「クリスマスの予行演習をするぞ」  
夜空がそう言い出した時、賛同出来る者は一人も居なかった。  
普段はこういうイベントごとに乗り気になりそうなマリアですら、  
怪訝な顔をしてポテトチップスを取りこぼしている。  
「うんこ夜空は何を言ってるのだ?」  
「何を言っているのだ、はこちらの台詞だマリア。  
 隣人部の活動内容について職員会議でご指摘を受けたから、  
 まともな活動をして実績を上げた方が良いと言ったのは、貴様だろう」  
マリアは十歳ながら、一応学園の教師としての仕事を任されている。  
普段とてもそうは見えないが、一応知能は高いらしく、  
たどたどしいながらも職員会議で発言をする事もあるらしい。  
ところが少女は、今朝の職員会議他の教員達からこう言われた時、  
一言も言い返す事が出来なかった。  
 
――隣人部が具体的な成果を上げていないのであれば、  
廃部も検討せざるを得ません――  
 
隣人部は「キリスト教の精神に則り」だの「隣人を愛し」だの、  
至極もっともらしい建前の元に創設されたが、  
肝心の活動内容については不透明な部分が多かった。  
実際殆ど何の活動もしていないのだから仕方ない。  
そんな隣人部でも、夜空に誑かされたマリアの口から、  
予算分配の陳情が上がった事もある。  
それはすげなく却下されたものの、教員達にとって愉快な事ではなかったろう。  
ただでさえ仕事をサボりがちなマリアが、顧問業という言い訳を得て、  
より一層教員としての本職に打ち込まなくなった事も問題視されていた。  
まだ子供で、体力的にも経験的にも、大人の教員達程役立てる年齢ではない。  
とは言え、手が空くのであれば頼みたい仕事、頼める仕事も無いではない。  
隣人部が廃部になってくれれば仕事が助かるのに、  
と考えてしまう教員は、この学園にも少なからず存在した。  
理事長の娘が所属している部活だから、表立って疑義を唱える者は居なかったが。  
 
そこまでの事情は分かったとしても、  
問題はどうやって実績を上げるのか、という事だ。  
運動部と違って大会があるでなし、目に見える形での実績は上がりにくい。  
と言うより、そもそもこの目的の無い集まりに、実績など未来永劫有り得ない。  
今までは星奈や幸村、理科が入部する度に「部員一名増」として  
報告を上げていたものの、部員数が増える事を「実績」とは普通呼ばない。  
「で、それとクリスマスと、どう関係があるんだ?」  
どうせロクな事は言わないのだろうな、と半ば諦め気味に問いかけた小鷹に、  
夜空はやはり予想違わず、ロクな内容の説明をしてくれなかった。  
「我が部の真の目的は友達を作る事。  
 とは言え表向きにはそれは秘匿されている。  
 隣人部はあくまで、隣人を愛するという精神を学ぶ為の部活という事になっている」  
え、そうだったっけ?  
……と誰もが思ったが、夜空の作ったあの意味不明で  
支離滅裂な日本語の募集ポスターは、どうやら「表向きは」  
そう解釈するのが正しいらしい。  
「キリスト教と言えばクリスマスだろう。  
 だからクリスマスに部員以外の者達も集めてパーティをし、プレゼント交換などすれば、  
 隣人達に対する施しを行ったという実績が作れる筈だ」  
 
