放課後。  
 俺がいつものように隣人部の部室に入ると、夜空が一人で本を読んでいた。星奈、小鳩、理科、マリア、幸村の姿はない。  
「あれ、今日はみんないないのか?」  
「……ん、小鷹か……どうやらそのようだな……」  
 夜空は一度ちらっとこちらを見ると、視線を本に戻しぶっきらぼうにそう答えた。  
「じゃあ今日は俺と夜空の二人だけか」  
「そ、そういえば……久しぶりだな……」  
 俺がとりあえず椅子に座ると、横からボソっと夜空の声が聞こえてきた。  
「何がだ?」  
「ん……」  
 依然として夜空の視線は本を向いたままだが、何故か頬が少し紅潮している気がする。  
「……部活で、私と小鷹の二人だけになるの……久しぶりだ……」  
「ああ、たしかに」  
 そういえばそうだ。星奈が部活に入ってからは、こんなことは滅多になかった気がする。  
「何気に人数増えたしな、隣人部」  
「まぁ、増えたのは変な奴らばっかりだがな」  
 夜空は微笑するとおかしそうにそう言った。  
「それをお前が言うかお前が……」  
「む……どういう意味だ。私は普通だぞ!」  
 夜空は不満そうに唇を尖らせた。  
 お前が変な奴じゃなかったら誰が変な奴なんだよ――という喉まで出かかったツッコミはとりあえず飲み込む事にしよう。   
「しかし、二人だけじゃあ特にやることもないな?」  
 まぁ隣人部の場合、全員集合しても特に何か活動するわけでもなく、それぞれ勝手に時間を潰すだけだし、  
夜空と二人だけでも普段とかわらないと言えば変わらないか……  
「……なら、テレビゲームでもするか?」  
 宿題でもしようかと悩んでいると、珍しく夜空からそんな提案が出た。  
「ゲーム……ねぇ…」  
 俺がちらりとテレビの方を見ると、コードが接続されたままのPS3が無造作に転がっていた。近くには、  
普段星奈がやっていると思われるギャルゲーが積んである。  
 しかし、星奈には悪いが、ぶっちゃけまったくやりたいとは思わない。  
「やるのか、あれを?」  
「うーむ……確かに肉が普段やっているゲームをやる気にはなれんな」  
 夜空も苦々しい顔を浮かべる。  
 以前、隣人部で『リア充になるための訓練』と称し、みんなでギャルゲーをプレーした事もあったが、  
夜空や星奈がおかしな方向に盛り上がり、結局とても残念な結果に終わった。  
 そういう事もあったからなのか。夜空も俺と同じで、この手のゲームはあまりやりたくないようだ。  
「まぁ、無理に何かする必要はないんじゃないか?」  
「まぁ、それもそうだな……」  
 そういうと、夜空はどこか残念そうな顔をした。  
 しかし、いくらゲームがしたいと言っても友達とやるような(複数人でやる)ゲームなどうちの部室に置いてあるわけもないので、  
仕方がないものは仕方がないのだ。  
「んーじゃあまあ、とりあえずなんか飲み物でも飲むか?」  
「そうだな、頼む」  
 俺は腰を上げると、部室の端にある冷蔵庫まですたすたと飲み物を取りに行った。  
 不思議に思われた諸君いるかもしれないが、この部室には最近冷蔵庫が設置されたのだ。  
 つい先日の事、星奈が何を思ったのかアイスを大量に購入し、部室に長時間放置。  
次に彼女が意気揚々と部室戻っていたときには全てのアイスが液体状になっていたという残念極まりない事件があった。  
 本人曰く、9月だし、部室はクーラーきいてるし、置いておいても大丈夫だと思ったとの事。  
 現実、9月とは言っても連日夏日は続いているし、クーラーはきちんといつも理科が消していたので当然アイスは溶ける。  
 しかし、それより何より驚いたのが、その次の日……  
 俺が夜空といつものように部室に入ってみると、どや顔の星奈の隣に巨大な冷蔵庫が設置されていたことだ。これには流石の俺も呆れてしまった。  
 しかし、案外設置されていると便利なもので、隣人部員たちも飲み物やら何やらを大量に入れるようになった。  
もちろん俺もその一人で、スーパーでまとめ買いしたペプツを大量に詰め込んでいた。(基本的に小鳩のためだが)  
 
