帽子を目深に被った男が階段を降り、部屋をノックする。
男の名前は、ロイ・マスタング。階級は准将。
今は訳あって、軍服に身を包んでいない。
「私だ」
扉が少しだけ開く。
中には自動小銃を両手で持った部下がいる。
ロイは隙間から、部屋に入った。部屋は薄暗い。
ここは、セントラル駅に近い、安宿である。
弾薬と短銃が置いてあるテーブルを前にロイは、椅子に腰掛けた。
部下はお茶の準備をと立ち上がる。
「ホークアイ中尉、お茶は要らない。
すぐに自分の部屋に帰る」
「では、ご用件を」
周りの部屋には聞こえないほどの声で、ホークアイと呼ばれた部下は、
冷静な口調でロイに尋ねる。
セントラルの高級ホテルでは、ロイの顔が知れている。
仕方が無いので、裏路地の安宿で2人は身を蟄しているが、
ここは、壁が薄いのがいけない。
こちらが計画を指示する時も、周囲の部屋に聞こえないかきがきではないし、
何より偶に男女の営みの声が聞こえて来るのが、ロイの気持をかき乱した。
ホークアイ中尉は、テーブルの上の銃を点検しながら、鞄に戻している。
ロイは、耳を立てて周囲の様子を窺った。
両隣の宿には、今は客はいないようだ。
ロイは帽子を脱いで、今晩の計画を、言葉を選択しつつ
目の前で大総統閣下の屋敷の見取り図を広げている部下に話し始めた。
「――例の彼の家族や彼の家にいる使用人等を外に出して欲しい」
「でもそれでは、大佐、いえ、准将が一人になってしまいます」
「いや、いいんだ。これは私の個人的な事柄に過ぎない。君には関係ない」
「でも、私っ――!」
ホークアイは、大きな声を上げた。
「これは、上官命令だ」
人差し指でその声を制して、ロイは、厳しい口調と顔を向けた。
「はい。了解しました」
承服しかねる顔で、ホークアイは頷いた。
続いて、ロイは自分の上着の内ポケットの中から、手帳を取り出し、
机の上に乗せた。
「それと、これを持って出ること」
「これは!」
それは、ロイの研究を記した手帳だった。
はたから見れば、女性とのデートの時刻を記した日記だが、
実験のデータ表になっているようなものだった。
「もしかしたら、いや、これはあくまで可能性に過ぎないが、
君が軍部に捕まるかもしれない。
その時は、私の鞄から盗んだとでも言って、この手帳を司法取引に使いたまえ」
「でも、これは、准将の大事なものです」
「そうだな。自分で言うのも何だが、内容はかなり価値のあるものだ。
誰でも理解出来る物ではないが、
軍部や軍属の国家錬金術師なら喉から手が出るほど欲しがるデータだろう」
ギィと木の椅子が音を立て、ロイは立ち上がった。
ホークアイも見送りに立ち上がる。
「もう一つ」
ロイは振りかえり際に、ホークアイを見た。
彼女の高潔な瞳に、彼が映っている。
「はい」
奇妙な沈黙がおとずれた。
「これは、上官命令ではない。だから、断ってもいい」
言うつもりの無い言葉が喉から、勝手に飛び出してきている。
自分の声帯が震えているのが、ロイにも不思議だった。
「はい」
ホークアイは、まっすぐロイを見つめている。
「その……私に、抱かれて、くれないか?」
出撃前に女性によって興奮状態の心を休めたいと思う気持は、もちろん、ある。
しかし、目の前にいる女性は、そういう類の女ではない。
それはロイにも分かっていた。
彼女は、ロイの部下であり、尉官であり、
ましてや、喜んで婚前交渉をするような、性格でもない。
それなのに……
その言葉が口に出た時、ようやくロイは、彼女に対する自分の気持に気がついた。
人は死を覚悟した時に、初めて己の人生を知るというが、
ロイの一番望んでいたものは、多分、きっと彼女であったのだ。
それにしても、あまりにも酷い言い回しだったと、ロイは笑った。
――ハボック少尉より酷い
古今東西『抱かれてくれ』と言われて、OKを出す女性はいないだろう。
もう少し、間接的でマイルドな言い回しを、ロイは知っている。
「今のは冗談――」
残された時間は少ない。
目の前で瞳を潤ませて、少し怒った顔をしてうつむいている
ホークアイを見て、断られる方が彼女の為だし、実際、断られる、
いや、それどころではなくて、ここで彼女に銃殺されるかも
知れないとロイは思った。
ホークアイの胸が大きく息を吸って膨らむ。
「あの、大佐。大佐がお望みなら喜んで」
ロイが言い終わる前に、ホークアイは上着を脱いで
