いつもと変わらず、何をするでもなく部室で暇を持て余す俺たち隣人部。  
俺と夜空はソファで向かいあって静かに読書。  
 星奈はギャルゲー。 口元がにへらっとダラけてて、正直関わりたくない感じの雰囲気を醸し出している。  
 理科はとあるプロジェクトの援助とやらで、今日は来れないとのこと。  
 マリアはシスターとしての用事があるらしい。  
 小鳩は空いてるソファで昼寝。 ちなみに今日は(世間で言う一般的な)カジュアルファッションだ。  
 幸村は相変わらずポットの近くでぽけーっとしながら待機。  
 ……今さらだけど、こんなんでいいのかこの部。  
 そんなことを思いながらむー、とラノベ片手に唸る俺。  
 しかし何か提案があるわけでもないので、口に出しては言わない。  
「「………………」」  
 誰も喋らない。 無言の沈黙が続く。  
 俺は、何かないかな、と部室内を見渡してみた。  
 ……特に話題にできそうなものはない。  
 強いて言うなら、TVに向かってデヘへっ……とニヤけている星奈が非常に残念な感じだった。  
 思わずため息をつき、なんだかなぁと現状に呆れる。  
「どうかなさいましたか、あにき」  
 後ろから柔らかな調子で、幸村が問いかけてきた。  
「あー、いや、何でもない」  
「そうでございますか」  
 幸村はほんわりした雰囲気で、僅かに微笑む。  
 う……。  
 それは、とても同性とは思えない愛くるしい笑顔だった。  
 改めて感じてしまう。 こいつ本当に男かよ?と。  
 まじまじと見つめてしまうほどに。  
 すると幸村は、かぁっと頬を赤く染めた。  
「そんなに見つめないでくださいあにき……照れてしまいます」  
 か、かわいっ…………いっ、いかん! いかんぞ羽瀬川小鷹っ!  
 こいつは男! 俺と同じ男なんだ! ちゃんと“アレ”も付いてるはずの男なんだぞ!?  
「あにき、お顔が赤いです……」  
 焦りに焦ってる俺の顔を、心配そうな表情で覗くように見る幸村。  
「!?」  
 か、顔が近いんですがっ!?  
 くりくりの睫毛に、ふにゃーと垂れた目、柔らかそうな唇に、ちょっと甘い香り。  
 な、何だこれ……お前のどこに男としての要素があるんだ!?  
 誰か俺に教えてくれっ!!  
 
「何をどぎまぎしているのだ小鷹。 男 相 手 に」  
 
 ずっしり来たぁぁぁぁぁっ……。  
 
 って……あれ?  
「夜空?」  
 いつの間にか夜空は読書を止め、ジト目で俺を睨んでいた。  
「ふん、何だ。 デレデレしおって」  
 ? 気のせいか、夜空の頬がピクピクしてる?  
「そんなにメイドが好きなのか。 それとも、小鷹はホモなのか?」  
「別に好きじゃねぇし俺は至ってノーマルだ!」  
「ふん。 口ではどうとでも言える」  
「どう証明しろってんだよ……」  
 ……なんか、やけに不機嫌じゃないか? 夜空の奴。  
 話に置いていかれてぽけーっとしていた幸村も、夜空の態度に何かを感じたのか、首を傾げながら口を開く。  
 そうだ、幸村も何か言ってやれ。  
「あにきはめいどがお好きなのですか」  
 って関係ねぇぇぇぇ!!  
「お前は何を聞いていたんだ!?」  
「めいどがお好きなのかと」  
「お前は質問のニュアンスを間違えて捉えてる!」  
 毎度のことながら、微妙に会話が成り立たない幸村だった。  
「あーもーうっさいわねー。 どうしたってのよ」  
 俺のツッコミがうるさかったのか、ギャルゲー内の乙女たちに夢中だった星奈がこっちの話に加わ  
「はっ、小鳩ちゃんが寝てるっ!? ヤバいヤバいどうしよう寝顔も超可愛い可愛いロリ可愛いぃぃっ!!」  
 ――らなかった。  
 何だってそんなにテンション跳ね上がるんだ……。  
 どうでもいいが、寝顔を楽しむために小声でキャーキャー叫ぶ器用さは無駄に感心する。  
 それと勝手に人の妹の写メ撮んな。 小鳩にも選ぶ権利があるんだぞ。  
「肉のことなどどうでもいい。 それより」  
 と、思考を無理矢理引き戻された。  
「な、なんだよ」  
 夜空がじっと俺を見つめて、いや……睨んでいる?  
 正直怖い。  
「小鷹は……」  
 珍しいことに、夜空が言い淀んでいる。  
「小鷹は……わ、私の……私の、その――  
 
