――いい方法を思いついた  
ロイ・マスタングは未明、のろのろと起き上がった。  
そこにいるのは彼だけではない。  
彼にとって大切な、長年の連れだった女性も横で寝ている。  
就寝前に二人は激しく盛り上がって峠を迎えて寝入ったわけだが、  
まだまだ旺盛な彼の好奇心は睡眠をこうして破るほどに燃え上がっていた。  
夜明け前の暗闇、薄手のパジャマを着て寝ているリザに彼は目をやる。  
ああ、まったく…抱いて寝てるのに、いつの間にかすり抜けて服を着たな  
寝巻きなんか着ないで、全裸で寝ていて欲しいのに  
こう、目が覚めたら濃厚なナイズバディが飛び込んでくるすばらしい瞬間とかさ  
事を終えると必ず服を纏うと願っている部下、リザ・ホークアイの望みをロイはとりあえず傍観しているが、本当はずっと裸でいて欲しいとひそかに思ってはいた。  
とにかく刺激の強い世界を彼はどこかで欲している。  
「ん…――――」  
「…リザ?」  
「エロイ…」  
「何を言うんだ?」  
寝息まじりの彼女の呟きに、見透かされたような感を覚えたロイは抗議してしまった。  
だが、あっさりとただ単に自分の名前を発音していただけの様子で取り繕うこととなる。  
なんだ、ただの寝言じゃないか  
「――んん…」  
続いて、闇夜に映る彼女の様に見入った。  
寝返りをうつ彼女の豊かな胸が揺れたのだ。  
揉みつくしたはずのその大きさ…  
もう一度実感したくなったロイは熟睡しているリザの乳房をすっと手で触った。  
 
そして、何を思い至ったのか…無能と称されている彼女の上司は、  
熟睡している部下の服をおもむろに脱がせ出した。  
組み敷いた眼前に、ぽろりとでてくる愛撫の残った豊満な裸身…  
おお、いつ見てもすばらしい  
たまには悪戯をしてみたい  
何をしてやろうか  
つい先日、彼は寝ている時にリザに油性マジックによって猫ヒゲを描かれた。  
そして、目の周りにメガネ模様までもを刻まれ、なかなか消えずに本当に困ったことをされてしまった。  
だが、それもある程度の辻褄はあう。  
場を選べと恥ずかしがるリザを、前日無理やり車の中で抱いた後、  
さらにホテルに連れこんで羞恥と未知の限りにロイが引き込んだせいなのだから…  
そこで唐突に、彼女の前と後ろを開発するために激しいそしりを行った。  
そんな自身に対する可愛いらしい仕打ちだったのだから、痛くも痒くもない猫ヒゲではあった。  
だが、やはり彼女のことなら何でも実行してみたい。  
彼は、にやにやとリザを見て愉しみ方を考え出す。  
妄想と激しい情交シーンの限りを実現させたく彼は憂う。  
そして、より彼女を喘がせたい。そして感じる様を愉しみたい。  
引き出しから筆を取り出し、彼は剥いたリザの裸体に向き合った。  
描くなら、候補はこことここと、ここだな  
どこがいいかな…  
 
 
 
次の日の夜遅く、デスクに忘れ物を取りに戻ったハボックは、誰もいないであろう職場に向かった。  
だが、扉を開けて、目に飛び込んできた光景に、反射的に謝罪を返す。  
「す、すんません」  
「い、いいのよ…こんなとこで装備してる私が迂闊なんだから」  
一人残っていた自分の上司…スカートの裾をまくりあげて  
太股にホルスターをしまう仕草をしていたリザは答えた。  
どこか悩ましげに彼女はよそよそしい。  
「って、私服…銃なんか装備して何かの仕事ッスか?」  
「…べ、別に、ただ帰宅するだけよ」  
「まあ、物騒ですしね。こんな時間だと」  
そうは言い返したものの、うら若い女性が武装品を纏っている日常とは奇妙なものである。  
――うわ、しっかしなんか私服の中尉、可愛いなあ  
スカートだよ、そんなにおしゃれしてさ、これからデートか?  
バッグを抱えて出て行こうとするリザはちらりとハボックを見返した。  
先ほどから落ち着かない彼女の言動、おそらくデートの待ち合わせに  
心が躍っているせいだとハボックは納得してみる。  
「ね、ねえ…ハボック少尉」  
「ああ、俺ちょっと忘れ物探してて、ちゃんと戸締りしときますから  
お先にどうぞ行ってください」  
ごそごそと机の引き出しをあさっているハボックは、忘れ物を引き出そうと動いていた。  
ところがひとつ咳払いをした彼女は、扉口で、彼にストレートにこう問うた。  
「――お、男の人って、どうして裸にしたがるの?」  
くわえ煙草がポロッと落ちかける。  
 
