俺、羽瀬川小鷹は放課後の校庭を歩いていた。もちろん、部室がある教会へと赴くためにだ。  
しかし、どうも後ろから何やら怪しい人影があとを付けてくるに気づき、少しだけ速度を上げる。  
だが、俺が歩く速度を速めたのに気づいたのか、同じくその速度を速める。  
「はぁ、はぁ、はぁッ! く、くそ、何なんだよ!」  
 俺は小声で悪態をつき、謎の人影を軽く恨んだ。  
 そう言えばこれって急に止まれば、あとの奴は止まれないはずだから、うし! これならいけるか。  
 このままではキリがないから、この方法はある意味得策だと思った。  
 まずは一気に速度を上げたあと、ピタッとその動きを止めると、案の定後ろの奴は止まれないようで、  
何やら狼狽えた声を上げながらこちらへとやってくるのを気配で感じ取った俺は、ぶつかる手前で華麗によけた。  
「う、うわ、わわわ!!!」  
 相手もまさか俺が退くとは思わなかったのだろう。動揺した悲鳴を上げながら、前へとつんのめ、そのまま無様にもこけてしまう。  
 ふむ、声からして若い女の子のようだな。あれ? このシスター服には見覚えがあるぞ。  
「いたたたた。ひどいな〜、お兄ちゃん。あそこでよけるとは全くの予定外」  
 その可愛らしい声や容姿に似合わない、中年親父のような仕草やしゃべり方のシスターと言えば、一人しかいない。  
高山マリアの姉、高山ケイトであった。彼女は本当にマリアにそっくりで、それはマリアの数年後の姿を写し出しているかのようであった。  
「ケイトじゃないか? どうしたんだよ。コソコソと俺の後をつけ回すような真似して」  
 俺はケイトに手を差し出しながら呟くと、ケイトは土で汚れた手でその手を握り、どうにか立ち上がる。  
それから雑に服についた汚れをはたき落とすも、どうにも不器用だ。見かねた俺は彼女の服を優しくはたいてやる。  
「いや〜、すまないね。お兄ちゃん。でも、別にいいよ。わたし気にしないからさ」  
「馬鹿。仮にもお前は女の子でお姉ちゃんなんだから、ちゃんと身だしなみには気を遣えよ。マリアが真似するだろ」  
「あははは、そうだね〜。っていうか、わたし、妹のことで聞きに来たんだった」  
 ケイトはどこから取り出したのかコーラの入ったペットボトルを取り出し、大仰にベンチに腰掛ける。  
コーラをゴクゴクと飲み、男の手前だというのに堂々とゲップをかます姿は相変わらずだ。  
 ケイトはニカッと輝くような笑みを浮かべ、俺に相席を勧める。  
「まぁまぁ、腰掛けなさいや。迷える仔羊君。迷ってなくてもいいから、まぁ、ここに座りなさい」  
「・・・・・・俺、急いでるんですけど」  
「? 何か用事でも?」  
「いや、部活に行くだけなんすけど」  
「じゃあ、いいじゃない。時間はさほど取らせないから」  
 俺はケイトの無理矢理な説得? に渋々従った。   
 
 いつかの時と同じようにベンチに並んで座る俺とケイト。ケイトはコーラを一口口に含むと、  
ゆっくりと嚥下した。それからペロリ、と唇の端についたコーラを舐め取ると、  
「いやー、久しぶりだね。二人でこう話すのも。で、どうだい。あの妹は。ちゃんと部活の顧問を勤め上げているのかな?」  
「あぁ。マリアは、そうだな。相変わらず我が儘が多いけど、よくしてくれてはいるぞ。なんというか、我が部のムードメーカというか」  
 最初の頃に比べたら、マリアは確かに変わったと思う。我が儘も言うけど、割と言うことをすんなり聞いてくれるようにもなったし、  
部のこともちゃんと考えてくれたりしてくれていて、立派に顧問を務めていてくれる。  
「そう・・・・・・、たま〜に裸で走り回ったりしてるから、てっきりまだ弄られているのかと。  
ほら、あいつアホの子だからね。嘘と真実の区別がつかない究極のアホだからね。ま、いい意味で言えば純粋というか。  
とにかくその度にわたしは毎回神父に言い訳しなくちゃいけないから、大変なんだよね〜。  
げっふ、うっぷ。それで再度お兄ちゃんに近況を聞こうと思ってね」  
 またゲップかよ。でも、なんだかんだ言って妹思いなんだな。見直したぞ。  
って、なんか酒臭い。いつものコーラの甘ったるい臭いじゃなく・・・・・・。  
「お、おい! ケイト、お前何持ってるんだ!」  
 俺はケイトの持っているペットボトルを見つめると、そこには『コーラ風ビール』と書かれてあり、  
もちろん二十歳未満は駄目な飲み物だ。今流行のジュース感覚で飲める酒か。  
 って、未成年で仮にもシスターが白昼堂々酒なんか飲んでいいのかよ!?  
 
「ん? どうしたの、お兄ちゃん。これは普通のコーラだよ。神父の目を盗んで持ってきたやつ。  
まぁ、いつもよりは苦いけどね、このコーラ」  
「いいから、すてろよ。ほら、そこにゴミ捨てがあるから」  
 俺がペットボトルに手をやると、ケイトは普段のひょうきんな態度から一転、俺の手に激しく噛みつき威嚇し始める。  
「いってぇぇぇぇ! お前、酔っぱらってるじゃねぇかよ!」  
「いくらお兄ちゃんでも、わたしの妹を盗むのは許さないからね!」  
「誤解してるぞ、ケイト! ってか、それマリアじゃなくてコーラだ、コーラ! いいからその手を離せ!」  
「い〜や〜だ!! お兄ちゃんこそその手をはなさんか〜!」  
 と、人目も気にせずもみ合っていると、後方からドドドッ!と何やらものすごい地響きが響いてきて、  
しかもこちらへと向かってくる。次第にその音が大きくなってきて、俺の耳に聞き慣れた声が届いた。  
「お〜に〜い〜ちゃ〜ん!!!!」  
 この声の主はマリアだ。マリアは走ってきた勢いのまま俺の腰に飛びついてきた。  
俺はその衝撃に耐えられず、前につんのめってしまい、もみ合っていたケイトの額を思いっきり拳で殴りつけてしまう。  
「あぶぅぅぅぅ!」  
 美少女とは思えない悲鳴を漏らし地面へと倒れ伏せる。     
 
「うわ! ケイト、大丈夫かッ?!」  
 俺は慌ててケイトを抱え起こすが、完全に気を失っていた。  
「なんだ? クソばばあがくたばったのか?」  
 と、肩越しに覗きながら、どことなく嬉しそうに呟くマリア。  
 こら、縁起でもない!   
 俺はすぐさまケイトを抱え起こすと、お姫様だっこで持ち上げた。  
急いで介抱しなければ。俺、強く殴っちゃったし。  
「マリア、どこか静かで人気のない場所ってあるか?」  
「あることにはあるが、お兄ちゃん。そんなクソばばあ、別に介抱などしなくともいいのだ。  
放っておけばすぐに復活するし」  
 等と実の姉に吐く台詞を言い放つが、俺が懸命に頼み込むと渋々といった風にだが、  
とっておきの場所やらへと連れて行ってくれた。  
 

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