考えることをやめるためにこうして轆轤に向かう。
何とはなしに、くるくると粘土が形を作っていくのを手を添えみていた。
ひきずって、ひきずって、いつ後ろの重いものは消えてくれるのかな。
何時までも諦めきれない私。
逃げ場所の様にここに駆け込んで泣くなんて、いつまで経っても変わってない。
触れたいと思っていたあの背中の匂い。
あんなに好きと漏らしても、ぱぱっと片付けることの出来ない私。
しと、しと……と大きな窓ガラスに雨粒が当たっては流れる。
濁った色のこんな日が、おんなじようにあったことを思い出した。
「おい、山田っ」
「うぎゃっ!!」
そして、おんなじように声をかける人。
拍子に、手の中の器の形がぐにゃりと崩れる。
……ああ、もう、やり直しだ。
「お前、肩が跳ねてたぞ。ホラ差し入れ」
ぼろぼろだろうビーチサンダルがぺたぺたと背後から近づく音がして、
頬にぴとっと何か冷たいものが触れる。
やっぱりおんなじもの、なんだ。
「つ、冷たぁ……っ」
「どうせまた」
「悪かったわね、ふ、ひぐっ、よ、余計な、余計な水分、ひっく、流してるわよっ」
おんなじ天気の日におんなじ人が現れて、
私は成長も無くアイツのことでおんなじようにぼろぼろ泣いてる。
それが恥ずかしくて、悔しくて、後ろを振り向くことが出来なかった。
「真山のことを余計って言うのか?」
「う、うるさいっ、ひっ、うっ」
「よし、とりあえずコレ飲め」
何がよしなんだか、立ったままの森田さんが私の横に来て、
ポカリを顔のそばで振ってみせる。
ちゃぷちゃぷ、と水音が耳元で鳴った。
「うん、ありがと……でも、今は、これ作ってから」
冷静を装いたくて、目の前の器に集中するフリをする。
森田さんが、あーとかうーとか言いながら、スリッパでぱたぱた地団駄を踏む。
どうしてもポカリを飲ませたいみたいだ。
私の前で手まで振るから、見慣れたシャツを視界の端で見てしまった。
きっちりとアイロンのかけられた、懐かしいアイツの匂いを思い出す。
森田さん、また勝手に真山のタンスから引っ張り出してきたんだ?
「バカやろ、早くしないと溶けるぞ。若しくはオレが飲む」
「ポカリが溶ける訳ないじゃないっていうか液体だしっ」
「じゃあオレが飲む」
もう、元気づけてくれてるんだかくれてないんだか。
固い床を金属が痛めつける音がして、左隣に森田さんが座った。
きっと、そのへんに畳んであったパイプ椅子を引きずって持ち出してきたんだ。
数秒後には溜め息が聞こえて、ぷしっ、とふたを開け、喉を鳴らして飲む音。
多分森田さんのことだから、容赦なく飲み干すんだろうな。
そう思ったら、何だか頬が緩んだ。
突然、視界が左に90度回転した。
同時にペットボトルがリノリウムの床に落ちて転がる鈍い音。
何が起こったのか分からなくて、気付いた時には、
口を膨らまして怒った様な森田さんの顔がアップで。
私の髪を耳にかけて、耳朶を弄りながら、その柔らかい唇が触れてきた。
「なっ、んぅ……っ」
……泥だらけの手で真山の服を、汚せるわけない。
見透かした様に、抵抗しかけて止めた私の両手首を骨張った手が覆った。
生温い、濡れた唇。
咎めるために声を上げようとしたら、鼻にかかった変な声で。
その声を漏らしたと同時に、甘ったるい液体が口の中に少しずつ入って来る。
ああ、ポカリって常温にしたら甘いんだってことを思い出した時には、
こくりと喉が上下し、目の前の顔が離れた後だった。
一時の沈黙のあと、私ははっと我に返る。
「な」
「な?」
「な、なななななによっ、なんなのよっ!」
「オレが水分取ってもしょうがないだろう」
「なら飲まなきゃいいっ……」
「何言ってんだお前、ぬるくなったポカリなんかマズいだけだぞ」
「…………。」
十分ぬるかったわよ、と言うのは恥ずかしいセリフな気もして、黙った。
あっけらかんとした森田さんの言葉に呆れて、椅子を直す。
いつのまにか、一枚ガラスの外の雨は、止んだみたいだった。