そう説明を受けた時、部員達の中に去来したのは、ある二つの疑問だ。  
その一つを、星奈が代表して口にする。  
「部員以外を誘うって……アンタ本気でそんな事言ってんの?  
 この中ではある意味アンタが一番他人嫌いじゃないの」  
自分自身は友達を作りたいと思っているのに周りから避けられる幸村や、  
理科室に引きこもっているせいで友達の出来ない理科が言うのなら、まだ分かる。  
だが夜空に限って言えば、彼女は別に友達が欲しいなどとは思ってもいない。  
人間関係の出来上がっている運動部等に今から入部するのは気が引けるからと、  
わざわざ新しい部活動まで創設した程だ。  
隣人部の部員がここまで増えた事自体、当初からすれば想定外だったろう  
「仕方ないだろう。クリスマスの日だけで良いのだ。  
 その日だけは何とか我慢しよう。クリスマスが終われば後は知らん」  
部の存続の為に、無関係な他人を誘って巻き込もうとは、中々自己中だ。  
だが一つの疑問はそれで片付くとして、もう一つの疑問が残っている。  
それを指摘したのは小鷹だった。  
「あのさぁ夜空」  
「何だ」  
「つまりクリスマスパーティの為に、予行演習をしたいって事だよな?」  
「それ以外のどういう意味に取れるんだ?  
 クリスマスはリア充どものお祭りだ。いきなり我々が参加しようとしても、  
 雰囲気に飲みこまれてまともな段取りも踏めない可能性が高い。  
 予めパーティを行う事で、いざ当日リア充どもを部室に呼んでも、  
 滞りなくケーキの切り分けやプレゼント交換が出来るように……」  
「いやいやいや、俺が言いたいのはそこじゃなくてな?」  
照りつける日差しはレースのカーテンを貫いて絨毯を温めている。  
セミの鳴き声が窓越しにもけたたましい演奏を聞かせてくれる。  
テレビからは甲子園の試合模様が中継されている。  
「今……夏真っ盛りなんだけど」  
 
事は、まだ夜空が髪を切ってさえいない頃。  
幸村の正体が女性であるとも判明していない頃。  
時期的には、隣人部総出で海に行った日と、その数日後に夏祭りに行った日の、  
丁度中間にあった、ある一日の出来事である。  
「夏である事が何か問題なのか? 予行演習なのだから、冬である必要はあるまい」  
「いやそうかもしれないけどさ……雰囲気ってものがあるだろう」  
「大体クリスマスの予行演習って、何するのよ」  
「ケーキをたべたり、贈答品をこうかんしたりするのではないですか?」  
「幸村君、別に日本男児でもプレゼントくらいは普通に英語で言えば良いんじゃ」  
「ぎゃははははははクリスマスだクリスマス! 夏なのにクリスマスってあははははは」  
「くっくっく……高貴なる魔女であるこのレイシス(略)が神の生誕を祝うなど……」  
口調だけで誰が誰か分かるというのも、良いラノベの条件かもしれない。  
普通の小説だとこういうわけにはいかないもんな、と小鷹は関係無い事を思った。  
結局、隣人部として赤の他人をパーティに招待するか否かは別にして、  
単純に馬鹿騒ぎが面白そうだという理由から、予行演習自体はする事になった。  
 
翌朝の星奈と理科ははりきっていた。  
発起人である夜空がたじろぐ程に。  
「ケーキってこのぐらいで良いのかしら?」  
「肉……いくら何でも大き過ぎるだろう、それは」  
「そうだな。本当に人を招待するのならまだしも、七人でこの大きさはちょっと」  
「理科が先輩と結婚する時はこのぐらいのウェディングケーキが丁度良いですね」  
「……ごくり」  
「幸村が食べ物見て生唾を飲み込むなんて珍しいなーあははははは」  
「クックック……我にその供物を(略」  
恐らく自宅の料理人にでも作らせたのだろうが、星奈が持ち込んだケーキは、  
奇しくも理科が「ウェディングケーキ」と評した通り、かなり大きめのものだった。  
マリアが居るからまだしも、他の六人ではこれは食べきれまい。  
それにしても、このサイズのケーキを作るには下拵えも含めて  
結構な日数・時間がかかる筈で、これを一晩で用意したらしい柏崎家の料理人の腕は  
料理の得意な小鷹にとっても不思議なものだった。  
下拵えに要する時間など、腕や技術で短縮出来る代物ではない筈なのだが。  
 