沈黙の後、半開きの口でハボックは振り返った。  
――おいおい、いきなりなんだよ  
真顔で尋ねたリザにハボックは何も答えないでいた。  
明確な回答を彼女はすぐにでも欲しているかのようだった。  
直情な問いかけ、恋愛にそれほど長けていないはずの彼女の疑問は、  
何も知らない少女のように新鮮なイメージを与えてくれる。  
――え、これって俺が答えていいわけ?  
該当人物がじかに言ったほうがいいんでないの  
「あー、中尉…それ、答えなきゃ駄目ッスか」  
「参考になるかと思って聞いてみたの…嫌ならいいわ」  
「大佐が何かした?」  
「……」  
言われた途端、リザは背を向けて肩をすくめた。  
表情の変化を悟られたくないため、彼女はこちらをむいてはくれなかったのだ。  
質問に質問で返すというのもすっきりしないと思ったハボックだが、答えを待とうと思った。  
やがて、彼は年代もののライターを探し当てて嬉しそうに使い始める。  
しかし、新しい煙草を吸おうと火をともすと、つかつかと歩み寄ってきたリザにそれを奪われた。  
禁煙しろと注意されるのかと思った彼だったが、思いもよらずに彼女はそれを吸い始めたのだ。  
「やけになってます?」  
「だって、ひどいのよ…錬金術師だからって馬鹿にしてるわ」  
何やったんだよ、あの人  
むせながら、まずい煙草だと愚痴を零したリザだったが、彼女はつらつらと上司のことで訴えた。  
ところが、話の内容にハボックはリザのよくしゃべる様に驚きを感じ、こ  
んなに懇意に会話できる意外性に喜びつつあった。  
 
勤務中、車の中で触り放題、公私混同な発言の数々、  
スカートで出勤しろと駄々をこねる男の幻想…  
子供じみた意地悪でリザの恥ずかしがることをするロイを想像して、  
やがてハボックはにやにやと笑みを零し始める。  
「何で笑うのよ」  
「だって、正直すぎて面白い」  
「どうせ、私がずれてるんだって言うのね?」  
「んなワケないでしょ、ただ単に、相手が中尉しかいないから甘えてんですって」  
「あびるほど遊んでるのよ、不自由はしてないはずよ」  
「好きなのほど困らせたいってのはガキと一緒」  
達観した言いぶりをするハボックに、リザは核心をついた。  
「このごろは、ホーエンハイム氏にもらった玩具とか持ち出して作品の成果を試そうとしてるのよ」  
――おいおい  
「…お、玩具って」  
「変だと思ったの、あんな格好でするのもやだけど、急に…大佐が」  
そのままハボックは手で彼女の唇を制した。  
「駄目駄目、言ったら駄目だって、そこまで俺が聞いていいもんじゃないッスよ」  
恋人同士の痴話喧嘩に相談やら愚痴やら聞くのはいいが、こればっかりは聞くのを憚る。  
ロイのなすことやること全てに想像はついたが、  
ほのかに好意をよせていた彼女の口から聞くのに苦しい領域だけは避けたい。  
「女の人が男に、しかもただの同僚に言っちゃだめですよ。  
その部分だけはともかく、勘弁してくださいって」  
 
