星奈とあんな事があってから、約一週間あまりが過ぎていた。
あれから特に何の変化もなし。
星奈は俺と関係を持った次の日。俺が部室に行くと星奈は普通に前と変わらず接してきた。
俺は緊張と恥ずかしさで、まともに星奈の顔が見えないというのに。
一週間たった放課後の部室。星奈はいつもどおり自前のパソコンでエロゲーをしており、夜空も夜空でソファーに腰掛けて文庫本を読んでいた。
すると、ふと思い出したように夜空は読んでいた本を閉じ、よっこらしょと言うかけ声と共にソファーから立ち上がると、
「あぁ、そうだった。顧問のマリアに会いに行くから、少しの間だけ留守番を頼むぞ。肉、小鷹」
「ん?あぁ、分かった」
俺は夜空の言葉にそう返し、星奈はエロゲーに夢中になって夜空の言葉を無視した。
まぁ、それはいつものことなので、俺も夜空も特に気にせず、いつもの無愛想顔で夜空は部室を後にした。
「マリアに用事だなんて、珍しいな・・・・・・」俺は首をかしげながら、ぶつぶつと呟いていた。
すると、夜空が出て行ったのを計るように、星奈はパソコンの電源をぶちっと切り、イヤホンを外して制服のポケットにしまう。
それからすることがなくて何となく部室の掃除をしている俺に、
「ねぇ、小鷹」
と、いつもより棘を落とした甘い声で、俺に話しかけてきた。
「? なんだよ、星奈?」
俺はいつもと違う星奈の様子に、若干ながら緊張して星奈の方に振り向いた。
振り向いた星奈の顔はいつもより甘く緩んでおり、少しつり上がった大粒の碧眼はうるうると潤んでいた。
「ど、どうしたんだよ、星奈?体調が悪いのか?」
「ち、違うわよ。そ、その前に渡した手紙。あんた見たわよね?」
俺は一週間前に星奈に帰り際に手渡された紙の内容を思い出し、俺はカァ〜と顔中を赤く染め、
「み、見たよ!」
恥ずかしそうにそっぽを向きながら、突っ慳貪にそう答えた。
俺の様子に気づいた星奈はにや〜と笑い、俺の腕に抱きついてきたのだ。
ふにゃりとした柔らかい星奈の胸が二の腕に当たり、俺は一瞬息が止まりそうになった。
「小鷹、耳貸して」
そう言うやいなや、俺の右耳を引っ張り自分の顔を近づけ、ぶつぶつと囁いた。
俺は星奈の囁いた内容を聞くと、覚悟はしていたが内容が内容なので、俺は一瞬躊躇いながらも
「・・・・・・分かった。その日は空けとくよ」
俺がそう言うと星奈は満足そうに頷き、俺から離れると身支度がとうに終わっていたのか、さっさっと部室を出て行った。
俺は星奈の身勝手というか自分勝手の行動に頭を悩ませながら、はぁ〜と重々しい溜息を吐いたのだった。
俺は星奈が帰った後も、夜空が戻ってくるまで部室に残ることにした。星奈ならともかく俺も帰ったのでは、夜空に申し訳ないと思ったからだ。
「はぁ〜、にしても俺。あの星奈としてしまったんだよな・・・・・・」
俺はソファーの上に寝ころびながらポツリと呟いた。
未だに信じられない。だってあの星奈だぜ?
学園でも指折りの美人で、一部の男子に『女王様』って呼ばれている、あの柏崎星奈と・・・・・・。
俺は最初信じられない自分がいた。だって、何の取り柄もない俺と星奈が関係を持つなんて、普通に考えたらあり得ないことだしな。
「今週の日曜日、か・・・・・・」
俺は先ほど星奈に耳元で囁かれた事の一部を呟き、以前星奈に渡された手紙を取り出した。
そこには妙に達筆な筆跡で、
【バカな下僕へ。全くご主人様を襲うなんて、本当なら死刑にするとこだけど、まぁ、一応気持ちよかったから許してあげるわ。
このあたしの寛容な心に感謝して、これからあたしに永遠の忠誠を誓うがいいわ。
それからこの事はほかの誰にも知られちゃ駄目よ。特に性悪雌狐の夜空にはね。
あと、これからあたしと頻繁にプライベートでも会うように心がけること。
いい?これは命令よ。決してあんたが好きな訳じゃないから、そこんとこは勘違いしないように】
と、まぁ。これが星奈の寄越した手紙の内容であった。
俺は素直じゃないぁ、と思うのと同時に、ひどく頬が緩むのを感じた。
俺だってお年頃だ。健全な男だ。関係を持った男女が頻繁にプライベートで会うということは、
その、ここでは言えないような事ができるという意味では、と俺はにやけた顔で星奈とセックスするところを思い浮かべる。
それと星奈が囁いた言葉も自然に頭の中で反芻する。
『あの手紙を読んだなら分かるわよね?今度の日曜日。あんた、あたしの家に来なさい。
もちろん、あんたに拒否権はないわ。あたしの処女を散らせた罪は重いわよ?