しかしそれにも増して度肝を抜かされたのは、理科の用意した機材だった。  
「せっかく皆さんの為に用意してきたのに、誰も喜んでくれないなんて……」  
「バイブやローターで喜ぶ馬鹿がどこに居るか! 恥を知れ!」  
理科と夜空の二人は、正反対の意味で顔を真っ赤にしていた。  
理科が恍惚としているのに対し、夜空が噴火しそうになっている。  
「隣人部は女性が多いから、こういうのが悦ばれると思ったんですよ」  
喜ばれる、ではなく、悦ばれる、という漢字のニュアンスで発言したであろう事は、  
誰しもが分かっていながら敢えてツッコまなかった。  
どうせツッコんだら「あぁっ、激しい突っ込みに理科感じちゃいますぅ」だとか  
「でも突っ込むのならこちらの穴に突っ込んで欲しいなぁ、先輩(はぁと」だとか  
夜空以上にロクでもない事を言うのが目に見えていたからだ。  
誰も期待通りのツッコミを入れてくれない事に、理科は口を尖らせた。  
「そういう皆さんは、プレゼントを用意してないじゃないですか。  
 予行演習なのにプレゼント交換の練習が出来ないなんて、本当に残念です」  
アダルトグッズをプレゼントする気だった奴に言われたくない事ではあるが、  
確かに理科以外の者達は、何らプレゼントを用意していなかった。  
そもそも計画を思いついたのが昨日の今日なので、  
プレゼントを買いに行く時間が無かった。  
どころか、夜空などは自分で言い出したくせに、  
プレゼントの概念がすっぱり抜け落ちていた。  
ケーキを用意してきた星奈が一番マシでマトモだというのが、少し悔しい。  
 
「本格的にやるんなら、最低でも一日空けるべきだったかな。  
 昨日立案されたばっかりでプレゼントを用意しろってのが無理だろ」  
小鷹はさり気なく、夜空の行き当たりばったりの計画性の無さに責任転嫁した。  
料理上手な彼ならば、クッキーぐらいは準備して来る事も出来た。  
単純に、クリスマスパーティをするのが初めての経験だったので、  
プレゼントを用意するという観念が備わっていなかった。  
昨日何度か「プレゼント交換」という単語が飛び交っていたにも関わらず。  
もっとも、理科以外の全員が忘れていたのだから、誰にも責める筋合いは無いが。  
「それにどうせやるんなら、部室の飾りつけもしたかったわね。  
 ツリーはさすがに時期外れだから買えないにしても、  
 出来る限りの飾りつけは練習しておかないと、  
 クリスマス当日の段取りも下手を踏む可能性が高いわ」  
星奈の指摘はもっともで、珍しく夜空が反論出来なかった。  
「まぁ見方を変えるなら、今の内に失敗しておいて良かったじゃないですか。  
 同じ轍を踏まないようにすれば、本番の段取りはもっとうまくいきますよ」  
さり気なく気を遣って場を取り持つ理科の立ち回りが、  
どれだけ部員達の緩衝材になっているか、この時点ではまだ誰も気付いていない。  
「星奈のあねご、ケーキを……」  
「そうだそうだー! ケーキ食おうケーキ! ぎゃはははははは!」  
兎にも角にも、今出揃っている材料で予行演習を決行するしかない。  
少なくともケーキを切り分けるのは出来るのだから、  
これだけでもやっておいて損は無い筈だった。  
「よし、それじゃあケーキをカットしようか。  
 こういうのは俺に任せてくれよ」  
手馴れている小鷹が、見せ場とばかりに身を乗り出す。  
こういう場面での頼もしさは、不甲斐無い事に女性陣には不足していた。  
「さすがあにきです。きっと見事な太刀筋を披露してくれることでしょう」  
「ケーキに太刀筋も何も無いだろ……で、星奈」  
「なぁに?」  
「ナイフとか包丁は?」  
 
