どうして君は、泣かなくてはならない恋だと分かっていながら、その恋に堕ちてしまったんだろうね…  
 
 
瞳を薄い膜で覆ったようなソレは、思ったとおり一つの雫になって紅潮した頬を伝った。  
彼女はいつも、その瞳を大きく開いて“彼”を見ている。  
 
まるで“彼”のだけを記憶に残すためにあるように、彼女の視線は彼から離れない。  
 
 
だけど、今、その瞳に移るのは“彼”ではない。  
 
 
 
「の、みや…さん」  
 
 
 
泣き腫らしてウサギのように赤くなった目が痛々しい。  
 
 
そっと涙を拭うように触れてから、彼女の細い顎に指をかけ顔を上げさせた。  
 
 
唇が触れそうな位置まで顔を近付けたら、彼女の驚き見開いた瞳に俺がしっかりと映っているのが分かる。  
 
 
「ごめんね」  
 
 
 
大好きな“彼”じゃなくて、ごめん。  
 
 
傷ついた君を慰めてあげなくて、ごめん。  
 
 
 
………何も言わなくて、ごめん。  
 
 
 
「ぇ…?な、ャ、野宮さ、ンん……ッ!!!」  
 
 
 
細い腕は俺の胸を押して、少しでも離れようと必死だ。  
 
 
やわらかい唇が、抵抗の言葉を紡ぐために開いてしまったばかりに、汚い大人仮面を被る男の狙いどおりに口を蹂躙させてしまう。  
 
 
「ふ、ん……ッ、んんっ」  
 
 
苦しげに俺を見つめた瞳は、“彼”のときとは別の涙を流し、不安と恐怖で震えた体は俺の腕のなかに収まろうとせずになおも暴れている。  
 
 
「………ツっ!」  
 
 
瞬間的な痛みが走り、思わず彼女を離すと同時に、口のなかに鉄の味が広がる。  
 
 
唇を噛み切られていた。  
 
 
「…ヒドイなぁ。かなり痛いんだよ」  
 
 
切られた唇を指で撫でてみると、ズキッと痛みが伝わる。  
 
 
「ひ、ヒドイのは、野宮さんの方でしょう!?」  
 
 
声を荒立てて、唇を両手で隠す彼女の瞳は俺しか映っていない。  
 
 
「こ、こんなこと‥ッ、なんで…!」  
 
 
なんでと問う彼女は、やはり幼くて。  
 
 
 
「ごめんね」  
 
 
 
謝ることしか出来ない俺は、最低な大人になったような気がした。  
 
 
君に伝えるには、まだ早い。  
 
 
幼い恋に終止符を打つまで、理由なんて言わない。  
 
 
 
どうして君は、泣いてばかりいるんだろうね。  
 
 
 
ベッドの軋む音を聞きながら、彼女の体を寝かせた。  
 
長い髪に右手を滑らせて、願わくば少しでも君が“彼”で泣かないように。  
 
 
ただ好きでいたいだけなのに。  
どうして“好きなだけ”ではいられないんだろう。  
 
 
「止めてください…」  
 
 
軋むベッドは私の上半身を受けとめ、逃げ場を失った体が震えているのをようやく知る。  
髪を撫でるように触られて、そこには神経が通っていないと分かっているのに、触られた場所が熱くなっていくような気がした。  
 
 
「野宮さんッ」  
 
 
叫んだのに、野宮さんは無表情に事を進めていく。  
 
 
“男の人”を恐いと思った。  
 
 
両手は頭の上で一まとめにさせられ、野宮さんの左手で固定されて動かない。  
ベッドから投げ出された脚の上から跨ぐように野宮さんが覆い被さって、脚も、うまく動かせなくなる。  
 
 
大きな右手が私の頬をやさしく撫でた。  
 
 
目を眇てみても、眼鏡の奥の感情が見えない。  
 
 
サラリ…と、野宮さんの髪が零れて、この人の奥を探す私の邪魔をする。  
 
 
「ごめんね」  
 
 
何度目かの“ごめん”は、切なくさせる響きを持っていたから、私はなにも答えられずに2度目のキスを甘受してしまった。  
 
 
「ふ…ん、んんっ」  
 
 
教え込むような舌の動きに、私は戸惑いながら合わせていく。  
目を開けていられないような、見てしまったら心が潰れてしまいそうな罪悪感はどこからくるのだろう。  
 
 
唇を重ねては少し離れて、また重ねる。  
 
ゆったりとしたリズムと一緒に、静かで深い激しさが野宮さんから伝わってきた。  
それを受けとめるだけの力を持たない私は、ただ目を瞑って感覚を研ぎ澄ますのが精一杯だった。  
 