――そうだ、この人も大佐と同じで相談相手少なそうだ  
どうしたらいいんだよ  
この勢いでは、フュリーやブレダ、ファルマンにまで同じ質問を行いそうだ。  
それくらい、今のリザは逼迫している。  
はらはらと困り果てたハボックは、他に相談できる存在のいない彼らの関係に戸惑った。  
髪をかいてごまかすが、それでは何も変わらない。  
この二人が長くつきあっているのも知っているし、仕事柄、結婚することはなくとも、  
順風満帆に恋人として堪能しあっているのだとは思っていた。  
しかし、ロイのやりたいこととリザの考えていることの修正を自分が扱っていいものかと、  
彼はまったく踏み出せずにいる。  
そうこう思ううちに、彼はリザの思い切った言動に惑わされることとなる。  
「ねえ、来て」  
「へ?」  
ロイ以外の男の扱いを深く知らないゆえのリザ、天然なのか無防備なのか、  
彼女はハボックの手を取った。  
そして自然とこう願う。  
潤んだ瞳で言葉を伝える。  
「もうあんな恥ずかしいの嫌、どうしたらいい?」  
だから、そんな可愛い顔でお願いしないでよ  
――ずるい、中尉  
 
 
 
 
ジャン・ハボック少尉であります  
俺、どうしてこんなところにいてんだろ  
上司の女に請われたからって普通、ついてくるか?  
今からあいつら寝るんだぜ  
やっちゃうんだよ、そりゃ中尉のあーんな声とかすっごいのとか見れるのラッキーなんだけど、とめるべきこと?  
中尉にゃ悪いけど、見てるだけにしよっかな  
んでついでにおかずにさせてもらおかな  
あわよくば、きっと大佐に殺されるけど、俺も混じらしてくれたら最高なんですけど  
サングラスをかけて変装し、彼はのこのこと二人のデート場面を張っていった。  
予約されていたホテルの部屋の鍵を器用に開け、だだっ広いクローゼットの中で、  
今こうしてここに忍んでいる。  
変装、張り込み、追跡、潜入、待機…なにもかもお手の物だったが、  
男女二人の夜の時間にはいりこんで何をどうしろというのかと…  
だんだん彼は落ち込んでいった。  
のこのことついてきた自分も馬鹿だが、ある意味、ロイのやることに対する好奇心はおさまらないのは事実だ。  
リザもリザで止めて欲しいのかどうかも怪しいとさえハボックは思い煩う。  
さっきから、濃厚なキスシーンを開始しているが、いやだ、やめてと言いながら  
リザはロイの手を振り払おうとはしないのだ。  
「や、だぁ…あん、つつくのやめて」  
「消えてないね、洗ってあげるよ」  
「じ、自分で洗います!」  
――何言ってんだろ、この二人  
クローゼットの隙間から、潜んでいた彼は目を凝らしていった。  
よく見ると、リザの動きがおかしかった。  
ゆるやかというか、鈍いというか、口付けだけでまいった風にはとても見えない。  
何かこう、びくびくとした態度の彼女…  
 
「特殊な塗布薬が含まれているから、私のもつ液剤でないと綺麗に消えないよ」  
「それ、貸してください。自分で消します」  
取り上げようとした彼女の手を、ロイは面白がって遠ざけた。  
動いた時、はだけた彼女の胸の谷間にハボックは注目した。  
練成陣?…あんなとこに  
もしかして大佐が描いた…って何のため?  
「あっ…!」  
「おっと、大丈夫か?」  
「もう、意地悪しないでください」  
「悪い、許せ」  
つまづいて転んだ彼女をロイは嬉しそうに受け止めた。  
そのまま彼は、後ろの大きなソファーベッドにリザと共に転がり込んだ。  
はたで見ていると、楽しそうにじゃれあうカップルとも見えるが、  
どうにもロイが一方的にリザを困らせているのは明らかだった。  
だが、ハボックはリザのそんな表情や仕草に動揺が止まらない。  
もっと見たい、更なる声を聞いてみたいとさえ願ってしまった。  
「た、いさ…やだ、これ消して、もう私は治ったのよ」  
「シャワー行こうか、ジャグジーが広いから楽しいぞ」  
「洗うとか言うんでしょう?…また、風邪ひいちゃうわ」  
「風邪ひかせるほど長くはいないよ、それにいい入浴剤があるんで気持ち良いかもな」  
「やだ、一人で入る」  
――アンタらすげえ  
ハボックは彼らの痴話状態の会話に、にまにまと口を綻ばす。  
時折見えるリザの胸元の練成陣にロイは触れたがってしょうがないようだった。  
これまでのロイの言いようから、ある程度の予想がついた。  
手で触るとびくびくと感じ入る彼女の谷間は、裸でいても体温の低下と  
寒さにまいらないよう温存するための枷らしい。  
だが、刻まれた部分の強力な護りのせいか、リザ自身の体の感受性が高まってしまった。  
そのためか、触れられると全般的に、彼女の動きは不自由でいる。  
思わぬ彼女の収穫に、ロイは消したくないと思っているらしい。  
 