いい?日曜日の午後18時に、駅前にある時計広場で待っていなさい。
いいわね?すっぱかしたら殺すわよ?』
俺ははぁ〜と疲れに満ちた溜息を吐くと、手紙をぼけっとにしまい、ごろんと寝返りを打った。
あん時の星奈は可愛かったのにな〜、今やいつも通りの自己中女になってるし。
にしても夕方なんて、小鳩にどう言い訳しよう・・・・・・。
俺の頭の中はそのことで一杯になった。
今思えば小鳩を一人きりにさせたことなかったな。一人で留守番できるのだろうか?
俺はシスコンモード全開で中学生には見えない、可愛らしい妹の姿を思い浮かべた。
すると、荒々しげに扉が開き、
「くっそー!何だ、あのちびシスターめッ!」
と、憎々しげに舌打ちしながら夜空が部室内へと入ってきて、俺の前のソファーにどかっと腰を下ろす。
そんな鬼をも逃げ出すような憤怒の表情を浮かべている夜空に、俺は恐る恐る声をかけてみた。
「ど、どうしたんだよ。マリアになんか言われたのか?」
「フンッ、なにも糞もあるか!マリアの奴に部の金をもっと上げろと言いに行ったら、あいつなんて言ったと思うッ!?」
「さ、さぁ?」
夜空は俺の曖昧な物言いに余計苛々してきたのか、俺をギロォと睨み付けながら、
「お前たちは何か部活として学校に貢献してきたのか?ただエロゲーしたり、闇鍋したり、リレー小説などと下らないことばっかりしているだけではないか。
それに友達を作る部だというのに、未だ誰一人友と呼べる人間がいないではないか。実績がない部に金をやっても無駄なだけだ。
あきらめろ、うんこ夜空。それに超天才のワタシに金をよこせなどと言いにくるとはな!
バーカ、バーカ、うんこ夜空め!顔を洗って出直してこい!などと、私がやったポテトチップスをボリボリ食いながら言ったんだ」
「そ、そっか。まぁ、でもマリアの言ってることも正論じゃあ。言い方に問題はあるけど・・・・・・」
「そう、そうなんだ。言い方もむかつくが、言ってることも正論なので怒れないということに、余計腹が立つ!こんどあいつの下着をインターネットの
オークションに写真付きで売ってやる!」
夜空のとんでも発言に俺は慌てて注意した。
「夜空、さすがにそれはやばいだろ。一歩間違えたら、お前犯罪者になるぞ」
「冗談だ。・・・・・・肉はいないのか?」
夜空は俺の言葉にちっと舌打ちしながら返すと、不機嫌そうな顔つきで部室内を見渡す。
「あぁ、星奈は先に帰ったよ」
「フン、肉だけに団体行動という言葉を知らないようだな。まったく人の言いつけも守れないのか、あの肉は」
「・・・・・・あの星奈に言っても無駄だって。それは一番夜空が知っているだろう?」
夜空は俺の顔をちらりと見た後、鬱陶しそうに手を振って、
「あぁ、そうだな。小鷹、今日はもう帰れ。今日は気分が悪いし、部員もいないんで部活はなしだ」
俺は強引な夜空に押されながら、部室を後にした。
全く待ってやったのにあの態度は何なんだよ!ほんとにこの部の連中は自己中な奴らばっかりだ。
俺は軽く憤慨しながら、荒々しくチャペルを後にし、少し暗くなってきた通学路を通り、家路につくのであった。
この日の夕食は過去最悪だったという(小鳩談)
日曜の夕方。俺は黒色のパーカーにジーンズというラフな格好で、時計広場に設置してあるベンチに腰掛け、ある人物が来るのを待っていた。
ぐずる小鳩を何とかして宥めすかして、這々の体で俺はベンチにだらりとその身を預ける。
「なーにしてんの。小鷹」
聞き慣れたツンとした可愛らしい声と共に俺の頭上に影が差した。俺は上に顔を向ける。
「星奈。いたんなら声をかけろよ」
星奈は俺の横へ腰掛けると、俺の顔を下からのぞき込む。
「だって、小鷹がいつにもまして不機嫌オーラーを発散してるから、近寄りづらかったのよ」
「あぁ、そうかよ。すまなかったな。小鳩が中々解放してくれなくて疲れたんだよ」
「そう、あの子すっごいブラコンだもんね〜。ま、そこがいいんだけど」
こいつまた人の妹をエロゲーのキャラとリンクさせてるな。
「んで、今日は何するんだ?」
俺が疲れ切った顔でそう尋ねると、星奈はフフンと得意げに笑い、
「あたしの後をついてきたら分かるわよ。さぁ、行くわよ。小鷹」
さっさと歩き出した星奈の後ろを慌てて追いかける俺なのであった。