 
下唇を舐められて唇を離されたとき、目を開いて野宮さんをしっかりと見た。  
 
 
野宮さんは笑っていた。  
 
 
でも、“笑顔”というには程遠い、今にも崩れてしまいそうな笑み。  
 
 
「ご、めんなさい」  
 
 
なんで謝ったのか、自分でもよく分からなかった。  
でも、傷つけていると思った。  
 
 
私は汚い。  
 
 
真山のことが好きだという気持ちは、綺麗なままでいたいのに。  
 
 
ねぇ、真山、こんな私を知ったら失望するよね?  
 
 
それでも貴方に、“あの人”以上に私を思ってもらいたくて…  
私しか見えなくなってほしくて。  
 
 
ただ、ソレだけのために私は抵抗を止めたんだ。  
 
 
痛みと鉄の味、拙い口付け。  
 
 
彼女との初めてのキスは、いいことなんて一つもなかった。  
 
 
 
必死に俺に応えようとする彼女は、決して俺を見ようとはせずにただ、絡まるせる舌、注ぐ唾液、俺のすべてを受けとめようとしていた。  
 
キスをしながら、彼女を見つめ続けた俺は“彼”しか見えていない少女に何もしてやれない。  
 
 
否、してやらない。  
 
 
 
恋が崩れるのを待つだけ。  
 
一人で泣いて、一人でボロボロになるのを見ているだけ。  
 
 
ぺしゃんこになった君を、偽りで固めた愛情で暖めてあげるのが俺だから。  
 
 
唇を離して、彼女を見たら口元に血が付いていた。  
漠然と俺が彼女を汚していくんだと思った。  
 
 
彼女の“彼”に対する思いを利用してまで抱かなきゃならないほど、俺はどうかしてしまったらしい。  
 
 
「ご、めんなさい」  
 
 
謝らなくても良いのに。  
 
これから本当に傷つくのは、君なのに。  
 
 
「唇の代償は大きいよ?」  
 
 
今度は唇をくっつけるだけのキスをして、そのまま頬を滑っていく。  
 
 
目元は涙の味がした。  
 
 
涙が流れた跡を追って、耳元を舐めてみると彼女はピクンっと反応して、くすぐったそうに肩をすくめた。  
 
 
顎のラインにそってキスをしながら、空いた右手でベッドから落ちたままの膝の辺りから太ももにかけて、スカートを上げながら触れてみた。  
 
 
綺麗な脚がゆっくりと露になる姿は、きっと扇情的だろう。  
そう思いながら首筋、鎖骨へと赤い跡を残すように強く吸った。  
 
 
赤い跡を付けるたびに、彼女が自分の物になっていくような錯覚を起こしそうになるほどに、ソレは彼女の肌に映えたのだ。  
 
 
“俺のものになってしまえば楽なんだよ?”  
 