「これがあったら、四六時中、素っ裸でいられるんだよ」  
「嫌です、了承しません。こんな恥ずかしいもの、削除です」  
「私は寒さなど平気だが、君が風邪をひいたら困ると思って描いたんだが」  
「どうしてそんなに裸でいなきゃなんないんです」  
「スカートで出勤しても素足でいられるぞ。コートもいらんし、  
寒さなどで煩うこともなくなる。そして裸で眠るんだよ!」  
「やだ、めくるのやめて…」  
ハボックの存在を気にしてか、太ももから肌を晒されるのをリザは静止しにかかった  
まずは胸に描かれた悪戯を消す用件のほうをすませたかったのだ。  
取り払われた靴やストッキング、はだけたブラウスの胸元から見える肌、  
これ以上ハボックに見せるのに躊躇してしまう。  
しかし、ロイは彼女がそれでますます入浴したがっている様子を思い込み、  
興奮気味に声をかけて頷いている。  
「ここだと嫌か?わかったわかった」  
「ち、違…」  
「私はかまわんが、ギャラリー付きだと十分に感じないんだろうな」  
「え?」  
「いい加減、おまけを出てこさせたまえ」  
「大佐…」  
「だらしない気配で分かるんだよ。出て来いよ、ハボック」  
――げ、ばれてる  
渋い声で長く笑われた。ロイが察していたのはずいぶん前からだったのだろう。  
リザが何かを含んだのか、ハボックのいる理由にロイは大して咎めはしなかった。  
むしろ見せ付けるかのようにリザをあやしていったのだから、  
彼にとってはリザの反応に関して二重に興味深かった。  
ギッと大きな扉を開けて、こそこそと気まずそうにハボックは姿を現す。  
 
「見つかっちゃってましたねえ、中尉」  
浴室に向かいながらすたすたとリザを持ち運ぶロイは、ハボックに無関心なふりをした。  
「あのー、とりあえず…中尉が悩んでるみたいなんで、嫌がることはいっくらなんでも  
やめてやったら…とか一個人の意見ですが」  
「いいとこなんだ、話はあとだ」  
「――って、やっぱ、俺、お邪魔ッスよね…馬に蹴られてなんとかってやつ?」  
「参考にさせてもらうよ」  
頬を真っ赤に頬を染めて黙り込んだリザをそのままに、ロイは浴室のドアを閉めた。  
そのまま一人、残されたハボックは口がだんだんと緩んでいった。  
なぜなら、浴室からか細い声が漏れ聞こえたのだから…  
30分、彼はそこで交わる二人の濡れ場を聞き及ぶ。  
中尉が…すげえ声だしてる  
今まで聞いた、どんな相手にも遭遇させてもらえなかった身悶え姿が彼の脳裏を支配した。  
「――あっ、ああ…っ…大佐ぁ、ァ――――」  
想像上回るリザの喘ぎに、ハボックは鼓膜の機能を全開にした。  
やがて、堪能しつくした彼をさえぎるかのように、小さくドアが開かれる。  
濡れたカラスのような男の頭が伺ってきた。  
「――ハボック、いるか?」  
「…は?はい」  
「あがるぞ、いるんならもう一枚タオル持って来い」  
――チッ、もう終わりかよ  
興奮を抱えながら、一人で妄想にひたっていた彼は、  
リザの纏っていた服の欠片を握り締めて愉しんでいた。  
頼まれた用件に適当に合図を返した彼は、いそいそと湯の漂ってくるドアまで布を持っていく。  
「ハボック、暖房がきつい。温度下げろ」  
「ハイハイ」  
しばらくして、リザを抱えたままのロイが風呂からあがってきた。  
入ったときと同じようにリザを持ち上げたままロイがでてきたのだ。  
瑞々しい香り、熱くたぎった彼女の湿った体…  
ほうけたハボックを横目にロイはローブにくるんだままの彼女の頭を優しく撫でた。  
少し湯にあたったらしいことを詫びている彼だったが、  
彼女は無抵抗なまま彼に支えられている。  
 