つくづく俺達って残念なんだなぁ、と小鷹は思い知った。  
星奈はケーキを用意したまでは良かったが、  
それをカットする為の刃物も、取り分ける為の小皿も用意していなかった。  
マリアの口添えが無ければ、家庭科室から食器を借りる事も出来なかったろう。  
一応部長らしき座に収まっている夜空と、顧問のマリアが、  
家庭科担当教諭に頭を下げて、必要な一式を借りてきた。  
「何で私がこんな雑用じみた事をせねばならんのだ。  
 肉がちゃんと準備して来ていれば、こんな事にはならなかったのに」  
「ななな何よっ! 何も準備して来なかったアンタより遥かにマシでしょ!」  
「うー……後でババァに怒られるのだ……」  
「クックック、良いザマだな、忌まわしき神の遣いめ」  
「わたくしのせきにんです、あにき。メイドとして、  
 こういう事態をみこして用意してくるべきでした」  
何も悪くないのに責任を感じる辺り、幸村は見上げたメイド魂だ。  
そういうところを夜空につけこまれるのだろうが。  
「夏休みでも先生って学校に居るんだな」  
ともすれば険悪になりかねない空気を打破する為に、小鷹は無理に話題を変えた。  
「はぁ? 当たり前でしょ。アンタまさか、教師は生徒と一緒で  
 夏休みも冬休み丸々も休めると思ってたんじゃないでしょうね。  
 これはパパが理事長になってから聞いた話なんだけど、学校の先生達って  
 一日の大半を授業時間に取られるせいで、書類仕事が全然進まないらしいわよ。  
 土日でも出勤してるし、公立だったら残業代出ないのに残業は当たり前だし、  
 部活を持ってると夏休みなんて休む暇も無いし、プールを開放してたら更に忙しいし、  
 運動会や修学旅行なんて、生徒が知らないだけで、本当は一年も前から計画が」  
「うるさい、肉。教師の苦労など知った事か。  
 グループが組めなくて辛い思いをしてる時に、奴らが私に何をしてくれたと言うのだ」  
客観的事実に基づいて教師の苦労を説明する星奈と、  
主観的八つ当たりだけで教師を批難する夜空とは、悉く対照的だった。  
どんな話題を振っても喧嘩するのだから、この二人はもう小鷹の手には負えない。  
 
いざケーキの切り分けが始まっても、やはり彼らは残念だった。  
小鷹が切ってやると言っているのに、自分も切ってみたいと星奈が言い出す。  
案の定、ケーキは何かの残骸のようにグチャグチャの塊になりかけた。  
見かねた夜空が手本を見せると言って割り込んだは良いものの、  
等分に切るという事を失念していた為、扇子のような角度になったり、  
鉛筆の先のような角度になったりと、散々な切り分け方だった。  
更には幸村が「もののふの生き様、とくとごらんあれ」と言って包丁を握り、  
出来もしないのに居合の真似事をしてケーキを真横から斬りつける。  
かと思えば、マリアと小鳩でイチゴの取り合いが始まる始末。  
生クリームが飛び散り、絨毯を無残に白く汚していく中、  
小鷹と理科は呆然と立ち尽くして事態を見つめていた。  
「やってて良かったですね……予行演習……」  
「だな……と言うか、コイツらとは本番すらもうしたくなくなった」  
 
ひとしきり喧騒が落ち着く頃には、皆生クリームまみれになっていた。  
「ほら、な? 小鷹」  
「何が、ほら、なんだ夜空」  
「夏の内に予行演習しておいて良かっただろう。  
 冬だったらブレザーがクリームまみれになっていたところだ。  
 ワイシャツと違ってブレザーは洗いにくいぞ」  
「いや普通は予行演習でもこんな事にはならないだろ」  
呆れつつ、小鷹はようやく皆の手を離れていた包丁を手に取り、  
手際良く小皿に取り分けていった。  
最初から彼に全て任せておけば良かったのだが、  
それが出来る程大人しい部員達ではなかった、という事か。  
今すぐ帰って服を洗濯機に突っ込みたいところだが、  
あと数時間は腕も服もクリームまみれのまま過ごさねばならない。  
このままではバスに乗れないから、水道でシャツを洗って、  
湿ったままの服を着て帰る必要があるだろう。  
お気に入りのゴスロリ服がクリームまみれになっていると言うのに、  
どういうわけか小鳩は満足そうに高笑いしている。  
「うちの勝ちじゃあほー! うちの方がいっぱいイチゴ食ったわ!」  
「そんな事無いぞ! 私の方が二個多く食っとるわうんこ!」  
だが何より不可解なのは、これだけ生クリームが飛び散っているのに、  
何故か幸村は全然汚れていない、という事だった。  
本物の武士か、こいつ……と小鷹は呟いた。  
 