 
言えるわけもない馬鹿げた台詞が浮かんでは、消えていった。  
 
 
拘束されたままの腕が少し痛くなってきた。  
 
 
なのに野宮さんの唇が肌に触れるたびに、くすぐったいような変な痺れが襲ってくるから、拘束を解いてとは言えずにいた。  
 
 
そうしている間に、野宮さんは片手で胸のボタンを外していく。  
 
 
流れ作業のように脱がされていくのに、荒っぽさが全く感じられないのは、やっぱり野宮さんが慣れているからだと思った。  
 
 
そして、気付いたときには下着だけの状態に近くて、脱いだ服はベッドの下に落とされていく。  
 
 
「……慣れてるんですね」  
 
 
言うつもりじゃなかったのに、あんまり驚いたせいで口にしてしまった。  
 
 
野宮さんは、動きを止めて私の顔を覗いてから、何かを考えるように視線を横にずらし、再び私に視線を戻した。  
 
 
「慣れてるはず…なんだけどね。」  
 
 
そう言って、眼鏡を外した野宮さんは困ったように笑ってから髪を掻き上げた。  
 
その笑みがどういう意味なのか、さっぱり分からないのは、野宮さんにしか分からない考えがあったのかも知れないし、ただ私が子供だからなのかも知れなかった。  
 
 
「ぇ、あッ?」  
 
 
唐突に腕の拘束を断たれ驚くと、次の瞬間には膝と背中の下に腕を通された。  
 
 
何をされるのかと思い野宮さんを見たのとほぼ同時に、フワッと体が浮いた。  
 
 
「ちょっ…え!?」  
 
 
「よ…っと」  
 
 
小さな野宮さんの声が聞こえたと同じくして、再びベッドに、今度はちゃんと枕の上に頭がくるように下ろされた。  
 
 
「野宮…さん?」  
 
 
「ここからが本番」  
 
 
ワイシャツを脱いだ野宮さんが、にっこりと笑った。  
 
 
「…慣れてるんですね」  
 
 
それを聞いたとき、初めて自分がガキみたいに彼女を求めてしまっていたことを知った。  
少しでも早く、もっと触れたい…なんて、俺らしくもなくがっついていた。  
 
 
ただのセックスだ。  
愛のない、するだけの。  
 
 
処女相手に冷静になれなくてどうする。  
そう自嘲気味に笑ってから、仕切り直すために彼女を本来のベッドの位置まで抱いた。  
 
 
「野宮…さん?」  
 
 
不安そうな顔の彼女を微笑ましく思いながら、俺はワイシャツを脱いだ。  
 
 
そう、今の君を抱くのに愛なんて必要ない。  
 
 
「ん…ッ」  
 
 
綺麗な胸だった。  
白い乳房に桃色の乳輪はよく映えて、この場に別の赤い跡を残すことを躊躇わせた。  
 
舌を胸の突起に這わせると、いやいやと頭を振って俺の頭を細い指で制止しようとする。  
恥ずかしがっているのは一目瞭然だったが、それに気付かぬフリをして小さな果実を執拗に舌で弄んだ。  
 
制止のための手は俺の髪を撫でるように滑っていくだけで、止めることはなかったけれど。  
 
 
触っても眉をひそめるだけだった場所が次第に性感となる過程を見るのは思いの外、楽しませてくれた。  
たとえば、胸で赤く熟れた突起を唇で甘噛みすると、小さく体が震えて甘い声を出すようになった。  
 
 
「ぁ、やッ‥!」  
 
 
そして、誰も触れたことのないはずのソコをショーツの上から中指でなぞってみれば、しっとりと濡れていて、感じていると口で言われなくとも如実に語ってくれる。  
 
彼女は、あまり触らないでほしいと訴えているのに、その思いとは裏腹に体は少しずつだが確実に俺に慣れてきているのだ。  
 
 
そう考えると、自然に口の端が持ち上がった。  
 
 
さっきまでの愛撫など子供騙しだ。  
 
そう言われているかと思うくらいに、場所を移動してからの野宮さんの愛撫は何かが違った。  
唇が触れる、指が触れる…意思とは関係なく一つ一つに体が反応を示さずにはいられない。  
私が考えていた“慣れ”に拍車をかけたような、“余裕”を身をもって実感させてくれた。  
 
 
「うん。思ったとおり綺麗だね」  
 
抱き上げられたときに、ブラのホックを外されていたなんて、脱がされるまで全く気付かなかった。  
 
 
見られることが、死んでしまいたいほど恥ずかしくて、咄嗟に胸を手で隠した。  
けれど、すぐに腕を捕まれて隠すことを禁止させられ、ゆっくりと胸に野宮さんが口付けた。  
 
 
「…ンっ」  
 
 
「隠すのは無し。」  
 
 
唇で胸の飾りを軽く挟まれながら話されて、どうしようもないくらい体が火照った。  
野宮さんが触れたところ、すべてを違うモノに変えられていく。  
任せていいと、全身で言われているような安心感を野宮さんは持っていた。  
 
 
すべてを任せて、いいのよね…?  
 
 
舌の柔らかい感触を胸で感じながら、急に湧いてくるような不安が襲ってきた。  
無意識に力の入らない手で野宮さんを止めようとして、サラサラの髪を撫でるだけに終わった。  
私の中の恋心が問う。  
このまま、この人に抱かれて本当に私は…  
 
 
「大丈夫だよ」  
 
 
やさしいキスを目蓋に落とされ独り言のように低く囁かれる。  
 
 
 
この人は欲しい言葉を言わなくても用意してくれた。  
それがたとえ、今まで抱いた女性全員に言ってきた言葉だったとしても、今の私には必要だった。  
 
 
初めてが痛いだけのモノになんか、させたくなかった。  
彼女が“痛い”と言えば加減をするし、“嫌だ”と言うなら止めてやれる自信があった。  
でも、彼女がその言葉を口にすることは最後までなかった。  
 