 そんなこんなで俺は冷蔵庫の前までくると、ガチャリとドアを開けた。  
「あれ?」  
「ん、どうかしたのか?」  
「ああ、いやそれが……冷蔵庫の中にほとんどなにも入ってないんだよ」  
「なんだと? 昨日までいっぱいだったではないか?」  
 夜空も急いで近づいてきて、冷蔵庫の中身を見る。  
「っな!? 私の『とろけるぷっちんプリン』までもが入っていないじゃないか!?」  
 どうやら本気でショックだったらしく、夜空は両手を地につき悔しがっている。  
「とうとう恐れていた事が起こったか……」  
「……どういう意味だ?」  
「ほら、よくあるだろ? 風呂上がりに食べようと思ってとっておいたデザートを、家族の誰かが食っちまってさ、  
 自分が食べようとワクワクしながら冷蔵庫を開けたら何も無くて絶望すること」  
「ああ、あるある。それから次の日くらいまで、家族に対して露骨に機嫌悪くするあれか……」  
「……いや、それは中学生までだろ」  
 確かに、小鳩のお菓子を間違って食べちゃったりすると「もう死ぬー!」とか「あんちゃんなんか大っ嫌いや!!」とか一日中機嫌悪いけど、高校生でそれはきついだろ。  
「いいや、食べ物の恨みは恐ろしいんだ! 実はともちゃんとも食べ物が原因で、一度だけ大喧嘩したこともあるんだぞ」  
 夜空はむすっとした顔でそう反論する。何かおかしな部分があったが気にしない。  
 ……あっ、そういえば俺の親父も、風呂上がりに取っといたプリンを小鳩が食べちゃって、一日中拗ねてた事があったっけ?  
「まあそれは置いといてだな。だいたい複数人で同じ冷蔵庫を使うと絶対こういう事が起きるんだよ。  
 度からこの中に何か入れるときは名前でも書いとかねえとなぁ……」  
「それはそれでなんか残念だな……」  
「でも仕方ないだろ?」  
「うー、まあなんでもいいが、私は喉が渇いたんだ。何か冷たい飲み物は入ってないのか?」  
「んー、そういわれてもなあー。ペプツなら一本無事だけど?」  
「……小鷹、わかって言っているだろ? 私は炭酸が苦手なんだ。」  
「だよなあ……」  
 一応冷蔵庫の中を探ってみるがほとんど何も入っていない。念のため、野菜用の引き出しを開けてみると  
「お! お茶があるじゃないか!」  
「……ん、でもこれ名前書いてあるぞ?…理科だってよ」  
 野菜室にはペットボトルのお茶が入っていたのだが、そのペットボトルにはでかでかとマジックで『理科』と、名前が書かれていた。  
「ふん! どうせ私たちがいない間に冷蔵庫の中を片付けるだけ片付けて、  
 自分のお茶は隠しておこうという寸法だろ? その証拠に、保険として名前まで丁寧に書かれているではないか!」  
「まあその可能性もあるが……どっちかというとマリア、小鳩、星奈あたりが食べるだけ食べて、  
 理科はせめて自分の分は奴らの餌食にならないようにと隠しておいたと考えるほうが妥当だろ」  
「……まあ、それもそうか……と、とにかく! 私は喉が渇いたんだ! 飲んだら同じものを買ってまた入れておけば問題ないだろう?」  
 そういうと俺の手に握られているお茶をひったくって夜空はテーブルの方へ歩いていってしまった。  
「小鷹も飲むかー?」  
「え、うーん……じゃあ飲もうかな……」  
 理科には悪いが、俺も冷たいお茶を飲みたかったのは確かだ。夜空の言うとおり同じものを買って戻しておけば問題ないだろう。  
 夜空の近くにいくと、既に並々とコップにお茶が注がれていた。  
「こっちが小鷹の分だ」  
「おお、さんきゅー」  
 さっそく俺達は椅子に座ってゴクゴクとお茶を飲みだした。  
「ぷはー。クーラーの中で冷たいお茶というのはいいものだな……」  
「そうだな。9月だっつうのに今日もかなり熱かったしなー」  
「そういえば、暑さというのは髪の長さで随分変わるものだな。前の髪型は今思うと暑苦しくてどうしようもない」  
 自分の前髪を指先であおりながら夜空はそんな事を言った。  
「やっぱりそんなもんなのか? 髪型なんてあんまり変えたことないからわかんないけど……。  
 まあ夜空の場合、ショートカットが似合ってるから一石二鳥だな」  
「……や、やっぱり…そう思うか?」  
 夜空はちょっと照れた様子になると、上目づかいでそう質問してきた。  
 その姿が異様に可愛くて、つい俺のほうまで照れてしまう。  
「あ、ああ。まあ俺個人の主観だけどな……」  
「そ、そうか」  
 夜空は下を向きモニュモニュと口を動かしたかと思うと、次の瞬間グビグビとお茶を飲み干した。忙しいやつだ。  
 