「ドライヤー、用意しろ。乾かす、それから飲み物入れてこい」  
――小間使いかよ  
見る以上、おこぼれに預かることなど予想しなかったが、出て行けとは言われなかった。  
じっと抱えられて小さくなっていたリザがこちらに気づいた。  
「きゃあっ!」  
ロイとの行為で忘れていた存在を思い出し、リザはか細い悲鳴を上げて返すことしかできなかった。  
ローブにくるまれているとはいえ、こんな姿を見られるのは彼女にとって恥ずかしいものであったのだろうか  
だが、いずれ彼女は体ごとロイに縋り付いて顔をそらした。  
「――ハ、ハボック少、尉…聞いてた、のよね…」  
「あのー、飲み物何がいいっスか?」  
自分だけと会話してろと促すかのようにロイが口を挟んでくる。  
「私はバーボン、リザは水…氷もさっさと用意しろ」  
「あー、はいはい…」  
「待って、少尉!」  
雑用を命じられたハボックが踵を返した。ロイのメニューに彼女は変更を付け加えた。  
「私、マティーニ…薄くしてね」  
恥じらいの表情で見つめ返されたハボックは、言い足すリザの姿に釘付けになった。  
見てくれといわんばかりに妖艶な姿だった。彼は都合よく錯覚する。  
抱きかかえるロイの首に両手を回し、ぎゅっと小さくなって濡れて寄り添う彼女のなんと美しいことか…  
流れる髪はばらばらに、巻かれた布からはみ出す白い四肢と潤んだ素肌に惹きつけられる。  
かわいらしくてたまらないと彼は覚えた。  
「果物、あるだろう。適当にチェリーでもいれてやれ、作ったら出てっていいぞ」  
「…へーい」  
ただ癪に障るのは、彼女に酔いしれる空間を割ってはいる彼女専用の男の言葉の節々だけ  
かいがいしくリザの髪を乾かして、動きのとれない彼女を扱うロイはとても嬉しそうだった。  
言いつけられた用事を済ませた後、瓶ごと口に酒をハボックは頂いた。  
自分では到底買えない価格の酒をがぶ飲みしていて、  
部屋の隅で目を配らせながら背後の二人の様子を伺っていった。  
 
