心地良い目覚めを誘う鳥の声と、朝日の差し込む部屋の中。  
ふたりきり、恋人同士であれば目覚めのキスなど交して  
いちゃいちゃと睦みあう幸せな時間のはずなのだが。  
 
 
「う………、うわ――――……」  
 
鳥取東京間、車で往復約一日。  
一人で長時間運転した疲労感よりも先に、  
男として試されている現実に、  
野宮の口から長い溜め息が零れ出る。  
 
ソファで撃沈していた野宮の前には  
上半身はしっかり毛布にくるまれているくせに、  
惜しげも無く太腿まで脚を晒して眠る山田の姿があった。  
 
彼女が寝ているのは、確か美和子が送ってくれたエアマットベッド。  
通販で買っといてあげたわよ鳥取は大変でしょう大事に使ってね――。  
電話越し、美和子のそんなエールに山崎がひどく感動していたんだっけ…と、  
この状況ではどうでも良いことを思い出してしまった。  
 
うってつけに彼女はベッドに寝ているし、このまま雪崩れ込むことだって出来る、  
男にとっては非常においしい、いわゆる据え膳の状況であるはずなのに。  
 
あどけなく眠る山田には、誰かの呪いか自分の罪悪感か、  
近付く男を拒否する結界でも張り巡らされているのかと思う程、  
近寄り難いものがある。  
 
「………………これは一体なんの拷問なのかな………??」  
 
一気に疲労感が募り、がくりと項垂れ、額を抑えてうめく野宮。  
 
子供を傷つける趣味はまったくない。  
ましてや、散々泣いて傷ついて、それでも健気に頑張ろうとする  
彼女の姿を見てきている。  
 
……けれど。  
 
「…まいったな、……俺の理性は頑丈なはず、なんだけどな……」  
 
長い髪をかきあげ、独り言にしては少し大きな声で呟いてみる。  
だが野宮の微かな期待に反し、目の前の無邪気なお嬢さんは  
いかにも気持ち良さそうなあどけない顔で  
すやすやと眠るばかりで、起きる気配は少しもなくて。  
 
山崎が掛けてくれたのだろう毛布から抜け出てソファを降り、  
静かにエアベッドへと近付く。  
 
もう忘れたと思っていた恋心が暴走する。  
彼女に対する罪悪感がどんどん遠ざかる。  
隔たれた距離がもどかしくて、朝の飛行機を待てなかった。  
美和子に驚かれるくらいだから、  
きっと俺はいい加減、限界に来てるに違いない。  
 
「……ごめんね、山田さん」  
 
男の責任なら、取るつもりもその覚悟も、  
もしかしたらあるかもしれない。  
無防備すぎる君が悪いんだよと、胸の内で呟いて。  
 
以前山田が「男の前で無防備になるな」と  
真山に叱られた経験があるとは知らぬまま、  
野宮は結界を飛び越えて手を伸ばす。  
 
「ん…」と声を漏らして身動ぎする山田の、  
朝日を浴びて白く輝く、やわらかそうなすらりとした脚へ。  
 
 
「ごめんね。――ちょっとだけ、オトナになってもらえるかな……」  
 
 
「山田さーん、起きてー。朝だよ」  
 
やさしい、低くてきもちのいい声に起こされて。  
……なんだかすごく、満ち足りた気分で目が覚めた。  
 
 
寝起きのぼーっとした視界に、パンや果物をたくさん詰めた袋を手にしている野宮さんの姿が飛び込んでくる。  
 
「3度目だな、君の起き抜け見んのもさ」と笑う野宮さんの前で、  
結局出されたパンは全部わたしが平らげてしまった。  
顔を洗っておいでと促され、もそもそと仕度をするために洗面所を借りて。  
鏡に映る、濡れた自分の顔を見て…ふとなにかに思い当たった。  
 
 
――低い、おちついたオトナの男のひとの声。  
 
体がとけてしまいそうなあやふやな感覚が怖くて泣いたら、  
そっと涙をぬぐわれて、やさしいキスが落ちてきた。  
最初は…ありえないけど真山かと思って、でもすぐ違うんだと納得して。  
そうしたらはっきり見えたのが、野宮さんの顔だった。  
ちょっと切なそうで、でもどこか意地悪そうな…  
オトナの男のひとが浮かべる笑み。  
 
唇が辿った部分がひりひり痛んで、  
掌が触れるところがじんじんと熱を持って、  
でもそうされることが不思議と怖いと思わなかった――  
 
 
「…っきゃああああああ!」  
 
そこまで思い出してしまって、ぼうっと顔から火が出た。  
どうしたの、と遠くで心配する野宮さんの声に  
慌ててだいじょうぶですと返して、  
鏡面に飛び散らせてしまった水滴を手にしていたタオルでがしがしと拭う。  
 
 
思い出しただけで恥ずかしいのに…。  
いつものわたしだったらきっと、あんな風に触られたら……  
たぶん叫んで逃げ出して…きっと足技だって出しちゃうだろう。  
 
なのに、野宮さんは至って普通だった。  
わたしだって、起きて、思い出さなきゃ意識しなかったし…。  
 
「……オトナにしていい?」  
 
そうやって笑った野宮さんの顔。  
そんな言葉もやさしい手付きも、思い出そうとするだけですごく恥ずかしいけど、  
確かに現実に感じたような気がするのに。  
 
 
丘の上でさらさら零れる砂と歩く野宮さんの後姿を見ていると、  
思い出したときは鮮明だった記憶が曖昧になってくる。  
 
―――あれは、おかしくなっちゃったわたしの見た夢だったんだろうか。  
 

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