「そ、そろそろ私もまた美容院にいったほうがいいかもしれないな……うん」  
「はぁ?」  
「だって、ほらぁ……そのお……髪の毛、少し長くなっただろ……だから……」  
 何を言っているんだ夜空は……この前髪の毛を切ってからまだ一カ月もたってないじゃないか。  
「い、いや、まだいいんじゃないか?」  
「まったく……小鷹はアホだなぁ。髪の毛は定期的な手入れが必要なんだぞ!」  
 俺が冷静に止めに入ると、何故か夜空はらしくもないことを誇らしげに語りだした。  
「確かに美容院は店員は馴れ馴れしいし不愉快だ。その上おしゃれ空間だし……  
 さらに髪を切っている間中おしゃれな会話をしなくてはならない……しかしだな、むかつこともたくさんあるが……たくさん……あるが……」  
 最初は誇らしげに喋っていた夜空だが、だんだんと声のトーンが下がって来た。  
「小鷹……」  
「なんだ?」  
「やっぱりまだ行かなくてもいいだろうか?」  
「ああ、そうしろ」  
 これで一件落着だ。というより、ついこのあいだ、こんなような会話をしたことがあるようなないような……まあいいか。  
 俺はなんとなく夜空のほうを見ると、夜空は下をうつむき何か呟いていた。少し気になったので、耳を澄まして聴いてみると  
「美容院怖い美容院怖い美容院怖い美容院怖い……」という呪いのような恨みの言葉が聞こえてきた。  
 どうやら自分で自分のトラウマを刺激してしまったらしい。  
 やれやれ……ここは男の俺が一丁面白い話で元気づけてやるか……  
「夜空!」  
「……ん、なんだ?」  
「実は、この前の『冷蔵庫を背負った男』の続編ができたんだが、聞いてくれないか?」  
 『冷蔵庫を背負った男』とは、以前、テストのお疲れ様会で俺が披露した面白話の一つだ。  
あの日から、きっと隣人部の部員達はこの話の続きが気になって一睡もできたかったはずだ。  
しかも、他の部員達に先駆けて自分一人が話を聞くことができるというのだから、さぞかし夜空も喜ぶであろう。  
「却下!」  
「なぜ!?」  
「お前の面白い話は……なんというか……疲れる……」  
「……まあ、いいからいいから。遠慮しないで聞けって!? 本邦初公開、『冷蔵庫を背負った男:続』」  
 夜空は口をあんぐりと開けて嫌そうな顔をしているが、きっと他の部員より先に話を聞いてしまうのが申し訳ないのだろう。  
 しかし、俺の話が終わったら、そんな事はすっかり忘れるほど爆笑の渦が巻き起こってる違いないはずだぜ!  
 
 
 
………………。  
 
 
…………。  
 
 
……。  
 
 
「………実はその男、事件が終わるまで冷蔵庫の中に隠れていたんだとさ!おしまい」  
 
 ……っふ……決まった。  
 なんというか最高に決まってしまった。きっと間もなく夜空のキャラ崩壊寸前の笑い声が聞こえてくる事だろう……  
 
 
…………。  
 
 
……あれ?  
 