メイド姿を……見てみたいか……?」  
 
……。  
…………。  
………………は?  
「そ、そんな間抜けな顔をするな小鷹、今のは冗談だ」  
 とか慌てて弁明し始めた夜空。  
 いやいや、さっきのあれは明らかに冗談じゃない雰囲気の声色だったんだが……。  
 というか、え? 夜空の……メイド、姿……?  
 とりあえず、脳内で思い浮かべてみる。  
 
 どんなメイド服かと言われれば、間違いなくヴィクトリアン調の落ち着いた雰囲気のものだ。  
 理由は簡単。  
 どちらかと言えば可愛いというより美人な印象が強い夜空に、ド派手な格好は合わない気がしたからだ。  
 
 次に、シチュエーションを考える。  
 
 キリッとした目付きで淡々と「おかえりなさいませ。 ご主人さま」とか言ってる夜空が脳裏を過った。  
 ……うーん、メイドというより大会社の切れ者秘書みたいだ。  
 これはこれでアリかなとも思ったが、メイドとは何か違う気がする。  
 だから次は少し方向性を変えて、なんとなく照れた感じの夜空を妄想もとい想像する。  
 
――  
―――  
「お、おかえりなさい、ませ……こだ、ご、ご主人さま……」  
 顔中を真っ赤にして、涙目で夜空が言った。  
「……わ、笑うなっ、わかっていた……わかっていたんだっ……こういう服は、私には似合わないとっ……」  
 もじもじと視線を逸らしながら、チラチラこちらに目をやる夜空。  
「……じゃあ着なきゃいい、だと……? だ、黙れっ……小鷹が……その、喜んでくれるかな、と……思ったんだ……だ、だから……その……ふ、ふんっ」  
 そう言って、夜空がぷいっと身体ごと逸らす。  
 いつものように腕組みをして、不貞腐れたように俺を睨んだ。  
 林檎と見間違えるくらい、真っ赤な顔で。  
―――  
――  
 ……なんというか。  
「……可愛いな」  
 口に漏らした瞬間、ハッとした。  
 ババッと夜空を見やる。  
「かっ、かわっ!?」  
 予想通り、ひどく錯乱していた。 すまん。 キモいこと言ってすまん。  
 だからその長い髪を振り乱さないでくれ。  
「と、とりあえず落ち着け夜空っ。 なっ?なっ?」  
 無理矢理“どうどう”の姿勢に入ろうと、夜空の肩に手を乗せた。  
 のがさらにまずかった。  
「〜〜〜!?」  
 やばい、あの夜空が泣きそうになってる。  
 これはしくじった。 どうすりゃいいんだよ神様!  
「きょっ、今日はもう解散だっ!!!」  
 言うが早いか、夜空は俺の手を振り切り、そそくさと部室から出ていった。  
「あーーーー…………」  
 俺は深く、ため息をついた。  
 背後で、隣人部メンバーが口々に言う。  
「え、何? 何が起きたわけ? 小鷹ってば何かしたの?」  
「ふぁぁぁ……おはよう、あんちゃぁん……」  
「むひょぉっ!? 寝起きの小鳩ちゃんも格別に可愛ぃぃぃぃ!!」  
「ふぇっ!? や、やっ、あ、あんちゃあああん!」  
「あにき、お茶はいかがですか」  
 自由人だな……お前ら。  
 そしてどんまいだ、小鳩。  
 