当然、星奈の用意してきたケーキが食べきれる筈も無く、  
大食漢のマリアをフル稼働させても、まだ大部分が残ってしまった。  
と言うか、食べ過ぎたマリアと小鳩が慌てて女子トイレに走って行った。  
多分吐いているんだろう。  
部室の絨毯の上で吐かなかっただけでも褒めてやるべきだろうか。  
彼女らがフラフラのていで帰ってきたところで、宴は一段落を迎えた。  
「このケーキ、どうすんのよ」  
「持って来たのは貴様だろうが。責任取って持って帰れ、肉」  
「私一人でこんなの持って帰れるワケ無いでしょ。  
 今朝だってうちの執事達に車で運ばせたんだもの」  
「だったらまた執事に持って帰らせれば良いだろ」  
「こんなの食べきれるのかって心配してくれた執事達に対して、  
 絶対食べきる! って大見得切っちゃったもの。  
 うちのパティシエにも悪いし、こんなゴチャッとした塊、  
 おめおめと持って帰れないわよ」  
こんな唯我独尊の女でも、雇用している料理人に「申し訳ない」  
と思う程度の常識は備わっていたのだなと、小鷹は妙に感心した。  
「……あ、そうだ」  
「何よ夜空」  
「貴様には奴隷がいっぱい居るじゃないか。  
 お肉様の食べ残しを恵んでやると言えば、  
 喜んで飛んで来るキモオタ共がかなり居るんじゃないか?」  
「それもそうね。あいつらなら腐ってても食べるだろうから、  
 このケーキは明日の朝まで廊下にでも放置しときましょ」  
さすがにこれには小鷹は苦言を呈さずにはおれなかった。  
「そんな風に他人をパシリに使うのは良くないだろ。  
 それに今は夏なんだぞ? 放置してたら虫が寄って来るだろ」  
「平気よ。私の奴隷達なら、蟻ごと食べると思うから」  
蟻で済めば良いがな……と小鷹は思ったものの、口にはしなかった。  
 
曲がりなりにもケーキ問題が落着する目処が立てば、  
残るはプレゼント交換の予行演習のみとなった。  
「おい理科……何を配ってるんだ」  
「え? だって、プレゼント交換の練習、するんですよね?」  
「私はバイブなど要らん!」  
ムキになって顔を赤らめる夜空に、しかし理科は意にも介さず卑猥な箱を手渡す。  
「勘違いしないで! 別にアンタの為じゃないんですからね!」  
無理して取り繕ったツンデレ口調は、理科にはあまり似合っていなかった。  
「……と、まぁ。実際これは夜空先輩にプレゼントするわけじゃありませんよ。  
 必要なのはあくまで予行演習なんですから」  
つまりこのアダルトグッズの山も、予行演習が終われば  
理科が纏めて持って帰るつもりなのだろう。  
「しかしな、理科。プレゼントを用意して来なかった俺が言うのも何だが、  
 理科一人が他の部員達にプレゼントして回るだけじゃ、  
 プレゼント交換の予行演習にはならないんじゃないか?」  
「我が半身の言うとおりだ……それではせいぜいサンタ役の予行演習に過ぎん……」  
「吸血鬼はサンタさんなんか信じてるのかー? 私より大人のくせにうんこだなー」  
「ばっ! ち、違うわい! サンタ『役』やと言うとるじゃろが!  
 別に小学校卒業間際までサンタさんを信じてたとか、そんな事無いわい!」  
おいおいマリア。それに小鳩も。  
ひょっとしたら二十歳以上でもサンタさん信じてる住人も居るかもしれないんだから、  
こんな所でそんな危険な会話するんじゃない……という小鷹の呟きは、  
幼女達には微塵も聞こえていなかった。  
 