「夜空?」  
「……ん、ああ終わったのか……すまん、ついうとうとしてしまってな……」  
「ああ……そう……」  
 まあうとうとしてたんならしょうがないな。また今度みんなと一緒に聞かせるとしよう。  
 俺は一息ついてから目の前にあるお茶を飲み干した。  
 
「そういえば小鷹、なんかこの部屋、暑くないか?」   
「そうか? クーラーはついてるけど……」  
 そう答えながら夜空のほうを見ると、暑そうに手でパタパタと顔を仰いでいた。  
「お前は暑くないのか?」  
「別に暑くないけど」、そう答えようとしたときだった。突然心臓がドクンっと大きく脈を打った。 体の底から熱さが上ってくる。  
「確かに……少しだけ暑いかな?」  
 そう、少しだけだが確かに暑い。クーラーの故障か?  
「まぁ、我慢できない暑さでもないし、これくらい我慢するか」  
「ああ、そうだな……」  
 とはいったものの、なんかムズムズする暑さだなぁ……夜空も俺と同じらしく、体をモジモジと動かしている。  
 暑さからだろうか、夜空の首元からはスーっと一筋の汗が垂れ、そのまま茶色いワイシャツの中へと入っていってしまった。  
 汗を目で追っていると、自然と目線は胸元へと移っていた。夜空のそれは大しておおきいというわけではないが、張りがあってかなり色っぽいと思う。  
 ――や、やわらかいのかな?  
 そう思った瞬間俺はハッとする。いったい俺は何を考えているんだ……  
 いくら思春期の男女が同じ部屋に二人っきりだからって、他人の体でこんないやらしいことを妄想していいわけがない。……いや……本当に駄目なのか?  
 よく考えれば、思春期の男子が同世代の美人の女の子を目の前に、何もないように過ごしている方がおかしいだろう。  
 もしもリア充なら……こういう場合、どうするんだ?  
 多少の罪悪感を感じながらも俺は夜空の胸から目が離せなくなっていた。一度広がりだした妄想は止まることなく俺の脳内を駆け回り始める。  
 だんだんと、股間のほうもジワジワと痛くなってきた。  
 ――駄目だ、ここで冷静にならなければ人間として終わる。  
 そう思って冷静に素数を数え始めたときだった。  
 突然、シュルルルっと夜空がネクタイをワイシャツからほどいたのだ……がらんと開いたその美しい胸元は、とても艶めかしくて、俺の視線を釘づけにした。  
「よ、夜空?」  
 俺は相当焦っていたのか、声は変な風に上ずってしまった。  
「……こだか……はぁ……熱いのだ……体の中が熱い……私……変だ……」  
 気付くと、彼女は目に涙をいっぱい溜め、上目づかいで俺のほうを覗きこんでいた。彼女は呼吸も乱れ乱れになっており、  
それが余計に色っぽさというか、エロティシズムを感じさせ、俺の精神の乱れに拍車をかけた。  
 しかし、変な事を考えている場合じゃない。夜空の様子も尋常じゃないじゃないか……早くなんとかしないと……もし、重い病気だとしたら大変だ。  
「よしっ! とりあえず深呼吸して体を落ち着かせよう。ほら吸ってーはいてー」  
 はーふーはーふーと俺の促すリズムに合わせて夜空は深呼吸をするが、一向に落ち着く気配はない。彼女の顔はとうとう薄いピンクから赤色に染まり、流石に俺もかなり心配になってきた。  
「お、おい大丈夫か? 保健室、行くか?」  
 俺がそう聞くと夜空はフルフルと首を振り、それと同時に艶やかな黒い髪の毛が乱れた。  
 なんというか恐ろしい状態だ。想像してほしい。  
 ネクタイを外し胸元をがらりと開けた夜空が頬がを赤く染め、いつもはきちんと整っている真っ黒の髪の毛を乱し、額には数滴の汗が垂れている。しかも涙目上目づかいで呼吸は荒いと来ている。  
 俺はこのまま耐えきる自信がなくなり、夜空からそっと目を背けた。体の中心と股間が熱い……  
「で、でも……お前病気なんじゃないのか? 凄い汗だぞ……」  
「ち、違うんだ……はぁ……この感じは……違う……」  
「ど、どういうことだ?」  
 俺は夜空から目を背けたままそう聞いた。  
 すると、ガタン! と横から、夜空が椅子から立ちあがる音が聞こえ、情けないことに俺の体はビクッと震えてしまった。  
 いったい自分が何に恐怖しているかもわからないのだが、夜空が近づくたびに心臓の鼓動が早まるのを感じた。  
 