 
彼女がキスに夢中になっている間に左足からショーツを脱がせた。  
右足首に引っ掛かったままだが、気にせずにそのままにしてもいいだろうと判断した。  
 
 
窄まったそこに、指の腹を押しつけた。  
撫でるように、揉むように、彼女の愛液に濡れてぬめった指を彼女の緊張を解すために優しく動かし、それを助けるために胸にまたキスを落とした。  
 
 
「ァんっ…んぅ‥」  
 
 
過敏になった胸の突起は軽く触れただけでも、彼女を切ない表情に変えてくれる。  
快感にごまかされている隙に、指先を肉の抵抗をかき分けて中へと潜り込ませた。  
 
 
「ひぁ…ッ!」  
 
何が起きたのか理解できないと言うように、彼女は目を見開いて声を上げた。  
異物感が激しいのだろうが、さほど痛くはないはずだ。  
それを立証するように、彼女は眉をひそめたものの、痛がる素振りは見せなかった。  
 
これが、彼女が強情にも我慢している表情だったのなら話は別だが。  
 
 
どちらにせよ、もう止めてやる気なんてなかった。  
 
 
男の人の前で、こんな格好で脚を広げて、自分でも見たことがないところを見られて、触ったことのないところを弄られている。  
 
目眩がしそうなほどの羞恥だったけれど、そればかりじゃないことを野宮さんは言わなくても予感させてくれた。  
 
 
「は…ぁ‥」  
 
 
ゆっくりと野宮さんの指が前後に動かされる。  
長い指は、私を傷つけないように優しくそこを解していることが、初めてでも分かる。  
 
 
指先が内部の感触を確かめるように蠢いた。  
最初は冷たかった指が、私の中で同じ温かさになっていくのは、とても奇妙でいて、なぜか心地いいほどの安心感を与えてくれた。  
 
そうして、最初の異物感に少し慣れてきた頃、指は二本に増やされた。  
 
「あっ、ァ……!」  
 
「力を抜いて」  
 
わずかな痛みすら、野宮さんはコントロールするように消していく。  
 
 
くちゅくちゅと、淫猥な音が耳を嬲った。  
 
気が遠くなるくらいさんざんソコを弄られていくうちに、その感覚がとても曖昧なものだと気が付いた。  
快感にとても近い、むず痒いような、もどかしさ。  
 
もっと確かな何かが欲しくなる。  
 
「ぁ…野、宮‥‥さん‥ッ」  
 
それは自分でも理解できない、衝動的な感情だった。  
 
野宮さんと体を繋ぎたい、もっと感じたい。  
私だけじゃなくて、野宮さんにも深い快楽に浸って夢中になってほしい。  
 
濡れた目で、縋るように野宮さんを見つめた。  
 
 
抱かれたいと思った。  
 
 
そんな顔をしてはいけないと教えなくては…  
 
火照った頬と潤んだ瞳で男を誘うなんて、自覚なしとはいえダメだよ。  
俺の…男の優しさなんて、欲望と紙一重だから。  
 
 
君は泣いてしまうだろう?  
 
 
「の、宮さん…」  
 
 
俺の首に細い腕がのびて、彼女は俺を引き込む。  
 
 
「………‥て」  
 
 
「ん?なに?」  
 
 
それは消え入りそうな声で耳を口元に近付けてなんとか聞こえる程度だった。  
でも、確かに聞き取れた。  
 
彼女は“来て”と言った。  
 
 
ずるりと指を抜き出し、代わりに熱く猛る欲望の証をそこに押し当てた。  
ゆっくりと先端を挿入させていく。  
 
 
「息を吐きながら…そう…」  
 
 
「は‥ぁ、…っんぁ」  
 
 
閉じようとする入り口は解したとはいえ狭く、かき分けるように、けれどけっして乱暴にならないよう、彼女の力が抜けるときを見計らいながら腰を進めた。  
 
 
緩やかな侵略は、やがて体が密着したことでいったん止めた。  
 
「は、ぁ……」  
 
彼女の吐く息さえ、熱を帯びていた。  
すぐに動くような真似はせずに、彼女が俺を中に感じる様を見ていた。  
長い髪を梳き、唇の代わりに指先で彼女の口腔を愛撫して、彼女が落ち着くのを待った。  
 