「勘違いしないで下さいって、私言ったじゃないですか」  
小鷹以外の全員にプレゼント(と言う名のアダルトグッズの箱)を手渡し、  
理科は両手を腰に当ててふんぞり返った。  
「これはあくまで、プレゼント交換の練習ですから。  
 皆さん、手元のそれを、各自が用意したプレゼントだと思って下さい。  
 それを隣の人とお互いに交換し合うんですよ」  
ここでようやく一同は得心した。  
「なるほどな。それなら確かにプレゼント交換の予行演習になるな」  
小鷹はそう言ったものの、彼一人だけ練習用のプレゼントが  
手元に配られていない事にまでは、何の指摘も寄越さなかった。  
いくら練習の為とは言え、ローションの箱など手に取りたいとは思わない。  
「隣ぃ……? この私に、肉とプレゼント交換しろと言うのか」  
そんなに星奈の事が嫌いなら何で星奈の隣に座ってんだお前は、  
というツッコミも野暮なので、小鷹は黙っていた。  
この二人の、仲の悪い仲の良さは、今に始まった事ではない。  
「待ってよ、みんな。プレゼント交換って、隣の人とするものなの?」  
夜空とのプレゼント交換には吝かでなさそうではあるが、  
それはそれとして、星奈はある提案をした。  
「こないだプレイしたフロムハート・アザーデイズって恋愛ゲームでは、  
 プレゼントの交換相手はくじ引きで決めてたわよ?」  
「へぇ、そういうもんなのか。まだまだ俺達もリア充に対する勉強が不足してたな」  
「わたくしはあにきと交換したかったのですが、しかたありませんね。  
 あにきだけプレゼントもってませんし」  
星奈の提案でパーティの展開が決定付けられる事に、  
夜空だけが不満そうな顔をしていたが、同時に渋々頷いてもいた。  
「くじ引きならば簡単だ。活動日誌の為に置いてあるノートがあるから、  
 そのページを切ってくじ引きに使おう」  
「この部、活動日誌なんかあったの?」  
「書いた事は一度も無いがな」  
「アホー! うんこ夜空が日誌を提出しないせいで、私は他の先生から怒られとるんだぞ!」  
マリアの憤懣を余所に、夜空は手際よくくじを用意し始めた。  
 
結局組み合わせは、夜空と理科、星奈と小鳩、幸村とマリアになった。  
「理科、これ返す」  
「返す、じゃ駄目ですよ夜空先輩。予行とは言え、プレゼント交換なんですから。  
 代わりに、ハイ! 双頭ディルドーを進呈します!」  
「いらん。……いらんと言ってるだろ! 無理矢理押し付けるな!」  
 
「小鳩ちゃぁん! このバイブ受け取ってぇーっ!」  
「うわぁぁぁあんちゃぁぁぁぁん! 助けてぇぇぇぇぇぇぇっ!」  
「小鳩ちゃんも早く小鳩ちゃん自身をお姉さんに頂戴! 頂戴! 頂戴!」  
「プレゼントはこっちじゃあほー! ……えっと? あなるびーずって何じゃ?」  
 
「こちら、献上いたします。南蛮渡来のゆいしょただしき……」  
「何だこれー、ろーしょんって書いてある。ジュースか? 美味いのか?」  
「さぁ……わたくしもはじめて見る物ですので、何のためにつかうのかさっぱり」  
「よし、代わりにこれをやるぞ幸村! ところで、このおなほーるって何だ?」  
 
巻き込まれなくて済んで良かった……と小鷹が安堵したのは、言うまでも無い。  
この時の部員達はまだ誰も幸村が女だと知らなかったので、  
彼女がオナホールなど受け取ってもどうしようもないという事実には、誰も気付かなかった。  
それにしてもマリアとの組み合わせが幸村でなかったら、あのオナホールは  
他の女子達の手元に渡っていたのだろうか、と考えざるを得ない。  
どの道ただの予行演習なのだから構わないのだが、  
問題は何でこんなものを、女子である筈の理科が持っていたのか、だ。  
何となく、聞くのが怖い。  
小鷹は我関せずといった表情で蚊帳の外を決め込んでいた。  
 