 もしかすると俺は、勢いで彼女をめちゃくちゃにしてしまうのが怖いのかもしれない。  
 必死に抑えてはいるが俺の方も普通の精神状態ではなく、小さなきっかけで理性がなくなりそうなところまで来ていた。  
……なんで突然こんな事に……  
「こだか……顔を、上げてくれ……はぁ……んっ……」  
 夜空の喘ぐ声が、もう、すぐ耳元に聞こえる。俺の理性はあと糸一本しか残されていない。  
「いや、それはできない……」  
「……どうしてだ?」  
 夜空のちょっぴり悲しそうなその声は、俺の心にグサっと突き刺さった。  
 本当は恥ずかしくて言いたくないが、夜空に今の俺の状態を打ち明けよう。きっとこれが今の俺達にとって一番いい選択のはずだ。  
 生涯、夜空から変態やらなにやらと罵倒され続けることになろうとも、一時の気の迷いで、間違いだけは犯してはならない。  
「すまん。実は、俺も体が何か変なんだ……体の中が熱いというか……率直に言うと、性欲があふれ出てるっつうか  
 ……だから、今、お前の顔を見たら襲ってしまうかもしれん……」  
 
 どんな罵倒が投げつけられようと受け入れるつもりだったが、帰ってきたのは予想外の反応だった。  
「ふふっ、襲うって……はぁ……こだかが……はぁっ……私をか?」  
「わ、笑い事じゃねえよ。本当に……その……間違いが起きたらどうすんだよ……」  
 俺がそういうと夜空もとうとう事態を理解したらしく、少しの間沈黙が流れた。  
「じゃ、じゃあ……今日は二人とも急いで家に帰ろうぜ? きっとお互い熱でもあるんだな」  
 そう言って顔を上に上げると、俺は愕然とした。俺のすぐ目の前に夜空の顔があったのだ。  
 夜空の目はまっすぐ俺の目を見て離さない。ゆっくりと顔が接近したかと思うと、唇をあっという間にふさがれてしまった。  
「ん……」  
 夜空の吐息が漏れる。俺はもう何も考えられない。頭の中が真っ白になった。  
 そっと二人の唇が離れる。  
 俺は夜空の頭を床に強打しないようにとそっと手で覆うと、そのまま押し倒してもう一度、今度は俺のほうからキスをした。  
 さっきは触れただけのキスだったが、今度は舌をからませ合うディープキス。  
これには夜空もおどろいたようで俺が舌を口の中に入れた瞬間、夜空がビクンと動いてしまい、歯と歯がカチンぶつかりあう大変残念な結果になってしまった。  
 唇を離すと、ぎゅっ夜空を胸に引き寄せた。  
 何故かはわからないが、夜空の息切れは大分落ち着いていた。  
「なんで、なんでキスなんてしたんだよ……」  
 俺の心は、無理やり夜空を押し倒し、キスをしてしまった事にたいする罪悪感でいっぱいだった。  
「……嫌だったか?」  
「嫌なわけじゃないけど……こんなの間違ってるって」  
 そう俺の理性が訴えるが、今の俺は本能に勝てる事はできない。  
 腕はさらに強く夜空を抱き寄せてしまう。  
「小鷹は私の事、嫌いか?」  
「き、嫌いなわけねえだろ!」  
「じゃあ……す、好きか?」  
 俺の胸の中にいるので夜空の表情は見ることはできないし、いったい、コイツが何を考えているのか理解もできない。  
 夜空、お前はいったいどういう意味で、どういうつもりでそれを言っているんだ?  
「……お前は……どうなんだよ?」  
 俺が選択したのは一種の逃げだった。しかし、質問される側としては先に質問者の回答を得る権利もあると思う。  
「わ、わたしが小鷹の事をどう思っているか、って事か?」  
 俺は小さくうなずく。  
「え、え〜と……私はだなぁ、そのぉ……す、す……」  
 珍しく夜空は言葉を濁す。俺もコイツがこんな調子だと戸惑ってしまう。  
「す?」  
「す、すぅ、……スルメ!」  
「スルメ?」  
 もうわけわからん……  
「じゃなくてだなぁ……むー……だから私はお前の事がす、すー……。というか、貴様もう気付いてるんじゃないだろうなぁっ!?」  
 俺の腕を強引にひっぺがえし、夜空は顔を赤くしながら俺の事を睨んできた。  
 正直、いきなり逆切れされても困る。  
 