大事に、大切に、壊れ物を扱うように…  
 
 
ふと、いつからこんな風に抱ける男になったんだと、苦笑を洩らした。  
 
 
いっぱいに開かされているという気がした。  
 
 
「ひぁ……っう‥」  
 
 
痛みと圧迫感はどうしようもないけれど、我慢できないというほどでもなくて。  
それはつまり、野宮さんがそれだけ体を解してくれたということなんだと思った。  
 
今、私が知らない体のその部分だけが、野宮さんの肉体の一部を知っている。  
自分の中に何かがいるという感覚は、ひどく不思議で、同時に心を強く満たしてくれた。  
 
 
動かないということが、男性にとってどれだけ辛いことなのか、私にはさっぱり分からないけれど、野宮さんは焦ったりはしなかった。  
だから、この先もとにかくできる限りすべてを受けとめようと思った。  
 
 
野宮さんが動き始めたのは、指先で愛撫されていた口から甘い吐息がこぼれたときだった。  
 
 
「い‥ァっ、あっ……」  
 
 
ゆっくりと引き抜かれていく感触に肌が震え、押し広げられるようにして、うがたれる感触にぎゅっと目を閉じた。  
 
 
知らない感覚だった。  
同じところで感じたもどかしいむず痒さに、とてもよく似ている気もした。  
野宮さんの指が、胸の突起を掴む。  
 
「ァんっ…」  
 
ぴりりと甘い痺れが走って、後はもう声が止まらなくなってしまった。  
擦られる感触と、胸の敏感なところから生まれる快感とが同時にやってきて、自分の体がどうなっているのかわからなくなる。  
 
 
気がつけばすべてがそれぞれの快感になっていた。  
 
 
 
ガキのように何度も彼女を求めた。  
たった一度、自分自身の誘惑に負けたために、どうしようもないほど溺れてしまった。  
 
嬌声というよりも、すでに啜り泣きに近くなった声が、耳を心地よくくすぐる。  
 
「っぁ、あぁ‥んゃ……ッ」  
 
深く体を結んだまま彼女の喜ぶところを愛撫し、中をゆっくりと抉ると、華奢な体がびくびくと快感に跳ね上がる。  
 
 
自分を忘れられなくなればいい、離れていけなくなればいいと、頭の中で姑息な期待をしてしまう。  
その一方で、冷静な部分が無理な願いだと判断を下していた。  
 
甘く誘う唇に、縋るような瞳。  
 
無意識に男を引き寄せる力を彼女は持っているのかもしれない。  
細くしなやかで、誰よりも甘いこの体を思い出し、きっとこの先も俺は渇きを覚えるのだろう。  
 
「山田さん…」  
 
呼び掛ければ、やや遅れて濡れたまつげがゆっくりと動いた。  
現われた瞳の危うさに誘われてくちづけ、息さえ奪うように口腔を貪った。  
 
 
「ん、ふぁ……っ」  
 
溺れる人のように細い両腕がしがみついてくる。  
彼女は、最後はキスで達ってしまい、深く俺を締め付けて俺の最後も促した。  
 
首に回していた腕がシーツの上に落ち、そのままぴくりとも動かなくなった。  
眠ったというより、失神したと言うほうが正しいのかもしれない。  
綺麗な顔にそっと指を這わせる。  
ずっとこうして触れていたくなるほどなめらかで、みずみずしく、そして柔らかい。  
 
 
ここを出たら、彼女はまた泣くのだろうか?  
届かない思いに心をぐちゃぐちゃに崩して“彼”をただ見つめていくのか?  
 
いっそこのまま、ここへ閉じ込めてしまいたい気分だ。  
そうだ。  
俺の元から去らないように、一人で泣かないように、縛り付けて自由を奪って、他の誰も彼女の心に触れないようにしてしまおうか。  
 
危険な思考に囚われる。  
理性が怪しくなっているらしい。  
俺の中にそんな執着と異常性が眠っていたとは思いもしなかった。  
庇護欲と征服欲は、俺の中で紙一重だ。  
 
 
「まずいな……」  
 
苦笑をこぼしながら彼女の寝顔を見つめた。  
こんなに誰かを欲しいと思ったのは初めてだ。  
 
体を繋げたまま、彼女の額に汗でくっついた髪を梳いて、そっと目蓋にくちづけを落とした。  
 
「ねぇ、山田さん。君は俺と一緒に乗ってくれる?」  
 
意識のない彼女が答えを返してくれることはなかったけれど、別にそれでいいと思った。  
 
視界の端で煌めくネオンが円を作って、ゆっくりと回っていた。  
 
 
 
 
END  
 

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