肩と腰のホルスターを机の上に置き、壁際にあるベッドの上に座った。
ロイは、棒のように突っ立って、彼女の紡ぐ言葉の意味を
ぼんやりと考えていたが、
やっと、彼女の気持もまたロイと同じだと言う事を、気がついたのだった。
ベッドの上にある小さな窓の雨戸が、建てつけが悪いのか風でカタカタと音を立てている。
「私は、もう、大佐ではないよ」
ロイも上着を脱ぎ、銃を置いて、彼女を両腕に抱いた。
柔らかく暖かなぬくもりが、ロイの身体に密着する。
左手で束ねていた髪を下ろすと、女性には似つかわしくない硝煙の匂いが
ロイの鼻をくすぐった。
「では……准将」
「こういった時は、できれば、ロイと呼んでもらいたい、ものなのだが」
キスを交わしながら、ロイは笑った。
ホークアイは顔を赤らめる。
「でも……――アっ」
そのまま、首筋にキスを落としながら、彼女の手触りのいいシャツの上から
胸をまさぐり、ボタンを一つ一つ外していく。
シャツを脱がし、夢中で真っ白なブラのホックを外し、
大きな白い乳房をあらわにする。
「……あ、いやっ」
ホークアイは、咄嗟に両腕で胸を隠す。
その腕をゆっくりと退けて、ずっしりと重い胸を持つ。
胸の上にあるピンク色の乳首を舌でこねりながら、
茶色いスーツのズボンをさっさと脱がし、白い下着の上から彼女の溝をさすった。
「……っ」
彼女は下唇を噛み締めて、荒くなる息を懸命に潜めている。
「リザ」
ロイは耳元で彼女の名前を囁きながら、
下着の中に手を入れて、まだ蕾のような花弁を指で広げる。
花びらのなかには、彼女の秘所がある。
彼女の下着を脱がし、身体中に口付けを落としながら、
ロイは指を入れる。一本目もなかなか押し入れられない。
「……、やっ、……ん」
指を変えながら、壁を押し広げ、かき回し、
その中から湧き出てくる粘液を襞に広げ、そしてまた
蜂や蝶のように、ロイの指は花の最奥へともぐりこむ。
花の最奥にあるものは、真実の門。
ホークアイの身体はまだ十分では無かったが、ロイは時間を気にしていた。
外で大きな音をたてて走る汽車の音で、大体の時刻が分かる。
「始めに用意しておけばよかったな、」
ロイは彼女のそばを離れ、ベッドからするりと降りた。
そして、自分もさっさと服を脱ぐと、自分の持ち物である小物入れから
魚の浮き袋とチョークを取り出して床の上に簡単な錬成陣を描き、
薄い膜で出来た袋を置いた。
次の瞬間、錬成が発動し、床が光を放つ。
「……それは、なぁに?」
ベッドの上から、いつもとは違うふんわりとした声でホークアイが尋ねる。
両腕をベッドに置いて、大きな乳房が谷間を作っていた。
彼女になんと説明して良いか……ロイは迷った。
これは、いわゆる避妊具である。
男の錬金術師なら、大概、若い頃、こういった書物をなめるように読みまくる。
だがしかし一般の女性が知っているものではない。
大体、彼女が、子供ができる仕組みを知っているとは限らない。
「それ、使わないで!」
突然、ホークアイは銃を取り出して、ロイに銃口を向けた。
裸で木の床に書かれた錬成陣に手をつける男と、裸で銃を持つ女。
ある意味、間抜けな構図だ。
「いや、しかし……」
ロイは咄嗟に銃のハンマーを押さえた。
「だって、そんなっ。私、」
「リザ。君が困ることになる」
「困らないわっ!」
ホークアイは、白い身体を左右に振って、ロイの腕を振り解こうとする。
「言ってる意味が分かっているのか?君は?」
思わず、ロイは怒鳴った。
「大佐、私、どうやって子供が出来るかくらい知っています
それに大佐がそれをどうやって使うかも、なんとなく理解しました」
ロイの腕に両手の銃を掴まれて、ホークアイは冷たく言い放つ。
「なら何故そんなことを言うっ!」
「わ、私を……一人にしないで……お願い……」
見るといつもは冷静なホークアイの頬に涙がつたっていた。
国の第一権力者しかも不死身と言われるホムンクルスの屋敷に忍び込み
一対一で戦いを挑む。
しかも、彼は焔の錬成を得意としている錬金術師である。
彼女は頭の回転も良い。
他の者を外に出してくれと命令されれば、ロイがどういった計画を立てているか、
気がついていないわけではないだろう。
「中尉落ち着きたまえ」
ロイは女の唇を己の唇で無理やり塞ぎ、抱きしめた。
「つまり、君は私が死ぬとでも思っているのかね?
