッドレイは、体を小さく抱え込んで前屈みに  
伏せていたリザを片手で持ち上げてベッドに寝かせた。  
「閣下…―――?」  
ベッドに寝転がされたままのリザは、服を脱げと指示された。  
だが、命令と思い、渋々としていたリザの心情とは裏腹に…ブラッドレイはリザの足にキスの嵐を滑らせる。  
いとおしむように撫でて、彼女の美しい肌を唇でなぞっていたのだ。  
「……」  
以前、ロイがよくやっていたキスのイメージに一瞬だけかぶさるブラッドレイの行動…  
妙な錯覚にリザは数回、瞬きをした。  
脱ぐのを忘れた彼女は、男の意外な行動にぴたりと体を静止させている。  
やがて、呆然と見やる彼女を前に、  
「横になりたまえ、上を脱がずとも良い」  
「あ――――」  
ぽんと肩を押されて枕に沈んだリザを見る間もなく、傷のついた彼女の下肢の中に、  
さっさと薬を彼は運んでいった。  
あまりに手早い処置だったので、リザはさほど羞恥心を感じさせられなかった。  
淡々と終えたブラッドレイは、彼女に服を着せてから、  
早く眠れと最後に付け加える。  
「一日ここで休むが良い」  
そのまま、厳しい夜に誘われることなく、リザは泥のように眠りについた。  
 
 
 
 

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