幸村を除く女性陣全員がハッスルし終えた頃、ようやく部屋は落ち着きを取り戻した。  
小鳩は肩で息をしながら、もう観念したのか、星奈の頬ずりに身を任せている。  
「すみません、小鷹先輩」  
唐突に話しかけられ、小鷹は理科を振り返った。  
「ん? 何がだ」  
「プレゼントの事です。先輩の分だけ無くって」  
「気にするなよ。皆がちゃんと用意して来てると思ってたんだろ?  
 それを咄嗟の機転で、自分の用意してた分だけで予行演習をやりきってくれたんだから、  
 むしろ今日のMVPは理科だと言っても良いんじゃないか?」  
と言うよりは、例え予行演習でも、アダルトグッズなど持たされたくはないものだ。  
意外にも星奈が何の抵抗も見せていなかったのは、エロゲで慣れているからかもしれない。  
だがこの時、小鷹は気付いていなかった。  
何故、小鷹至上主義の理科が、その小鷹に対してプレゼントを渡さなかったのかを。  
彼女からしてみれば、自分の分を譲ってでも、小鷹にプレゼントした筈だった。  
そうしなかった理由を、彼女はこの直後言い放った。  
その一言は、部員達を(マリア以外)凍りつかせた。  
 
「先輩、キスしましょう」  
繰り返すが、部員達は(マリア以外)凍りついた。  
舞台は夏だと言うのにも関わらず。  
「おっ、おまっ、何を言ってるんだお前っ!?」  
「そそそそうだぞ理科! 何でお前が小鷹とキスせねばならんのだ!」  
「そうよそうよ! それがクリスマスパーティと何の関係があるのよ!」  
「あにきのくちびる……」  
「クックック……我が半身と魂の契約を行おうなどと、俗世の身には過ぎたる行い」  
「おーキスかー? 海外では当たり前のスキンシップだぞーあははははは」  
あははははは、だけ末尾につけておけばマリアっぽくなるのだから、結構便利だ。  
意外と夜空と小鷹の口調の区別がつけにくい。  
 
取り乱す小鷹の眼前に立ち、理科は上目遣いでうっとりと微笑んだ。  
「先輩……理科に、先輩の唇をプレゼントして下さい……」  
「馬鹿を言うな! こんな事、例え本番のクリスマスでも普通しないだろ!」  
「そんな事ありませんよ……多分」  
「多分! 今多分って言った!」  
「でもクリスマスはほら、雰囲気が最高でしょうから。  
 きっと勢いでヤっちゃう人も大勢居ると思うんですよね」  
「やらん! 絶対やらんぞ!」  
「ズルいですよ、小鷹先輩。一人だけプレゼント交換に参加しないなんて」  
「これがプレゼント交換なわけがあるか!」  
一人で勝手に勢い込む理科を、夜空と星奈の二人が後ろから引き剥がす。  
「そんなの駄目ぇー! 絶対駄目!!」  
「乱心か理科! いくら何でも、やって良い事と悪い事があるだろう!」  
「あら? 私と小鷹先輩がキスするのは、やって悪い事なんですか?」  
「あぅ……」  
そう言われてしまうと、反論は難しい。  
キスなど個人の自由であり、小鷹は現状、誰かと恋愛関係にあるわけでもない。  
自由恋愛に基づく行動ならば、取り立てて誰かに批難される筋合いは無いだろう。  
もっとも、小鷹本人に恋愛感情が無い以上、その時点で理科の行為は  
強制猥褻や逆レイプ紛いのものでしかないのだが。  
「だっ、大体だな! 小鷹一人だけがプレゼント交換しなかったからと言って、  
 何故理科がキスせねばならんのだ!」  
「夜空の言う通りよ! それを認めたら、理科一人だけが、  
 二人とプレゼント交換した形になるんだから、他の部員と釣り合わないじゃない!」  
珍しく頭を使って反論したつもりだったらしいが、  
星奈のこの台詞は墓穴に等しかった。  
「だったら理科だけじゃなくて、皆さん全員で小鷹先輩とキスすれば良いじゃないですか」  
 