 
――翌日。  
 
 本日の集合時刻は昼の13時。  
 各自、事前に昼食はとってくるように、とのお達しだ。  
 相変わらず、夜空のメールは簡素なものだった。  
 ……そういや、昨日のダメージは回復したのか?  
 ……リアル涙目な夜空。  
 正直に言えば、かなり貴重なモノを見た気がする。  
 ちょっと得した気分だ。  
 まあ、多少の罪悪感も感じているが……。  
 
 約束の時間は13時。  
 しかし、俺はそれよりも1時間ほど早く学校へ向かっていた。  
 なんとなく、クーラーのある部室で小説を読みながら涼むのもいいかな〜と思ったからだ。  
 ……本音を言えば、暇だったからだけど。  
 ちなみに小鳩は見たいアニメがあるとか何とかで家に引きこもってる。  
 まあ、そんなわけで、部室に到着。  
 ガチャリ。  
 
「へ?」  
 
 と、何とも間の抜けた声がした。 扉を開けた先から。  
 そこにいたのは、背を向けて首だけこちらへ振り向く体勢の、三日月夜空だった。  
 しかも、  
 
 メイド姿の。  
 
「おぉっ!?」「こ、小鷹っ!?」  
 両者共にぎょっと目を見開いた。  
 慌てた様子で夜空がこちらへ振り向く。  
「な、何故こんなに早い時間に来るのだ小鷹っ?」  
「なんとなく……っていうかそれはこっちの台詞だ!」  
「え……あ、いや、私は……」  
 言葉に詰まる夜空。  
 たじろぐ姿が、何だか可愛いかったり。  
 それはともかくとして、  
「何だ……その格好……?」  
「…………メイド服」  
 視線を逸らしながら、ぼそりと夜空が呟く。  
 いや、そこはわかってるんだ。  
 問題は、なぜそれ(幸村が着てるのと似てる)を夜空が着ているのか? という点にある。  
「……何で着ようと?」  
「そ、それは……昨日、小鷹が……」  
 また言い淀んだ。  
 俺が……なんだろう?  
「小鷹が、その…………てたから……」  
 え? と聞き返す俺。  
 最後の方の声が小さくて聞こえなかった。  
「むぅぅぅ……」  
 なぜだろう。 どんどん夜空が小さくなってってるような気がする。  
 肩が沈んでいるというか。  
 とりあえず、顔を真っ赤にして俺を睨んでくるのはやめてくれ。  
 正直、ドキドキが止まらなくて困る。  
「……な、」  
「え……?」  
「……何か、感想は?」  
 また視線を逸らして、震えた声でそんなことを尋ねてくる夜空。  
 いつの間にやら立場が逆転している。  
 それにこれは……返答に困る。  
 