「消えたな、どうだった?」  
「やっぱり変態です」  
「まあ寒さだけでなく、感度の良さも証明できたというわけだ」  
「馬鹿にして」  
「風邪をひかれたらと思って心配してたんだぞ、変な誤解はよしたまえ」  
「そんなの、どうだかわかりませんね」  
「湯あたりしたんだ、あんまり喋るな…おとなしくしていたまえ」  
背後で交わされる二人の会話…  
ハボックが当てられたように気を滅入らせていた。  
しかし、流れてくるリザの言葉を惜しむように拾ってしまう。  
――玩具っていうから、どんなプレイかと思ってたけど、あれも消えたみたいだし、もういいか  
零される会話の内容から、どうにもさきほどの練成陣はリザの先日の風邪を  
治すための体力増強に関するものだったらしい。  
男の筋肉に憧れ、鍛錬を重ねる彼女の意見もあったが、  
そこからロイはリザの満足行く発明を考えついたようだ。  
加えて、ロイの要求で就寝中、裸でいさせられたことで風邪をひいていた彼女…  
あの奇妙な練成陣の発端がそこで確定したという。  
彼女の髪が乾いた頃、ロイはハボックに話しかけた。  
「それで、ハボック、お前は何をしにきた?いつまでここにいる」  
「俺?俺は、その、酒飲みに…えーっと、つまり」  
その時、リザがロイの唇に指を当てて言い返した。  
「あの、大佐…彼を怒らないで」  
「だがな、こいつは私と君が風呂にいてる間にぬけぬけと、帰りもせずにな」  
「だって、大佐がもっと変なことするんじゃないかって少尉は心配してたのよ。  
私、今は大佐の誤解がとけたけど、それまで困ってたから少尉に相談をして…―――」  
「んなわけないだろう、出た時、こいつは君の服で興奮してたぞ」  
「え?」  
きょとんとしたリザの空気を打ち破るように、うろたえたハボックが叫びこんだ。  
 
「うわ、大佐やめてくれって、言うなよアンタ!」  
「タダ酒飲んでる奴の言うことなど聞く耳もたん、あれが下着じゃなかったから  
まだいいものをお前は、ストッキングで何をしてた!」  
「靴とコートしか触ってねえよ」  
「嘘つけ、現にストッキングがどこにもないじゃないか!  
ポケットにでもしまったんだろうが。まったく変態だな、人の女で!」  
「変態に変態って言われたかねえな」  
意見の崩れと険悪な彼らの会話にリザが頬を染めて呟く。  
「そ、それは…頼んでないわ」  
「いいんだよ、ああいう男に相談した君を私は責めはしないから」  
「大佐…」  
――あんた達さ、俺をだしにもっと仲良くなってねえ?  
やってられないといった風情でハボックは最後の一滴を飲み干した。  
ものすごいスピードで消費されていく酒の量が今の気鬱を語ってくれる。  
だが、次のリザの台詞に彼は仰天する。うなだれていた顔をあげてしまった。  
風呂で湯にあたったせいか、酔いの激しいリザの言葉はいつになく過激だったのだ。  
「私、見たいわ」  
隣で一服つきながら、味わって飲みほそうとしていた酒を吹いてしまったロイ…  
それを通りこして、リザが呟く。  
「少尉のは大きいの?」  
 
「こ、こら…リザッ…何て発言を」  
「そういうことに興味を持つ私は嫌い?」  
酔いの回った紅い頬、一度は情交で及んだ潤んだ瞳、  
思ったままの純粋な問いかけを投げて、見つめられたロイ…  
黒髪の彼は、あまりの彼女の可愛らしさにぐっとつまって言い返せなかった。  
ハボックが口元を崩して悦びの表情でこちらを見返した。  
思いもよらぬ機会とめぐり合わせに、彼は絶大なる幸福を感じてしまう。  
「中尉の仰せのままに、お望みでしたら未知の世界までお供しますよ」  
静まり返ったホテルの一室に、男女3人は一致したものを垣間見る。  
ロイは見た目だけは動揺せずに静かでいたが、3人で行うことに決断を危ぶまれている。  
女を抱くのに、こなれた自信を持ちえた彼だが、  
昔から自分の手で可愛がって一人の女性にしたリザなだけに、大きく驚いた。  
そうした反応を返されるまで成熟していった彼女だったとは…  
「おい、ハボック!」  
けだるげにベッドに沈んでいるリザの足首にハボックが口付けしようとする。  
彼がつま先にキスを落とすと、リザはゆっくりと腕で起き上がって  
傍にいたロイの手首を掴んできた。  
「リ、リザ…」  
「大佐、私…お酒で熱いの」  
初めての行為、初めての言葉…そのまま彼女は座っていたロイの腰に弱々しく縋り付いた。  
足首の傍らに存在する男にも、今抱きついている男にも…言葉を残して彼女はねだる。  
「優しくお願いね」  
 
続く。  
 

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