何……だと……。  
「夜空の霊圧が……消えた……?」  
あまりにもあんまりな申し出に、夜空は失神しかけていた。  
慌てて星奈が抱き起す。  
「あっ、あのなぁ理科。キスなんてのはそんな軽々しくするもんじゃ……」  
「私は平気だぞーお兄ちゃんとキッスするの」  
「わたくしも……むしろぜひ……」  
本当に平気そうに笑い飛ばすマリアと、何故か頬を赤らめる幸村に、  
小鷹の反論は横槍を入れられた形となった。  
「クックック……我が半身との接吻は、我以外の者には魔界(略」  
よく分からないが、小鳩も乗り気らしい。  
昏倒している夜空に付き添ったまま、星奈は目をグルグル回している。  
「わ、わわわ、私は……あぁあどうしよう!  
 起きて! 起きてよ夜空ぁ! 私一人だけじゃ心細いってばぁ!」  
「う……」  
星奈が肩を揺らす度に、床に投げ出された夜空の髪が乱れる。  
「それじゃあせっかくですから、先輩。  
 まずは眠り姫を王子様のキスで起こしてあげましょう」  
殊勝な事に、理科は自分を最優先にせず、まず夜空に一番手を譲ろうとした。  
この時はまだ誰も気付いていなかったが、こういうところが、  
彼女の周囲に対する何気ない気配りの一端ではあった。  
勢いに流され、小鷹は当惑している。  
「いや、あの、その……こ、こういうのは、本人の寝てる内にやるのはマズいんじゃ」  
「ごしんぱいは無用です、あにき。あにきのレイプをわたくしに見せて下さい」  
レイプ。  
そう、確かにレイプだ。  
寝ている女性の唇を奪う事は、本物のレイプとまでいかずとも、  
かなりの高確率で法に抵触しているだろう。  
 
だがこの時、小鷹の理性を吹き飛ばす一言を、夜空は呟いた。  
「ん……小鷹……す……」  
 
ただの、それだけだ。  
何を言ったのかさえ判然としない。恐らくは寝言だ。  
だがその言葉にこもった響き、なまめかしさ、艶っぽさは、  
傍で聞いていた星奈の心臓すら高鳴らせる何かが有った。  
「ね、ねぇ、小鷹……」  
星奈は潤んだ瞳で小鷹を見上げた。  
「多分だけど……夜空、きっとキスされても怒らないと思う……」  
怒らない、どころではないだろう。  
小鷹一人だけが気付いていない(気付かないフリをしている)が、  
夜空が小鷹に惚れこんでいるのは周知の事実だ。  
加えて、星奈も、理科も、幸村も、小鷹を後押しするような視線を投げかけている。  
マリアは最初から何も気にしていない風だったし、  
小鳩は悔しそうに唇を噛んでいるが、どちらも空気を読んで黙っている。  
「し、しかし……」  
小鷹は尚も踏みとどまろうとした。  
内心の葛藤は、そう簡単に覆せるものではなかった。  
「ヘタレですね、小鷹先輩」  
……ヘタレだとぅ!?  
「あにき。もののふならば、ときには力づくで唇をうばう事も必要です」  
いや俺もののふじゃねーし。  
「お兄ちゃんは何をそんなにビビってるんだー? 変なのー」  
海外の文化を基準にしないでくれよ。  
「クックック……特別に俗人との契約の口づけを許そう……」  
って言うか、何で女とのキスに実妹の許可が要るんだ?  
「小鷹……」  
星奈が囁く。  
「小鷹……」  
夜空が呟く。  
そうして、小鷹は葛藤を抑え込み、腹を括った。  
 
 
 

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