「えー、と……」  
「……」  
 小さく、息を呑む音が聞こえた。  
「……っ」  
 詰まりそうになる息と、燃えてしまいそうなほどに熱くなる頭。  
 これから言おうとしている言葉に照れ臭さを感じて、俺も視線を逸らしてしまう。  
「け、…………結構、可愛いと思うぜ?」  
 ………………ぼふんっ。  
 そんな効果音が聞こえそうなほど、夜空の顔が爆発的に赤く染まった。  
「ば、馬鹿めっうつけめノロマめ不良め小鷹のくせに、小鷹のくせにっ」  
 捲し立てるように幼稚な罵声を浴びせてくる夜空。  
 しかしその一言一言に迫力はなく、全く以て痛くない。  
「か、可愛いとかっ……可愛いとか言うなっ!」  
 言ってから、うぅ……とまた夜空は小さくなっていく。  
 今のその反応も、夜空っぽくなくて非常に愛らしいのだが、敢えて口にはしない。  
 どうせまた混乱させるだけだし。  
 ……。  
 再び沈黙し、30秒ほどしてから夜空が口を開く。  
「…………本当に、そう思ったか?」  
「え……?」  
「……その、小鷹は、私が……か、可愛い、と……?」  
「……あ、ああ、思った、ってか思ってる」  
 俺の感想に嘘偽りは一切ない。  
 このタイミングで嘘をつけるほど、俺は器用ではない。  
「……そうか」  
 ふわり、と夜空が笑った。  
 普段のような含みのある笑みじゃない、純真無垢な笑顔を。  
 普段は絶対に見せないようなほんわりスマイルを、俺に、見せた。  
 うわっ、これはやばいっ、やばいって! 何がやばいかって、普段の夜空とのギャップがやばいっ!  
 もともと夜空は美少女と呼べる容姿を持っているのだ(残念な性格だが)。  
 そんな夜空が、あんな無邪気な顔で笑ったら、そりゃあ可愛いに決まってる。  
「……」  
 情けないことに、コミュ能力0の俺には、夜空に返す言葉が思い付かなかった。  
 できるのは、ただ見惚れることだけ。  
 夜空はそんな俺の視線に気付いたのか、またぷいっと顔を逸らしてしまう。  
 その頬は、微かに赤い。  
「……あ、あんまりじろじろ見るな……恥ずかしい」 そっぽを向いたままそんなことを言う夜空。  
「あ、ああ……悪い」  
 俺は言われた通り、とりあえず顔を逸らした。  
 
「……」  
「……」  
「……出ていけ」  
 ぽつりと夜空が言った。  
「え?」  
「……着替えるから、出ていけ」  
「あ、ああ、わかった」  
 足早に部室を出る俺。 ガチャリ。 バタン。  
 ………………。  
「……なんでメイド服……?」  
 一人呟くが、答えが返ってくることはなかった。  
 
 それから数分後、“入っていいぞ”という無愛想な声で、俺は部室に入る。  
 いつも通りの制服に着替えた夜空が、俺を出迎えた。  
 それからの俺たちに会話はなく、星奈たちが来るまで終始無言の時間を過ごした。  
 付け加えると、その間ずっと、夜空の顔から赤みが抜けることはなかった。  
 
 その日の部活も、いつも通りダラダラと過ごしただけで終わった。  
 唯一違っていたのは、なぜかチラチラとこちらに視線を送ってくる夜空と、なぜか不機嫌そうにむすっとしていた星奈の二人くらいか。  
 ……なんでだ?  
 理由はよくわからなかった。  
 まあ、今日は夜空の可愛い姿が見れただけでも良しとしよう。  
 結局、夜空がメイド服を着た理由は教えてくれなかったけど。  
 そういや、別れ際も夜空たちはよくわからないことを言っていたな。  
 
『……小鷹が望むなら、またあの服……着てやってもいいぞ』  
『え……あ、ああ、楽しみにしてる』  
『あ、あの服? 楽しみぃっ!? な、なによそれっ、ちょっとあたしに教えなさいよっ!!』  
『……ふん。 肉には関係ないことだ。 精々ラップにでも包まれていろ、駄肉め』  
『ああもうそんなこと夜空に聞いてもムダよね言うわけないしっ! 小鷹!!』  
『な、なんだ』  
『あの服ってなに!? 楽しみって!?』  
『えーと、それは』  
『言うな小鷹。 肉には無関係な話だ』  
『……ということらしいぞ』  
『く、くぅぅ〜ッ! 何だってのよもう!!』  
 
 こんな感じだった。  
 ……実に意味不明だ。  
 夜空や星奈の言動が、時折まったく理解できない。  
 ……リア充なら、今の会話を理解できるのだろうか?  
 だとしたら、俺は到底リア充になどなれない気がする。  
 まあ、それは置いておいて。  
 ともかく、今日は夜空の一面を知ることができた。  
 それだけで、それだけなのに、今日という日は、ちょっとだけ楽しい一日になった。  
 夜空には感謝しなくちゃな。  
 そんなことを思いながら、俺はむさ苦しい帰り道を歩くのだった。  
 
(終わり)  
 

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