「いや、わかんねえよ」  
「そうか、そうだな……すまない」  
 今度はむにゅむにゅと口を動かすと何か呟き始めた。何か練習でもしているのだろうか?  
「だぁーー!! もう煩わしい!! 私はお前の事が好きなんだ!! ずっと、ずっと前から好きだった!! だ、だから……だからだなぁ……」  
 そういうと、夜空は俺の胸元を掴んでうずくまってしまった。手も震えている。  
 正直、あの夜空にこんな事を言われるとは思ってもみなかったので、俺もめちゃくちゃ動揺している。  
「……いや、言いたい事はもうわかった……」  
「それで……何か感想は……?」  
 俺の腕と胸に隠れたまま、夜空が涙声でそう問いかけてきた。  
「ああ、嬉しいよ。だって、俺も……俺もお前の事好きだから」  
 彼女が、俺の胸の中でぴくんと震えるのが判った。  
「俺の場合最近だけどな。この気持ちに気付いたのって。なんつーか……恥ずかしいな……」  
 多分、俺の顔は真っ赤になっていることだろう。夜空も俺の腕の隙間から見える隠れする耳はすでにタコのように赤くなっている。  
「……そ、そう思ってたなら私より先に言え! し、死ぬほど恥ずかしい思いをしたじゃないか……」  
「あ、ああ……スマン……ずっと、片思いだと思ってたからさ」  
「むー……もういい……」  
 
「そういえばさ?」  
「ん?」  
「結局夜空の息切れとか……突然の汗とかって……俺と同じ理由なのか?」  
 つまりは突然、性欲が高まったからなのか? という事だ。  
「なっ、ば――っ!」  
 夜空は俺を突き飛ばすと1メートルくらいザザーッと後ずさった。  
「い、いってえなぁ……」  
「お、お前がいけないのだ!! だいたい普通女の子にそれを言わせるか!?」  
 どうやら図星だったらしい。  
「でも、いったい何で突然そんな事になっちまったんだろうな?」  
「う、うむ。それは私も考えたのだがな……」  
 夜空は腕を組むとうんうんと唸りだした。  
「理科のお茶を飲んだのが原因だったのではないかと思っているのだが?」  
「ああ!」  
 俺はそれしかないと確信する。だいたいこの健全な俺が女の子を襲いたいという衝動に理性が負けるなんてそもそもありえないのだ。  
「もしかすると、媚薬でも大量に入っていたのかもしれないな。うん、わざわざ名前が書いてあったのもそのためだろう……」  
「しかし、まさかそこまで危険な奴とは。近くにいたのが夜空で助かったよ……」  
「はっ、はぁ!? お前は馬鹿か!」  
 夜空は耳まで真っ赤にするとそう叫んだ。  
「いや、確かに飲まないのが一番なんだがな」  
「ふ、ふん。さっきまで『こんなの間違ってる!』とかなんとかヘタレた事を言ってたくせに生意気な奴だ」  
「いや、合意の上なら別だろ? それよりさ」  
「なんだ?」  
「……悪いけど、もう我慢できそうにないんだが?」  
「――っ!?」  
 夜空は声にならない叫びを上げた。  
 正直本当に我慢の限界だ。俺の息子は先ほよりも増して最高潮にはれ上がっている。  
 それというのも、夜空が俺の事を好いてくれているというのが原因なのかもしれない……  
「だ、駄目だ駄目だ駄目だ!」  
 しかし、夜空はというと顔を真っ赤にしてキッと俺のことを睨んでくる。  
 俺がらして見れば夜空がきっかけを作ったというのに、これはひどい裏切り行為だ!  
「おい、もとはと言えば夜空のせいだろうが! 責任はとって貰うぞ……」  
 俺がそういうと夜空はひどく慌てた様子になり、  
「わ、悪い小鷹、正直そこまでは考えてなかったのだ……」  
 
 

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