もっと私を信じたまえ。
大丈夫。計画は完璧だ」
ロイはホークアイの金の髪をなでた。
「本当、ですね」
彼女は無理やり微笑んで、銃を鞄の上に置いた。
完璧なはずはない。計画は穴だらけだ。
ロイは焔の錬金術師と呼ばれる男、火炎の威力を知らぬでは無い。
それに、以前ロイは、リゼンブールで偶然、光のホーエンハイムに会った時、
彼からホムンクルスは賢者の石の分だけ生きられると聞いていたが、
大総統が何回殺せば本当に死ぬのかすら、ロイは知らない。
性器に避妊具を付け終わったロイはベッドに腰をおろし、
ホークアイのくびれたウェストを掴んで抱き上げた。
白く筋肉質の両脚が、ロイの近くに引き寄せられる。
「少し、辛いかもしれないが……」
「はい。大丈夫、です」
目の前で、ホークアイは気丈に答える。
そんなにまっすぐに言われると、実にやりにくい。
「そんなに堅苦しいものではない。
目を閉じて、身体の力を抜いて……」
「はい、大佐」
ホークアイは、言われた通りに瞳を閉じた。
ロイは、腰をおさえ彼女の身体を下ろして、秘所、陰の門に彼自身をやや強引に
穿ち、大きな乳房の間に顔を埋めた。
「ぅっっっつ……」
彼女の両手の指が、ロイの背中をつかみ、
思わず痛みで息が漏れる声の振動が耳元に伝わってくる。
「リザ、あ、時間が有ればもっと……痛みの無いように、出来たのだが……」
ロイは、狼狽して言った。
「た……い、さ。わ、た、し、うれしい」
彼女の唇は、切れ切れに囁き、ロイの唇に触れた。
彼女の中は暖かく、もう離さないとばかりに、彼自身をしっかりと掴んでいる。
ロイのそれは千切れそうだ。
それでも何とか、彼女を抱きしめる腕と腰を上下に揺らしながら、
その動きに伴って動く目の前両乳首を交互に唇で押さえる。
なるべく、痛みを感じさせないようにしているつもりだったが、
気がつけば、激しく動いてる。
「……ん……ひゃっ」
彼女は余り悲鳴をあげなかったが、それでも、喘息がロイの耳にかかり、
気が遠くなりそうだ。
薄暗い室内に、雨戸の隙間から差し込む夕陽の筋が、
ホークアイの乱れた金髪を光らせる。
ロイは、ホークアイの身体をベッドに押し倒し、しばし、動きを止めた。
「?」
少し不安な顔で、ホークアイは琥珀色の目を見開いて、ロイを見上げた。
指先で顔に触れると、嬉しそうに微笑する。
彼女は美しかった。
涼しい瞳の美しさ、女性の曲線美、人間としてのはかなさ。
彼女は、いや人は、美しい何もかもを持ち合わせているとロイは思った。
「いや、なんでも、ない」
ロイは瞳を閉じ、行為を再開した。
彼女の門の中も大分慣れてきたようだ。
彼の動きにあわせて、ホークアイの中の壁も蠢く。
前後、左右、上下に、何度も、何度も、彼女を突く。
ただ貪欲に、欲望のおもむくままに肉体を動かす。
安物のベッドの木脚は、嫌な音を立てて床をこすっている。
「あ……あっ……はあ……あっ……んっ」
ホークアイは、薄汚いシーツを掴んで、必死に瞳を閉じている。
ロイは、破瓜の苦痛に耐えている顔を見つめながら、本当は、
もっとふかふかのベッドで、何度も何年も行為を重ねて、
彼女が快楽を得た姿が見たい、嬌声が聞きたいと感じていた。
そのうち、そんな考えもおぼつかなくなるほど、
頭の中が真っ白になり、部屋の中には2人の息遣いだけが聞こえて、
ホークアイの膣は収縮し、ロイは全てを吐き出した。
彼女を抱きしめている間に、外はだいぶ暗くなってきているのが窺えた。
ベッドサイドで彼女を見つめながら、ロイは服を着た。
床に落ちていたシャツが冷たい。
シャツを着ながら、ロイは吐き出した白濁液もろとも、
塵箱の中身を全て一瞬で燃やした。
手帳は彼女から軍部に渡り、彼女の手元には無いも残らない。
残していく物は、研究結果だけでよい。
いつかは人を殺すためではなく、人を生かすために使われる日も来るだろう。
それでいい。
そんな感傷に浸りながら、ロイはベッドに腰をかけて、横たわる彼女の
白い裸体を見つめていた。
しばらくして、女は、ゆっくりと瞳を開けた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。あの、急いで支度します」
シーツで身体を隠しながらホークアイは、裸足を床につけた。
痛みのせいか、すこし立ち方が不自然だ。
「ではシャワーを浴びるがいい。私も支度がある。
30分後に落ち合おう。無理はするな」
「はい、大佐」
左手でねずみ色のシーツを手繰り寄せて、彼女は辛そうな顔をしている。
だがそれでも、ホークアイは、右手を敬礼をして、ロイを見つめていた。
「大佐ではない。ロイだよ。私は、ロイ・マスタングだ」
ロイは、もう一度、ホークアイを抱きしめ一人部屋を出た。
廊下を出てしばらく歩くと今しがた出てきた扉の向こう側から、
押し殺した女の泣き声が廊下に響いてきていた。
――この宿は失敗だったな……壁が薄すぎる。
ロイは、両手をギュッと握りしめ、顔を拭った。
おわり